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第四章 「決戦の火蓋」

 今から十二年前、今のスピルナ公国に当たる地には、スピルナ帝国があった。

 世界の中心に位置するために、周囲の国や島からの移民が国民のほとんどを占めるスピルナ帝国を治めていたのは、その中で唯一の先住民であるゴート一族であった。

 そのスピルナ帝国の最後の帝王となるカースナグ・ゴートには、カルダと言う一人の皇子と、その妹である一人の皇女・カーラがいた。


―十二年前・ファンタスマ城―

 「お兄ちゃーん♪」その少女は回廊をスキップしながら、大好きな兄を呼ぶ。その楽しそうに輝いた目には、この世のどんな悪も災難も映ってはおらず、まるで完璧な平和の楽園に生きているかのような目であった。

 「どうしたの、カーラ。ずいぶんと楽しそうだけど、何か良いことでもあったのかい?」ちょうど回廊の横道から出てきた兄・カルダはカーラの純粋な笑顔に微笑みかえす。

 「だって、今日はお休みの日で、めんどくさいお稽古とかお勉強とかがなくて、その上お兄ちゃんと一緒に遊べるんだもん。楽しくないわけないじゃない♪」カーラは心の底から嬉しそうに言った。

 「それじゃ、きょうは何して遊ぶ?」

 「カーラは何がいい?」カルダが尋ねる。

 「ん~そうだなぁ~・・・それじゃあ、かくれんぼ!お兄ちゃんが鬼ね♪」カーラはそう言って間髪入れずにカルダから反対側へと回廊を駆けて行く。

 カルダはなにも言わず、顔を壁側に向けて目をつぶり、カーラがより遠くに逃げられるように、ゆっくりと数を数えはじめた。


 このファンタスマ城での生活で、カーラが不満に思いうることなど何も無かった。

 もともと才能があったカーラにとっては、平民の物とは桁違いな英才教育もなんら苦にはならず、食べるものも、着るものも、全てにおいて何一つ不自由することはなかった。そして何より、優しくおおらかな完璧な兄がいてくれるかぎり、カーラがその笑顔を失う要素などあるはずは無かった。

 当時のカーラは、この生活が無くなることなど、考えた事もなかった。

 それほどまでに、その頃のカーラにとってその世界は、完璧でゆるぎない物だった。


 しかし、カーラが信じたその世界は、長くは続かなかった。

 自分の敬愛すべき父親、カースナグ・ゴートが極度の独裁者であった事を、カーラは知らなかった。カーラのその素晴らしい生活が、不当に国民に課せられた税金のおかげで成り立っていたことを、カーラは知らなかった。そのために国民の間で一揆の計画が進んでいたことも、カーラは知る由もなかった。


 それは、突然であった。

 リベラと呼ばれる反乱組織が時間をかけて作り上げた緻密な計画のために、ファンタスマ城に爆弾が仕掛けられていたことに帝王側の人間は直前まで気付くことが出来なかったのだ。

 その日、壮大な爆音とともにファンタスマ城はあえなく陥落し、カースナグは崩御、運よく生き残ったカーラは捕虜として囚われの身となった―


 その瞬間、カーラは目を覚ました。

 目を開くとそこは、ザドウィル~エンリアル間にトランプが乗った船の、カーラにあてがわれた船室だった。カーラは、その壁に据え付けられているベッドに横たわっていた。海側に開いた窓からは、海と空の見分けも着かないような夜中の暗い景色が広がっている。

 なぜ今更あんな昔の頃の夢を見たのだろうか。いや、その理由は既にカーラには分かっていた。

 少なくともあの先の出来事を見る前に起きれたのは、ある意味では幸いだったかもしれないと、カーラは思った。

 手の甲を額にあてて、カーラは気持ちを落ち着けようと深呼吸をする。

 あの日から、カーラと、そしてスピルナの運命は狂いはじめた。

 現在こうしてスピルナが平穏を取り戻しているのは、あの頃からしてみれば奇跡のような物だ。

 ファンタスマ陥落を境に、スピルナは常に争いが絶えない無法地帯となった。と言っても、その争いの原因は、ゴート一族では無かった。

 リベラは、いくつもの部族の内、その場の感情に左右されやすい若い世代の人間が立ち上げた組織であった。彼らの目的は、ゴート一族に対する反乱のみであり、その先に何が起きるかなど、彼等は考えもしなかったのだ。

