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第一章 「宣戦布告」

 ゼンロ大陸の中心から東南にあるゾド山脈。

 幾つもの巨大な山が連なっているが、その山中に植物は全く生えていない。

 それは、度重なる火山活動と、そこに住む竜の吐く炎が、地面を焼いたことを意味している。

 山脈の中央には一際大きな山、ヤハラ山があるが、ここは竜族の長達が集う場所で、竜族以外の者が立ち入ることを許されたためしは無い。

 ゾド山脈に住まう竜族には独特の掟や決まりごとがあり、それを破る者は許さないため、ゾド山脈に来た時は下手な行動は控えるべきだろう。


―ゾド山脈・地竜の谷―

 「それにしても、今回の任務って、なんだか変じゃないですか?」アトルは険しい岩壁に挟まれた道を歩きつつ、前を行くゼッタに聞いた。竜族の住家であるこの山脈は、近くで見ると龍の爪跡と思われる巨大な傷が所々にあるのを見ることができる。また、時折遠くから龍の遠吠えらしき音も聞こえる。

 「何故だ?」ゼッタは短く聞き返した。

 「だって、トランプってもともとスピルナを護るために造られたんでしょう?テルフ同盟はなんでそのトランプにエンリアルの救援を要求したんでしょうか。」アトルは自分の考えを明かした。

 「お前は自分の父親を信用していないのか?」ゼッタは痛い所を突いてきた。

 「いえ、そういう訳では・・・」むろん、そう言われては信用していないなど到底言えない。アトルの父親は一国の公なのだから。

 「ならば、気にすることなどなかろう。」ゼッタはアトルの話など聞く気もないようだ。

 「ですが・・・」アトルは言葉に詰まる。

 「スピルナ公国はまだテルフ同盟に入って日が浅い。スピルナ公は同盟の信頼を得るために我々を同盟国で働かせようというのだろう。それの何がおかしいのだ?」そこでゼッタはこんな話はこれで終わりと言う様に手を振り、前の方に歩いて行った。

 「それはそうですが・・・」それでもアトルは、心の片隅に抱く嫌な予感を拭い去ることができなかった。彼は気付くと無意識の内に左手を自分の剣の柄に置いていた。


 ふと、アトルは何かの気配を感じ取った。何か危険な物が近付いているような感覚だ。反射的に臨戦態勢を整える。他の二人もその気配に気付いたらしく、すでに迫り来る何かに備えている。

 果たして、それは来た。

 地面に幾つもの小さな黒い点ができたと思うと、それは見る間に大きくなっていった。それが上から落ちて来る巨大な物体の影であることに気付き、三人は後ろに退いてその影の外側へと避難した。次の瞬間、その影の主が落下・着地し、砂埃を立たせた。着地の瞬間、アトルは暴風を食らって、吹き飛ばされないように歯を食いしばって耐えた。

 落ちてきたのは三頭の竜だった。どれも体長三メートルを超える巨体で、いかにも怒った様に吠えている。

 「隊長、これは!」アトルは今にも襲い掛かって来そうな竜に細心の注意を払いつつカーラの方を見た。

 「これは・・・竜だな。」とカーラ。こんな時でも冷静なのが凄い。

 「・・・って、それは見れば分かりますよ!」アトルがつっこんだ。

 「しかしおかしい。竜族には以前会ったことがあるが、これほど獰猛ではなかったはず。まるで・・・」しかしカーラのその言葉は竜の一頭がもどかしげに尻尾で地面を叩く音のせいで掻き消された。どうやらあっちは早く戦いたくて仕方がないらしい。

 「二人とも、気を抜いていると殺されるぞ!」ゼッタが叫んで注意を促す。

 「とにかく、今は戦うしか無いようだな。いくぞ!」カーラが言い、三人は戦闘を開始した。


 まず、黄色い鱗を光らせた一頭の竜が唸り声を上げてゼッタに躍り掛かってきた。それに対しゼッタは眉一つ動かさず得物である二つの短刀の内の一つを抜き、姿勢を低くして素早い動きで竜の懐に潜り込んだ。次の瞬間、黄色の竜は大きな悲鳴を上げた。ゼッタの短刀が鱗のない腹にえぐりこんだのだ。ゼッタはすぐに短刀を引き抜き、バックステップでその竜と距離をとった。相手が巨大なため、短刀では痛みこそ与えられるが、決定打にするのは難しいのだ。

