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第五章 「運命の歯車」

 トランプ―その言葉を聞くと、まずカードゲームのトランプをイメージする人は大多数を締めるだろう。

 しかしその実、カードの事をトランプと呼ぶのは日本人のみである。その言葉の語源は、別のところにあるのだ。

 それは、『切り札』。カードゲームにおける、必勝の一枚のことである。

 今回の場合の、スピルナ精鋭部隊・トランプという名前も、そこから来ているのである。

 すなわち、スピルナ公国を表から治める切り札という意味である。それ故に、トランプに所属するものには、王侯貴族の様に高潔で、スピルナ国民の規範であり、そして強くあることが求められるのだ。


―時は遡り、カーラ達の出発直後スピルナ公国 フェルメ・エトワル城―

 見るからに高級そうな赤い絨毯の敷かれた、石作りの長い回廊。天井までの高さだけでも5メートルはありそうだ。

 その奥にある、高さ3~4メートルもある大きな扉の前で、二人の人間が手続きが終わるのを待っていた。

 しばらくの無言の時間の後、扉を守る兵士の一人が口を開いた。

 「―ただいまアルデバラン・アルト公よりの許可が下りました。それでは、スピルナ精鋭部隊トランプの諜報隊員・ソルグ・ライアル殿と、同じく救護隊員・シフォン・ラエーナ殿を、アルデバラン・アルト公の謁見室へお通しします。」兵士は大仰にそう言うと、複雑な形をした大きな鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。

 その口調と動作はまるで機械のように完璧で、非の打ち所が無かった。

 鍵が回るに合わせてガチャンと音がなり、鍵が開いたことを伝える。

 その大きな扉はゆっくりと観音開きに開いたが、流石に完成してまだ少ししか経っていないこの城の扉は、見事に軋み一つ上げない。

 「・・・ったく、分家だろうが持ち前の几帳面さは変わらずだなぁ、アルト家ってのぁ。」ソルグは悠々と歩きながら冷やかす様に言う。

 彼が言っているのは、先ほどの兵士の事である。知っている人が見るからこそ気が付く事だが、あの兵士はアルト家の分家の出なのである。

 普通の国でなら、統治者の親戚ともなればそれだけで、大臣のような極上の地位を与えられるものだが、この国はその平等主義ゆえに、たとえアルデバラン公の親類であろうとも他の国民と同じように一兵卒から手柄を立てて出世しなければならない。

 例えばあのアトルでさえも、始めは平民となんら変わらぬ一人の兵士として、軍の戦闘部隊に入隊したのである。

 トランプでの今の地位も、実績を認められて昇格したに過ぎない。

 しかし、ソルグの言葉に対し、シフォンは何も答えない。

 「・・・シカトかよ。相変わらずつれねぇヤローだな、シフォン。」ソルグは大きくため息をつきつつ言う。それに対してもシフォンは清々しいほどに無言。ソルグはその後も何度か喋りかけようとするそぶりを見せたが、結局諦めたようにそっぽをむいた。

 そして二人は部屋の奥にある豪奢な机の前にたどり着く。その奥の壁にはスピルナの国章を刺繍したタペストリーが掛かっている。

 「よく来ましたね、ソルグ、シフォン。」椅子に座った男がいたって気軽な声で話し掛ける。座った状態からでも分かる長身に、少し長めの艶のある髪。すでに四十歳を越えているはずなのに、ほとんど老いを見せてはいない。

 落ち着いた蒼い眼は、しかしまるで心を見透かすかのような眼光をたたえている。

 絶えず微笑みを崩さない、いかにも高貴な風格を備えたこの男こそが、スピルナ公アルデバラン・アルトである。

 「アルデバラン公、ソルグ・ライアル、ただいま参りました。」ソルグは形式どうりに挨拶をしたが、シフォンはそのそぶりすら見せない。ソルグはその無礼千万ぶりに顔をしかめるが、アルデバランはまるで気にしていないようである。

 「二人とも、突然呼び出したりして申し訳無いことをしましたね。」アルデバランは続ける。

 「しかし、今回ばかりは急を要する事態なのです。」

 「・・・と、言いますと・・・?」と先を促すが、実際のところソルグにはその答えはほとんど予想できていた。

 「・・・アルカナです。」アルデバランは重々しく答える。そしてその答えはソルグが予想した通りであった。

 「やはり・・・何か、動きがあったのですか?」ソルグは続けて尋ねる。アルカナが行方不明になっている事が分かってからずっと懸念していた事だった。

 「はい。知っての通り、エンリアルにいる彼等の事は、カーラ達に任せていますが、それとは別にあなた達にもやってほしい事があるのです。」そう言ってアルデバランはふたたび微笑んだ。



