Lotus31 恋を失って何を得る?
「もう遅いからね、静かにね〜」
小声でそう言うと、渉は静かに玄関のドアを開けて中へ入れてくれたが……
「おかえり〜」
「……っ!!」
真っ暗な玄関で待っていたのは、懐中電灯を顔の傍に持って座り込んでいた瑛と薫だった。その異様な光景に、思わず固まってしまう私と渉。そんな私達を見ると、瑛が電気を付けて中へ通してくれた。
「お前らは、普通に出迎える事が出来んのか!」
「出来ん!」
薫はそう言うと、瑛と一緒にリビングへと逃げて行った。自分たちの部屋も二階なのにリビングへ行ったって事は、それなりに私の事を気遣ってくれていると受け取ってもいいのだろうか?
「はい、じゃあ遠慮なく泣きなさい!」
部屋に入ると、渉はティッシュの箱を二箱渡してそう言ってきた。ティッシュを渡してくる、この行為は昔から私が泣く時に渉が必ずしてきた事だった。渉からそれを受け取ると、私はベッドの傍に座って一度深呼吸すると引き締めていた気を一気に緩ませる。すると、次から次へと涙が溢れては頬を伝っていった。
「……っ、うぅ……っ」
涙を拭く為にティッシュを大量に出しては拭いていくが、それでもまだ私の涙は留まる事無く溢れていく。そんな簡単に止まる訳無いよ……琉依への想いはそんな単純なものじゃ無いんだから。
「ずっと、ずっと好きだったんだから〜!」
ティッシュを握り締めながら泣き叫ぶ私を、渉は何も言わずに傍にいてくれていた。本当に大好きだった琉依……、異性を好きになるという感情を再び私に思い出させてくれた琉依……。
夏海を利用していると分かっても、それを責める事無く許してくれた琉依。私の想いを真剣に聞いてくれて、笑顔で応えてくれた琉依……。もう、いい事ばかりしか思い返せないよ。何一つ嫌なところなんか無かったから、嫌いになんてなれやしない。
振られても、まだ好きな気持ちは残っている。恋愛感情の好きという気持ちは、いつかちゃんと友情の好きという気持ちに変わってくれるのかな……。そして、もう一度琉依の前で笑顔を見せることが出来るのかしら。
「う、うぅぅ……あれ? 無い……」
ティッシュの箱の中身はいつの間にか二つとも空になっていた。周りにはゴミ箱に一切捨てられずに散らばった、丸められたティッシュが視界に入る。渉を見ると、もうストックが無いのか手を振っているだけだったので仕方なく……
「うおっ! この馬鹿! どこで拭いているんだ!」
「うるさい! 大人しく拭かれていろ!」
ティッシュが無いので、代わりに見つけて拭いたのは渉が着ていたTシャツだった。突然の行為に一瞬慌てる渉だったけれど、未だに泣き止まない私の心情を察してか私の頭に手を置いて優しく撫で始めた。
「偉いよ、ちゃんと想いを伝えたんだからな」
「渉……?」
偉い偉いと言いながら撫で続ける渉を見上げた後、再び涙が溢れてきた。ただ告白しただけなのに、それでも偉いと言ってくれる渉に私は嬉しさと照れくささを隠すようにTシャツに顔を埋める。
「お前……鼻水だけは付けるなよ?」
「……」
「だああぁぁぁっ! お前付けたな? ちょっと顔上げてみろ!」
失恋したのに涙は出るけど悲しい気持ちにならないのは、こうして渉が明るく接してくれたお陰かもしれない。と言っても、渉はただマジで怒っていただけかもしれないけど……。
大丈夫……明日からはまた、ちゃんと笑って琉依の前に居られるから。だから、それまではもう少し泣かせてね……。
「う〜い、朝日が目にしみるぜ!」
「渉も? 実は私もなんだよね……」
