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これは8日間投稿したものを全てコピペしたものです。
全部で30000字以上あるので、目が疲れたら、絶対に休憩をしてください。
私は責任を取りません。
「ハァ、ハァ…!」
息を整える。
この扉の先には、私が望んでいる未来がある。
日本国暫定首都・東京のとある建物、人が居住できる中で最も高い建物の最上階。大きな電波塔が2本も見えるこの場所に私はいる。
手に持った私の相棒、もとはグロック17という拳銃だったもので、扱いやすいように軽量化した《G17》の残弾は2発。腰に装備したままの《奥の手》はまだ一度も使っていないから、残りは《G17》の2発と《奥の手》だけ。
「ふぅ……」
仲間という犠牲を払い、私たちはこの戦いを続けてきた。
その戦いに終止符を打つため、私は《G17》の引き金に指をかけ、扉に寄り添う。
覚悟を決めて、扉に体当たりをして部屋に突入する。
大きな音を立ててこじ開けられた扉はフレームから外れ、床へと音を立てて倒れた。
それと同時に、私は《G17》を彼女へと撃っていた。
扉から離れた場所で、一人の女が私を見ている。
彼女こそ、私たちが行っている作戦の目標。私たちは彼女を《ロキ》と勝手に呼んでいる。
その《ロキ》は、腹部から血を流しているのにも関わらず、嬉しそうに私を見る。
「アハハッ!」
「くっ!」
彼女に、私は《G17》の最後の弾を放つ。
緊張からだろうか、2発目は彼女の右肩を掠めただけで、致命傷にはならなかった。
パシンと展望台のように横に大きく広がる窓に指が入るくらいの穴を空け、銃弾は夜の闇に消えた。
「殺さないのね?」
「…今すぐ宣戦を取り下げるなら、殺しはしない」
私は、どうして彼女に口を利いてしまったのだろう。
話すことにリソースを持っていかれることを知っていて尚、その間違いをしたのだろう。
「無理ね。ワタシは渾沌を望んでいるもの」
私は彼女に弾の入っていない《G17》を向け、引き金にまだ指をかけている。
扉をぶち破ったのが悪かったのか、私は入ってきたときから、左手を床に支えとして使っていた。
この体勢では、《奥の手》を取るときにラグが生まれる。
「ねぇ、本当の戦いって、見たくない?」
「……。」
「アナタほどの実力者が戦いの中心になってくれるなら、面白い戦いが見られそうだと思うのだけど」
「私は――」
好機と判断し、私は《G17》を彼女に向けたまま、その場で立ち上がる。
これで左手が空いた。
「あなたの思い通りにはならない」
「あぁ、そう。なら――」
私は見たことがなかった。
半身が機械でできた人間を。
腕が変形して、完全に機械の部分が露出することを。
だから、驚いて対応が遅れた。
「遊びはおしまいよ」
「がっ……ぅ」
サイボーグ。人間のかたちをした機械を体の一部もしくは全てに埋め込んだ、半身人間半身機械。
彼女は私に急接近すると、機械でできた左腕たった1本で私の首を掴み、そのまま私を持ち上げ振り回す。
平衡感覚を失い、視界がぐらぐらする。
変形した腕は普通の人間よりリーチが長く、私が彼女に物理的に対応するのは不可能だと示している。
「ワタシと同じように改造すれば、アナタも従ってくれるかしら?」
うまく力が入らず、右手に持っていた《G17》を床に落としてしまう。
「…!」
《G17》が床に落ちた音が部屋に響き、彼女は笑みを作る。
振り回しが止まり、腕の長さが元に戻る。
私は彼女に反撃するチャンスがあったが、彼女の追撃の方が一歩早かった。そう、彼女の人の右腕には拳が作られていた。
抵抗できない私のお腹に拳が放たれ、口の中にまで胃液が逆流してくる。
酸っぱいような苦いような味が広がり、ただでさえ窒息しかけで気分が悪かったのに、さらに状態が悪化する。
「自分を改造するのは大変だけど、他人にするのは案外簡単よ?」
「っぁ…!」
ぼんやりする意識の中、彼女が私の首を絞める力が強くなり、息を吸うこともできなくなる。
「――まだ戦いは終わっていないよ。」
その声が私を動かした。いつも私を支えてくれる、顔も分からない男の人。
一発の発砲音と共に、私の首を絞めていた彼女の手が外れた。
私は彼女から距離を取る。対して、彼女は私のバレルが銀色に輝く《奥の手》を見た後、興味を失って自身の機械の腕の様子を確認する。
「けほっ、けほっ…!」
「あらら。腕が壊れるところだったわ」