―現在・エンリアル王国 テラール村付近―

 (・・・いたぞ。あいつらがアルカナか?)叢に隠れて慎重に様子をうかがいながら、エータは隣にいるパルトに尋ねる。

 むろん、声を出して尋ねた訳ではない。エータとパルトが今使っているのは、特殊な手話である。敵に感づかれないために手の動きを最小限に抑えられるように単純化した物で、語彙は少ないがある程度の日常会話はできる。

 エータ達の見つめる先、叢から八メートルほど離れた場所には、アルカナの五人がいたのである。

 エータとパルトは、昨夜テラール村に向かって飛び立ち、数時間かけて捜索した結果、アルカナの五人が野宿しているこの場所にたどり着いたのである。

 (・・・多分そうじゃない?だって、地竜の谷に居た人がいるもの。)パルトは、手話を通じてさえ分かるほどにめんどくさそうに答える。パルトが言っているのはヴァイスの事だ。

 (多分ってなぁ・・・まあ、お前が言うならそうなんだろうが・・・。)エータは半信半疑で答える。

 (だが、そういうことなら、さっさと行くぞ、パルト!)エータは意気込んで聖槍・エイレアをにぎりしめる。

 自分の国(将来的に考えると)の国民に害をなす、許すべからざる悪に正義の鉄鎚を下す、そんな気持ちも無いではないが、一国の王子らしからぬ喧嘩好きな性格であるエータにとっては、それほどまでの強さを持った敵と戦う、という目先の事実の方が、よっぽど血をたぎらせていた。

 (えぇ~~・・・。なんでぼくも行くみたいになってるのぉ?)しかしパルトは完全にやる気ゼロだった。

 (なんで・・・って、お前・・・)エータは呆れて言った。(そりゃねーだろ、せっかくここまで来たってのに。お前、あいつらと戦ってみたくねーのかよ!)

 (そんなこと考えるのなんて、エータだけだよ。だいたい、ぼくはエータと違ってエンリアル王国には何の義理も無いし。ここまで付き合っただけでもありがたく思ってもらいたいよ。)パルトは大きな欠伸をしながら言う。

 エータはそれには反論できなかった。実際、パルトが言っているのは正論だからである。しかし、エータはこういう時のための秘策を持っていた。

 (・・・今度、高級ロースハムおごってやるから――)

 (よし、すぐ行こう!)

 (・・・・・・。)エータは、自分がこんな単純バカとよく今まで付き合って来れたなと思わずにはいられなかった。


 「そろそろいい加減に準備を始めろ、ヴァイス。」バードが急かすように言う。「今日はこのすぐ先にあるテラール村を潰すのだ。我々の偉大な計画に穴を開けることは許されないのだぞ。」

 「でもよぉ、そもそもなんで俺達はこうやってエンリアルの村を潰してかなきゃいけねぇんだ?トランプをおびき出すって目的は、すでに充分達成してんだろ?」ヴァイスはいつも通りの気の抜けた声で言う。

 「お前、何もわかってないな。」エストが静かな声で言った。「トランプをおびき出すことなど、本来の村潰しの理由のついでにすぎん。」

 「そうなのか?じゃあ、ホントの目的ってのは?」

 「貴様、よくそれで今まで我々と共に戦って来れたな。」バードは驚いたように言った。ヴァイスが作戦の詳細に興味が無かったのは知っていたが、まさかこれほどとは。

 「・・・まあ、それぞれの理由はともかく、最終目的は俺達全員同じだからな。俺は一族の仇がとれんならそれでいいんだよ。」

 「まったく、貴様らしい。」とバード。「いいか?ヴァイス、我々が村潰しをしている理由は・・・・生け贄のためなのだ。」

 「い、生け贄?いったい何のために・・・」

 「おい、お前ら、静かにしろ。」ここで唐突にリーダーの青年がヴァイスを止めた。

 「・・・来るぞ。」青年のその一言に、一を聞いて十を知ったアルカナの四人は素早く反応し、戦闘体勢をとる。


 突然、五人の後方から、一筋の金色の閃光が走る。アルカナは左右に分かれてそれを避ける。五人がさっきまで立っていた場所の地面に突き立ったそれは、金色に輝く槍だった。

 すると、間髪いれずに一行の左手のしげみから、金髪の青年が飛び出し、その手に持った長い金色の槍でバードを突く。しかしバードはその手に持った鉄製の棍をグルグルと回すことで、巧みにそれを避ける。