 圧政であったとはいえ、それまでのスピルナ帝国はゴート一族を中心に一応の秩序とまとまりを持っていた。そこからリベラは、無作為にその中心を奪い去ったのだ。当然、まるで幹を失った大木の如く、スピルナの秩序は崩れ去った。

 どの部族も、次の支配者の座を求めて、互いにいがみ合い、各地で紛争が勃発し、それはついには巨大な内戦へと発展した。

 それが、夥しい犠牲者を出したスピルナの負の歴史、「スピルナ動乱」である。

 ふと、カーラは自分が感慨に耽っていたことに気付く。

 明日には遂にエンリアルに到着するのだ。来るべき戦いに向けて寝不足にならないように、今のうちに出来るだけ眠っておかなくては。

 カーラは心の中でそう呟いて自分を戒めて、スピルナ動乱のことを無理矢理頭から払いのけた。

 カーラがトランプに入隊するためにこれまで努力してきたのは、スピルナ動乱のような悲劇を二度と起こさないようにしたかったからだ。

 なのに、こんな所で呆気なく死ぬ訳にはいかないのだ。

 例えその敵が、あのアルカナであろうとも・・・。



―エンリアル王国・ネアス村周辺―

 「ねぇ~、エータ~。」中央に焚かれた焚火の淡い光の中、パルトが発したその声は、もはや呼び掛けというより寝言に近かった。

 そこは、“例の賊”に最後に被害をうけたネアス村の近くの雑木林である。さすがに肝が座っているエータでも、皆殺しに遭ったばかりの村の中に野宿する気にはなれなかったようだ。

 今日一日中、その村(の跡)で情報収集を続けたのだが、結局"賊"の正体に関する証拠はなに一つ見つけられなかった。言い換えれば、相手は証拠隠滅のプロでもあるということだ。

 やはり、ただの賊ではない。

 「なんだ、パルト?」地面に座り込んでいるエータは短く答えるが、その集中力はほぼ全てエータ自身の考え事の方に注がれていた。

 「何もこんな真夜中までそーやって考え込む事ないじゃん~。」パルトはどんなときでも眠そうな半閉じの目でエータの横顔を見つめる。

 「別に寝たかったら先に寝てていいんだぞ、パルト。」そんなパルトの声に対して、エータの声からは眠気など微塵も感じ取れない。王子として普段から鍛えている成果、というよりは、夜の間によからぬことをするために自然に身についたスキルだ。

 「そーゆーことじゃなくて、なんだかエータがそーやって考え込んでると、気になって眠れないんだよぉ~。」パルトは不満そうに言った。「そもそもぼくが、『寝ていいかどうか』なんて気にするはずないでしょ~。」

 「自分で言うなよ、バカ・・・。」エータは改めてパルトという存在そのものに呆れる。

 「ところで、さっきから何をそんなに考え込んでるの~?」パルトは何気なく尋ねてくる。

 「お前、どうせ俺が話してる途中で寝るだろ。」しかしパルトの本性を知っているエータは冷たく突き放す。

 「・・・だって、エータの話で長ったるくてつまらないから、少し聞いてればすぐ寝れるもん。」パルトはいつもの間延びした声で言う。

 「パルト、お前・・・まさか、俺の話を子守唄がわりに使おう、なんて考えてないよな。」エータはまさかと思って聞いてみる。そしてパルトに対してのまさか、というのは間違いなく、と言うのと同じである事は、この長い付き合いの間でエータはとっくに学習していた。