 一方その頃アトルも別の赤色の竜と戦っていた。アトルは腰の細身の剣を抜き応戦している。アトルの剣は青白い光を放っているが、これはアルト一族に伝わる特殊な能力で、己の体力をバチと呼ばれるエネルギーに変換させる戦闘法であり、それを自分の体や武器に纏わせる事で戦闘力を上げることができる。それによって素早さに長け強度に欠ける細身剣の弱点を補うのがアトルの戦法である。しかし、バチはその分体力を消費するので、実際には気易く使える技ではない。アトルはバチの力を得て切れ味と強度が上がった剣を巧みに操り赤竜の猛攻をいなしている。

 また、茶色の竜と戦っているカーラの武器は持ち主の大きさに見合わない大剣である。しかし当人はまるでそれが軽い棒であるかのように片手で操っている。棒術の技術を応用した回転の力を利用する舞にも似た剣術はカーラが自分で創り上げた物だ。遠心力と剣の重さを組み合わせて繰り出される剣撃は、鋼を超える堅さを誇ると言われる竜の鱗さえもものともしない威力であった。


 状況はトランプ側の圧倒的有利だった。しかし、あと少しで竜族の敗北かと言う時、突然崖の上から声がした。

 「ったく、だから俺はボスに言ったんだ!こんな子竜ごときじゃトランプは倒せねぇって。」見ると崖の上には一人の男が立っていた。見た目は普通の人間だが、実際には内に秘める非人間的な野性を隠し切れないという風な男だった。

 「貴様はっ!?」ゼッタが叫んだ。他の二人もその男を見上げる。彼らの傍には、既に瀕死の竜が三頭伸びていた。

 「よぉ、トランプの諸君。」その男は声高に言った。「尤も二人ほど足んねえみてぇだが。まあそんなことはどうでもいい。」そう言って男は何十メートルもある崖の上から跳び出した。

 そんなに高い所から飛び降りたら危ない?そんな心配はご無用。彼にとってこの程度の崖など公園の遊具程度でしかない。すたっ、という軽い音を立てて男は着地した。

 「お前は確か!」その姿を見てカーラは言った。そして続けて言う。「スピルナ公国精鋭部隊アルカナ戦闘員・ヴァイス。フルネームはヴァイサル・ベトラ・ハルライガ。出身地はスピルナ公国レグラ地方ハルクム村の農家。生年月日はユースナ暦千三百十五年七月四日。二十歳で才能を認められアルカナに入隊し・・・」

 「って、どれだけ覚えてるんですか!」何もこんな時までと思いつつアトルがつっこむが、カーラは止まらない。そして、

 「・・現在二十二歳・独身。ちなみに好きな異性は・・・」

 「そ・れ・言・う・なーっ!!!」と敵であるはずのヴァイスまで巻き込む始末。



 「ったく、いっつもてめぇらには調子狂わされるぜ。」カーラの暴走が収まった所で仕切なおし。

 「らって言っても隊長だけですけど・・・。」と一応訂正しておくアトル。

 「それで、アルカナの戦闘員がこんな所で我々に何の用だ?」ゼッタが話を元に戻した。そこでカーラとアトルも表情を引き締める。

 「そんな怖えー顔すんなよ。べつに喧嘩しに来た訳じゃねえよ。」大げさに恐がってみせるヴァイス。わかりやすい演技である。

 「ほう、そうか。」カーラもそれに対し爽やかに返す。「それならば、この子竜達はどういう事かな?」そう言ってカーラは倒れている三頭の竜を指差す。

 「やはり、これも彼の仕業なんですか?」アトルがカーラに聞いた。

 「あぁ、先程のこの竜達は明らかに様子がおかしかった。そもそも竜と言うのは頭のいいやつらで、やつらにとってたいした食糧にもならない人間を、しかもわざわざ真っ正面から襲うことなど有り得ない。私はトランプとアルカナの全ての人員のプロフィールを暗記しているが、お前の能力は確か獣の本能に働きかけ、獣を操るという技だと書いてあった。この竜を我々にけしかけたのはお前だろう?それに、何よりさっきのお前の言葉は自白に等しいしな。」カーラが説明した。

