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第十章 「復讐の爪」

 「・・・やはり、その話でしたか。」アトルはため息混じりに言った。

 「そうだ。スピルナ動乱で、てめぇらに滅ぼされたハルライガ一族の恨みを忘れたことは一度もねえ!」ヴァイスは両手の三本の鉤爪を煌めかせて言った。「オレはアルト家を同じ目にあわせてやると誓ったんだ!」

 そう叫んで飛び掛かってくるヴァイスを、アトルは軽やかな動きでかわす。

 「まったく・・・」アトルはヴァイスを見つめて言った。「そんな直線的な攻撃じゃ、僕は捕まりませんよ。」

 そのアトルの言葉を知ってか知らずか、ヴァイスは再びまっすぐアトルに飛び掛かる。アトルはやはり、さも簡単そうにそれを避ける。

 「だから、そんなんじゃ・・・」しかし、次の瞬間、アトルも予想していなかった事態が起きた。

 突然、ヴァイスのスピードが劇的に上昇したのだ。そのあまりに突然の事に、アトルは対応できずにヴァイスのタックルをまともに喰らってしまった。

 「ぐ・・・まさか・・・」木にたたき付けられ、アトルは痛みを堪えて唸った。

 「今の一撃で意識を失わないとはな。そいつがアルト家に伝わる『バチ』ってやつか!?」ヴァイスは高揚した声で言った。

 ヴァイスの言う通り、アトルは咄嗟にバチの力で体を保護して、辛うじて今の衝撃を受け止めていた。そうでなければ、この一撃でアトルは死んでいただろう。

 「そう言うそちらこそ・・・」アトルはヴァイスを睨んで言った。「真玉を、使ったのですか!?」

 「まあな。」ヴァイスは答えた。「お陰で力が漲るぜ!!」

 「やめた方が良いですよ。あれはそんな軽い気持ちで使っていい代物ではありませんから。」アトルは彼らしくない怒気をにじませた声で言った。

 「ああ?てめぇが真玉の何を知ってるってんだ!?」ヴァイスはアトルの口調にいらついたような声で言った。

 「知っていますよ。あなたが想像しているより、よっぽどね。」アトルは答えた。「僕達アルト一族は、イクイア文明の三人の生き残りの一人、アルクトゥルス・アルトの子孫ですからね。」

 「ほう、そいつは初耳だな。」ヴァイスは多少驚いたように言う。「だがそれなら話が早い。てめぇの血を手に入れれば、ついに真玉が完全に封印から解き放たれるって訳だ!」

 「そう簡単に行きますかね!」アトルはそう言って、引き抜いた剣にバチを纏わせる。剣は淡い青色の光に包まれ、その効果を証明する。

 今度はアトルが攻める番だった。アトルは光る剣でヴァイスを切り付ける。しかしヴァイスは、真玉によって強化されたスピードでそれをかわす。

 「どうした、威勢がいいのは口だけか!?」ヴァイスは自分が得た力を心から愉しむかのような声音で言った。「ちょうどいい、オレの新しい力もちょっとばかし試させて貰うぜ!」

 そう言ってヴァイスは首から下げた細長い笛を口にくわえて、それを吹いた。

 しかし音はでなかった。これは犬笛だ、とアトルは直感した。人間には聞こえない周波数の音を出して、あらかじめ訓練された犬を呼び出すのに使われる笛だ。

 その犬笛はすぐに効果を表した。辺りのしげみがざわついたかと思うと、あらゆる方向から、数え切れない数の犬が姿を現した。それぞれに毛の色も、犬種も違う。中には首輪を付けられた犬もいれば、明らかに野性の犬もいた。

 「その笛、ただの犬笛ではありませんね。」アトルはその様子を見て言った。明らかにその犬たちは、あらかじめ用意されたものではなかった。全員の共通点といえば、目をぎらつかせて牙を剥き出しにして、凶暴そうに唸りながらアトルを取り囲んでいることくらいだった。

 「その通り!」ヴァイスは答えた。「前にてめぇんとこの隊長が言ったように、オレらハルライガ一族が持つのは、動物の本能に働きかけて操る術・獣操術だ。もともと狩猟民族だったハルライガ一族は、動物の本能を研究し、それを操る様々な方法を編み出した。この笛もその一つって訳だ。こいつは犬にだけ聞こえる特殊な音波を出して、その音を聞いた犬を凶暴化させる。たとえそれが、訓練された犬でなくてもな!」

 そう言ってヴァイスは再び笛を吹いた。それが合図となって、アトルを取り囲んでいた凶暴化した犬たちが、一斉にアトルに襲い掛かった。

 「まあ、そうは言っても、今までこの笛で操れるのは訓練された犬だけだった。それが、真玉の力によってパワーアップされたってことだ!」狂犬たちと格闘するアトルに向かって、ヴァイスは言った。

 そうか、とアトルは考えた。地竜の谷でヴァイスがあの幼竜達を操ることができたのは、あの時からすでにヴァイスが真玉の力を得ていたからだったのだ。当時、真玉はゴート家の血による一段階の解放しかされていなかったはずだ。その力で子供とはいえドラゴンを操ったのだ。にわかには信じられないような効き目である。

