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終章 「終わりと始まり」

 「あんただって、そうだったんじゃないんですか!?」アトルは怒りの篭った声で言った。「カーラと離れ離れになった時、あんただって、カーラの為なら自分の命なんてどうなっても良いって、それくらいの覚悟で戦いに身を投じたんじゃ無いんですか!?」

 アトルが放つ強大なバチと、カルダの放つ黒い波動が、その場の空気をビリビリと張り詰めさせていた。今でこそそのエネルギーは互いに拮抗して、その空間は均衡を保っているが、もしどちらかが少しでも行動を起こせば、その均衡はすぐに崩れてしまうだろう。

 「なのに何故あんたは、そのカーラを傷つけるような事をするんですか!?」アトルは言った。

 「カーラはオレを裏切った!」カルダは言った。「裏切り者に刃を向けて何が悪い!」

 「それは誤解です!」アトルがすかさず言い返す。「カーラは、本当は・・・」

 「うるさい!」しかしカルダは、それを聞こうとはしなかった。そして、“サターナ”の黒い波動をより一層強めて、その大鎌を振り上げた。

 (ぐ・・・このままじゃ、僕の言葉は彼には届かない!)アトルは思った。(やっぱり、戦うしかないのか・・・!)

 しかし、理性ではそうするしかないと分かっていても、アトルの心にはまだ迷いが残っていた。カーラの目の前でその実の兄を倒さなければならないと思うと、罪の意識が頭をもたげた。しかしどちらにしろ、カルダから攻撃して来られたら、反撃するしかないだろう。もしカルダを倒せなければ、カーラも死ぬことになるのだ。

 その時、カルダが行動を開始したため、アトルは思考を中断せざるを得なくなった。

 カルダが動いたことにより、“ロゥエル”と“サターナ”によって辛うじて保たれていたその場の空気のバランスが崩れはじめた。アトルにはまるで、空間が歪みに悲鳴を上げているようにさえ見えた。それほどに、神器の持つ力は強大なのだ。

 アトルは以前、父のアルデバランから神器に関する基礎知識を教わっていた。それによると、神器とは太古の昔この世界を治めていた神々の力を授かった伝説の武器で、その秘められた力は無尽蔵といっても過言ではない。

 ただ、いくら武器のエネルギーが無限でも、それを操る人間が完全で無い以上、その力の全てを操ることなど出来ないのだ。だから神器がいかに力を発揮できるかは、持ち主の能力次第なのだ。特に神器同士で戦うときには、必要なのは『いかに強い力を得るか』ではなく『いかに神器の力をより使いこなせるか』が重要なのだという。

 そのため、同じ神器を持っていても、持ち主がそれを使いこなしていなければ、それはただの壊れないだけの武器になってしまうのだ。

 その時、不意に“サターナ”が振り下ろされた。アトルは怯まずに“ロゥエル”でそれを受け止める。金属同士が激しくぶつかり合う音がして、火花が散った。

 「オレがカーラと再会した時、カーラは自分の意思でお前達アルト家の元に残ると言った!その頃まさにゴート家と対立していたアルト家にだ!それを裏切りと言わずに何と言うんだ!」カルダは力任せに“サターナ”を振るいながら言った。

 「確かに、カーラはあの時自分の意思で僕等の元に留まった。でもそれは、あんたを裏切ったからじゃない!」アトルは言葉を続けようとしたが、カルダがそれを許さなかった。

 「オレからカーラを奪った張本人が、何を偉そうに!」カルダの気迫に圧されてか、アトルはだんだんと追い詰められて行く。

 「・・・カーラは頭が良かった。」アトルはなんとかカルダの攻撃を受けながら言った。「カーラは、たとえスピルナ動乱に勝っても、ゴート家が元のような支持を取り戻して、復興することはありえないということに気付いていた。だから、あんたを説得して、ゴート家の負の連鎖からあんたを解放しようとした!」

 アトルは体に纏ったバチのエネルギーを両腕に集中して、その力で“サターナ”を振り払った。

 「カーラが僕達の側に残ったのは、あんたを裏切ったからじゃない。あんたを説得して、ゴート家の呪縛から解き放ち、また、昔のように一緒に平和に暮らせるって信じたからだ!カーラはあんたを信じてた。なのになんであんたは、カーラを信じようとしないんだ!」

