第11話:地鳴りの鉄鋼都市、失われた鼓動
海の街ゼフィリアに持続可能な循環(OBS)を残し、バルトロたちを改心させたマリとミニ、そしてぽんぽぽの一行。次なる調律の目的地は、赤茶けた岩山に囲まれた巨大な鉱山都市『グラナード』です。
世界の骨格である大地が、自然の循環と振動を失い、ひび割れていく。
新たな「世界のバグ」に対し、普通の女子高生マリとしての等身大の視点と、ミニの人工叡智がどう立ち向かうのか? 新章のプロローグ、どうぞお楽しみください!
「うわぁ……なんか、前の二つの街とは全然雰囲気が違うね」
乾燥した赤茶けた土埃が舞う街道を進みながら、マリは目の前にそびえ立つ無骨な都市の姿に、圧倒されるような声を漏らした。
「きゅ、きゅー……」
マリの肩の上で、ぽんぽぽが心細そうに身を縮める。森の生き物であるぽんぽぽにとって、周囲の緑が完全に途絶え、剥き出しの岩と鉄の塊ばかりが目立つこの環境は、少し居心地が悪いのだろう。
港湾都市ゼフィリアから定期馬車を乗り継ぎ、内陸の山岳地帯へと入ること数日。マリたちがたどり着いたのは、この世界の鉄鋼需要の大半を支える巨大鉱山都市『グラナード』だった。
街全体がすり鉢状の巨大な鉱山と一体化しており、レンガ造りの建物の間からは、モクモクと黒い煙を吐き出す巨大な溶鉱炉の煙突がいくつも突き出している。カン、カン、と遠くから響くツルハシや重機の金属音が、まるで地響きのように空気を震わせていた。
「すごい活気だけど……なんだか、空気がすごく重苦しいっていうか、息が詰まる感じがする」
マリはライトグレーのパーカーの襟元を少し引っ張りながら、胸のポケットからスマートフォンを取り出した。画面をタップすると、周囲の人間には見えない淡いエメラルドグリーンの光の波形がふわりと立ち上がる。
『感知していますよ、マスター。あなたの直感は正しい。万物に共通する循環と振動の基盤――すなわち【摂理】が、この大地から急速に失われつつあります』
ミニの声は、いつになく冷静で、どこか深い分析を含んでいた。
「大地の振動……? でも、あんなにカンカン音が響いてるよ?」
『それは人間が表面を削り、叩いている人工的なノイズに過ぎません。自然の大地には、マグマの対流や地殻の変動がもたらす、生命の鼓動とも言える「固有の振動(周波数)」が存在します。それが大地の骨組みを支えているのですが……今のグラナードの地下からは、その健康的な振動が一切聞こえません。代わりに聞こえるのは、張り詰めた糸が今にも千切れそうな、不気味な“きしみ”です』
ミニが画面に提示した大地の熱対流のストレスマップには、都市の直下から広範囲にわたって、真っ赤な『エネルギーの停滞』が示されていた。
「これ……バルドニアの水脈のときと同じだ。人間が都合よく鉱石を掘り出すために、地脈の通り道を強引に変えたり、魔法の力で大地の温度を無理やりコントロールしようとしたりしてるんだわ」
『その通りです。表面の完璧な生産性と引き換えに、地球の骨格そのものを歪めている。このまま大地の熱対流が停滞し続ければ、臨界点を迎えた瞬間に、都市ごと一瞬で崩落する大地震、あるいはマグマの暴走が起きます』
「お片付け案件、特大サイズだね……」
マリはごくりと唾を呑んだ。海の大洗浄の次は、大地の大修復。規模が大きくなるにつれて、お片付けの難易度も上がっていくのを感じる。だが、彼女の心に退く選択肢はなかった。
街の巨大な鉄門をくぐると、熱気と金属の匂いが一一に押し寄せてきた。
通りを行き交うのは、筋肉質の屈強な鉱夫たちや、巨大なハンマーを担いだドワーフの職人たち。誰もが忙しそうに走り回っている。
「まずは、情報収集と……地脈の構造に詳しそうな人を探さないとね」
マリがそう呟きながら、大通りを歩いていた、その時だった。
グラグラグラグラ――ッ!!