 しかし、そこで狂犬の一匹に襲い掛かられて、アトルは思考を中断させた。狂犬の数は始めよりも増えている。恐らくは、あの笛が聞こえる範囲のすべての犬が凶暴化されたものの、その距離によって到着する時間が変わっているのだ。

 アトルは心を痛めつつ、襲い来る狂犬達の首を掻き切っていった。狂犬とはいえ、特別身体能力が上昇する訳ではないようで、個々の力だけ見れば、バチを纏って強化されたアトルの敵ではなかった。

 しかし、それでも狂犬すべてを殺すには時間もかかり、また体力も消費した。バチを使い過ぎたのだ。

 「どうやら、だいぶ消耗したみてえだな。」ヴァイスはアトルの様子を観察して言った。「それなら、オレのもう一つの技を見せてやるよ。」

 言うが早いが、ヴァイスはダッシュでアトルとの間合を詰める。それと同時に、ポケットから取り出した小さな何かを、口に含んだ。それを噛み割るカリッという音が鳴る。

 「食らいな!!」ヴァイスはそう叫んで、アトルに向かって大きく息を吐いた。その途端、アトルは鼻に付く鋭い匂いを感じた。慌てて鼻を押さえるが、すでにいくらか吸ってしまった。もし毒の類なら、非常にまずい状態だ。

 「安心しな、そいつは毒なんかじゃねえ。」ヴァイスはアトルの反応を見て言った。「ただし、毒よりずっと質の悪いもんだがなあ!」

 しかしアトルには、その言葉に反応している暇はなかった。突然、脳の奥で妙な感覚がしたのだ。まるで猛獣に囁きかけられるような、頭蓋骨の裏に何か自分とは違う生命体が生まれたかのような感覚だ。

 「今てめぇに嗅がせたのは、レグラ地方にしかない木、バーサクの木の実を、ハルライガ一族秘伝の方法で調合した丸薬の匂いだ。コイツはハルライガ一族が食えばその闘争本能を極限まで高める力を持ってんだ。だがどうやら、この丸薬の持つ力まで、真玉は強化してくれたみてえでな。今じゃあオレ以外の者がその匂いでも嗅げば自分の内に秘めた本能が暴走し、正気を失ってしまうくらいだ!」

 ヴァイスが言っていることがはったりで無いことは、実感しているアトルが誰よりも身に染みて分かっていた。このままでは自分の精神が持たないということが、アトルにははっきりと分かっていた。あの丸薬とやらの影響で自分の奥底に生まれた強烈な闘争本能は、まるでその有り余る感情を発散したがっているかのようにアトルの中で暴れ回っていた。

 「おっと、ついでに教えておいてやるぜ。」ヴァイスは勝ち誇ったような表情を浮かべていた。「実はな、オレ達アルカナはこの丸薬を、スピルナの何人かのお偉いさんに仕込んでおいたのよ。それも、ちょうど今頃効果が現れるように、時限式にしてな!」

 その言葉に、アトルは絶句した。もしこんな効き目のある丸薬に、スピルナの上層部が毒され、その闘争本能を暴走させたとしたら、一体、どれほどの被害が出るだろうか・・・!

 しかし今のアトルにはそれよりも自分自身の方が問題だった。何とかして、この状況を打破しなければ。

 そう言えばヴァイスは、この丸薬は真玉の力のお陰で、人間を暴走させる能力を得たと言っていた。なら、真玉の力を封じることができれば・・・。アトルは、そこですべてを覚った。


 その時、ヴァイスの目の前で予想もしない出来事が起こった。アトルの体が青い光に包まれ、それと同時に今までアトルを襲っていた苦痛が消え去るのが目に見えて分かったのだ。

 「てめぇ、一体何をしやがった・・・!」ヴァイスは信じられない様子で言った。「なぜ丸薬の力が効かねえ!?」

 「それは、僕が・・・」アトルは大仰に答えた。「・・・真面目だからです!」

 「いやそこは関係ないだろ!」こんな状況にも関わらずついつっこんでしまうヴァイス。

 「・・・ですよねぇ~」とアトル。「とまあ、それは冗談として・・・」

 そして今や完全に回復したアトルは鋭い目線でヴァイスを睨んだ。

 「どうして僕が丸薬の力に打ち勝ったのか、知りたいですか?」

 「・・・ああ。知りてえ。」ヴァイスは敵意を剥き出しにしたまま言った。

 「まことに冗長な事ですが、これを説明するには、まずイクイア文明の話からしなければなりません。」アトルはそう前振りして、語りはじめた。

 「ご存知の通り、イクイア文明の生き残りは三人。カースローダ・サルト・ゴート、エアセイラ・レアロス、そしてアルクトゥルス・アルト。彼等三人はどれもイクイア文明の最高貴族の生まれで、エリュアルス王自身の血も継いでいました。

 イクイア文明の崩壊を予期したエリュアルス王は、次の世代へとイクイアの血を残すために、その三人を選びました。そしてその三人の血を証として、真玉に強力な封印をかけた。それから、エリュアルス王は三人にそれぞれ二つずつの贈り物を渡したのです。