涙で視界が歪んでいたが、それはさっと拭い取り、左手にもった《奥の手》を右手に持ち替える。
私の《奥の手》、《SRM+》。リボルバー式の拳銃で、たった7発の特殊弾しか入らない私だけの《奥の手》。
「……あら?」
「…?」
「自己修復ができないわ。故障かしら」
私は今しかないと思い、再び引き金を引く。
目の前での射撃は彼女にも見えていたらしく、弾を弾こうと動かした。
だが、《SRM+》の銃弾は彼女の弾を弾くために動かした機械の左の掌を貫き、そのまま左肩に着弾。
肩は貫通しなかったが、彼女の左腕がだらりと力が抜けたように下がる。
「なるほど、分が悪いわ」
そう言った彼女は自身の左腕を外し、それを窓際で振り回した。
かなりの質量だったのだろう。バリバリと大きな音を立てて大きな窓が割れていく。
私は割れた窓のガラス片が目に入らないように腕でガードし、さらに目を細めてしまう。
一方、彼女はそれをものともせずに、左腕を部屋に投げ込み、私と機械の左腕だけを部屋に残して飛び降りた。
「今日はアナタの勝ちよ」
その言葉を残して。
私も急いで彼女を見るが、夜の街では光の届かないところは全く見えない。
「逃がした……」
流石にこのタワーマンションから飛ぶのは危険だと判断し、私は彼女を追うことを諦めて部屋へと戻る。
落としていた《G17》を拾い、彼女が置いていった腕を少し離れた位置から観察する。
すると、そこで通信が来た。
《ノルン》という、作戦を出したり、敵の情報を出したりする女の子。
組織の中で一番高いランク、ランクAという五人しかいないうちの一人でもある。
一応、私もランクAなんだけど、戦いしかできないから、他の四人より劣ると思う。
『大丈夫、《オーディン》?』
「逃げられた」
『《G17》の16発目の位置が弾の軌道で動いていないから、一応まだ追えてる』
「分かった。追う」
立ち上がり、彼女が逃げた方向を見るが、やはりそこには夜の空と、東京を代表する二つの電波塔があり、その下には家々やビル、奥に海が見えるだけで、肝心の彼女は見えるはずがない。
『待って《オーディン》』
「どうして?」
『ここは《トール》に任せよう。《オーディン》は一度休んで』
「《ノルン》がそう言うなら休む」
電話越しに安心したような《ノルン》の息を吐く音が聞こえ、私もなんだか気が抜けてしまう。
「《ノルン》、彼女の左腕を手に入れた」
『へ? 切り落としたの?』
驚いた声が返ってきて、私は彼女の左腕について説明する。
「――そういうわけで、彼女は半身だけサイボーグだった」
『なるほど。ますます《ロキ》は危険人物に近づきつつあるんだね』
「それで、この腕はどうする?」
『ボクたちの仲間に回収させるよ。もうランクBのメンバー数人に連絡は入れておいたから、すぐに来るよ』
「ありがとう《ノルン》」
『《オーディン》こそ。お疲れ様。回収が始まったら戻ってきて』
「うん。じゃあ、もう切るね」
『うん。帰りも気をつけて』
電話を切ると、扉のない出入口からランクBの職員さんが4人入ってきて、回収を始めた。
私はランクBの職員さんに「よろしくお願いします」と挨拶をして、先に部屋を出た。
帰る道中も何人かのランクBの職員さんにも会ったけれど、組織外の人物に聞かれるのは良くないと教えられているから、私はなに知らぬ顔で帰宅ルートを少し遠回りして拠点に戻った。
日本国暫定首都、東京。
二度の世界大戦の後、焼け野原になった日本国は多くの国による間接統治が行われ、現在は主権が回復し、一つの国として独立している。
その日本国の暫定首都である東京は、日本国の人口の15パーセントを集約している大都市で、多くのビルに人々が押し込められている。
例のタワーマンションから3キロほど離れた場所に、私たちの拠点が置かれている。
その拠点には当然、私たちの仲間がいる。
「あらあら、紅白ちゃん。おかえりなさい」
「ただいまです。セシリア」
セシリア。コードネームは《フレイヤ》。リーダーがいなくなってから、組織をまとめる人として行動している女の人。今は日本の大学に留学している。
今日は大きな白い布の服を着て、厨房に立っていた。
「セシリア、今日は、えぷろん? じゃない」
「紅白ちゃん、白衣って知ってる?」
「はくい?」
「理科の実験とかするときに、みんな着けるのよ」
「りか?」
「うーん、なんて言うのかしら。よく失敗するものよ」
「失敗するの?」
「そうなの。だから安全を心がけてこれを着るのよ」
「セシリア、料理失敗するの?」
