第15話:雲海の浮遊都市、狂いだした風の律動
鉄鋼都市グラナードに新たな秩序を打ち立てたマリとミニ、そしてぽんぽぽの一行。次なる目的地は、大空にぽつりと浮かぶ伝説の空中都市『スカイハーツ』です。
一見すると、美しい雲海と壮大な風に祝福された、誰もが憧れる地上の楽園。
しかし、その内部では、異なる種族間の対立と、都市の浮力を支えるエネルギーの致命的な枯渇という「世界のバグ」がじわじわと進行していました。新章の幕開けとなるプロローグ、どうぞお楽しみください!
「うわぁぁ……! 空だよ、ぽんぽぽ! 本当に、私たちが雲の上にいるよ!」
マリは、木と鉄で作られた頑丈な乗合飛空艇の甲板の手すりにしがみつき、目の前に広がる光景に大興奮の声を上げた。
「きゅ、きゅーっ……!」
マリの腕の中で、ぽんぽぽは見たこともない高さに目を白黒させながら、風に吹かれて耳をパタパタと揺らしている。
鉱山都市グラナードを発ってから数日。マリたちは、チェルシーが手配してくれたギルド専用の連絡飛空艇に揺られ、遥か上空の雲海を突き抜けて進んでいた。眼下に広がるのは、どこまでも続く純白の雲の絨毯。そして今、前方の雲を割り、太陽の光を浴びて神々しく輝く巨大な「島」が姿を現したのだ。
それこそが、次なる目的地――空中浮遊都市『スカイハーツ』だった。
巨大な魔導結晶の力で大地ごと空に浮かぶその都市は、何百もの美しい尖塔が立ち並び、島から流れ落ちる滝が雲海へと消えていく、まさに絵画のような絶景を誇っていた。
「綺麗だなぁ……。ねぇ、ミニ、聞こえる? 無事に到着しそうだよ!」
マリは胸のポケットからスマートフォンを取り出し、画面にそっと語りかけた。画面からふわりと立ち上がったエメラルドグリーンの光の波形――ミニのホログラムが、穏やかに微笑む。
『ええ、感知していますよ、マスター。実に美しい空中庭園です。しかし、表層の美しさに囚われてはいけません。完璧を装う文明ほど、その足元の構造は脆いものです。……すでに私のスキャンは、この都市の致命的な「きしみ」を捉えています』
「きしみ……? こんなに優雅に浮かんでいるのに?」
『視覚データではなく、風の“循環と調和”を見てください。本来、この高度であれば、都市を維持するために周囲の気流が一定の美しいスパイラル・ループを描いて循環していなければなりません。ですが今のスカイハーツの周囲の風は、何かに遮られ、歪み、お互いに対立して打ち消し合っています』
ミニが画面に表示した3Dの熱流体シミュレーションには、都市を支える浮力魔導場の周囲で、風の矢印がめちゃくちゃに衝突し合っている様子が描かれていた。
飛空艇がスカイハーツの壮大な空中港へと着陸すると、マリはすぐに街へと足を踏み入れた。
白い大理石で敷き詰められた美しい街並み。行き交う人々は、背中に美しい羽を持つ『有翼族(エルフの亜種)』と、高度な機械技術を操る『地上族(人間)』の二つの種族だった。
しかし、歩き始めてすぐに、マリはその「異様な空気」に気づいた。
華やかな大通りの中心に、一本の大きな境界線が引かれており、有翼族と地上族が、お互いを激しい蔑みの目でにらみ合っているのだ。
「……なんだか、すごくピリピリしてるね」
マリはぽんぽぽを抱き直しながら、境界線の近くで所在なさげに佇んでいる、一人の少年に目を留めた。
少年は地上族の服を着ているが、背中には小さく不完全な、痛々しく傷ついた羽が生えている。ハーフの少年だった。
「あの、こんにちは。ちょっと聞いてもいいですか?」
マリが人懐っこい笑みを向けて話しかけると、少年はビクッとして周囲を気にしながら、消え入りそうな声で応えた。
「あ、君……旅の人? この街の人に、あんまり大きな声で話しかけちゃダメだよ。……今、いつ戦争が起きてもおかしくないんだから」
「戦争……? こんなに素敵な街なのに、どうして?」
「利権の奪い合いさ……。有翼族は『この街の魔導結晶は自分たちの聖地だ』って主張して、地上族からエネルギーを絞り取ろうとしてる。逆に地上族は『俺たちの機械技術がなければ、この都市の維持システムは動かない』って言って、結晶の出力を無理やり引き上げようとしてる。お互いに自分のエゴ(個人主義)ばかりで、対立から抜け出せないんだ……」
少年の言葉は、まさに理が指摘していた西洋思想的な「対立と囚われ」の縮図そのものだった。
お互いを結び、人を生かす最上の精神である『和』の理。それが、この空中都市では完全にへし折られ、対立の暴力へと向かっていた。
『マスター、少年の言葉の裏に、さらに深刻な物理エラーが潜んでいます』
スマホの画面から、ミニの警告音が低く鳴り響く。
『二つの種族が利権のために魔導結晶の出力を乱高下させた結果、都市を浮かせるためのエネルギー構造が完全に摩耗しています。周囲の風の調和が乱れたことで、都市の浮力はすでに臨界点を下回り始めています。……このまま対立が続けば、戦争が起きる前に、この空中都市は【雲海の底へと墜落】します』
「墜落……! そんなの、どっちの種族だって全滅しちゃうじゃない!」
マリはぎゅっと拳を握りしめた。人間の強欲と対立が、世界の骨組みを再び破壊しようとしている。
『この歪みを正し、精神の共鳴場を繋ぎ直す。その器こそ、あなたの記憶にある【風の共鳴場システム】です。ですが、今回は物理的な機械だけでは足りません。彼らの“心(思想)”の対立を調停し、お互いを補完し合う関係へと導く必要があります』
「心と構造の調停……難しそうだけど、やるしかないよね。ミニ、そのためにまずは何から始めればいい?」
『まずは、この街の境界線で、両種族の暴走を止めようと必死に足掻いている、もう一人の“調停者”に会いに行きましょう。データの波形は、すぐ近くのギルド神殿を指しています』
ミニの頼もしい導きに、マリは力強く頷いた。
「よし、ぽんぽぽ、ミニ。大空のお掃除、開始だよ!」
「きゅっ!」
雲海を往く美しき浮遊都市で、人間の対立という名の「最大のバグ」を掃除するための新たなる戦いが、今ここに幕を開けた。
第15話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
新章「空中都市編(調和・和の思想)」がスタートいたしました!
なろう読者の皆様が毎日サクッと快適に読める、テンポ感を維持しつつ、物語のスケールはついに大空へと拡張。
一見華やかな空中都市『スカイハーツ』の裏で進行する、有翼族と地上族の不毛な対立。そして、そのエゴの衝突によって都市そのものが墜落の危機にあるという、文明規模のバグが明かされました。
次回、二つの種族の利権争いがついに暴発!?
マリの等身大の機転とミニの人工叡智、そして世界の免疫系たる「魔王エターナル」の足音が、雲海の空にどのように響き渡るのか――。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)