 「さすがトランプの隊長。探偵ごっこもおてのものってわけだ。」ヴァイスはわざとらしく拍手して見せた。「ま、こっちももともとバレる前提で来てっけどな。」

 「では、どういう事か説明してもらおうか。」ヴァイスの言葉に確信を得たゼッタが問い詰める。

 「だからぁ、そんな怖い顔すんなって。喧嘩しに来た訳じゃないっつってんだろ。」そう言い終わった次の瞬間、ヴァイスを包む雰囲気が豹変した。外側に被っていた人間らしさを脱ぎ捨てて、敵を威嚇する猛獣そのものになったというような感じだ。そしてついに本題に入る。「こいつは宣戦布告だ。俺達アルカナはある計画の遂行のために、エンリアルにいる。もしこの計画が成功すれば、スピルナはアルカナの物になるだろう。もしこの計画を止めたければ、エンリアルに来い。そこでてめぇらを叩き潰してやる。」

 その言葉が終わった時、ヴァイスは既にそこにはいなかった。何らかの方法でワープしたか、或いは元から幻影だったのかもしれない。少し経って、ゼッタが口を開いた。

 「どうやら、お前の予感は当たっていた様だな、アトル。」しかしその時、アトルは別の事を考えていた。

 (そうだった、副隊長は知らないんだ。スピルナに反逆しようとしているアルカナを、トランプが止める。これは、そんな簡単な事じゃない。アルカナと戦うということは隊長にとっては・・・。)アトルは気遣わしげにカーラを見やった。黙って何かを考えこんでいる彼女の姿は、何も知らない人間にはいつも道理に見えるだろうが、アトルにはその水面下に渦巻く心の闇が確かに見えた。



 その後、無事ゾド山脈を抜けた一行は、その先にあるキズナの森も通過し、大陸の東端から、エンリアルへの道の間にある島国、ザドウィル王国に移動するために同盟が手配した船に乗ることとなった。

 「へぇ~。これが海ってやつですか。」アトルは海辺から見える海の超自然的な芸術に感嘆の声を上げた。

 「お前、海ははじめてか。」ゼッタもアトルの横で目の前に広がる海を眺めている。

 「はい!副隊長は以前に来たことがあるんですか?」アトルは彼にしてはめずらしく眼を輝かせている。

 「まあ、何度かな。」普段は見れないアトルの子供らしい表情に、ゼッタは苦笑する。

 「じゃあ、隊長は?隊長も海は見たことがあるんですか?」そう言ってカーラの方を振り返る。しかし、少し離れた所にいるカーラはじっと海を見ていて、その質問には答えなかった。アトルは想定していた事だが、あの宣戦布告の後から、カーラは少し様子がおかしかった。事情を知らないゼッタでさえ何かを察したらしく、二人に早く船に乗るように勧めた。


・・・その後。

 船が出航したその瞬間、アトルは敢なく戦闘不能となった。

 「ま・・・まさか、船酔いというものが、これほどの破壊力を持っているとは知りませんでした・・・」アトルは船室のベッドに倒れ込み、虫の息で言った。

 「まったく、さっきまでのはしゃぎ様はどこえやら、だな。」ゼッタは船室の椅子に座り、半ば呆れ、半ばおもしろそうに言った。ちなみに、ゼッタとカーラはノーダメージである。「まあ、初めて船に乗ったのだから、それくらいしょうがないがな。」

 「・・・すいません、この重要な時に・・・」アトルは心底すまなさそうに言った。

 「そう悲観するな。エンリアルに着くまでにはまだ時間がある。船酔いなど、その間に馴れてしまえばどうということはない。」とゼッタは励ました。実際、エンリアルに着くまではあと数日かかる。

 「でも、もし今アルカナに襲われたら・・・」

 「恐らくそれはない。あんな大胆な宣戦布告をしてくるくらいだ。理由までは分からんが、本当にエンリアルで決着をつけるつもりなのだろう。もし我々を倒したいだけなら、あの時に戦えばよかったはずだ。」ゼッタの言うことは確かに筋が通っていた。それでアトルも少し安心する。

