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第七章 「戦闘開始」

 イクイア文明は実の所、大昔の文明であるが故に、正確なことはほとんど分かってはいない。事実、今知られているイクイア文明に関する情報は、そのほとんどが後になって考えられた伝説であり、実はそんな文明は存在しなかったのではないかと主張する者も少なくないという程だ。

 そんなイクイア文明に纏わる話の中にも、定説といわれるものがある。それは、『生き残った三人』と、その三人が持ち逃げしたという『三種の神器』の話だ。それは、イクイア文明で奉られていた、三つの神器を、滅亡の際に三人の人間が持ち出した、という話だ。

 そんなイクイア文明の生き残りと言われるアルクトゥルス、カースナグ、エアセイラの子孫が誰なのか、それを知っている者もまた、ごく限られた者達だけなのだ。


―テラール村付近―

 「さあ、降参するなら今だぜ。」エータは厳粛な声で言った。その手に握られた槍・聖槍“エイレア”の切っ先には、カルダの顔があった。

 ドラゴンの姿になったパルトに騎乗したエータの力は、凄まじいものだった。ものの数分で、スピルナ公国の精鋭と呼ばれるアルカナの隊長、カルダを圧倒していた。

 「フン、なるほど。」カルダはそれでも落ち着いた声で言った。「やはり、『龍騎士エータ』という通り名は伊達では無いようだな。」

 「そうやって余裕ぶっこいてられるのも今のうちだぜ。」エータはそう言って再びエイレアをカルダに向けて突き出した。カルダは手に持っていた大鎌でそれを素早く弾くと、後退りして距離を取る。

 そこに追い討ちをかけるようにパルトの尻尾が上からたたき付けられる。その威力に辺りに砂埃が立つ。

 「ボス・・・!」それを見ていたアルカナの一人、ナラカが心配そうな声を上げる。

 「・・・・お前ら、手出しはするな。」すると砂埃の中からカルダの声がした。見てみると、カルダは大鎌を盾にしてパルトの一撃を耐え抜いていた。「コイツの相手はオレ一人で充分だ。」

 そう言ってカルダはオレンジ色のパルトの尻尾を押しのけた。あれほどの威力の攻撃を受けたというのに、カルダの大鎌には傷一つ付いていなかった。

 「エータ、あの鎌なんだかおかしいよ。」パルトがエータに囁いた。「あの頑丈さ、もしかしたらエータの持ってるエイレアと同じ・・・」

 しかしパルトはその先を言うことが出来なかった。今の一瞬の内に、カルダの鎌の刃がパルトの首の下に迫っていた。急いで首を曲げて避けたから良かったものの、もし今のを避け損ねたら、いくらドラゴンといえど首が飛んでいたに違いなかった。

 「パルト、上昇だ!」というエータの声に従って、パルトは大きな翼を羽ばたかせて上空に飛び上がった。相手が空を飛べない以上、龍騎士としては空から攻撃するのが最も効率的だ。

 「もう、これだからぼくは戦いたくなかったのに・・・」パルトはため息混じりに言った。一言にため息といっても、ドラゴンの物となるとそれだけでも迫力がある。

 「るせーな、とにかく今は目の前の敵だろうが。」エータは半ばぼやくように言った。

 「わかったよ、でも高級ロースハムおごる約束は忘れないでよぉ。」パルトはそう言って、しかしその口調とは裏腹に、その精神はもう戦いに集中して、研ぎ澄まされていた。普段はマイペースだけど、やればできる子、それがパルトだ。

 「なるほどな。」上空で旋回しているパルトの腹を見つめながら、カルダは言った。「上空からの急降下を利用して攻撃しようと言う訳か。ちょうど良い。」

 カルダはそう言って手に持った真玉を掲げて、やや不気味な声で言った。「それならば、こちらもこの真玉の力の一部を見せてやろう。」

 その言葉に呼応するように、真玉から光が湧き出て、カルダの体を包み込んだ。


 「さあ、かかってこい、エータ・レアロス。」エータは下の方でカルダが言っているのを聞いた。

 「言われなくても行かせてもらうぜ!」エータがそう言ったのを合図に、パルトは一気に羽ばたいていた翼を閉じて、急降下の態勢に入った。その落下のスピードは一気に上昇し、周りで風がビュウビュウとなり、エータにも強風が吹き付けてきた。しかしエータはその風に負けじと槍を構えた。

