Lotus26 返された罰
どうして夏海じゃないとダメなの? せっかく二人きりになれたと思ったのに、貴方が必要としているのは夏海だけ。お願いだから、私を見て?
ねぇ、琉依。夏海との楽しいひと時を終えたと思ったら、こんな事が待ち受けていたなんて思いもしなかったでしょ? 私もよ? だって、さっきの会話さえ聞こえてこなければ私はこんな事をしなかったかもしれないから。嫉妬と憎悪に任せて起こしてしまったこの行為、もう戻れない……。
「蓮子、お前……」
自分に抱きついているのは、唯一身に着けていたバスタオルも肌蹴てしまった私。もちろんわざとそうなるように仕向けた事なんだけれど、それでも私の心臓はこれまでに無かったくらいドキドキしている。お願い琉依、何か言って。
けれど、琉依はそんな私に何も言わずゆっくりと私を引き離すと、クローゼットからガウンを取り出して私に羽織った。
「琉依?」
「ダメだよ、そんな風に体を見せびらかしちゃ。勿体ないでしょ?」
思いもしなかった琉依の行動に驚いて見上げたが、その時の琉依の表情はさっきまでの動揺は消えていて穏やかな笑みを見せていた。どんな時でも余裕ぶって接して来る琉依に対して、同じ年なのにいつも年上の様に感じてしまう。
「さぁ、もう寝よ……」
琉依が言い終わると同時に私は再び彼の腕の中に飛び込んだ。その拍子で、簡単に羽織っていたガウンが足下に落ちる。
「れ〜んこ?」
「わかってるでしょ? 私の気持ちくらい」
ガウンを拾おうとする琉依を阻止するように、緊張で少し震えながらも腕を琉依の背に回す。少しでもいいから夏海に向けられているその気持ちを、私にも注いで欲しい。
「抱いて……」
思い切って伝えた私の願望を、貴方はどう捉えている? ただの冗談とか思われていないかしら。琉依の事だからきっと
“また今度ね”
そう言って、適当にはぐらかすのかしら? そんな答えを待っていると、琉依の手が私の肩に優しく触れゆっくりと引き離す。
「それで、蓮子の気は晴れるの?」
それで晴れるなら、私の事を抱いてくれる? そんな意味を込めて見上げた。
「蓮子は……いや、蓮子も梓も夏海の親友だから俺は関係を持つ気はないんだ」
また夏海。琉依はそうやって夏海の名前を出して、私からの誘惑から逃げている。それで私の気持ちを本当に考えてくれている? ちゃんと私と向き合ってくれているの?
「夏海と親友だから、私は琉依の恋愛対象になれないの?」
そう言いながら自分でガウンを拾って羽織り、再び琉依を見る。
「夏海無しじゃ、何も見れないの?」
「意地悪だね、蓮子は」
つい口に出してしまった私の嫌味に、図星なのか琉依は苦笑いしている。またごまかそうとするかもしれない琉依の顔を、私はずっと見つめていた。ここまで真剣に向き合っている私の気持ちに、ごまかして返すなんて許さないという気持ちを込めて。
しかし、琉依は一度上を見上げて苦笑いをすると、今度は視線だけをこちらへ移してきて口を開き始めた。
「意地悪な蓮子には意地悪なお返し。残念だったね、折角夏海を利用出来たと思ったのに報われなくて」
――!
琉依の言葉につい彼の背に回していた腕を放してしまう。見上げると、苦笑いしていた琉依の表情は冷たく私を見ていた。その瞳は何もかも見透かしていた。
「な、何の事か……」
「隠しても無駄だよ。知ってるよ、蓮子が俺に近付くために夏海とオトモダチになった事くらい」
「……っ」
思わず言葉を失ってしまう。バレている、夏海を利用してきた事が。
「ど、どうして?」
動揺を隠せない私の口から出た問いに、さっきまでの冷ややかな表情から再び穏やかな笑顔に戻った琉依は軽く私の頭に手を乗せた。
「だって“夏海無しじゃ、何も見れない”から」
ウインクしながらそう言う琉依に、私はそのままその場に座り込んでしまった。お互い別の人と付き合っていても、2人の絆は本当に深い事を思い知らされた。特に、琉依の夏海への気持ちは……
「異常なくらい」
琉依はそう告げると、自分も座り込んで私と向き合って来た。
「ゴメンね、知らないフリをしていて。でも、蓮子がこれからどうするか見たかったんだ」
そう言いながら私の頭を撫でる琉依の手は、とても温かくて優しい気持ちが伝わってきた。怒っている訳では無いのかも知れないけれど、それでも私は相変わらず琉依の顔を見れなかった。
「もし、私が夏海に危害を加えていたら……どうしていたの?」
知っていても何もしなかった琉依だけど、その間に夏海に危険が迫っていたら手遅れになるところだったのよ? それなのに、どうして貴方は何もしてこなかったの。
「あぁ、もしそんな事が起こったら、蓮子の事許さなかっただろうね〜」
明るく言う琉依だったけれど、それがどれだけ怖い事なのかは慶介の時に十分思い知っていた。ただの友人である私に対してでもあそこまで怒ったくらいなのだから、これが夏海ならもっと酷い事になっているに違いない。
「まぁ、でも? 蓮子は夏海に手は出さないって分かってたけどね」
「えっ!?」
意外な琉依の一言に、私は目を大きく開かせて聞き返した。
「知ってる? 夏海って蓮子の事が凄く好きなんだ。アイツが蓮子の事を話す時、いい顔しているんだよ?」
そんな蓮子が夏海に危害を加える訳は無い……笑顔で話す琉依に、私は思わず涙を見せていた。夏海が私の事好きだから、そんな私が彼女を傷付ける訳無い。そんな保障なんてどこにも無いのに、それでも琉依は私の事を信じてくれていた。そんな琉依に、私は……
「ごめ……ん、なさ……い」
溢れてくる涙を両手で隠しながら謝る私を、琉依は優しく抱き締めてくれた。琉依の腕の中で何度も何度も謝る私を、何度も何度も優しく頭を撫でてくれていた。
ごめんなさい……琉依……
ごめんなさい……夏海……
琉依には最初からバレバレでした。こういうカンは人よりも百倍鋭いのです。それでもこうして蓮子の心も癒せたので結果的には良かったのではないでしょうか? ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!