Lotus35 さよなら、そしてよろしくね
とうとうやって来てしまった、琉依が旅立つ日……
最後だからみんなで見送ろうってせっかく空港まで来たのに、当の琉依はと言うと椅子に座ってタバコを吸いながら
「何ていうか、ここまでみんなが来てくれるとイギリスへ行く実感が全く出てこないよね〜」
そう言っては煙を吐き出している。そんないつもと変わらない琉依を、私だけではなく冷めた目で見ているみんな。
「まったく……このバカはイギリス行っても通用するのかしらね」
呆れたように伊織が呟いていた。確かにそう思ってしまうのも仕方がないけれど、それでも本当は照れ隠しなんだという事くらい分かっている。それを素直に出せないのが、琉依の不器用なところなんだから。
「琉依! 荷物預けてきたぞ!」
戻ってきたナオトはそう言うと、琉依にチケットを渡した。
「ありがとう、兄貴」
ナオトからチケットを受け取ると、琉依はタバコを灰皿にすり潰した。もうすぐしたら……行ってしまうんだね。琉依は立ち上がると少し涙を見せている伊織と握手して、隣りで泣いている梓を優しく抱き締めていた。そして何とか梓を宥めた後、尚弥の方へ行って何かを話すと、渉とも握手している。そして、琉依の足は少し離れた私の方へと向けられた。
「蓮子」
「はい」
呼ばれたので思わず普通に返事してしまうと、琉依はプッと吹き出していた。狙っていた訳じゃないけど、とりあえず琉依に笑顔が出て良かったと結果オーライ。
「蓮子、行ってくるからね」
改めて気を引き締めてから言う琉依は、笑顔を見せつつも真剣そのものの表情になっていた。私はそんな琉依と握手をすると
「行ってらっしゃい」
涙は一切見せずに、笑顔で挨拶をする。伊織や梓は涙を見せているのに私は笑顔のまま。それは、琉依に笑顔を見せると約束したから……。どんなに悲しくても、琉依の前では泣かないと決めていた。
「さて、俺たちは先に屋上に行ってるから。夏海、恋人との束の間のお別れをちゃんとしろよ!」
一通りみんなとのお別れが済むと、渉は夏海だけを琉依の傍に残してみんなを屋上へと連れて行った。渉は気にしているのか、私の方をチラッと見てくる。そんな渉に私は、笑顔で返した。
まだ琉依の事を愛していたら勝手な振る舞いに怒っていたかもしれないけれど、今はもうそんな気持ちも薄れているから大丈夫。それに夏海との事も素直に応援できるようになったから。
だから、大丈夫なんだよ? 渉……
屋上の重い扉を開けると、そこには見送りの人々がフェンス越しに飛行機を眺めては話していた。私は、尚弥から琉依が乗るであろう飛行機を聞くと、その飛行機をただずっと眺めていた。
“さよなら”という言葉は誰も口に出さなかった。一生のお別れではない、たった三年の間だけちょっと遠い国に行くだけの話だから誰も言わなかった。
「れ〜んこ!」
飛行機を眺めていた私の横にやって来ると、渉は私の頭を軽く何回か叩いてきた。
「何? こんな時にケンカ売ってるの?」
冗談じゃないと思っていたら、渉は叩いていたのを止めて撫でてくる。
「偉い、偉い。よく我慢しました」
「……」
渉の言葉に思わず無言になってしまい、そのまま俯いてしまった。我慢……どうして、渉にはばれてしまうのかなぁ。泣く事をずっと我慢していた事、本当は私も伊織や梓と同じ様に泣きたかったのにそれを耐えていた事。どうして、分かってしまうの?
「じゃあ、今日は遠慮なく俺サマの服にも涙なり鼻水なりどんどん付けなさい!」
そう言って渉は自分の胸に私を引き寄せてきた。いつもなら殴ってしまうけれど、今はそんな渉の好意に甘えてしまう。
「う……うぅ……っ」
一気に木が緩んだ私はそのまま渉にしがみついて泣いてしまった。琉依の前で泣けなかった分、いやそれ以上の分を渉の中に吐き出した。その間もずっと渉は私の頭を優しく撫でてくれた。
「よいしょ〜っと!」
しばらくして追いかけてきた夏海を見て、琉依はもうすぐしたら搭乗してそのまま行ってしまうんだなと改めて痛感した。夏海は寂しさを見せることも無く、尚弥と何かを話している。伊織はと言うと、まだ泣き止まない梓を何とか慰めていた。
「よし! もう大丈夫だ、ありがとう渉!」
「お、おぉ……」
涙でグシャグシャになった自分の服を呆然と見ながら、渉は微妙な返事だけを返してきた。鼻水はつけてないから、それだけは感謝しなさい! そんな意味も込めて笑うと、再びフェンス越しの飛行機を眺めた。
行ってらっしゃい……頑張ってね。
「蓮子〜」
「な〜に〜?」
渉の呼びかけに私は振り返る事無く、適当に返事をした。
「イギリス男なんかやめて、日本の男にしなさいよ〜」
「ハハッ! 分かってるよ!」
新しい恋をするくらい、渉に心配される必要も無いって言うの! それに琉依も一応は日本の男だけどね。
「いいサンプルは、ここにいるしね」
「……えっ!?」
思わぬ渉の言葉に、思わず私は後ろを振り返ってしまった。すると渉は、自分の顔を指して笑顔で立っていた。えーっと、それはつまり……って!
「えっ!? 嘘……」
「どう? なかなかの人材でしょ?」
人材って! そんな所で思わず笑ってしまった私だけど、それでも渉はニコニコと自分を指したままだった。笑顔ではいるけれど、それが冗談でしている事じゃないって事くらいは分かっている。長い付き合いだから、それくらいはちゃんと分かっている。だからこそ、こっちも照れて来るんだよね。
「れ〜んこ?」
「か、考えてもいいかな?」
なかなか素直になれない私を、渉はちゃんと理解してくれる。その照れ隠しで言った私の返事の本当の意味くらい。
“私も……好きだよ”
不器用で照れ屋なんだから、これくらいの返事でカンベンしてよね。こんな私を引っ張っていけるのは、もう渉くらいなんだから。ちゃんと離さないで、ずっと傍にいてよね。
「さあっ! バカを見送った事だし、お昼でも食べに行きましょうよ」
伊織がみんなを率いて屋上を後にする。私は、もう一度琉依が乗った飛行機が飛んでいった方向を振り返った。大丈夫だよ……もう私は一人なんかじゃないからね。
屋上を去る時、私と渉は自然に手を繋いでいた。
ありがとう……琉依……
世界一、女にだらしない男=宇佐美琉依がイギリスへやっと行きました。これで話もあと2回のみです。ここまで読んで下さり本当にありがとうございます! それにしても、恋愛話なのに渉と蓮子だとギャグになってしまいますね。