 そう言いながら、アトルは全身の力を使ってカルダを押し返す。

 「黙れ!」カルダは半ば正気を失った声で言った。「黙れ黙れ黙れ!!部外者のお前に、オレとカーラの何が分かる!!」

 そう叫ぶカルダの様子は、明らかに異常だった。カーラと生き別れてからのスピルナ動乱での辛く厳しい戦いが、この男の何かを変えてしまったのだろうか、とアトルは思った。カーラからよく聞く思い出話の中のカルダは、分別があり、頭も良く、何より優しい兄だった。

 しかしカルダは、アルデバランやゼッタ、その他沢山の頼れる人々に囲まれていたカーラとは違い、たった一人でゴート家の生き残り達を指揮して戦わなければならなかった。そしてそのプレッシャーと苦しみの末に、カルダは心を闇に侵され、自分の元を離れたカーラに対する憎しみが増大していってしまったのではないか。

 だとしたら、その責任は自分にもあるのではないか、とアトルは思った。もしかしたら、カーラをカルダの元に帰さなかったのは、過ちだったのではないだろうか。

 カルダは続けざまに“サターナ”を振るった。考え事に気をとられていたアトルは後手になってしまい、攻撃を受け止めるのが精一杯になっていた。

 それならば、カルダを止める責任も、自分にあるのではないか、とアトルは考えた。何より、カルダに罪なきスピルナの人々に手を出させる訳にはいかない。

 アトルは体に纏ったバチの出力を、さらに増大させた。そのエネルギーは過負荷となり、アトルの肉体は悲鳴を上げた。しかし、少しの間なら、なんとか保てそうだった。

 アトルは自分の身長程もある大剣、“ロゥエル”を翻した。日光がその銀色の刃に反射して、一瞬カルダの目をくらました。

 その隙をついて、アトルはすぐさま反撃に出た。剣を振るう度、刀身に纏った蒼く輝くバチが炸裂する。その光が、カルダを包む真っ黒なオーラと激突した。“ロゥエル”の力によって本来の何倍もの力を得たバチと、真玉の影響で、やはり何倍にも強化されたオーラ。それらが真っ向からぶつかり合ったその瞬間に発生したエネルギーは、想像を絶するものだった。

 二人の半径十メートルほどの地面が、衝撃波を受けてめくれあがった。草も土も根こそぎ吹き飛ばされ、気を失って倒れているカーラの近くにまで飛び散った。

 その圧倒的なエネルギーの中心にいた二人は、互いにバチとオーラに護られて、傷一つ負ってはいなかった。アトルはカーラの側まで衝撃波が及んだのを見て、このままここで戦っていては危険だと気づいた。

 アトルは体を包むバチを両足と両腕に集中させて、一気にカルダを突き飛ばした。しかし、体力を強化されているカルダには思ったほどの効果はなかった。

 すると、カルダを包んでいたオーラの一部が、突然カルダの両肩から槍のように突き出た。それは次第に薄く広がっていき、最後には巨大な翼の形になった。するとカルダはその生えたばかりの真っ黒な翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がった。

 その様子をアトルが驚きと共に見つめていると、不意に手の中の“ロゥエル”が鈍く疼くように振動しているのが感じられた。アトルはその意味を深く考えもせずに、反射的に“ロゥエル”にバチを流し込んだ。

 すると、“ロゥエル”の蒼い輝きと共に、アトルの背中から何かが生えるのが感じられた。左右を見ると、アトルにもカルダと同じような、蒼い翼が生えているのが見えた。なすべきことは、すぐに分かった。

 アトルは迷う事なくその翼を羽ばたかせた。すぐに、アトルの足は地面を離れた。翼は、まるで手足のようにアトルの意思に従った。

 カルダは、空中でアトルを待ちかまえていた。アトルが飛翔して来たのを見ると、憎しみのこもった目でアトルを睨めつけた。その目を睨み返すアトルの心にも、もはや迷いは残っていなかった。この戦いは、もはや勝つか負けるかだけなのだ。