 まず、カースローダ・サルト・ゴートにはイクイア文明で奉られていた三神器の一つ・魔鎌“サターナ”と封印された真玉の本体が贈られました。今、その子孫であるあなたがたの隊長・カルダ・ゴートが持っているものです。

 そして次にエアセイラ・レアロスには、“サターナ”と同じイクイア三神器の一つ・聖槍“エイレア”と、イクイア文明の様々な技術を記した書が与えられました。それゆえ今、全ての国の中で唯一エンリアル王国のみが、イクイア文明の技術の一部を受け継いでいるのです。

 そして最後にアルクトゥルス・アルト。彼に与えられたのは三神器の一つ・神剣“ロゥエル”と『バチ』の力です。バチは、人や物などの力を高めるだけの物ではありません。この力は、イクイア王家に代々伝わっていた特殊な能力です。そしてそれが、イクイア文明の発展の理由の一つなのです。

 もともとバチは、真玉の力を制御するための力。その力を王が使うことで、真玉を手中に納めたイクイア文明はあれほどまでに強力な力を得ることが出来たのです。

 そして、イクイア文明が滅びるとき、エリュアルス王は後の世で、悪しき者の手に渡った真玉が暴走するのを恐れ、その時の抑止力として、バチをアルクトゥルスに受け継がせたのです。」

 そこでアトルは一度言葉を切って、意味ありげな視線をヴァイスに送った。

 「ここまで言えば、もう解りますね。」

 「つまり、てめぇは真玉の力を抑える効果を持つバチの力を利用して、オレの丸薬にかかっていた真玉の影響を打ち消した。そして丸薬は真玉の恩恵を失い、無害化された・・・って訳か。」ヴァイスは苦々しそうに言った。「つまり、てめぇらアルト家の人間には真玉の力は通用しねえってことかよ!」

 「とどのつまり、そう言うことになりますね。」アトルは事もなげに言い放った。

 「・・・てめぇらの、そう言うところが、オレは嫌いなんだ。」ヴァイスは憎悪を滲ませた声で言った。「てめぇらアルト家はいつも、表向きには聖人のように振る舞って、平等主義やらなんやらと並べ立て、その裏で人々を力で押さえ付けやがる!

 てめぇらの言うその平等主義が、本当にスピルナに平和をもたらしたのか!?いや、違う!今なおスピルナには差別が残っている!

 救いの手を差し延べられることのない戦争孤児は今この時も地べたをはいずり回って生きている!オレ達ハルライガ一族が治めていたレグラ地方は、今主を失って荒れ果てている!

 てめぇらアルト家は、自分達だけ良ければいいと思ってやがる。自分達の周りの地域だけ平和になれば、それで良いと思ってやがる!

 現に、首都アルスのあるゴールテス地方が平和を謳歌している裏で、首都から最も離れた辺境のレグラ地方は、貧困と差別に喘いでる!泥棒や追い剥ぎが増えて、善良な人々が危険にさらされても、アルデバランは見向きもしない!

 それがスピルナの現実だ!どんなに綺麗事を言おうと、この事実がなくなることはない!全ての民が平等になるなんて、ありえないんだよ!!」

 ヴァイスは丸薬の力で上昇させた闘争本能のままに、アトルに襲い掛かった。しかし、だからと言ってヴァイスが悪あがきを始めたという訳ではない。むしろ、純粋な闘争本能はヴァイスの直感と戦闘スキルを劇的に上昇させ、死をも恐れない狂戦士へと変えたのだ。

 こうなるともはや、ヴァイスの動きを見切ることは誰にも出来ないだろう。ヴァイスは野性の赴くままに、変幻自在に攻撃して来るのだ。そして何よりその覇気は、常人にはありえないような物だった。

 もし、今のヴァイスを何かに例えるなら、卓越した殺しのスキルを持つ屈強な戦士と、闘争本能に燃える狂犬とが混ざり合ったもの、と言えるだろう。

 「確かに、あなたの言うことは正しいかもしれません。」アトルはヴァイスの攻撃から逃れつつ言った。「僕の父、アルデバランも全能ではありません。そもそも、全ての人間が平等になるなんて、ありえない事かも知れません。」

 そしてアトルは自分の剣にバチを込めて、ヴァイスの攻撃を弾き返した。

 「でも・・・」アトルは半ば自分に言い聞かせるように言った。「何よりも大切なのは、どんな荒唐無稽な夢でも、野望でも、絶対に諦めない事です!そうすればいつか、自分の望んだ通りでなくとも、何かの答えが返って来るはず。どれほどありえないように見えることでも、最後まで諦めなければ、きっと何かを変えることができるはず!僕は、そう信じています!!」

 その言葉に全てを乗せるように、アトルはヴァイスに向かって渾身の一撃を放った。


 「・・・僕は、あなたのその思いを忘れることは無いでしょう。」倒れたヴァイスに向かって、自分に誓いをたてるかのように、アトルは言った。「たとえ父には無理でも、僕はいつかきっと、本当の意味での平等を作りあげて見せます。それがいつになるかは、分からないけど。」



十一章に続く

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