 それからバードは襲撃者との間に距離を取ろうと二歩後ろに下がり、棍を構え直す。

 一同の注意がその青年・エータに注がれる。彼の手にある、バードを突いたその槍は、ちょうど先ほど飛んできた物と同じだった。

 見ると、さっきまで地面に刺さっていたはずの方の槍は、まるで魔法で消されでもしたかのように忽然と消えていた。

 「てめぇ、何モンだ!」ヴァイスが威嚇するように唸る。しかしエータはその質問には答えず、ただ一言、


 「バーカ。」とだけ言い放つ。


 それが合図であったかの様に、次の瞬間、アルカナ一同の後方、エータの居る側の反対側から、もう一つの影が飛び出して来た。

 その足の速さは人並みはずれていて、その姿をはっきりと見極める事すらできないまま、襲撃者はアルカナに襲い掛かり、ちょうど最も近い位置に居たエストにぶつかってゆく。しかしエストは一瞬で状況を判断し、目にもとまらぬ速さで腰の剣を抜き、逆に影の方に切りかかる。

 しかし、刃は襲撃者の右腕に直撃したにもかかわらず、まるで鋼鉄の棒に切り付けたかの様に逆に弾かれてしまう。

 襲撃者はそのまま右腕を振り、エストにつかみ掛かる。エストは辛うじて後ろに身を引いてかわすが、右頬に一筋の赤い線が走る。そのままでは反撃を喰らうと判断した襲撃者も、ひとまず引いて距離をとる。

 そこまで来てやっとはっきりと見えた二人目の襲撃者の正体は、パルトだった。

 その右腕は、通常よりも巨大化し、明るいオレンジ色の鱗に覆われ、四本の銀色に輝くカギ爪が生えている。

 その姿はまるで、人間としての身体の内、背中から生える翼と右腕だけがドラゴンになったかの様だ。

 こうして、アルカナは前後を襲撃者で挟まれる形となった。


 「フン、ようやく来たか、エンリアルの王子よ。」リーダーの青年は突然の襲撃にも全く動じず、静かにそう言って、その漆黒の瞳を妖しげに光らせる。

 「・・・テメーが親玉か?」その青年のただならぬ雰囲気を感じとってエータが問う。

 「いかにもそうだ。」青年は冷水を思わせる冷たい声で言う。「オレがスピルナ公国精鋭部隊アルカナの隊長、カルダ・ゴートだ。」



―エンリアル王国・首都ファラドーナ―

 別名「芸術の町」とも呼ばれるエンリアルの城下街・ファラドーナ。この町から生まれた芸術は、絵画や彫刻、金属細工、文芸、歌、踊りなどどれもが他を圧倒する一級品であることは、エンリアルとの交易関係を持っている国の全てが認めるところである。実際、ファラドーナの産業のほとんどは芸術が占めている。

 近頃では、エンリアル出身者だけではなく、ゼンロ大陸やザドウィル王国からも、その芸術を学ぶためにはるばるやって来る修業者が後を絶たない。

 そんなファラドーナの街道を馬車で移動すれば、これからの戦いに向けて緊迫しているべきである筈のトランプ一行の気持ちも少しはほぐれようというものだ。馬車は二人乗りで、一台目にはカーラとアトル、二台目にはゼッタが一人で乗っていた。

 「それにしても、本当に美しいな、この町は。」馬車の心地良い揺れに身を任せながら、カーラが感心するように言う。「まるで町そのものが一つの巨大な芸術品のようだな。」

 そんなカーラの批評はかなり的を射ていた。実際、整然と並ぶ、茶色と白を基点とした色とりどりの美しい家々や、隙間なく並べられた灰色の石畳の街道、広場毎にある涼しげな噴水は、どれを取っても芸術と呼ぶにふさわしかった。「芸術の町」という異名もまた、町そのものの芸術性を表している。