 「それもそうですね・・・そういえば、隊長は?」アトルはふと気になって尋ねた。カーラはさっきから姿が見えない。

 「さあ、さっきまで甲板に居たんだが・・・。自分の船室あたりにいるんじゃないのか?」アトルの言葉に、ゼッタも少し不安を感じはじめる。「捜して来た方がいいか?」

「いえ、たぶん大丈夫だと思うんですが・・・」アトルは言葉ではそう言ったものの、本気でそう思っている訳ではなかった。

 ゼッタはどうやらそのことを見抜いたらしく、カーラを捜すために船室を出ていった。


 「さてと、副隊長もいなくなった事ですし、そろそろ出てきたらどうです?」ゼッタが去った後、アトルは何気ない口調で近くにある酒樽に向かって言った。

 「・・・ばれてた?」悪びれもせずそう言って酒樽からひょっこり顔を出すカーラ。

 「バレバレですよ。十年も一緒にいるんだから、隊長が隠れそうな場所くらい解りますよ。でも、いつの間に入ったんですか?」カーラはそういう所だけはいつでもちゃっかりしている。

 「だから、名前で呼んでって、いつも言ってるじゃない。」カーラは頬を膨らませて言った。アトルが察するに、今の状態は隊長モードと本音モードの中間やや本音側のようだ。完全に本音モードになると、こんな物では済まない。そしてカーラが続けて言う。「それで、今日は何して遊ぶ?」

 「・・・今日は勘弁してくださいよ。ただでさえ死にそうなのに。」カーラの言う「遊び」を、船酔い状態で無理にすれば、ホントに死にかねない。

 「アトルのいじわる~。」しかし本音カーラは勿論そんなこと知ったこっちゃない。「昔はよく遊んでくれたのに~。」

 「だから、そう言う問題じゃないって言ってるじゃないですか。」カーラはそんなことは全く気にしないと言う事は分かっていても、ありのままを言うしか今のアトルには手はなかった。

 「でも、お兄ちゃんは病気の時だって遊んでくれたもん~。」カーラの頬はどんどん膨らんでいく。

 「まったく、いつの話してんですか。あなたの兄さんは・・・」しかしアトルはその先は言えなかった。カーラの言葉に、思い出してしまったからだ。暗い暗雲立ち込める中、別れ行く二人の兄妹の姿・・・忘れたくても忘れられないあの時のことを・・・。しかしカーラはそんなアトルの心境などまるで気付かない。

 「遊んでくれないと、遊んでくれないと・・・」そして、アトルはカーラの堪忍袋がメリメリいう音を聞いて、限界がきたことを悟る。

 そして次の瞬間、暴走し始めかけたカーラを、アトルは船酔いした、ふらふらする体で止めなければならなかった。あるいは、そこまでして止めなくてもいいだろうと言う人もいるだろう。だが、アトルがことごとくカーラの暴走を止めようとしているのには、ちゃんとした理由があった。それは、カーラ自身のためである。カーラは普段、自分の意思で全ての感情を抑え込んでいる。それは、十六歳の彼女にしてみれば、並大抵のことではない。そのため、アトルの前で本音が出てしまうのはしょうがないことだというのは、アトル自身理解している。

 しかし、それほどに自分自身を抑えてまでしてやっと彼女はトランプの隊長になれたのだ。もしこの「本音」のことが周りに知れて、カーラがトランプから外されてしまうようなことになれば、カーラがそれまで努力してきた物が全て無駄になってしまうのだ。自分のせいでカーラの努力を水の泡にするくらいなら、心を鬼にして、彼女を抑えるべきだ。

 それが、アトルの考えである。もっとも、それはあくまでゼッタや他の人間が近くにいて、そのことがばれる可能性がある時にだけだが。

 「ふぅ・・・。」無事カーラを外に追い出した後(カーラの本音モードは、アトルと二人きりの時しか出てこないので、他の人間がいるところに連れていけば出て来なくなる)、アトルはため息をついた。実は、こうしてカーラを突き放すのは、根が優しいアトルにとってはかなりの苦労なのだ。今は船酔いの影響もあるのでなおさらだ。

 それでも、アトルは、カーラのためならなんでもすると誓ったあの日を忘れてはいなかった。


二章に続く

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