Lotus3 逸らせないくらい夢中……
渉の誘いに嫌々ながら来た店には、可愛らしい女の子が待っていた。そして、その後悪びれる事も無くやって来たのは、失くした感情を再び思い出させるような気持ちにさせる……彼だった。
慌ててやって来た彼は座っていた椅子から立ち上がると、そのままカウンターの方へ行って自分で飲み物を作っていた。
「えっ!? 彼、ここの常連なの?」
「常連もあるけど、ここのマスターはあいつの兄貴なの」
突然の行動に驚いた私の質問に渉は淡々と答えてくれた。そういえば、顔や雰囲気が似ているような……。飲み物を作り終えた彼はそれを飲みながらこちらへ戻ってくると、再び私の隣りに座ってきた。たったそれだけの事なのに、思わずドキッとしてしまうのは何故なんだろう。かすかに香る彼が付けているであろう香水にさえ感じてしまう。
「改めまして、俺は宇佐美琉依。そっちにいる夏海とは幼馴染みという間柄です」
彼女の彼氏じゃないんだ……。そう思うと何となくホッと安心した。こんなに綺麗な子の彼氏でもおかしくない位、彼もまた全てにおいて整った容姿を持ち合わせていたから。
「萩原蓮子です。よろしくお願いします」
「蓮子チャンね、よろしく」
“蓮子”と呼ばれただけでこんなにもドキッとするなんて、何年ぶりかしら? 今まで遊んできた男たちに呼ばれた時は何も感じやしなかったこの名前が今では愛しく感じる。
それから四人でいろいろな会話をしていたけれど、私の視線はいつでも彼を自然と追いかけていた。飲み物を飲んだり、髪を触る仕草や目を細めた時に分かるその長い睫毛にさえも釘付けになっていた。そして、それが徐々に彼の事をもっと知りたいとさえ思うようになっていた。ただ、それが彼の事を“好き”なのかはどうかはまだわからないけれど……。
「じゃあ、蓮子チャンが毎朝この馬鹿を起こしてるんだ〜!」
「そうなの! もう十八なのに、未だに自分で起きれないんだから」
笑いながら話す私たちとは反対に渉は“べ〜”っと舌を出していた。そんな渉に槻岡さんは甘えん坊とからかっている。今更ながら同じ高校に通う渉のことが羨ましくなってきたなぁ。こうして会っている時以外でも、高校に行けばまた話せるのだから。
〜♪
話に夢中になっている槻岡さんの携帯から流れる着メロに気付いた彼は、代わりに携帯を取ると槻岡さんの前に差し出した。
「夏海、賢一クンからですよ〜」
「あっ、ホントだ。ちょっとごめんね」
彼から携帯を受け取ると、槻岡さんはそう言って席から立ち上がって外に向かいながら電話に出ていた。そんな様子を眺めていた彼はすぐにこちらを振り返って話を続けた。
「夏海の彼氏、結構マメに掛けて来るんですよ〜」
俺には出来ない出来ないとストローで飲み物をかき混ぜながら話していた彼に、何か違和感を感じたけれどその時は何も気にする事無く会話を再開した。そんな事よりも、彼ともっと話をしたかったから。
「それじゃあ、もうそろそろ帰るか」
彼氏との通話を終わらせて戻ってきた槻岡さんを交えて少し話した所で、彼がお開きの言葉を発した。本当はもっとここにいたかったけれど、私達は未成年なので彼のお兄さんも帰るよう勧めてきた。
「あなた達に会えて楽しかった! また遊んでね」
店を出てからそう言うと槻岡さんは笑顔で頷き、彼もまた笑顔で返してきた。そして、彼は持っていたヘルメットを迷う事無く槻岡さんに渡すと、受け取った彼女はそれをかぶって先に単車に乗っていた彼の後ろに乗った。
「それじゃあね!」
そう言ってあっという間に二人はその場からいなくなってしまった。彼の行動に唖然とする私に、渉はそれを悟ったのか話しかけてきた。
「琉依と夏海は近所だからね。いつもああして琉依が夏海を送ってやってるんだ」
まるで恋人同士みたい……さっきの渉の時とは違う、今度は本当にそう思った。彼の槻岡さんの扱い方が、大切なもののように優しく感じられたから。もしかして……好き?
「俺たちも帰るか」
そう促す渉の横で私は携帯を取り出して、メールを打ち始めた。私を呼びかける渉に返事する事も無く、メールを打ち終わるとそのまま返事が返ってくるのを待っていた。そんな私を見て、さすが長年の付き合いというだけあってか渉はすぐに察知したみたい。これからの私の行動を。
「気をつけて行って来いよ〜」
渉はそう言うと、そのまま自分の家へと帰っていった。それからしばらくして、さっき送ったメールの返事が来たので内容を確認してから渉とは別の道を歩いていった。
素振りこそ見せてはいないが、渉がこんな私を心配してくれているのはわかっていた。それなのに私はそんな渉に何も応える事無くこんな事ばかりしてしまうんだ。それは、今更やめる事が出来ないから……。あの日を境に、私は変わってしまったのだから。
第4話終わりです。やっぱり彼は琉依の事でしたが、予想通りだったでしょうか? はい、蓮子は琉依に惹かれています。これは第1弾でももちろんそうだったのですが、そっちでも少しだけキーワードが隠されています。それらは徐々にまたこっちで明かしていきたいなと思っています。