Lotus32 突然の別れと何かの始まり?
これからもずっと、このまま友達として傍に居られたらいいな……
そんな簡単な望みは、やがて叶わなくなってしまう事になるなんてこの時は思いもしなかった。
あれからしばらくして、琉依が一切大学へ来なくなったと思えばこの退学騒ぎ。それまで何も知らされていなかった私達は、ただ突然の琉依の行動に動揺を隠せないでいた。
今まで何一つそんな素振りを見せていなかったのに、それがどうしてこんな事になったの? 一体、琉依に何があったのか誰も分かっていなかった。それは誰よりも近くに居た夏海でさえも知らされていなかった事。
そんな突然の退学騒ぎは、翌日になって本人の口から理由を聞かされることになった。
「みんなも知っていると思うけど、先日退学届を出してきました。俺は語学勉強の為に、来月イギリスに行きます」
夏海の横で話す琉依の表情は、決意に満ち溢れていて誰も止めることなど出来やしない……そう感じさせられるものだった。みんなが驚く中、夏海だけは表情を変えることは無かったので、きっと昨日にでも聞いたのだろう。
でも、急にそんな話になるなんて……退学しても、これからもまたいつも通り会えると思っていたのにイギリスに行くなんて。せっかくこれから友達として楽しく過ごせると思っていたのに、そんなのって……。
「大丈夫?」
ふと、小声で私を心配する渉が声を掛けて来る。急な話に大丈夫な訳無いけれど、それでも私は頷いて見せた。
“行かないで……”
この一言がどうしても言えなかった。言っても琉依の表情を見ていたら、そんな事無駄だと思ってしまうから。それに、夏海もこうして我慢しているんだから私がこんな事言える訳が無い。
でも、それでも……寂しいよ、琉依。イギリスに行ってしまうこともそうだけれど、何よりも寂しいと感じるのはその話を今まで一度も言ってくれなかった事。そんなに頼りなく感じる?
「そっか〜、だから琉依はあの時海に行こうなんて言ったのかもしれないな」
みんなと別れてから、私は渉と屋上で話していた。確かに、急にメンバーだけで海に行こうって言った時もおかしいとは思ってはいたけれど、それは単純に琉依がみんなと遊びたかっただけだと思っていたから。でも、今思えばそれはしばらく会えないメンバーとの最後の思い出作りだったのかもしれないな。それなのに、私と来たら……
“抱いて……”
「っつああああぁぁぁっ!」
「蓮子!?」
再び蘇ってきたあの恐ろしい光景に、思わずその場で叫んでしまった私を渉は恐る恐る声を掛けてくる。何てこと言ったんだろうか、この口は! 琉依にとっては思い出作りだったのに、それを“抱いて”だなんて……。考えただけで寒気がしてくる。
「でも、三年で帰ってくるんだろ? 三年なんてきっとすぐに過ぎるよ」
「三年か……。私はもっと居ると思うよ」
みんなの前ではああ言っていても、琉依の事だからきっと三年なんかでは帰って来る訳が無い。これはきっと夏海も思っているに違いない。
「ショック?」
「決まってるじゃない。って言うか、アンタもでしょ?」
そう言って渉のほうを見ると、微妙な表情を見せて渉は頷いていた。伊織も梓も尚弥も夏海もショックを受けているに違いない。誰も琉依の変化に気付かなかったし、誰も琉依からそんな話を聞かされていなかったから。
何でも相談できると思っていたのは自分たちの方だけだったのかと、寂しくなってしまうよ。そう思っていると、渉が私の体を自分の方へ引き寄せて肩をポンポンと叩いてくる。
「きっと、琉依もまた話せなかったんだろうね。みんなの寂しい顔を見たくなかったから」
その言葉に私は渉の肩に頭を乗せて、そのまま何も言わずに溢れてくる涙を我慢していた。渉はそんな私を気遣って、ずっと肩を抱いてくれていた。温かい渉の手のぬくもりは、いつかの琉依のぬくもりを思い出させてくれる。けれど、このぬくもりはそれ以上に心地よかった。
「……」
って、何? この気持ちは……。琉依のものと比べてしまうなんて、一体どうしたの? 琉依は琉依、渉は渉なのに比べてしまうなんて。もしかして、私は……
「んっ!?」
渉の言葉に、私は無意識に視線を渉に向けていたことに気付く。急に体の中が一気に熱くなった感じがした私は、凄い勢いで渉から目を逸らしてしまった。あまりにも不自然すぎて、渉がさらに覗き込んでくる。
「な〜んだよ〜! 気持ち悪いだろ!」
「な〜んでもない〜!」
顔をしっかりと掴んで自分の方へと向けさせようとする渉に、私はその手を掴んで必死になって抵抗する。お互いが力を入れているので、だんだんと疲れてくる。すると、急に力が抜けたと思ったらその勢いで後ろに倒れかける。
「あ、危ねぇ!」
コンクリートに頭を打ちそうになった所を、渉の手によってそれは防がれたのだけれど……
「……っ!」
「……っと!」
私の顔の上には、覆いかぶさるようにある渉の顔。よくあるこの体勢は、普通ならこのままキスとかあるのかもしれないけれど……
「っ離れろ〜! このド変態!」
「いってぇ!」
つい思いきり渉の顔を殴ってしまった私は、すぐに飛び起きると近くでうずくまっている渉を無視して扉の方へ走っていく。扉の傍まで来て渉のほうを一度振り返ってみるが、渉は未だに痛みでのたうちまわっていた。そんな渉に声を掛けることも無く、私は凄い早さで階段を駆け降りて行った。
「危ない、危ない……」
そう呟きながら駆け降りる私の顔は今までに無いくらい熱く火照っていた。
これって、何の始まり……?
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。やっと琉依のイギリス行きと蓮子と渉の距離も縮まって来たところまで書く事が出来ました。完結までもう少しですので、しばらくの間お付き合いの程よろしくお願い致します。