暁の空
「――俺、親と縁を切ったんです」
それ聞いた瞬間、いろんな可能性が僕の頭の中をよぎった。
そうだよね。世界を代表する企業を運営する人の息子だもんね。
きっと僕には計り知れない苦労があるのかもしれない。
例えば、習い事を大量にさせられ自由な時間がなく縛られる日々。頑張っても頑張っても努力が報われない日々。成果を出しても息子に興味を持たない親。そんな親を持ったせいで周囲から距離を置かれる学校生活。将来のコネのため、にじり寄ってくる大人たち。身代金目当てでやってくる犯罪者。家柄だけで勝手に選ばれる将来の伴侶。
苦しいよね。つらいよね。逃げたいよね。
彼がテント暮らしだと聞いたときは戸惑ったけど、そうだよね。僕でもそんな事があったら同じようなことをすると思う。
僕なんかに何ができるかは分からないけど、それでもこんな僕なんかを魔王なんて呼んで縋るほど彼はもう心の限界なのかもしれない。
彼が望むことがあるのなら、僕の出来うる限りで手伝ってあげよう。
でも、その前に、彼の話をちゃんと聞いてあげよう。
「神代君。縁を切ったって、何があったの?」
「俺の両親は最低なんだ……。あいつ、毎回毎回……やめろって言っても毎回毎回……、
ぜっっっっったい、授業参観に来やがんだ!」
「流れ変わったな」
「どんなに仕事が忙しくても、俺の方を優先しやがるんだあいつ。運動会や体育祭だって毎年来るし、誕生日やクリスマスは絶対に仕事休んで家族と過ごそうとするし、職場には俺が幼稚園の時に描いた絵を飾って部下に自慢してるらしいし、弁当が必要な時はシェフじゃなくて母親の手料理で、しかも俺が浮かないようにと高級食材は一切使わず、わざわざスーパーに買い出しに行って、冷凍食品なんかも交えつつ素朴な感じに仕上げてくんだ。あと、結構頻繁に両親は夜中2人で集まって、俺のアルバムとか見てにやにやしてやがんだ。
最悪じゃないですか?!?!!!」
えっと……これは……。
「だから、俺は家を飛び出したんです!」
ただの反抗期では?
確かに神代君のお父さんやお母さんのやっていることは思春期男子にとっては恥ずかしいし、僕だって同じ事されたらちょっと嫌だなって思うけども。
なんか思った以上に普通の家庭だった。いや、普通以上にあったかい家庭じゃん。
「逆にどうしてほしかったの?」
「習い事を大量にさせられ自由な時間がなく縛られる日々。頑張っても頑張っても努力が報われない日々。成果を出しても息子に興味を持たない親。そんな親を持ったせいで周囲から距離を置かれる学校生活。将来のコネのため、にじり寄ってくる大人たち。身代金目当てでやってくる犯罪者。家柄だけで勝手に選ばれる将来の伴侶。
こういうのが良かったです!」
「さっき自分が思ってたやつと一言一句同じ!!!!!」
「もっとこう、人生めちゃくちゃにされたかったし、ぞんざいに扱われたかった……」
「ん? あれ?」
もしかして、この人……。
「さて、俺の話はこれぐらいでいいですよね。それよりも、お返事を頂けないでしょうか?」
「返事?」
「はい! 俺が魔王様のお手伝いをさせていただく話です!」
あー、そう言えばそんなこと言われてたね。
すっかり忘れてた。
「てか、ちょっと待って。その魔王様やめて」
「では、なんと及びすれば? ボス?」
「マフィアじゃないんだけど」
「頭」
「今度はヤクザ?」
「憐太郎様」
「様はちょっと……」
「なら、ご主人で!」
「なんかそれは……」
嫌かなって言おうとしたけど、目を輝かせて僕を見てくる神代君がなんか犬っぽく見えた。
尻尾はないはずなのに、ブンブン振り回しているのが容易に想像できる。
何となくだけど、その呼ばれ方が雰囲気的に一番合ってる気がした。
下手に持ち上げられるのは嫌だし、僕はそんな器じゃない。
でも、本人がそれを望んでいるのであれば、好きにさせてあげた方がいいんじゃないかと思い始めた。
僕ごときが他人に口出しするとかおこがましいよね。
「じゃあ、うん、もうそれでいいよ」
というか、もうツッコむが面倒になった。
「はい! ご主人!」
なんかめっちゃ嬉しそう。
「それで神代君。例の件だけど……」
「あ、ご主人」
「え、なに?」
「俺は親と縁を切ったので、その呼び方では困ります」
苗字呼びが好きじゃないってことかな?
下の名前は確か、梗夜君だったかな?
「えっと、それじゃあ、きょう……「ブタ野郎とお呼びください!」
「はい!??!」
「下僕でも大丈夫です!」
やっぱりこの人ちょっとМ入ってない!?
そうなるとご主人の意味変わってきちゃうじゃん!
「後は、そうですね……あ! たねう「梗夜君で!」
なんか言ってはいけないことを言おうとしていたので、流石に割って入って止めた。
「梗夜君呼びで行こうと思うよ!」
「そうですか…………」
少し……いや、かなり落ち込んでいた。
どんだけ呼ばれたかったんですかこの変態さんは。
もともとその気はなかったけど、やっぱりこの人を魔王にするためのお手伝いさんにはできないかなぁ。
近くにいて何か変なこととかされそう……じゃなくてさせて来そうだし。
それにそもそも魔王になる気はないしね。
必要以上の仲間が見つからなきゃ魔王になれないっぽいし、僕的にはこのまま仲間を増やさずに、他の魔王候補が魔王になるのを待っていたい。
しかし、どうやって断るか。下手に刺激したらこっちが殺されかねないし……う~ん。
「いいんじゃなーい。ナンバーズに入れてあげても」
「な、プリムラ! いつの間に!」
声のする方を向くと、木の上からこちらを見下ろすプリムラの姿があった。
「お前は! いつもご主人にくっついてる女か! そっから降りてこい! ご主人を見下ろしてんじゃねぇ!!!!」
「なんで喧嘩腰なの!?」
この2人初対面のはずだよね!?
「だったら、引きずり降ろしてみたら?」
「いいぜ、炭にしてやる」
梗夜君は右手を上げ、何やらブツブツと呟き始めた。
「“行きずりの星、1つに交わりて赫となれ。それは万物を焼き尽くす光”」
梗夜君の右手のひらが淡く光り出し、炎を形成していく。
「もしかして……詠唱魔法?」
数百年前ならいざ知らず、現代魔法じゃ詠唱破棄が主流だ。というか、詠唱魔法なんて学校じゃ教えてくれない。
独学で? でもなんで?
詠唱魔法なんて非効率で誰も使いたがらないのに。
でも…………。
「…………綺麗」
そんなことがどうでもよくなるほど、梗夜君の炎は美しかった。
透き通るようなオレンジ色の炎はいつまでも見ていられるほどに心を奪われる。
クリスタが使っていた炎は攻撃に特化した荒々しい魔法。
それとは真逆の魅せる魔法。
「逃げるなよ?」
「外さないでね?」
プリムラのその返しに梗夜君はニッと笑い、右手を振り下ろした。
「“高貴なる暁天”」