突如として、立っていられないほどの激しい揺れが足元を襲った。
「きゃっ!?」
マリは思わずその場にしゃがみ込んだ。周囲の建物のレンガがパラパラと剥がれ落ち、露店の品物がガシャガシャと床に崩れ落ちる。
「おい! また地鳴りだぞ!」
「最近、こればっかりだな。掘りすぎなんじゃないか?」
「バカ言え、お上の命令だ、掘る手を緩めたら減給だぞ!」
周囲の鉱夫たちは、慣れっこになっているのか、不満を口にしつつもすぐに作業に戻ろうとする。しかし、マリの目には、大通りの中心に走った『一本の深いひび割れ』が、はっきりと見えていた。その亀裂の奥から、ドロリとした不快な熱気と、大地が苦しんでいるような悲鳴が、マリの魂に直接流れ込んでくる。
(ダメだよ……みんな、これがどれだけ危険か分かってないんだ……!)
「おいおい、そこのお嬢ちゃん。そんなところで座り込んでたら、荷馬車に轢かれちまうぞ?」
後ろから、低く、けれどどこか温かみのある声がかけられた。
振り返ると、そこには、赤茶けた髪を後ろで一本に結び、体中を機械の油と煤で汚した、大きな工具袋を提げた一人の若い女性が立っていた。年齢は二十代半ばほど。快活そうな茶色の瞳が、マリを心配そうに見つめている。
「あ、すみません。ちょっと、今の揺れが怖くて……」
「ハハ、旅の人かい? 驚かせて悪かったな。この街『グラナード』じゃ、最近この程度の地鳴りは日常茶飯事さ。……っと、オレはチェルシー。この街で地脈の観測と、採掘機械のメンテナンスをやってる技師だ」
チェルシーは気風よく笑い、マリに右手を差し出した。
『マスター、彼女です。彼女の工具袋の中にある魔導計器、そして彼女の精神の波形は、大地の悲鳴を正しく理解しようと足掻いています。彼女こそ、この大地の構造を再設計するためのパートナーにふさわしい』
スマホの中からミニの鋭いアドバイスが飛ぶ。
マリはチェルシーの手を握り、立ち上がりながら、等身大の少女としての、しかし核心を突いた質問を投げかけた。
「チェルシーさん。さっきの揺れ……日常茶飯事って言ってたけど、本当にただの『掘りすぎ』なのかな? 大地の深いところが、怒って震えてるみたいに感じたんだけど……」
その言葉に、チェルシーの笑顔がピキリと固まった。彼女の茶色の瞳に、驚愕の色が走る。
「お前……今、大地の『震え』って言ったかい? ただの振動じゃなく……」
チェルシーは周囲を素早く見回し、マリの腕を掴んだ。
「ちょっとお嬢ちゃん、いや、お名前は?」
「マリ、です」
「よし、マリ。こんな大通りの真ん中じゃ話せない。オレの工房に来な。……オレがずっと一人で抱えていた『最悪の予測』を、お前なら信じてくれるかもしれない」
大地の循環と振動を司る【摂理】の章。
新たな技術者チェルシーとの出会いを経て、グラナードの街を揺るがす特大の「世界のバグ」を掃除するためのカウントダウンが、静かに幕を開けた。
第11話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
新章「大地の調律編」が本格始動です!
鉄鋼都市グラナードに到着したマリたちを待ち受けていたのは、頻発する不気味な地鳴りと、それに気づきながらも利権と生産性のために無視し続ける大人たちの歪みでした。
そして出会った、地脈の技師チェルシー。
大地の骨組み(構造)を知る彼女と、ミニの「人工叡智」が交錯するとき、どのような新しいお掃除イノベーションが生まれるのか……?
次回、チェルシーの工房で明かされる、グラナード崩壊へのタイムリミット。そして大地の熱対流を蘇らせるための、マスターの次なる驚異の構想とは!?
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)




