Lotus1 きっかけの数時間前・朝
「おはようございま〜す!」
隣りの家の玄関の前でインターホンを鳴らして、出てきたおばさんに挨拶する。
「あら、蓮子ちゃんおはよう。上がって上がって!」
おばさんはいつものように玄関の中へと通してくれて、そのまま私はいつも通り二階へと階段を昇って行く。そして一番奥にある部屋から聞こえる数種類のアラームの音にため息をつきながら、ノックをする事も無く勢いよくドアを開ける。
バンッ
「こら〜っ渉! 何時だと思ってるの!」
隣りの家に住む幼馴染みの渉の家に行って、寝起きの悪い彼を親の代わりに起こす。これが私のいつの間にかの日課になっていた。私の怒鳴り声にも反応することも無く渉はまだ夢の中。いくつかのアラームにも起きる事ないから、私が怒鳴ったくらいでは起きないのは当たり前……だから、
「わったるく〜ん、起きようね〜」
「いてっ! いててててッ」
うつ伏せに寝ていた渉の腕を後ろに思い切り引っ張ると、痛さでやっと渉は悲鳴を上げながら起きる。結局はこうなるのだから、そろそろちゃんと起きてほしいのですけど。そうなれば、私の苦労も一つは減るのにな……。
萩原蓮子、高校三年生。渉とは高校も別だけど、小学生の頃からの腐れ縁という事で今でもこうして登校前には渉を起こす事から一日が始まっていた。そして、そのまま渉の部屋を出ると今度は隣りの部屋に入っていく。
「こら〜っ! 瑛も起きるんだ!!」
瑛は渉の一つ下の弟で、彼もまた兄貴に負けないくらい寝起きが悪かった。勢い良く瑛の背中に飛び乗ると“ぐえっ”と、蛙が潰れたような声を出してやっと目を覚ましていた。
「蓮ちゃん、重いよ……ダイエットしなよ」
寝起きとは思えない瑛の嫌味に今度は頭突きをかまして大人しくさせた。そして、次は……
「おはよう、蓮ちゃん」
「薫、起きてたの?」
この馬鹿二人とは違って、きちんと制服に着替えて髪もセットした二つ下の薫が顔を覗かせていた。この子だけがまともというだけでも、今の私にとってはかなりの救いになっていた。薫はそのまま瑛の部屋に入ると、まだ寝ぼけている彼を引きずって洗面所へと連れて行った。
「これで、良し!」
これが終わってやっと私は学校に行けるわけ。それでも、渉の家の玄関を出て数歩歩いたところで
「待て! 待て待て〜蓮子!」
必死になって追いかけてくるこの馬鹿長男に捕まるわけだけど。ホントに、高校も違うのだからいい加減一人で行って欲しいのにな。これも母親同士が幼馴染みという腐れ縁の所為なのかもしれない。
「何よ、そんなに慌てるくらいならそろそろ自分で早起きしなさいよね」
いい年して……と呟いていると、せっかくセットした髪をくしゃくしゃと渉が崩してきた。
「な、何すんのよ〜! この馬鹿!」
片手で頭を押さえながらもう片方の手で渉を殴る。今日から三年生の始まりだからせっかく綺麗にセットしてきたのに〜! 必死に怒る私をよそに、渉はゲラゲラと笑いながら舌まで出して挑発してくる。
「蓮子」
ふと自分を呼ぶ声がする方を振り返ると、そこには軽く手を振る同じ高校の制服を着た男子生徒がいた。
「篤史!」
渉を殴る手を止めて、私は簡単に乱れた頭を整え始めた。
「何? 新しいオトコ?」
「そんなんじゃないわよ。ただの遊び相手〜」
少し低音で話す渉にそう答えると、そのまま篤史の方へ駆け寄ってそのまま一緒に学校まで向かう。そう、篤史は彼氏なんかじゃない。“彼”もまた私の遊び相手の一人に過ぎないのだから……。
真剣にオトコと付き合うなんて、もうまっぴら。いくらこっちが真剣に愛していても、相手もまたそうとは限らないのだから。すぐにまた別のオンナを見つけては、関係を持ってしまう最低な生き物。そんな奴の為に必死になるなんて……もうゴメンだわ。
それなら私もまた彼らと同じ様に切り捨てるくらいの付き合いをしてやればいい。そうしたら、もう傷付いたりしないのだから。
真剣に人を愛するなんて……もう無いと思っていた。
男好きという設定でシリーズ第1弾に登場していた蓮子ですが、どうしてこんな風になったかというのを次回書きたいと思います。そして、蓮子の前に現れた人生を変えるきっかけになる男性も、次回登場します! 渉の弟(瑛&薫)もどこかでまた書く予定です!