Lotus25 嵐の夜の誘惑
咄嗟に出た私の行動の結果は、望んでいた通り琉依が追いかけてくれた。どうしても別荘には戻りたくなかったの。だって、戻れば貴方は夏海一人だけのものになるから……
私の突拍子もない行動と、突然の嵐のおかげで私と琉依は彼の咄嗟の判断でこうしてペンションの中で一夜を過ごす事にした。
「シャワー浴びて来たら? 風邪引くよ」
その場で立ち尽くしていた私に琉依はそう言うと、シャワールームまで案内してくれた。仕方の無い事とはいえ、私とこんな所にいる事を夏海に対してやはり申し訳無く思ってる?
黙ってシャワールームに入って、服を着たままレバーを捻る。勢いよく出てきたシャワーの音に紛れて、そっとドアを開けて廊下を出て琉依の方を見ると、ソファに座ってテレビを見ている。
ねぇ、こんな時でもあなたの頭の中は夏海でいっぱい? 私が入るスキは少しも無いくらい。それでも私は琉依に自分の方を見て欲しくて、それであんな行動を起こしたのよ。
あれは本当に一か八かの賭けだった。海に飛び込んだのも琉依が傍にいるから起こせた事で、もし隣りに渉や伊織が居たら琉依は飛び込まなかったかもしれない。琉依が私を追いかけて飛び込んでくれる、そうしたら船がやって来るまでまた二人でいることが出来る。
とても愚かな行動だったかもしれないけれど、その時に私は琉依に自分の気持ちを伝えようと決意していた。そんな所に、嵐という偶然が重なっただけ。
ガチャッ
体を洗ってシャワールームから出ると、さっきまでテレビを観ていた琉依の姿は無かった。辺りを見たけれど、どこにもいなくてとりあえず二階へ上がって行くと、一番手前の部屋のドアが少しだけ開いていたので覗いてみるとベッドの上で寝転んでいる琉依が見える。こちらに背を向けている琉依の方へ近付くと
「お待たせ……琉依も入ってきなよ」
「あぁ、そうしようかな。蓮子は隣りの部屋を使っていいから」
そう言うと琉依は私の横を通り過ぎて、階下へと降りていった。琉依が言ったとおり、私は隣りにある部屋に行くとベッドの上に座り込んで呆然としていた。
咄嗟に起こした行動のせいで、琉依は少し機嫌が悪くなっている。陸に上がった時の琉依の顔が今でも頭から離れないでいた。あれは海に飛び込んだ私を心配してのものだと分かってはいるけれど、その他にも原因はある事くらい私には分かっていた。
夏海と離れ離れになったから。いくら一夜だけの事とはいえ、一緒にいれるのなら琉依はずっと夏海の傍にいたかった筈だ。賢一クンが居ない時だけ、琉依は夏海を独占できるのだから。
でも、それを阻止したかったのが私のずっと秘めていた本音。別荘に戻ってしまったら、琉依はずっと夏海と関係を持ってしまうから。誰にも邪魔される事無く、肌を重ねる事ができるから……。それを私は同じ屋根の下で耐える事なんか出来ない。
今、この島にいるのは私と琉依の二人だけ……。ダイビングのインストラクター達もみんなと一緒に帰って行ったから、誰にも侵される事のない私と琉依だけの空間。
トンットンッ……ガチャ、バタン
ふと考え事をしていると、階段を昇る音がして隣の部屋を開けて閉める音がした。琉依がシャワーを済ませて戻ってきたのだろうけど、私の部屋に来る事無く自室へ閉じこもる琉依に寂しさを感じる。
夏海の存在が無くても、私を見てくれることはないの? こんなにも好きなのに、どうして分かってくれないの? それなりの経験を重ねているのだから、私の恋心くらい見抜いてよ……。
張り裂けそうになる気持ち。恋をするってこんなにも苦しくなるんだ。慶介と付き合っていた時も彼の事を想ってはいたけれど、今みたいに苦しいと思った事はなかった。苦しくて……涙が溢れてくる。
「……子、蓮子?」