 「それはいいですけど、何と言うか、呑気なものですね、ここの人達は。」カーラの言葉に一部共感しつつも、町行く活気のある人々を眺めながら、アトルはどこか奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。「同じ国の別の場所では、アルカナがあれほどの騒ぎを起こしているっていうのに。」

 「フン、世の中とはたいていそういうものだろう。自分達に直接関係がなければ、それはもう別の世界の話なのだ。興味こそ持っても、わざわざ関わろうとはしないものだ。我々のように他人を守る義務があるわけではないからな。」

 その頃、馬車はファラドーナにいくつもある円形の広場の一つに通り掛かる。広場の中央には噴水があるので、馬車は迂回して通らなければならない。必然的に馬車は多少大きく揺れる。

 「それにしても、隊長、これからどうするんです?アルカナはエンリアルの駐留軍の追跡を何度も振り切っているというし、その上僕達が加わった所で、話は進展するんですかね。」アトルは不安げに言う。

 「何を言っている。進展するか、などと弱気なことを言っていては、進むものも進まなくなるぞ。」カーラは咎めるような口調で言う。

 「それに、問題はそれだけじゃありませんよ。そうでしょう?」アトルは気遣わしげにカーラを見やる。「なにせ、アルカナのリーダーはあなたの・・・」

 「言うな。それくらい分かっている。」カーラの声に多少の苦みが混じる。幼なじみのアトルでなければ気づかなかっただろう程の、ほんの少しの苦み。

 「すみません。」アトルは気まずそうに謝る。カーラ自身もきっと辛かったのだろうに、わざわざそれを掘り返すべきではなかったと、アトルは悔やんだ。

 そう、他でもないアルカナの隊長であるカルダ・ゴートは、カーラの実の兄なのだ。それも、誰もが羨む程の仲のいい、幸せな兄妹だったのだ。

 あの時までは。

 その“時”は今や、カーラもアトルも思い出したくないような追憶の彼方に追いやられた記憶の中に、今なお深く根差している“時”だった。

 いや、できればこのことは今は思い出したくはない。どうせ、アルカナと対峙するときになれば嫌でも思い出すことになろうが、せめて今は考えないようにしよう。アトルはそう決めた。

 「お二方、そろそろ着きますぞ。」ふいに馭者が言った。

 見れば、馬車は街を抜けて、草原の中を丘の上にある灰色の壮大な城に向かっていた。エンリアルの王城・オロ・レクエルド城だ。その背後には雲一つない晴天の中に太陽が浮かび、まるで後光のように城を照らしていた。その逆光の眩しさに、アトルは思わず目を細めた。



 一行がレクエルド城の門をくぐり、広い中庭に入った所で馬車は停まった。馭者が先に馬車を降りて、カーラとアトルが座っていた後部席の扉を開く。後ろを見ると、ゼッタも同じように先導されていた。

 馬車から降りると、足が柔らかな地面を踏み締める。地面は一面を奇麗に刈り取られた芝生で覆われている。靴を通って伝わってくる土の柔らかさは、この中庭に世話が行き届いている事を表していた。

 目の前には、高い塔が幾つもそびえている。ここに来るまではあまり意識していなかったが、こうして真下から見ると相当な高さだと判る。少なくとも、エトワル城の塔よりも高いことは確かだ。

 馭者は馬車に乗って門から出ていった。今度は城内から召し使いが現れて、トランプの三人をレクエルド城へと招き入れた。

 城内は赤いカーペットが敷き詰められていて、あちらこちらに大きな肖像画や剣などが飾られている。

 肖像画にはそれぞれ違った人間が描かれていて、その下に貼られた金色の板に名前らしき物が彫られていた。

 「レドノス・ヘルデノン・・・」アトルは何気なくその名前の一つを声に出して読んだ。それは、頭にイバラの冠を戴いた、いかにも勇猛そうな顔立ちの男の絵だった。

 「レドノス・・・あのエンリアル史上最大の内戦『カナテラ戦争』の際に貢献したといわれる英雄か・・・」ゼッタが思い出したように呟く。

 アトルもゼッタの言葉で思い出す。そう、英雄レドノスと言えば、前にスピルナを訪れていた吟遊詩人の語った唄の一つに出ていた男の名だった。

 ユースナ暦865年に勃発した、カナテラという反乱軍とエンリアル王国軍との戦争『カナテラ戦争』。長く続いたその戦争に終止符を打つために立ち上がったのが、レドノス・ヘルデノン率いる『太平軍』だったのだと、その唄には歌われていた。