 カルダが“サターナ”を振り上げ、前傾姿勢になった。次の瞬間、カルダは翼を大きく羽ばたかせ、言葉にならない雄叫びと共に突進して来た。アトルも翼を羽ばたかせ、その攻撃を躱す。すると、カルダはすぐさま空中で方向転換して、再びアトルを狙った。

 カルダの行動を読んだアトルも、剣を構える。ぶつかり合った“サターナ”と“ロゥエル”がけたたましい音を立て、二人は互いの衝撃に弾き飛ばされた。

 その衝突によって発生した波動が、辺り一面の空気を揺さぶり、木々の葉をざわめかせた。空中を数メートル吹き飛ばされたアトルは、素早くバチの翼を動かして、なんとかその場にとどまる。見ると、カルダも同じようにして体勢を立て直していた。

 今度はアトルが攻め込む番だった。アトルは“ロゥエル”を真っ直ぐに構え、カルダに向かって突っ込んだ。その衝撃を“サターナ”で受け止めたカルダは、一瞬ふらついた様子を見せたが、すぐに“サターナ”を回転させて“ロゥエル”を絡め取った。そして“サターナ”を大きく振り、アトルを地面に向けて放り投げた。

 その力に耐え切れず、アトルの手が“ロゥエル”から離れる。それと同時に、“ロゥエル”によって増幅されていた分のバチと、背中から生えていた翼が消滅した。当然、アトルの体は重力にしたがって数十メートル下の地面に向かって落下を始める。

 アトルは死を覚悟した。カルダの持つ神器に立ち向かえる唯一の手段である神器を奪われたのだ。例えこの落下を生き延びたとしても、万に一つも勝ち目はない。

 その時だった。アトルが急速に近づいてくる地面に目をやると、そこにカーラが立っていた。どうやら、神器から離れたことで意識を取り戻した様だった。

 「アトル!」カーラの声が、どこか遠くの音のように聞こえる。その声音は、感情を剥き出しにした本音モードだった。

 「死なないで、アトル!!」カーラのその声は、その言葉は、不思議とアトルの魂に響いた。

 ここで死ぬ訳にはいかない。

 その時アトルは、昔アルデバランに教えられた事を思い出した。

 「神器は、いつ何時でも真の主の呼び掛けにだけ答えます。」父は、そんな事を言っていた。もし、自分が“ロゥエル”に真の主として認められているのなら・・・可能性があるとすれば、それしかない。

 「来い、“ロゥエル”!!」

 アトルは叫んだ。地面はもうすぐそこまで迫っている。このままのスピードで激突すれば、まず命はない。しかし、不思議なほど恐怖は感じなかった。

 その時、アトルの右手の中に光が満ちた。それはみるみる巨大化していき、ついには実体を伴った剣と化した。それは、先ほどまでアトルが使っていた大剣とはまったく違う、細身の長いレイピアだった。だが、姿が変わってもそれが“ロゥエル”であることは、アトルには一瞬で分かった。

 その瞬間、アトルの背中に翼が現れた。それも、さっきまでとは比べ物にならない大きさだった。アトルがその蒼い翼を一度羽ばたかせると、それだけで落下のエネルギーは相殺され、アトルは体勢を立て直して再び上昇した。

 アトルを仕留め損なったことを知ったカルダは、“サターナ”を高々と構えた。そこに、もはや“ロゥエル”はなかった。

 カルダは翼を閉じ、一気に下降姿勢に入った。


 下から上昇するアトルと、上空から下降するカルダ。蒼と黒、二つの波動、二つの神器が、ほんの一瞬、重なり合った。


 その瞬間、周りの世界が、歪んだように見えた。或いは、本当に歪んだのかもしれない。その一瞬は、永遠とも思える一瞬だった。


 その時、空中にあったカルダの体が、ぐらっと傾いた。手からは“サターナ”が滑り落ち、黒いオーラと翼は霧の如く消滅した。アトルはすぐさま下降し、地面にたたき付けられそうになっていたカルダを受け止めた。