「あー、料理は失敗しないけど」
「???」
よく分からない。でも、セシリアが物知りなのは分かった。
「あーっ! 紅白ちゃん帰ってきてる!」
「むぎゅ」
私はセシリアのお姉さんのエレノアに抱きつかれて、身動きが取れなくなる。
エレノアのコードネームは《フレイ》。セシリアとは違う大学に行っている。
エレノアは私を初めて「紅白ちゃん」と呼んだ人で、みんなのニックネームを勝手に付けて呼んでいる。
他のメンバーたちはそれを受け入れてる人もいるけれど、ネーミングセンスがないと言われて却下する人もいる。
どちらかというと、却下されるほうが多いと思う。
でも、名前がなかった私に名前を付けてくれた人でもあるから、私は嬉しい。
「こら、お姉ちゃん。調理場ではダメって言ってるでしょ」
「はーい。おかえり、紅白ちゃん」
「わぷ。ただいまです。エレノア」
エレノアは私を離して、セシリアを二度見する。
「セシリアはどうして白衣なの?」
「だって、今日は大学で実験してたから、着替えるのも面倒だったし」
「あ、そうだ。紅白ちゃん、白衣って知ってる?」
「さっきセシリアに聞いた。りか? の実験に使う」
「あちゃ。先越されてたかぁ」
エレノアは残念そうにすると、もう一度私に抱きついてくる。
抱きつくと言うけれど、どちらかというと抱き抱えられている。
「あーん、もう! この小さい体に細い手足、何から何まで最高だよっ!」
「ふむっ、んん」
「……お姉ちゃん?」
「あー! ごめんセシリア! 止めるからその顔はやめてぇ!」
「ふにゅ」
こうして私は二度目の解放を経て、エレノアとセシリアが喧嘩をし始めたのを放置するついでに、戦果報告をするためある部屋に向かう。
「ただいまです。《ノルン》」
拠点に設置された暗室の中で、タブレット端末の光だけが輝いている。
その光の先には、夜の空のように薄暗い髪に、星のように光る部分が点々とある、不思議な髪を持った一人の少女が壁に向き合ってパソコンのキーボードを叩いている。
彼女こそ、さっき私と通信していた《ノルン》。
「おかえり紅白ちゃん。どうしたの?」
《ノルン》は回転できる椅子に座って、椅子ごと回転して私を見る。
「データはどう?」
《ノルン》は再びパソコンに向き合い、何も表示されていない壁を見ながら呟く。
「うーん、ずっと移動してるみたいで、どこが拠点なのかはまだ分からない。でも、《トール》がいつでも動けるように準備してくれてるから、紅白ちゃんは休んでて大丈夫だよ」
「ありがとう《ノルン》」
《ノルン》には、何らかのモニターが見えているらしく、そこにいろいろな情報が出力されているらしい。
私は見たことがないから、本当に《ノルン》が見れているのかは分からない。
「それと、今は作戦が終わってるんだから、コードネームで呼ばなくてもいいよ」
「うん。じゃあ、クロノ。次の作戦は何?」
《ノルン》というコードネーム以外にも、クロノという名前がある。
「紅白ちゃん、今は休むのが作戦だよ」
「でも、クロノは作戦が終わったって……」
「紅白ちゃんの疲労が溜まって、本領発揮できなかったらいけないでしょ?」
「……そうかも」
「ボクは今こそ休むべきだと思うよ」
「分かった。休む」
クロノは私に微笑みかけると、次の瞬間には何かが起きたらしく、ハッとパソコンがある方へ向き直す。
「位置情報が止まった…? 《トール》、座標データを送る」
『りょーかい。データ更新はそっちに任せるからね?』
「はい。任せてください」
緊迫した様子でやり取りをする二人に邪魔にならないよう、私は部屋を出た。
その頃、《トール》は――
「本当にあのスカイツリーにいるのか?」
『はい。《オーディン》の《G17》の弾の位置情報はそこを示しています』
「それなら、アタシの出番だな」
『えっ、待って! 《不完全射撃武装》の人前での使用は――』
東京の夜を七色に輝かせる大きな橋の主塔の上に大きな光の玉が灯る。
雷のように天から輝く玉が一つ、そこで輝いている。
人間とほぼ同じサイズのハンマー、《M202閃》を持ち、彼女は『発射口』を調整する。
「ここからはアタシが主役だ」
雷鳴と共に放たれたその円柱形の弾は、東京の空に通過跡の残像を残して、狙った位置に正確に着弾した。
建物に損傷が入ることはなく、ただそこには位置情報を発信し続けている彼女と、まるでテレポートをした《トール》が存在するだけ。
「よぉ、アンタが黒だな?」
「あら。お客さんかしら」
「ほざけ。スカイツリーの展望台の上に来るヤツはお客さんじゃねぇだろ」
