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第九章 「裏切り」

―十二年前 スピルナ帝国首都アルス―

 「俺達、ついにやったんだな、リーダー。」当時十七歳のバードは興奮冷めやらぬ声で言った。場所はファンタスマ城の近くの反乱軍リベラのアジト。そこにはランプの明かり一つに照らされて、バードの他に、二人の人影があった。

 「ああ。」こちらも当時十八歳だったゼッタは答えた。「これでゴート家による独裁も終わりだ。これからは、新しい時代が始まる。」

 それは、リベラがついにファンタスマ城を攻め落とし、カースナグを打ち倒した、その夜の事だった。

 「長年の目的を果たしたというのに、あまり嬉しそうではありませんね。」もう一人の男、ゼッタの腹心の部下であり、かのアルト家の分家アルソン家の嫡子・フォールド・アルソンが気づかわしげに言った。「やはり、あの事ですか。」

 「俺も今だに、理解できないな。」バードが言った。「なぜ、あのカースナグの娘を捕虜として匿う?」

 「カーラ・ゴートに罪はない。それに、まだ子供なのだ、死ぬには惜しい。」ゼッタは静かな声で言った。

 「それはそうですが、今までカースナグに虐げられた人々は、それでは納得しないでしょう。このままでは、しがらみは増える一方ですよ。」フォールドはやはり心配そうに言う。

 「それでも、俺は自分の方針を変える気はない。」ゼッタは口ではそう言いつつも、実際はどこか不安を感じていた。

 これから、スピルナはどうなって行くのだろう。今、こうしてカースナグによる独裁は幕を閉じたが、良い意味でも悪い意味でも、この影響は様々な方面に現れるだろう。何よりスピルナは国土が広すぎる。

 皇帝が死んだ今、国の意志をどうやって一つにまとめるか。それが何よりの問題だった。


 「それで、」感極まったバードが去った後、フォールドがゼッタに向かって切り出した。「これから、いかが致しますか?我が主の提案は。」

 「アルデバランか。」ゼッタは考え込むように言った。「彼は本当に信用できるのか?」

 実はゼッタは兼ねてから、フォールドを通してアルト家の家長・アルデバラン・アルトからの提案を受けていた。彼はカースナグの死後起こるであろう王位争奪戦を予期し、リベラを率いるゼッタの器量を見込んで、アルト家の側に着かないかと勧誘してきたのだ。

 初め、その提案をゼッタは拒否して来た。見知らぬ男の配下に成り下がるよりは、信頼できる仲間であるリベラのリーダーであるほうが確実だったからだ。

 しかし今、その確実が崩された。もともと危険な武闘派集団で、タカ派の気があったリベラは、関係ないものは殺さないというゼッタの方針に疑問を持っていた。そして、ゼッタが暴君の娘を殺さず捕虜にした事で、その不満は表に出始めているのだった。

 このまま手を拱いていれば、近い内にリベラの隊員はゼッタの首を狙いに来るだろう。何よりこの状況でリベラのリーダーの座を奪うことができれば、あるいは新たな統治者となる可能性まで見えてくる。

 その計り知れない報酬のために、今までゼッタを信頼し、ゼッタに信頼されてきた者達が、ゼッタの命を狙ってくるのだ。

 ゼッタはやり切れない思いを噛み締めていた。とにかく、己の信念を曲げでもしない限り、自分はもはやリベラにはいられない。もしかすると、アルデバランは、ゼッタがこういう状態になることを予測した上で、ゼッタに提案を持ち掛けてきたのではないだろうか。だとしたら、本当に怖い男だ。

 「こうなっては、他に頼れる者もいますまい。」フォールドは真剣な声で言った。もともとフォールドが忠誠を誓っているのはアルデバランだが、今ではゼッタにも絶大な信頼を寄せるようになっていた。「それに、主は私の命に懸けて、信用のおける方です。」