 レドノスは勇敢な戦士であり、有能な策士であったとともに、類い稀な思想家でもあったのだという。

 彼は太平軍という一つの軍の長であったにも関わらず、頭にはイバラの冠を被り、戦いでは常に最も危険な最前線で戦ったという。

 彼と太平軍はエンリアル、カナテラどちらの側にも着かず、常に犠牲者が最小限になるように努め、最後にはエンリアルとカナテラを和平させるに至った。

 彼は、自身の生き様から、君主が臣民に仕え、常に民を思うことの重要さを教えたのだという。

 「エンリアル王国は、何よりも英雄や偉業と誇りを重んじる国だと聞いたことがあるが、これもその一環という訳か。」とカーラが言った。

 その後も壁に掛かる様々な肖像画に囲まれながら、一行は回廊を進んで行った。

 しばらくすると、大きな扉が見えてきた。トランプが近づくのを見て、扉を開いた。その扉を通り抜けると、再び回廊が続いていたが、途中で三つの道に別れていた。一行は召し使いの後について左に曲がった。

 するとその先にまた扉があった。今度のはさっきのよりも小さかったが、その分より頑丈そうに見えた。

 アトルがふと見ると、その扉を護っている近衛兵だけが、他とは違って女性であることに気付いた。立派な鎧甲を着ているので解りづらいが、間違いなく女兵士だ。

 理由は至極簡単だ。中で護られている貴人が、女性なのだ。


 扉が開くと、アトルは自分の予測が正しかった事をすぐに覚った。

 夕陽を思わせる真っ赤な緩やかにウェーブした髪の、ちょうどカーラと同じ年頃の少女が、部屋の奥にある机の椅子に座っていた。

 なぜか顔は髪で隠れて見えない。

 その上、頭をこっくりこっくり揺れさせている。

 扉がトランプ一行の後ろで閉ざされる音を聞いて、少女はびくっとして背筋を伸ばした。

 そこでやっと見えた少女の顔は、普段ならばはっきりかわいらしいと言えるのだろうが、その時は“なぜか”多少やつれたように見えた。

 「わっ、私寝てない!だってずっと起きてたもん!」少女は突然言い訳するように訳の分からない言葉を大声で言った。

 一瞬して、彼女は目の前にいる人物が誰であるかにやっと気付いた。

 はっとして手で口を覆う。

 「あっ、もしかして、スピルナの・・・」少女は恥ずかしそうに言いながら、慌ててボサボサになった髪を手でとかしつける。「申し訳ありません!無粋な所をお見せしてしまい・・・」

 「あ、いえ、構いませんから、どうぞ落ち着いて。」アトルがフォローするように言った。


 「私は、エンリアル王国の王女、デュオ・ファストレスです。」デュオは改めて自己紹介する。しかし、居眠りを見られた今となっては、その威厳は台なしである。

 「僕は、スピルナ公国精鋭部隊、トランプの戦闘員・アトル・アルト。」次にアトルが自己紹介する。

 「同じく、副隊長のゼッタ・ベルク。」

 「同じく、隊長のカーラ・ゴートだ。」続けて二人が自己紹介した。

 「それで、あなた達は例の賊の件でいらしたのでしたね。」デュオが念を押す。

 「そうです。テルフ同盟からの救援要請を請けて参りました。」アトルがそれに答える。

 それを聞いてデュオはため息をついた。しかしそのため息にどんな意味があるのか、アトル達には分からなかった。

 「・・・いいでしょう。ですが、私の方からも一つ要求があります。」デュオはそう言って鋭い視線を三人に投げかけた。

 「なんなりと。」ゼッタは建前上そう答えたが、内心デュオの真意を計りかねていた。一体この王女は何を考えているのだろうか。

 デュオは気を落ち着けるように一息ついて、何かを決心したようにゆっくりとした口調で言った。

 「・・・あなたがたトランプと、アルカナとの間に、一体どんな確執があるのか、それを教えていただきたいのです。」

 その言葉一つで、アトル達は理解した。

 彼女が“例の賊”の正体がアルカナであるということを知っているということを。



六章に続く

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