 そして、地上で大鎌を構えるカルダと、上空から急降下するパルトとの距離はぐんぐんと縮まっていき、そしてついに、その二つがぶつかり合った。

 ぶつかる瞬間、カルダは軽やかな動きで見を翻してエイレア及びパルトの直撃をかわし、その横から大鎌の一撃をエータに向けて放った。そしてすかさずバックステップで距離を取る。

 これらすべてがパルトの落下の一瞬の事だった。そのスピードは異常だった。

 「ぐ・・・何だよ、あのスピード・・・」エータは呻くように言った。その左腕には、大鎌によって受けた真っ赤な血に染まった切り傷があった。痛々しいその傷は大鎌の黒い刃によってまっすぐに切られていた。

 しかし、カルダの考えとは裏腹に、首は無事に繋がっていた。カルダは間違いなくエータの首を狙っていたはずだったのだが。

 どうやら攻撃の際、鎌の刃がパルトの固い鱗にぶつかって、軌道がズレたようだった。だが、目的は果たした。

 「どうだ、見たか。これが真玉の力だ。」カルダはいかにも余裕といった表情で言った。「真玉は、それを持つものに無限の力を与える。いくら龍騎士といえど、無限の前では無に均しい。」

 しかし、エータは納得が行かなかった。「なんでだ・・・真玉はアルクトゥルス、カースローダ、エアセイラの血で封印されているんじゃ・・・」

 「それは残念だったな。まだ解らないのか?」カルダは言った。「このオレ、カルダ・ゴートこそが、その内の一人、カースローダ・ゴートの子孫なのだ。オレの血によって、真玉はすでに一段階解放されているのだ。そして・・・」

 そう言ってカルダは、大鎌の刃に付いたエータの血糊を、一滴真玉の上に垂らした。その瞬間、真玉はその光を一層強めた。

 「これで二段階。」とカルダは続けた。「残るはアルクトゥルスの血だけだ。さて、必要だったもう血は貰ったことだし、お前には消えてもらおう。」

 真玉によって力を大幅に増したカルダの速力に、すでに手負いのエータはついて行くことが出来なかった。目の前に大鎌を構えたカルダが迫るころ、さしものエータも死を覚悟せずにはいられなかった。


 しかし、その大鎌の刃がエータの首を刈り取ることはなかった。

 見ると、カルダとエータの間には一人の人間の姿があった。その両手に持つ二振りの短刀で、カルダの鎌を受け止めていた。

 「誰だ・・・てめえ。」エータは荒い息と共に言った。

 「助けた者に向かって『誰だ』とはご挨拶だな、エータ・レアロス。」ゼッタは腕に満身の力を込めつつ言った。カルダの筋力は真玉の力によって上昇している。その攻撃を受け止めただけでも十分凄い。「俺の名はゼッタ・ベルク。スピルナ公国の精鋭部隊、トランプの副隊長だ。同盟間の盟約に則って、助太刀する。」

 「ったく、随分とお堅いのが来ちまったもんだぜ。」エータは状況に似合わぬ声で言った。

 「助けてもらったんだから、文句言わないの。」それに対してパルトがまるで母親のような口調で言う。

 その時、カルダの後方から別の二本の刃が迫った。カルダはそれを横に避け、剣は空を斬った。それはアトルとカーラの剣だった。

 「来たか、アルデバランの犬ども。」それを見ていたアルカナの一人、エストが呟くように言った。

 「これで役者は揃ったな。」エストの隣でアルカナ副隊長、バードも言った。

 こうしてテラール村付近の獣道に、トランプのカーラ・アトル・ゼッタ、エンリアル王国のエータ・パルト、そして反対側にはアルカナのカルダ・バード・エスト・ヴァイス・ナラカが揃った。