 「・・・だめ?」パルトは悪びれもせずそう言った。

 「だめ。」エータはまたもや冷たく突き放す。

 「うぅ~・・・それじゃぼくどうやって眠ればいいの~?」パルトはそう言って頭を抱える。

 「知るか!自分で考えろ!」今のエータは、そんな程度のことで悩んでいられるパルトがうらやましいくらいなのだ。

 「それでも、ぼくの事はともかく、考えてることを一度口に出して見れば何か解るかもしれないよ?」パルトは何気なところで正論を述べる。

 「・・・ったく、しょうがねぇな・・・」ここでエータも遂に折れた。そして話し出す。

 「とりあえず、まずは今の状況を改めて整理する。

 エンリアル王国で例の賊の被害が初めて出たのは今から丁度九日前。

 場所はエンリアル西部のショウラ村。実質的な被害は殆ど無く、どちらかというとエンリアルやテルフ同盟に対する牽制と言ったところか。

 その後は約一日おきに別々の村を襲い、幾つかの村は全滅している、と部下の報告では言っていたが、昨日今日の俺達の調べによると、どの村でも最低数人の人間が生き残っていた。

 それも、襲撃があった時にまさにその場にいたにも関わらず、なぜか攻撃を受けなかったらしい。

 おそらく、賊は自分達の存在をあえて知らしめようとしたんだろう。理由ははっきりとは分からないが、そのあとのテルフ同盟の動きを見れば、ある程度は予想がつく。

 すなわちトランプの派遣だ。もしあの賊の正体がアルカナであるなら、スピルナにしか分からないように自分達の正体を知らせて、トランプをおびき寄せた。という見方もできる。

 しかし、一番の問題はやつらの目的だ。同じスピルナに住むもの同士が、なぜわざわざエンリアルでそんなことをするのだ?

 エンリアルにやつらの求めるものが何かあるというのか?それに、そもそもトランプをおびき出そうとする理由は・・・?」

 ふと、左隣のほうからいびきらしい物が聞こえ始めたようだが、エータは努めて聞こえぬ振りを決め込んだ。

 「・・・くそっ、やっぱややっこしく考えんのは苦手だ!」エータは遂に弱音を吐く。だんだんとエータの脳みそが限界を迎えはじめたのだ。普段ろくに使っていないくせに今日一日フル回転させつづけたせいで、今やオーバーヒート寸前である。いつもデュオに“もっとちゃんと勉強しなさい”と言われ続けたのを無視した結果である。

 「あーもう、あっちの方からひょっこり出てきてくんねーかなぁ、ったく。」

 そんな事を虚空に向かってぼやいたところで、何の解決にもならないことは、エータも分かってはいるが、これ以上この問題を考えつづけるのは、エータの脳のスペックでは不可能だった。

 いや、エータが本気になればまだ頭脳を働かせ続けることはできただろうが、その場合の問題はむしろ集中力の方である。

 エータは半ば諦めたように仰向けに倒れる。その時、偶然そばの木にたてかけてあった金色の槍、エイレアが目に入る。何気なくエイレアを手に持つ。すると、不意に、エータの頭に過去の記憶が甦ってきた。



 それはエータが十歳のころ、正式に王位継承者として認められた式典の後に、父親であるアエトレスに、自室に呼ばれた時の記憶だった。エータが父親に用は何かと尋ねると、アエトレスはこう言った。

 「エータ、お前がわしの後継ぎとして正式に認められた今、お前にこの聖槍“エイレア”を托そうと思う。」アエトレスはそう言って赤い絨毯の敷かれた部屋を横切り、壁に掛かっていた槍を手にとる。その槍の柄は金色の神々しい輝きを帯び、装飾のある石突きと三又に分かれた穂先は銀色だ。その長さはゆうに2メートル半はあり、当時のエータの身長の倍近くあった。