翌日、私と渉はお互い寝不足と泣き過ぎでちゃんと目が開けられない状態のまま大学に行っていた。睡眠不足のためか、二人とも講義には出る気にもなれなくてこうして屋上で横になっている。
今日は琉依も朝から来ている筈だけど、未だに顔は合わせて無かった。別に避けている訳じゃないけれど、ただ自然と会っていないだけだった。でも今、会ってしまったらかなり不細工な顔を見られてしまうからこうして会わないことにはホッと安心している。
「あっ……サボり二人発見した〜」
屋上のドアが開いたと思ったら、そこに立っていたのは尚弥だった。コンビニの袋を提げてこちらを見て立っている尚弥は、こちらへ近付いてくると袋を前に突き出して
「差し入れ〜、召し上がれ」
そう言って座る尚弥から袋を受け取った渉は、中からお菓子を取り出して勝手に封を開けて食べ始めた。そこに遠慮なく私も手を突っ込んで食べ始める。
「よく誰か居るって分かったね〜」
スナックを食べながら渉は言うと、尚弥はジュースを飲んでスナックに手を伸ばして頷いていた。
「だって、このメンバーは倉田以外はまともに講義に出ないし……」
何気ない尚弥の一言は、図星でもあるけれど私等にダメージを与えるには十分だった。確かにこの屋上には大抵メンバーの誰かが居る。梓は滅多に来ないけれど、それでもつい最近メンバーに入った尚弥に言われるとそれも自粛しないといけないなと反省してしまう。
それから三人で屋上で過ごして、ランチタイムになると伊織や梓が待つ広場に向かった私の目に留まったのは夏海と話している琉依の姿だった。あれから初めて会う琉依はこちらに気付くと、いつも通りの笑顔を見せながら手を振っていた。
「別に、いつも通りで接したらいいんだよ」
私の傍で渉はそう言うと、先に伊織たちのほうへと走っていった。渉の言うとおりそんなにも気を遣うこと無いんだよね。せっかく琉依も普通に接してくれているんだから……。
「おはよ〜」
「おはよ……って、ああっ! 私の野菜巻き食べてる〜!」
挨拶しながら頬張っていた琉依の口には、私の好物である伊織特製の野菜巻が大量に入っていた。いつも通りどころか、嫌がらせに近い琉依の行動に私は咄嗟に琉依の襟を掴んで
「出せ〜! 綺麗に出して! 私の野菜巻き返して〜!」
そう叫びながら琉依を思い切り振り始めた。それでも器用にもぐもぐと食べ進めていく琉依は、私にも聞こえるようにゴクンッと全てを飲み込んでしまった。
「ごちそう〜さん!」
「るーいーぃ!」
今にも殴りかかろうとしている私を、伊織は必死になって抑えていた。
「おやめなさい! もう、琉依も子供じゃないんだから! 蓮子もまた作ってきてあげるから!」
伊織の前で正座する私と琉依は、伊織から説教されているのにお互い顔を合わせると自然と笑顔になっていた。
「な〜に〜が〜おかしいんだ〜!」
♂モードで怒る伊織だったけれど、それでも私と琉依は笑みを絶やさなかった。良かった、いつも通りに接してもらえて。やっぱり琉依はそこら辺のオトコとは違うよ……。同じ年だけど、年上に感じてしまうくらい大人の男性。
これからもずっと、このまま友達として傍に居られたらいいな……
そんな簡単な望みは、やがて叶わなくなってしまう事になるなんてこの時は思いもしなかった。これから数日後に起こる事なんて、この時の琉依の笑顔からは予想もつかなかった……
「大ニュース! 国際学部の宇佐美琉依が退学届を出したんだってよ!」
ガラガラと何かが崩れて……しまった
尚弥と渉、蓮子の三人は良く一緒に行動する事が多いです。大人しい尚弥があの二人に引っ張られる様なんか想像できないと思いますが……
今回の最後にやっと最後の事件を出す事が出来ました。琉依のアレです。