Lotus33 新たな恋の予感
今までただの幼馴染みとしか思っていなかったアイツの事がこんなにも気になってしまうのは……何の始まり?
トン、トン、トン……
「って、あぁぁっ! 集中できない!」
開いていた参考文献を勢い良く閉じると、そのままベッドへと倒れこんだ。やばい……全く手につかない。“あの日”の事が脳裏に焼きついて離れようとしてくれない。
「あの日……」
そう呟いただけで、再び間近に迫っていた渉の顔がポンッと現れてくる。これはかなりの重症かも知れない、あれから何日過ぎたと思ってるんだ自分。渉に会うたびにその光景がチラチラとかすめたりして、したくなくても意識してしまうっての!
「あぁぁぁっ! イライラする!」
「おね〜ちゃ〜ん、電話なんですけど〜」
髪をめちゃくちゃに掻き毟っていると、いつの間にか入って来ていた華鈴が電話の子機を持って傍に立っていた。もう既に遅いとは思っても、一応コホンッと上品に咳をしてから子機を受け取る。
「もしもし?」
『もしもしじゃないわよ! 一体アンタの携帯はどこに行ってるの!?』
受話器の向こうでギャンギャンと騒ぎ立てる伊織の声に、思わず受話器を離してしまう。この様子だと、また携帯のほうに数回くらい電話しているな……。それを私がこんな調子だから、また気付かなかった訳だ。
「ごめん〜、ちょっと充電していて気付かなかった。で、どうしたの?」
『どうしたの……ですって? アンタって子は、今何時だと思ってるの!』
さっきよりも更に大きい声で怒鳴る伊織の声で、私はやっと理解すると時計を見る。ヤバッ、もうこんな時間じゃない……。電話の向こうからは渉や夏海の声も聞こえてきていた。
『さっさと来なさいよ! 何勝手にサボろうとしているのかしらね!』
そう言って切る伊織に、私は子機の前で土下座をしたい気持ちで一杯だった。すっかり忘れていた、今日の事……。今日は大事な日なのに、それなのにしっかり忘れてしまってたよ〜。
子機を元の位置に戻すと、私は慌てて準備をし始めた。そして、慌てて玄関を出るとそのまま目的地へと足を急いだ。
「ごめん〜! すっかり遅れてしまいました〜!」
「遅いわよ! 全く仕方の無い子なんだから!」
そう言って入ったのは、本日貸切となっている“NRN”だった。中では、既に伊織や尚弥、夏海に梓そして渉が準備をしていた。ナオトも笑いながら手を振っている。
「今日は大事な日なんだから、遅れちゃダメじゃない」
そう言って梓は私にグラスを渡してくる。みんなに詫びてから、私も遅れながらの準備に取り掛かった。
今日は琉依の送別会。伊織の呼び掛けでここでする事になったのだけれど、ある事が頭の中から離れていなかった私はこの事を見事に忘れていた訳です。かつては大好きだった琉依の送別会なのに、それを忘れてしまうなんて〜!
元凶となった渉の顔をきつく睨むと、渉は訳が分からずただ眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。それ以上見ないよう、私はすぐに渉から目を逸らして準備を進めていった。
「何なんだ、お前は〜! この間から、気持ち悪い態度見せやがって!」
背後から近付いてそう言う渉に、私は振り返ることも無くぎこちない手付きで準備を続ける。今、振り返ったらきっとこの間みたいに間近で顔を見てしまうから、なるべくそれは避けていかないと……。そんな私の思いを裏切るかのように、渉はガッチリと頭を掴んでくると無理矢理振り向かせようとしてくる。
「い、痛い〜っ!」
「抵抗するな! 気持ち悪いから、言いたい事あったら言えや〜」
振り向くまいとする私の抵抗と振り向かせようとする渉の力が頭にかかって、だんだんと頭が痛くなる〜。けれど、ここで力を抜くわけにはいかない! そう思っていた時だった。
「あんた達……やる気あるの?」
その言葉でピタッとお互い止まって声のする方を見ると、包丁持って仁王立ちしている伊織が私達を睨みつけていた。
「ありま〜す」
小声でそう言うと、あまり伊織の方を見ないようにして作業を続けた。お互い離れて作業に取り掛かる私達を見て、伊織はナオトがいるキッチンへと戻って行った。危ないなぁ、あの状態だったらマジで刺されていたかも……。
「渉と、何かあったの?」
作業しながら夏海が近付いてくる。そりゃ、あんなところを見たら誰でも怪しんでしまうよね。口に出さないだけで、梓や尚弥も同じこと思っているに違いない。
「いや、何でもないよ。いつものケンカだよ、ケンカ!」
動揺を隠しながらも手を振って答える私に、夏海はふ〜んと渉と私を交互に見て言うと
「そんなに今までケンカなんかした事無いくせに……」
ボソッと呟いてキッチンの方へと去っていった。ふ、普段は鈍感なくせにこういう時は変なカンが鋭いんだから……。そう思いながら作業に取り掛かった私の視線は何も用事が無いのに、自然と渉の方へと向けられる。自分でも分からないうちに何度も何度も、気付けば渉ばかり見ている。
これはもしかして……熱でもあるんじゃないかしら? 額に手を当てながら考えてみるが、それでも再び渉へと視線が行ってしまう。一体どうしちゃったの? こんな気持ち、まるで琉依を好きだった時の症状に似てる……って、まさか……
「恋しちゃったのかも!?」
心の声を言われたような気がして、声がした背後を勢い良く振り返るとそこには琉依が立っていた。主役の登場に湧き上がる歓声に対して、琉依は両手を組みながら応えている。
「び、びっくりしたなぁ。急にいるんだもん」
「考え事しているからね、恋の悩みかなと思って眺めてました」
って、何だ……適当に言っただけなのか。それなのに過敏に反応してしまったから、逆にばれてないかな。こういうことに関しては、琉依は本当にカンがいいからね。
「それじゃあ、主役も来た事だし始めようぜ!」
ボトルを持ってやって来ると、渉は琉依の背中を押してテーブルへと連れて行った。
あと数日で……琉依は居なくなってしまう……