表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第2話 放置された姫

「こちらが咲久耶(さくや)様の部屋になります」


 婚儀のあと通された離れの部屋に、咲久耶はひとりぽつんと佇んでいた。


(結局、一言も話せなかったわ……)


 婚儀が終わると、咲久耶を置いて紅蓮(ぐれん)はさっさと座敷を出て行ってしまった。

 他にもたくさん人はいたが、ちらちらと咲久耶を見るだけで誰も挨拶に来てくれなかった。


 自分が想像していた婚儀とまったく違う。

 おろおろする咲久耶は、侍女に促されて座敷を出た。


 永久に続くかと思うような母屋の廊下を通り案内されたのは離れの部屋だ。

 離れといっても大きな家くらいの広さがある。台所や風呂などもついているようだ。


(ここが新居なのかしら……)


 案内された部屋には自分が持ってきた荷物と、箪笥や鏡台などの必要最低限の家具が置かれている。

 母屋から離れているせいか、静かでまったく人の動向がわからない。


(どうしよう……)


 誰も知り合いがいない異国で戸惑うばかりだ。

 仕方なく、咲久耶は持ってきた荷物を片付け始めた。


 最低限の身の回りのものだけをと言われただけあって、部屋には必要なものはすべて揃っている。


 鏡台の前にお気に入りの(くし)や髪留めを並べていると涙がこぼれてきた。

 咲久耶はぎゅっと花の模様が掘られた櫛をぎゅっと握った。


(これはお母様が十七歳の誕生日にくださったもの……)


 実家では一人になることなどなかった。常に心を許した侍女たちがいたし、両親や兄妹たちが周囲にいた。

 いつも賑やかで寂しさなど感じたことがなかった。


 王族とはいえ質素な生活を送っていた咲久耶は都会での華やかな生活に憧れていた。


 だが望みが叶った今、心が冷え冷えしている。

 広大な屋敷の奥で豪勢な着物を身につけているが幸せだとはまったく感じない。


(お父様たちが心配するはずね……)


 咲久耶は櫛を握った手を胸に当てた。


(家に帰りたい……来て早々、そんな風に思ってしまっている)


 咲久耶はうつろな顔で再び荷物を片付け始めた。


「失礼します」


 ひととおり荷解きをしたとき、晩ご飯が膳に載せられて運ばれてきた。


 侍女は膳を置くとさっさと下がってしまった。

 声をかける隙すらなかった。


 咲久耶はため息をつきながら箸を手に取った。

 美しい食器に贅を尽くした品々が盛られていたが味がしない。

 部屋で一人食べていると、惨めさで涙がにじむ。


(なぜ、紅蓮様は来てくださらないの?)


 いくら余所者(よそもの)である咲久耶でも、明らかに異常事態だとわかる。

 屋敷内は穏やかで紅蓮に何かあったとは思えない。


(つまり、紅蓮様のご意志で私の元へ来ていないということ……)


 咲久耶はきゅっと唇をかみしめた。

 紅蓮は咲久耶を気に入っていない、それどころか妻として認めていないということだ。


(ううん、まだ結論を出すのは早いわ。お忙しいのかもしれない。第一皇子なのだから)


 だが、夜になっても紅蓮は寝所に訪れなかった。

 咲久耶は侍女が敷いてくれた布団に横たわり、初夜を一人で過ごした。


(これが結婚なの? 思っていたのと全然違うわ)


 羽のように柔らかい布団にくるまり、咲久耶はじっと目をつむった。


 翌朝、咲久耶は静かに目を覚ました。

 柔らかい日差しが差し込んでいる部屋には自分の気配しかない。


(やっぱり来られなかった……)


「おはようございます。よろしいでしょうか?」


 障子の外からまるで見計らったかのように声がかかった。


「は、はい!」


 侍女がさっと障子を開けた。


「こちらをどうぞ」


 侍女は水を入れたたらいを差し出してきた。

 咲久耶が顔を洗うと、手ぬぐいを差し出される。


 いつも自分で顔を洗っていたので、咲久耶はどぎまぎしながら顔を拭いた。


 大人しそうな侍女は、赤茶けた波打つ髪を後ろでひとまとめにしている可愛らしい子だ。

 同い年くらいだろうか。


「では、すぐに朝餉(あさげ)をお持ちしますので」


 咲久耶はたらいを手に下がろうとした侍女を慌てて呼び止める。


「あの! あなた、名前は?」

「わ、私の名前ですか?」


 まさか声をかけられるとは思わなかったのか、侍女が目をぱちくりさせた。


瀬奈(せな)と申します」

「よろしくね、瀬奈。ところで紅蓮様にお会いしたいのだけど、どこに行けばいいのかしら」


 紅蓮の名前を出すと、瀬奈がハッとしたような表情になった。


「……紅蓮様は今、外出しておられているようで」

「そうなの?」

「お忙しいようで……」


 瀬奈がうつむきながら、たどたどしく話す。その様子から咲久耶は状況を察した。

 きっと嘘をつくのが苦手なのだろう。


(ああ、紅蓮様はあからさまに私を避けているのね)


 異国から嫁いできた姫を初日から放っておくのはただ事ではない。


(私のことがお気に召さないのね。きっと結婚したくないのに、託宣のせいで無理矢理……)


 咲久耶は暗い気持ちになった。


(私は大国に(とつ)ぐのだと無邪気にはしゃいでいたけれど……甘かったわ)


「で、では失礼します」


 気まずいのか、瀬奈がさっと出ていってしまった。


(どうしよう……どうしたらいいの)


 紅蓮がここまで気乗りがしないのであれば破談だろうか。


(それでいいわ。さっさと離縁すればいい)


 もともと姫とはいえ、辺鄙(へんぴ)な小国で自由に育った自分などふさわしくなかったのだ。

 あまりにも寂しすぎて咲久耶はやけっぱちになっていた。


(早く真波(まなみ)国に帰りたい。家族の元へ戻りたい)


 だが、そんな願いが甘かったことにすぐ気づくことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