 「お前がそこまで言うなら、それなりの理由があるのだろうが・・・。」ゼッタはなおも悩ましそうに言った。

 「とにかく、ここに居続けたらあなたの命に関わります!」フォールドは普段のきまじめな性格からは想像出来ないような強い口調で言った。それほどにゼッタを尊敬し、その安全を案じているのだ。

 「分かっている・・・だが・・・」そう言いかけてゼッタは突然黙り、しばらく経ってから大きなため息を一つして言った。「解った。お前がそこまで言うのなら、一度会うだけ会ってみよう。そのアルデバラン・アルトに。」

 それを聞いたフォールドは安堵の表情を見せた。


 こういう訳でその翌日、ゼッタはフォールド・アルソンと共に監禁されていたカースナグの娘・カーラ・ゴートを連れ、早朝のリベラのアジトをひそかに抜け出したのだった。それは、リベラの幹部達がゼッタ暗殺を計画していたまさにその日のことだった。



 「・・・そんなことは知っていた!」ゼッタが語り終えると、バードが怒鳴り気味に言った。「だが、どんな理由があろうと、お前がいなくなったせいでリベラは収拾が着かない暴徒と成り果て、それがスピルナ動乱を引き起こす引き金となったことに変わりはない!

 確かに、リベラ内に反乱の兆しがあることを知っていたが、俺はお前を信じていた!お前ならば、リベラ内の反乱も、うまく諌めることができると信じていた!俺は、そんなお前の忠実な部下としてその手伝いができることが誇りだったのだ!

 だがお前は逃げた!それは、俺達リベラを、そしてスピルナ動乱の犠牲となった数え切れない人々の命を見捨てたという事と同義だ!」

 今や感情に任せて棍を振るバードの攻撃を、ゼッタがかわすのは容易な事だった。ゼッタは目を細め、自分のせいで復讐者となってしまった男を見つめた。そう、確かに貴様の言う通りかもしれない、とゼッタは思った。自分は多くの犠牲を、間接的にではあるが、生み出してしまった。そこまでしてリベラを去り、アルト家の側につく価値があったのかと思ったのは一度や二度ではない。だが、それでも。

 「あの頃のリベラは、もはや本来の姿を失ってしまっていた。」ゼッタは諭すように言った。「ファンタスマ城を落とした事で浮かれ、自分に酔いしれ、もともと持っていたはずの大志を失っていたのだ。仮に俺がリベラに残ったとして、それですべてが上手くいったとは限らない。」

 「そんなのはただの言い訳だ。」バードは突き放すように言った。

 「そうかもしれない。」ゼッタは突然動きを止め、重い口を開いて、言った。「確かに、俺の力不足が、スピルナ動乱を引き起こしてしまったのかもしれない。スピルナ動乱が始まった日から、その責任を感じなかった日はない。

 だが、俺はそのせめてもの罪滅ぼしのためにアルデバランと共にスピルナ動乱の犠牲者を少しでも抑えるために戦ってきた!もしそれでも貴様の気が収まらぬというなら、貴様のその棍で容赦なく俺を殺せ!

 だが、ならば一つ約束してくれ!すべての責任は俺が負う!だから、せめてこれ以上、貴様のその手でスピルナを傷付けるな!貴様のような正義感の強い、良い人間が人を傷付けるのを見たくない!頼む!」

 その時、バードの棍がゼッタに迫った。ゼッタはもはや動こうとせず、覚悟を決めてその瞬間を待った。

 しかし、棍がゼッタの身体に触れることはなかった。ゼッタは目の前の、かつての部下を見つめた。

 「そうやって、いつも自分を犠牲にし、他人を重んじる。常にまっすぐで、自分の信念を曲げない。」バードはゼッタの頭の横で棍を寸止めにした状態のまま言った。「お前はいつも、そうだった。お前のそういう所を、俺は尊敬していたのだ。そんなお前を、どうして殺せるというのだ!?」