 「まったく、瞬間移動の時の揺れのせいで、本当にまた船酔いになる所でしたよ。」素早く体を反転させてアルカナの方に向き直りながら、アトルが言った。

 「兄さん・・・」その隣でカーラは誰にも聞こえぬように、囁くような声で言った。

 「へっ、ついに来たな、トランプどもめ!」ヴァイスは戦うのが待ちきれない様子で言った。

 「この戦いで、すべてが終わる・・・」とアルカナの一人、ナラカが言った。

 「いいや、違うな、ナラカ。」その言葉をカルダが訂正する。「すべてはこれから、始まるのだ。」

 「時にエータ殿。」カーラがエータの腕に走る赤い切り傷を見て言った。「その傷は大丈夫か?」

 「女に心配されるほどじゃねえよ。」とぶっきらぼうに言うエータは、明らかに強がっていた。

 「もうダメだって言ってます。」とエータのセリフを勝手に通訳するパルト。「君みたいなカワイイ女の子にナデナデしてもらわないと死んじゃうって。」

 「誰がだ!勝手に変に訳すな!」エータがつっこむ。

 「ていうか冗談言ってる場合じゃないですよ!」そこにアトルが喝をいれる。

 「それで、実際はどうなのだ?」くたびれたようにゼッタが尋ねる。

 「大丈夫だ。血は出てるが、あまり深くやられたわけじゃねえ。」そう言ってエータは用意していた大きな布を取り出し、それで手際よく傷口を縛った。「しばらくはこれで何とかなる。」

 「そうか。」とゼッタは言った。「それでは戦力にもなる、と考えて良いか?」

 「問題ねえ。」エイレアを握り直して、立ち上がりつつエータは言った。

 「・・・来ますよ。」そこにアトルが緊張した声で言った。トランプとエータ、パルトはその言葉に迅速に反応した。

 次の瞬間、いくつもの鉄と鉄がぶつかり合うけたたましい音が鳴り、おそらく最後になるであろう戦闘が始まった。


 しかし、戦闘はトランプ側の有利には進まなかった。何より、もともと一つのチームであるアルカナに対し、信頼関係のないトランプとエータ・パルトのチームでは、やはりチームワークに歴然とした差があった。

 仲間の戦法を知り尽くしているアルカナは、まさに適材適所、一人が隙を突かれればすかさず仲間が助けに入る、と言った感じで、どちらが優勢かは明らかだった。

 (このままじゃ埒が明かない・・・!)そうアトルが覚ったのは、戦闘が始まってすぐの事だった。

 その時、エストの振るった剣を受けて後ずさったアトルの背中に、別の背中が当たった。エストの剣をはじきながら隙を作らないように一瞬だけ振り返ると、それはエータだった。両手に刃渡り二十五センチはあるかという鉤爪を装備したヴァイスと対峙している。リーチでは槍の方が圧倒的だが、片腕が使えないエータは素早いヴァイスの攻撃を受けるので手一杯のようだった。

 「トランプの一人か?」エータは背中越しに声をかけて確認してきた。

 「敵だったらすぐに刺してますよ。」とアトル。

 「それもそうだな。それより、お前も気づいてるだろ?」エータが何について聞いているかは明らかだった。

 「もちろん・・・チーム戦じゃあ分が悪い・・・多分、ばらばらに分かれて戦った方が良いですね。」アトルが言い終わるのとほぼ同時にエストの剣が眼前に迫る。頭を下げて避ければ後ろのエータに攻撃が当たってしまう。しかし間に剣を入れて防ぐだけの間隔はない。アトルは思い切ってその剣を素手で掴んだ。

 しかし、銀色に輝く刃がアトルの手を引き裂くことはなかった。アトルの手は青色の光に包まれていた。エネルギーを変換して操る能力、バチを使って手を刃から守ったのだ。体に負担はかかるが、首を切り落とされるよりはマシだ。

 「その通りだ。とにかく、こっちでなんとか隙を作る。そこで一人ずつ敵を引き付けて個人戦に持ち込む。お前の仲間にもそう伝えろ。」エータもまたヴァイスの振るう鉤爪を弾きながら言った。