 「だがなエータ。もしお前がこれを受け取るならば、相応の覚悟をしてもらわねばならんのだ。」そう言うアエトレスの表情は、心なしか悲哀を含んでいるようにも見える。

 「覚悟・・・ですか、父上?」エータは、その美しい槍にいつまでも見惚れていたいという衝動を押さえ付けつつ、聞き返す。

 「そうだエータ。このエンリアル王国が、三千年前に栄えたイクイア文明の技術を受け継いでいるということは、すでに知っているな?」

 「はい、父上。」エータは、今の話の関連性を訝しみつつ答える。

 「実を言うと、我々レアロス家は、黄金王と呼ばれるエリュアルス王が崩御し、イクイア文明が滅び、すべてのイクイア人が死に絶えた時に、唯一生き残った三人の人間の一人、エアセイラ・レアロスを祖としているのだ。

 伝承によれば、イクイア滅亡の折に生き残った三人は、それぞれ名をエアセイラ、アルクトゥルス、カースローダといい、イクイア王国の貴族であり、エリュアルス王にもっとも信頼される臣下でもあった。

 その頃のエリュアルス王は、イクイア文明に終末が近い事を悟っていた。どんなに素晴らしい文明であっても、いや、どんな文明よりも素晴らしいイクイアだからこそ、いずれは必ず己の炎に焼かれ崩壊する、それが避けられぬ運命であると気付いたエリュアルス王は、イクイア文明の遺産を後世に遺すために、その三人にそれぞれ役目を与えたのだ。

 その時に、エアセイラに与えられた役目こそが、イクイア文明の技術力の継承だったのだ。また、それと共に、エアセイラはイクイアに伝わっていた三種の神器の一つ、聖槍“エイレア”を受け継いだのだ。」そこまで言ってアエトレスは一息つく。エータは何も言わず、ただじっと父親の話を聞いている。

 「よいかエータ、この槍はただの槍ではない。未知の金属で作られていて、決して折れることも、傷付くことも、刃こぼれすることもない。その切れ味は、この世のどんな刃物よりもよい。それだけならばただの素晴らしい武器だがな、この槍には、同時に恐ろしい面もあるのだ。ちょうど、強い日の光の下にできる暗い影のようにな。」

 エータは、その言葉の意味をはかりかねて首を傾げる。そんな無邪気な様子のエータをみて、アエトレスは彼らしくもない大きなため息をつく。

 「・・・言い換えればこの槍は、太古から今までの長い長い年月、折れることも、傷付くことも、刃こぼれすることもなく、敵を刺し、その心の臓を貫き、血を浴び、命を奪ってきたと言うことだ。これには、そうして命を断たれた者共の恨みや怨念が染み付いている。そう言った負の一面があるのだ。

 だが、我等レアロス家はたとえ何があろうとも、この槍と、そしてイクイア文明の誇りを受け継がねばならぬ。それが、三千年の昔より、我等に定められた運命なのだ。

 だから、お前がこの槍を持つかぎり、お前は強く在らねばならぬ。もしお前が弱みを見せれば、エイレアはそこに付け込み、お前を支配するだろう。エイレアがもし、お前を主と認めなければ、お前の投げた槍は、逆にお前を突き刺すだろう。

 まだ幼いお前に、この重荷を背負わせるのは、本当に辛い。だが、もしお前が正しい覚悟を持ってこれを握るのならば、この槍はお前を主と認めるだろう。」そう言ってアエトレスは、エータにエイレアを差し出す。

 エータはつられるように、おそるおそるその金色の槍に手を伸ばす。そして、遂にその手がエイレアに触れた時、突如槍は一瞬、まばゆいばかりの金色の光を放った。そのあまりの眩しさに、エータは左腕で目を庇った。

 やがてその光が消え、エータは左腕を下ろす。

 そして、右手ににぎられているエイレアに目をやる。

 2メートル以上もあったはずの聖槍“エイレア”は、気がつくと1メートル半ほどに縮んでいた。それは当時のエータにとってぴったりの大きさだった。装飾も前ほどまばゆい物とは違い、落ち着いた節度のある物に変わっていた。また、穂先は逆に数センチ長くなっている。柄は多少細くなり、ちょうどエータのためだけに調節したかのように、手にしっくりとくる。

