Lotus22 “寂しい”サイン
「……で、どうしてこうなるの?」
「仕方がないでしょ! アタシだって梓と一緒にしたかったわよ!」
ここは宇佐美家の別荘にある大きなキッチン。そこで私は何故か伊織と一緒に今夜の夕飯を作っているのだけど、この組み合わせは未だに納得がいかない。
――-数時間前
「OK! それじゃあ、今から料理と掃除と準備班に分かれて行動を起こしましょう!」
琉依の提案で私たち六人はくじでその担当を決める事にしたのだけれど、何気なくひいたくじは見事に男女ペアになったのだ。しかもその組み合わせというのが……
「きゃああああっ!」
「何も、そんなにも喜ばなくていいのに〜」
可愛い梓! と悲鳴をあげている梓にお構いなく抱きついている琉依を、伊織が必死になって引き剥がそうとしている。琉依と梓は準備の担当になっていて、他の二組とは違って外での作業になるから余計に伊織が不安になっている。
夏海は渉とペアで、掃除の担当。元気が取り柄というこの二人にはもってこいの担当だと思う。そして、残った私と近くで脱力している伊織が料理担当になったという訳で、今こうして料理に取り掛かっているのだけれど……
「梓、大丈夫かしら? あの馬鹿に襲われていないかしら?」
「アタシ、見に行った方がいいのかしら? でも、せっかくの料理が……」
隣りでさっきからブツブツとうるさいこのオカマ。そんなに気になるなら行けばいいのに、自分の趣味でもある料理も放ってはおけないらしくずっと悩んでいる。いくら付き合っているとはいえ、相手は琉依だから気にはなるのね。別に、琉依も本気で梓に構っている訳では無いのに。
そんな伊織とは対照的で、夏海と渉は楽しそうに掃除を進めている。慣れた手つきで次々と終わらせていく二人を見て、私は伊織の服を掴んで引っ張ると
「ねぇ、伊織。アンタや渉ってここに来た事があるの?」
「え? えぇ、あるわよ。アタシも渉も」
やっぱり。さっきから伊織は調理器具とか全く迷う事も無く探し当てていたし、渉も初めてとは思えないくらい慣れた手つきで掃除道具を扱っては掃除をしていた。こんなの、ここに何回か足を踏まない限り出来ない事よね。
「確かね〜、アタシが小学生の時に初めてここに来て、渉は中学生の時じゃないかしら?」
梓は私と同じで初めてらしいけど、夏海に至ってはほぼ毎年のように来ているらしい。別にこれは分かっていたから、聞きたくは無かったけれど。伊織は慣れた手つきでフライパンを扱いながら、それでも視線は窓から見える琉依と梓の方へ向けられていた。
オカマな伊織も、やっぱり梓の事が大好きなんだな〜っと実感した。梓の事が可愛くて可愛くて仕方が無いから、こんなにも気になってしまうんだよね。
「そういえば、琉依と梓って何の準備しているの?」
出来上がった料理を盛り付けながら、私は伊織に尋ねた。伊織は食後のデザートと言う事で、レモンケーキを作っている。
「あれね、明日ここからさらに離れた島に行く準備しているのよ」
「島〜?」
伊織が言うには、この別荘がある島から更に離れたところにある島にも宇佐美家が所有する土地があって、そこでダイビングやシュノーケルを楽しんだりするみたい。早朝から行って、夕方には帰ってくるというプランなんだけど……
「どれだけ土地持ってんのよ、宇佐美家は」
謎めいた琉依の家族に私はちょっと興味を抱き始めた。それにしても、ダイビングにシュノーケルかぁ……本格的にマリンスポーツも出来るし、これは楽しい夏休みを過ごせるかも。
〜♪
その時、聞き覚えのある着信音が聞こえてきた。夏海の携帯の着信音、しかも発信元はきっと彼氏である賢一クンからに違いない。その通りなのか、夏海が浮き足立って携帯を置いていたテーブルまで行って電話に出た。
「もしも〜し、賢一?」
やっぱり……。そこからは夏海の浮かれた声が聞こえるばかり。それにしても、賢一クンもまぁ律儀に夏海に電話してくるよね。もうすぐしたら捨てるかもしれないであろうオンナに、わざわざこうして電話をかけて様子を伺うなんて。何だか、慣れている感じがしてくるのは私だけかな?
夏海も恋愛に関しては初心者なのか、こういうことに関しては本当に鈍感らしく全く疑いもしていない。相手の事が好きすぎて、周りの事が良く見えていないみたい。これは、ダメだ。待っているのは、“不幸”の二文字しかない。
「よっしゃ〜、終わりましたよ!」
「梓〜っ!!」
肩を叩きながら中へ戻ってきた琉依に、伊織は後から続いてやって来た梓に向かって勢い良く抱きついた。そして、何度も琉依を殴ってはまた梓を抱き締めている。軽く笑いながら私は二人を見ていたが、この二人の事は心から応援したいという気持ちで一杯だったのでとても微笑ましくその光景を眺めていた。この二人には、自分のように醜い感情なんか生まれなければいいと思ってしまうくらい。
「俺も終わった〜。夏海は……っと、まだ電話してるのか?」
掃除を済ませた渉は、遠くで楽しそうに会話をしている夏海の方を眺めていた。それにつられて琉依もまた同じ方向へと視線を向けていた。
あっ……またその表情。
誰にも気付かれないくらい、一瞬の間に見せる“寂しい”のサイン。そして、すぐにこちらへと視線を戻して伊織と私が作った料理が待つテーブルの方へと足を進めて行った。
そして、電話を終えた夏海も遅れて椅子に座ると、みんなで食事を始めた。
「琉依、明日は何時にここを出る?」
「そうだね〜、六時くらいには出ようかな」
明日の話を渉と琉依が話している。伊織と梓が隣同士で仲良く話しながら食事をしている中、私は夏海の方を睨みながら自分の中である決意を固めていた。
嵐が、近づいてきている事にも知らずに……
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。さて、今回“メンバー六人”と書いていましたが、この時はまだ尚弥とは知り合っていないので六人です。尚弥はもう少ししたら登場する予定です!
さて“別荘編”も、もう少し続きますのでこれからもよろしくお願い致します!