 「分かりました。」アトルは仕方なさそうに言った。この乱戦の中でカーラとゼッタに情報を伝えるのは簡単ではないが、このまま負けるよりはまだいい。

 アトルはエストに向かって大振りに剣を振るった。エストは突然の反撃に驚いたように後ずさる。アトルは続けて突きを繰り出してエストを追い払った。

 そしてカーラに作戦を伝えるためにその場を素早く逃げ出す。ふと後ろを見ると、エータもまた仲間のドラゴンに作戦を伝えるために隙をついてその場を退避していた。

 目の前にゼッタの姿が見えた時、後ろからエストの剣が横なぎに迫るのが直感で解り、アトルは素早く見を屈めた。白刃が頭の上で風を切る音が聞こえた。

 そして次の瞬間に身を屈めたアトルの上を、走ってきたゼッタが軽々と飛び越え、アトルの後ろにいるエストに向かってナイフで切り付けた。

 アトルは迷わず目の前にダッシュして、それまでゼッタと戦っていたカルダに向かって剣を振るった。こうしてゼッタとアトルは互いの相手を交換する形となった。普段から共に鍛練していたからこそのチームワークだった。

 アトルはカルダの振る真っ黒な大鎌を剣で受け止める。そのあまりの威力にアトルは驚愕した。このままでは押し負けてしまうと感じ、すぐさま右腕と剣にバチを送り込み、強化する。

 かなりの力を消費して、やっとカルダの大鎌が止まった。アトルの体を疲労が包んだ。

 直接ぶつかり合っては勝ち目がない。アトルはそう思ってカルダの攻撃範囲の外に後ずさりする。後ろにゼッタの背中を感じた。

 「何か用か、アトル?」ゼッタが背中越しに尋ねる。わざわざ敵に背を向けて走ってきたのだ。それなりの理由があったと考えるのは当然だろう。

 「エンリアルの王子からの、伝言です。」そう言ってアトルはゼッタに、エータの言ったことをそのまま伝えた。

 「そうか。分かった。隊長にはオレから伝える。」ゼッタは早口にそう言った。「少しの間、お前に二人を任せることになるが、大丈夫か?」

 「・・・大丈夫です。」アトルは息を荒げていたが、それなりの確信を持って言った。「頭を下げてください!」

 アトルはそう言って思い切り剣を円を描くように振った。その攻撃範囲にはエストとカルダの両方が入っていた。アルカナの二人は攻撃をかわすために後ずさり、そこに一瞬の隙が生まれた。その隙をついてゼッタはカーラを見つけるためにその場を去った。

 アトルは二人の敵に挟み撃ちされないようにすぐさま横に移動し、向き直ってエスト、カルダの二人と対峙した。


 その頃エータは、ドラゴンの姿のパルトに騎乗して、ナラカとヴァイスの二人と戦っていた。パルトに乗っているお陰でエータの視点は高くなり、戦闘の様子を広い視界で確認することができた。

 「・・・ねぇ~、エータぁ、まだなの?」パルトがつまらなそうに愚痴をこぼす。その時、ヴァイスが自分の懐に潜り込もうと距離を詰めてきたのを見て、パルトは顎を開いて火炎弾を吐いてヴァイスを牽制した。

 「待て、もう少しだ。」エータは戦況を注視しつつ短く答える。

 今、作戦はトランプの三人の内二人に伝わっているようだ。そして一番背の高い一人が、最後の一人の女に伝えに行っているところである。それが伝われば、準備完了だ。

 「・・・・・・よし、行くぞ。」しばらくしてエータがそう合図し、パルトの背から飛び降りた。

 それを聞いたパルトは、すかさずその巨大な翼を広げ、周りに烈風を巻き起こし、エータを地上に残して飛翔した。トランプの三人はその意味を理解して、身構えた。

 パルトは大きく息を吸い込み、胸を膨らませた。パルトの体が熱でオレンジ色に輝いた。次の瞬間、パルトは体内で生み出した超高温の炎を一度に吐き出した。戦場をオレンジの火炎が包み込む。

 実の所、この炎には見た目ほどの破壊力はなく、そのほとんどが目くらましでしかなかった。しかし、それでも今回の目的は充分果たすことはできた。

 アルカナの五人がその火炎弾に気を取られた一瞬の間に、トランプの三人とエータは行動を起こしていた。

 数秒の後、パルトの吐いた炎がすべて消えた時、パルトの他にそこに残っていたのはナラカ一人だった。

 「ありゃ、それじゃぼくの相手はキミってことになるの?」パルトは人間の姿に戻り、すたっと地上に着地して言った。「女の子に手を上げるのは嫌いなんだけどなぁ~。」

 「・・・そうして余裕でいられるのも今のうちよ。異形の者よ。」ナラカは氷のように冷たい声で言った。



八章に続く

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