 「バード・・・」ゼッタは、バードの目に光を見た。その光は、頬を伝って、地面へと落ちた。

 二人の間に、それ以上の言葉は要らなかった。



―テラール村付近の街道―

 槍と剣が、目にも止まらぬ早さでぶつかり、離れる。そこで行われていたエータとエストの戦闘は、ほぼ完全に互角といってよかった。といっても、片腕に傷を受けつつアルカナの精鋭の一人と同格に戦っているエータはやはり、化け物じみていると言わざるを得ない。最もそれは、エータが持っている武器の力あっての事ではあるが。

 「お前・・・その武器、やはり隊長の物と同じ、神器の一つか・・・!」エストはエータの持つ金色の槍を見つめて言った。

 「良く知ってるじゃねーか。」エータは多少自慢げに言った。「コイツはレアロス家が何千年もの間、代々受け継いできたイクイア王国に奉られていた三つの神器のひとつ、聖槍“エイレア”だ。言っとくが、コイツは凶暴だぜ!」

 エータがそう言うのに呼応するかのように、エイレアは金色の光を放った。エータがエイレアを振るうと、その金色の光が実体を伴った衝撃波となってエストを襲う。街道の周りにあった木々はその衝撃波を受け、一瞬にして切り刻まれるが、驚いたことにエストは剣で衝撃波を受け止めていて、大きなダメージを受けた様子はなかった。

 「ちっ、やっぱりてめえもただもんじゃ無さそうだな。」エータは防止をまぶかに被った黒装束の男・エストを見て、ニヤリと笑って言った。

 「・・・なぜ笑う?」エストは純粋に気になったような声で尋ねる。

 「何言ってんだよ。そんなの、面白いからに決まってんだろうが!」エータはさも当たり前のように言った。「ここしばらく本気で戦える相手が居なかったからな!」

 エータは片手でエイレアを振り回し、エストに怒涛の連撃を浴びせる。エストも剣を巧みに操り、その攻撃をよけていく。

 しかし、エータがエストの一瞬の隙を突き、勝利を確信したその瞬間、不意に左腕の傷が強烈な痛みを発し、エータは逆に隙を作ってしまう。エータはエストの反撃を、すぐさま後ろにかわして、エストと距離を取った。

 「ちっ・・・」今の攻撃でエータを仕留め損ねたエストは、いらだたしげに舌打ちする。

 「それにしても、妙だな。」突然、エータが言った。

 「何がだ?」

 「てめえは、カルダ・ゴートごときの下につくような器じゃねえ。」エータはエストを睨んで言った。「戦えば分かる・・・てめえは、カルダの下につきながら、カルダのさらに上を見ている。違うか?」

 エストはエータのその問いに、しばらくの間の後に答えた。

 「戦うだけでそこまで見抜くとは、妙なのはどっちだ。」そう言ってエストは帽子を脱いだ。「まあ、流石はレアロス家の嫡子、とでも言うべきなのだろうな。この場合。」

 「勿体つけないで答えろ。てめえの目的は何だ?」エータが声に凄みを利かせて聞いた。

 「目的は何だと聞かれて素直に答えるやつはいないだろう、特にこんな状況では。」エストはエータを小馬鹿にするような口調で言った。

 「そうだろうな。」エータはニヤリと笑って言った。「だからこそ、力づくで聞き出す楽しみがあるって訳だ。」

 エータはさも楽しそうにそう言って、金色の槍、聖槍『エイレア』を構えた。



―エータとエストが戦っている街道の脇の雑木林―

 「よお、ちょうど良かったな。」ヴァイスは不敵な笑みを浮かべていた。「丁度てめぇと殺り合いたかった所だぜ。アトル・アルト。」

 「そうですか?」アトルは落ち着いた声で言った。「僕は別にあなたに興味はありませんがね。」

 「・・・ムカつく言い方しやがって。」ヴァイスはイライラした声で言った。「これだからてめぇらアルト家は気に食わねえんだ!」

 ヴァイスは手に装備した鉤爪をアトルに向けて言った。

 「あの日からずっと、この日を待っていた・・・一族の敵は取らせてもらうぜ!」



十章に続く

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