1-3フェルメールの見た光
「貴方には半年後フェルメールの真珠の耳飾りの少女、来日した際の日本の研究チームに入って欲しいの」
とラデリアに言われ、早速月曜日から動き出した。動き出せたのは、報酬がとても魅力的だったから。
「やることは単純、蒼井さんは研究チームに入って、X線での結果を私になるべく早く伝えて。そうね。報酬は私が一緒に好きな海外の美術館に好きなだけ連れて行ってあげるわ。お金?そこは心配しないでね」
最近は海外旅行も高い、なかなか学生の身だと必死にバイトでお金を貯めても、海外には手の届かないことも多い。ラデリアの言い方は、旅費も滞在費も、すべて心配しなくていいというニュアンスを含んでいた。
とても魅力的な提案で、蒼井は「できる限りやってみる」と答え、少女と握手した。
すごく冷たい手をしていた。
まず蒼井は、西洋美術史ゼミの教授の研究室へ向かった。
教授はフェルメール研究の第一人者ではないが、来日プロジェクトに関わる教授陣のネットワークをよく知っている。
それから、西洋美術史の学生の身分を最大限利用して、「勉強のため」「現場を知りたい」と丁寧に伝え、教授の推薦もあり、最終的にはチームの一員になることが出来た。メンバー限定のオンラインでの会議にも参加し、内部の情報を知ることが出来る立場になった。
そうしているうちに、「真珠の耳飾りの少女」の来日の日となった。
オランダの国宝を運ぶために、日本の大手運送会社が専門のプロジェクトチームを作って運送した。
蒼井は作業の邪魔にならないように少し離れたところから眺めていた。
特注のコンテナが慎重に降ろされ、白手袋の学芸員や関係者が周囲を固めていた。
荷が解かれると、世界で最も有名な少女が姿を現した。
「X線の結果を、なるべく早く私に伝えて」
彼女の声が、耳の奥で蘇る。
最新の高精細X線の調査を行う関係者が動きだした。
蒼井もパソコンを持って、記録係と言う立場で手伝うこととなっている。
まずは保存修復を専門とする担当が状態をしっかり確認し、チェックを行っていく。
次に絵画を安定した台にしっかりと固定し、X線の照射を行う。
それらの状態を蒼井がパソコンに入力し記録していく。
その一つひとつが“世界的名画”の状態を示す重要な情報となる。
淡々とした作業。誰もが慣れた手つきで、打ち合わせ通りに進めていく。
作業終了後、画像処理の専門家が複数枚に分けて撮影した画像を合成していく。
白いモニターの前に、教授たちと技術スタッフが集まり、結果を待ちわびていた。
「おぉぅ!?」
数々の名画を調査してきた有名な教授の一人が結果を見て驚愕の言葉を上げた。
「ぜ、前回の調査では……こんなもの、写っていなかったはずだ!」
教授が震える声で言った。
ターバンを描き直した跡があるのは、十数年前の前回調査で判明していた。
ターバンの下にあったのはうっすら残る跡が先端が尖った耳であり、とても小さくだが瞳にも塗り直した痕跡があった。
「・・・新たな発見だ」
「実在のモデルではなく、何か神話から着想を受けたのでしょう・・・」
と関係者は口々に意見を述べた。
「まるでエルフみたいじゃないか・・・」
蒼井はふと口にしていた。
フェルメールはカメラ・オブスクラを利用している。実在のものを撮影し、それを絵画に落とし込んでいる説がある。
「まさか・・・!」
終了後、聞いておいたラデリアの連絡先へ急いで連絡した。
その夜、「国立西洋美術館の前庭に来て」と連絡を受け、蒼井は向かった。
真っ暗な夜の中ライトアップされ、別世界への入り口のように浮かび上がった「地獄門」の前に彼女は居た。
「やっぱりね。ありがとう嬉しいわ」
調査で見たままのことを伝えると、開口一番にそう返ってきた。
「やっぱりって、つまり・・・」
「そうよ、私は・・」
黒檀の様な黒髪が風にふわりとなびき、ゴシックドレスのと一緒に揺れた。
ラデリアは、顔を上げた。瞳の色は、白蝶貝のような虹色に揺らめいた。
「エルフ」
驚いたが、自分がどこか魅了された人ならざる雰囲気、その理由がやっとわかり納得していまう自分が居た。
「あの人は、その時間と光までも描いた。私はあの人の描く絵が好きだった。だからモデルをお願いした。私の髪の色も、瞳の揺らぎも、人間には説明できない光の層まで、そのままキャンバスに落としてしまった」
目を細め懐かしそうに語るラデリアは、千年を生きるエルフであった。
「でも、周りは違った。人ならざる者を認めないフェルメールの周囲に居た誰かが、フェルメールに言って、人の少女の形にしてしまった。仕方のないことだと思うけど」
真珠の耳飾りの少女の持つ不思議な魅力は人のものではなかった。
「その情報を知りたくて、日本にある高精細X線なら当時消された線が見えるかなと思った。ありがとう。報酬はまた連絡するね」
と言い残して、まばたきの一瞬で、そこにいた気配ごと消えていた。
残っていたのは、微かに甘い彼女の香りだけだった。