 「兄・・・さん」

 アトルがカルダを地面に横たえると、カーラが駆け寄ってきた。その目には涙が浮かんでいる。どれだけ正気を失っていても、兄は兄なのだ。アトルの胸に、罪悪感が深々と突き刺さった。

 「カーラ・・・か・・・」カルダは蚊の鳴くような小さな声で言った。その次にカルダの口から出たのは、意外な言葉だった。

 「カーラ・・・済まなかった。」カルダは言った。

 「・・・え?」カーラは信じられない様子で聞き返した。

 「オレは・・・本当は、ただ・・・お前が、羨ましかったのかも・・・しれない。」カルダは言った。「お前の周りには、心から信頼できる、仲間がいたが、オレにはいなかった・・・オレは、自分が・・・そんな仲間を欲している事を知りつつ・・・下らないプライドから、お前達の説得を聞きいれることを、拒絶してただけなのだ・・・」

 「・・・あなたは、かつてはとても優しい人だったと、カーラから聞いています。」アトルは言った。「きっとあなたは、戦争の毒気にあてられて、復讐に取り付かれてしまっただけなのでしょう。」

 「そうか・・・いや・・・」カルダはその時、何かを思い出したようだった。「いつから・・・?いつから、オレは・・・!?」

 突然、カルダは頭を押さえて呻いた。

 「兄さん!?」カーラが介抱しようとするが、それをアトルが止めた。

 「待って・・・何か、様子がおかしい。」アトルは自分でも訳の分からない事を口走った。どうしてそんな事を言うのか、分からなかった。

 「いつから・・・まさか・・・」カルダは、はっと目を見開いた。「全部・・・お前の仕業、だったのか・・・!?」


 その時だった。突然その場に人影が現れ、カルダの懐から転がり出ていた真玉を拾った。

 「もう遅いぜ、カルダの旦那」

 それは、エストだった。

 「これは、一体、どういう・・・!」アトルは身構えながら言ったが、二度の戦いの後で、体は悲鳴を上げていた。

 「エスト・・・お前が、オレに復讐を仕向けた・・・全ては、真玉を手に入れるために・・・」カルダがエストを睨みつけて言った。

 「ま、そんな所か」エストは場の空気にまったくそぐわぬ気楽な声で言う。「まだアルト家の封印が解かれてないようだが、まあいい。カルダ、お前はもう用済みだ!」

 「やめ・・・!」カーラの叫び声が、途切れた。エストの剣は、深々とカルダの胸に突き刺さっていた。

 「さて、次はアルト家の血でももらうか」エストはカルダから剣を引き抜いた。噴き出した鮮血が、エストとカーラの服を赤く染める。エストはそんな事はまったく気にも止めず、剣をアトルに向けた。

 その時、上からエストに向かって炎の塊が降ってきた。エストは素早くそれを躱した。火炎弾は地面にぶつかり、弾けたが、何故かアトル達は傷つけなかった。

 「なんだか、すごくマズイ状況みたいだねえ。」間延びした声とともに、上空からオレンジに輝く龍・パルトが舞い降りてきた。

 「その真玉っての、エネルギーを大幅に増幅させる力があるんだってね。どうも、君に渡しちゃ困ったことになりそうだ。」パルトは、口調とは裏腹に鋭い目つきでエストを睨んだ。

 「ち・・・いくらオレでも、伝説の龍族とでは部が悪い、か。」エストは舌打ちして言った。「まあ、当初の目的は達成した。ここは退くとしよう」

 「待て・・・!」パルトは顎を開き、炎を吐こうとしたが、まだ完全に毒から立ち直っていなかったせいか、鈍い痛みが体を襲った。その隙に、エストはどこかへ姿をくらました。


 「兄さん!兄さん!!」カーラの悲痛な声が、侘しい戦場跡に響いた。

 「・・・カーラ・・・」アトルは声をかけようとしたが、言葉がでなかった。パルトは何も言わず、ただ目を潤めてその様子を見守っていた。

 (一体、何がどうなっているんだ?)アトルは混乱する頭の中で考えた。(ただ・・・確かなことはただひとつ・・・まだ、戦いは終わってない)



第二次スピルナ動乱 完

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