かすかに聞こえてくる琉依の呼びかけに閉じていた目を少し開いた。目を開けた視線の先には、琉依の姿があって私の肩を揺すっていた。どうやらあれからいつの間にか眠っていた私は、目を擦りながら起き上がると
「何?」
素っ気無い返事をして窓の方を見ると、外はもう真っ暗だった。そして、風は止む事無く音を立てて吹いていて木々が揺れてざわめく音が聞こえてくる。嵐はまだ過ぎていないみたい……
「夕飯作ったからさ、食べませんか? と言っても、あまり食料は無いから大した物ではないけどね」
そう話す琉依はさっきまでのピリピリした雰囲気は消えていて、いつもの穏やかな表情に戻っていた。そんな琉依を見て、やっと安心できる私。
「琉依って、料理出来るんだ〜」
「兄貴から徹底的に教えてもらったんですよ。これからは男も料理くらいは出来ないといけませんからね」
階段を降りながら交わす会話で、私はまた大好きな琉依の事を知る事が出来た。こんな些細な事でも、二人だけの空間と合わせると本当に幸せに思えてくるんだよ。
琉依が作ったパスタとサラダを食べながら、私達は色々な会話を楽しんだ。琉依のモデルの現場での話は、特に私を笑わせてくれた。私の知らない琉依の事をまた一つ、また一つ心の中に積み重ねて行く度に笑顔も増えていく。本当に愛しいこのひと時は、私の心を綺麗にさせてくれる。
“このまま……ずっとこのままで居たいよ”
おさえきれないこの気持ちを秘めながら、私は琉依との限られた時間を過ごしていた。
食事を終えて、再び二階の部屋に戻ってそろそろ寝ようかと準備している時も、窓の外では嵐が収まる事を知らずに木々を揺らしていた。そんな様子を窓の傍に立って眺めていると、ふと隣りから琉依の声が聞こえてきた。
「……大丈夫だって。うん……だから……」
電話で誰かと話している? また渉が心配して掛けて来てくれているのかな? この嵐だから、きっと何か起こってはいないかと気にかけてくれているのかな。
渉らしいと笑っていた時だった……
「うん、だから心配しなくていいって夏海」
夏……海?
夏海からの電話だったの? 違う、電話の着信音なんて聞こえなかった。なら、掛けたのは琉依の方から?
その場で思わず立ち尽くしてしまった私は、ただ聞こえてくる琉依の声に再び寂しさを覚え始めていた。そして、同時に湧き上がってくる夏海への嫉妬と憎悪。
どれだけ離れていても、琉依の心からは夏海を引き離す事なんて出来やしないのだ。常に頭の中には夏海の存在が何よりも多く占めてしまっている。誰にも侵すことが出来ない二人の絆が、もう出来上がってしまっているんだ。
そう実感してしまうと、自然と涙が溢れては頬を伝ってくる。一緒にいた時の琉依は、私の涙に気付くとすぐに指で拭ってくれていたのに、当の琉依は愛する夏海に夢中になっていてこの涙に気付かない。
では、どうすれば琉依は自分の事を見てくれる?
「それは……」
自分が行動を起こすしかない。僅かな隙間からでも侵さなければ、この二人の絆は壊せない。
「うん、それじゃあね」
受話器を置いてその場で立ち尽くす琉依の姿が、ドアから確認できた。
「夏海だったの?」
「あぁ、そうだ……よ」
私の問いかけにこちらを振り返りながら答える琉依は、私の姿を見て思わず固まって目を大きく開いていた。
「蓮……子?」
動揺を隠せないまま呼びかける琉依の視線の先には、タオル一枚しか身に着けていない私の姿。そんな琉依の近くまで私は進んで行くと、琉依の腰に手を回して顔を胸に埋める。
「お願い……」
胸が高鳴る私はやっと口を開いて琉依に頼む。
私を……抱いて……
蓮子、大胆な行動に出ました! これに対して琉依はどう出るか、次回を楽しみにして頂けると嬉しいです。琉依はよく友達に対してもたまに敬語を使ったりしていますが、それはもう彼のクセです。敬語やタメ口を混ぜて話します。