 エータが突然の事におどろいていると、アエトレス王は、それが、エイレアの一番の特徴であるのだと説明する。

 エイレアは、己の主と認めた者に合わせて、その姿を変え、認められた主にのみ従うのだという。また、主が成長するに合わせて、エイレアも変化していくのだそうだ。

 言い換えれば、今、この瞬間、エイレアはエータを主と認めたのである。当時まだ幼かったエータにも、それが意味する事は本能的に分かった。

 そして、アエトレスはやっと何かの枷から解放されたかのように、体から力を抜き、肩を落とす。

 「さすが、我が息子だ、エータ。だが、今言った事を決して忘れてはならぬぞ。お前は強く在らねばならぬ。付け入る隙を与えれば、これはお前を破滅させるかもしれんのだぞ。」

 アエトレスのその言葉に、エータは強い畏怖を持って、今は自分の物となった聖槍“エイレア”を見つめていた。



 ふと、前触れなくエータは現実に引き戻される。

 なぜ、突然あんな出来事を思い出したのだろうか。もしかすると、これもエイレアに秘められた神秘的な能力の一つなのかも知れないと、ふいにエータは思った。エイレアが、弱音を吐いた主人に、忠告しているのだろうか。

 エイレアは、エータの心に隙ができたのを、感じとっているのか。しかし、もしエイレアがエータを狙っているなら、わざわざ忠告などするはずがない。

 むしろ、エイレアはエータを励まそうとしているような感じさえした。一体、どういう事だろうか。しかし、今のエータにそれを難しく考える余裕は無かった。

 「・・・そういえば、エータぁ~。」突然、予想外なことにパルトが口を挟んできた。

 「なんだ?」エータが短く尋ねる。パルトは普段はご覧の通りの寝ボスケだが、曲がりなりにも竜族の一員であり、本人が表に出さないだけで、潜在的な知能はかなりの物である。自分からしゃべり出すくらいだから、聞く価値はある。

 「今日一日ずっと被害に遭った村を回ってたけど、あれってたしか一直線になってたよね~。ど~してだろね。」

 「・・・あん?それどーゆー意味だ?」エータが聞き返す。昼間の移動中は、本来の姿、すなわちドラゴンに変化していたパルトに乗っていたので、被害地の位置関係など気にも止めてなかった。

 エータは荷物の中からエンリアルの地図とペンとインクを取り出し、消えかかった焚火の光の薄明かりの中で確認する。被害地の場所にペンで点を付けていく。

 すると、エンリアル本島であるリアナ島の上に、南西から北東に向かう一筋の線が浮かび上がった。

 「ホントだ!パルト、お前何で今まで言わなかったんだよ!」エータは勢いごんで言う。

 「・・・そんなことも気付かないエータの方がおかしいでしょ。相変わらず頭悪いんだからぁ。」しかし対するパルトはあくび混じりである。

 「てめぇ、やる気か?・・・って、そんなこと言ってる場合でもねぇか。」

 ツレないな~、とヒマそうにぼやくパルトをよそに、エータは自分の作業に戻る。

 ふと思い付き、地図上にできた直線に被害のあった日付を書き足していく。すると、村から村への移動距離と、移動にかかる日数とが比例していることが解った。駐留軍の手をことごとく逃れ続けているようなやつらが、そんな分かりやすいヒントを残すはずがない。

 これは敢えて残したヒントか、罠かのどちらかだろう。そのどちらにしても、この線に沿って進んでいけば、なにかやつらの事が解るはずだ。あわよくば遭遇できるかもしれない。

 そして――次にそのラインに当たったのは、ここから十数キロ北東にある、テラールという村だった。

 「おっしゃ、そうと決まればすぐ行くぞ!さっさと起きろ!パルト!」エータは、たったの数秒間で熟睡を始めかけていたパルトをたたき起こす。

 「・・・やっぱりそーなるの~?だから言いたく無かったんだよ。」パルトはそう毒づきつつも、仕方無しのようにのろのろと準備を始めた。



―テラール村より南西に数百メートルの地点―

 「ふぁ~あ・・・。」岩に寄り掛かって寝転ぶヴァイスはいかにもヒマそうな欠伸をする。そこには、ヴァイスを含めて五人の人間がいた。

 「こら、ヴァイス、お前はもっと緊張感という物を学べ!」それに対し近くの長身の男が注意する。男の方も、大分眠そうではあったが、部下の手前で弱音を吐く訳にもいかずに、その手に持つ、男の背丈よりも長い棒を支えにして何とか眠気を押さえていた。

 「そんなこと言ってもよぉ~、トランプのやつらもエンリアルのやつらもノロマすぎて、いかんせん待ちくたびれたぜ。」ヴァイスは愚痴をこぼす。

 「だからといって、気を緩めていいという言い訳にはならんぞ。そもそも我々は・・・」

 「その辺でやめとけ、バード。」突然、男の左側から声がする。

 「エンリアル組の二人は今こっちに向かっているし、トランプも明日にはエンリアルに到着するのだ。むしろ今のうちに休んでおいた方が良い。」

 声の主は、長めの黒髪の青年だった。歳はおおよそ十八歳くらいで、ずば抜けて長身なバードの横だとまるで子供のようにも見える。

 しかし、その存在感は、彼がただ者ではないことを如実に顕していた。現に、彼が少し喋っただけで、バードもヴァイスも眠気が吹っ飛んだ様に緊張して背筋を正したのである。

 特にヴァイスのような奔放で怖いもの知らずな男を、これほど緊張させるのだから、相当なものである。

 「ボス、それじゃあ、ついにあいつらとの決戦が近いということ?」さらにその青年の隣にいた少女が言う。それは、まるで幽霊のような暗くて冷たい雰囲気を纏った少女だった。

 「まぁ、そう言うことだな、ナラカ。」ボスの青年が悠々とした声で答えた。

 「今までの俺達の地道な努力が、ついに実を結ぶ時が来たのだな・・・。」最後の一人、真っ黒なマントを羽織った男が、つぶやくように言った。

 「・・・おいおいエスト、お前が偉そうにゆーなよ。そもそもアレを仕掛けたのはオレなんだぜ?」ヴァイスは唸るように愚痴を言う。「アレやるのにどれだけオレが苦労したと思ってる。」

 「フン、あれしきの事で苦労する様ではまだまだだな、ヴァイス。」エストのその安い挑発に、単細胞なヴァイスはすぐに乗ってしまう。

 「んだとてめぇっ、やる気か!?」バードが咄嗟の機転で制止に入らなければ、恐らくヴァイスは本当につかみ掛かっていただろう。

 「落ち着け、ヴァイス。」そこで青年が放った一言で、ヴァイスはまたもや硬直させられてしまう。

 「さっきも言った様に、今は体力を温存することだ。」喋りながら青年は手の平大の球体を、懐から取り出し、他の四人にも見えるようにそれを掲げた。

 傷一つ無いその球体はまるで夜空から星を取り除いたかのように暗く、澄んで、透き通っていて、中心からゆらゆらと淡い光を放っている。その光は、見ていると何故かどこからともなく力が沸いて来るような感覚に包まれるが、同時に見る者をその球体の世界にとり込み、全てを無に戻してしまいそうな気もする、様々な意味で畏の念を抱かせる、不思議な光だった。

 それを見た瞬間、アルカナ一同はさらに顔を引き締めた。

 「・・・もうすぐ始まるのだ。」青年はその光に魅入る様にして言った。「我等の計画の最終段階が・・・『第二次スピルナ動乱』が・・・


 そして、我等アルカナの時代、『新生・スピルナ帝国』が!」



五章に続く

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