「フフフ。確かにね」
左腕のない彼女を《トール》はじっと観察する。
「ワタシはただおかしくなる世界を見たいだけなのよ」
「なら、そんな世界は来ないだろうな」
《トール》が横振りしたハンマーは、正確に彼女の胴体を押し出し、夜空へと彼女を飛ばす。
(抵抗する気がないのか。なら、ここで殺す)
《トール》がスカイツリーを踏み切り、彼女へと飛ぶ。
「でぇぇりゃぁぁ!!」
《トール》のハンマーが彼女へと振り下ろされたその瞬間、彼女もまた、行動を起こしていた。
「またね、馬鹿力のおばさん」
《トール》が振り下ろして叩いたものは、彼女の脚。しかし、その脚は彼女へと繋がっていない。
東京の空に大きな爆発が起きた。
爆音と爆風は空間に飲み込まれ、光だけがそこに残った。
自由落下する《トール》はハンマーの打ち付ける部分の蓋を開け、地上へと狙いを定める。
再び円柱形の弾が放たれると、もう、空に《トール》の姿はなかった。
私がクロノの言い付け通り休んでいると、拠点に戻ってきた人物がいた。
「ただいま~。って、紅白ちゃんだ」
「おかえりです。ライ」
「あらあら。イカズチさん、戻っていたんですか」
「ああ、うん。ちょうど今だけどね」
彼女はイカズチ。私はライと呼んでいる。
彼女こそ、《トール》のコードネームを持つ女の人で、背が高くて、怒ると怖い人。でも、根が優しいから、怒らせなければ大丈夫。
「紅白ちゃんは大丈夫だった?」
「うん。……ライから焦げたにおいがする」
「あー。さっき爆発に巻き込まれて」
「またですか? あれ、でも、今回はイカズチさんの武器には移動弾でしたよね?」
セシリアの疑問にライは頬を搔いて笑う。
「あのサイボーグだよ。脚を切り離して脚だけ自爆とか、知ってたらやらなかったんだけどな」
「……あれ、もしかして、あの腕は」
「それは大丈夫だよ」
私が一瞬ヒヤリとしたその時、薄暗い部屋からクロノが現れた。
「あっ、イカズチ姉さん、おかえりなさい」
「おう。んで、何の話だ」
「腕のことなんですが、ボクのほうで外部からの操作を空回りさせるようにしておいたので、《ロキ》の好きなタイミングでは自爆できないです」
「クロノ、優秀」
私が思ったことを言うと、クロノは手を横に振って否定する。
「あはは、そうでもないですよ。ボクは戦えないので、紅白ちゃんやイカズチ姉さんに比べたらまだまだです」
「んにゃ? 全員集合してる感じ?」
調理場の奥の方から、エレノアが顔を出した。きっと、セシリアが戻ってこなかったことに疑問を持ったからだと思う。
「あらあら。ランクAがみんな揃っちゃったわ」
「久しぶりですね。全員揃うなんて。作戦が始まったその場を除けば作戦開始以来初ですね」
そう言われれば、確かに作戦が始まってから一度も五人が揃ったことはなかった。
作戦開始の次の日からはエレノアとセシリアが日本に留学して、クロノは各大国を回って権力者に事情を話し、納得してもらいに行っていたし、ライは《ロキ》に加担する勢力を確保、拘束していた。
そのとき、私は――
「……紅白ちゃん?」
「え、どうしたの紅白ちゃん!?」
エレノアとセシリアが私を心配した様子で駆け寄ってくる。
でも、必死そうで、他のメンバーも驚いてる。
「――今は休むといい。」
また、あの声。どこからか聞こえる声に私はどうしてか落ち着いてしまう。
「リーダー……」
最後に彼を見たのはいつだっただろう。
私の《G17》と《SRM+》、ライの《M202閃》を作った彼。
秘匿平和維持組織『ピースメーカー』の設立者の彼。
私に語りかけてくれる彼。
そうだ。作戦が始まってからすぐ。
彼は私の前から消えた。みんなの前からも。
(どこに、いるの…?)
「――ずっと、ここにいるさ。」
私が目を覚ましたのは、拠点の医務室のベッドの上。
5時間ほど寝ていたみたいだ。今は日本時間で7時。医務室の時計がそう示している。
外の景色を見ると、昨日の夜の綺麗な空とは異なり、今は分厚い雲が宇宙を閉ざして大粒の雨を降らしている。
枕元には《G17》と《SRM+》が並べて置いてある。どちらも銃弾の補充をしていないままだ。
《G17》はクロノが調整した弾を、17発で1マガジンのものに取り替え、予備のマガジンを一つ腰部に装着する。
《SRM+》の方は、彼が残していった弾薬箱の中に、《SRM+》だけしか使えない弾がある。そこから二つ、私は《SRM+》に装填する。
「……ふぅ」
「――良く眠れたかい。」
「うん。リーダーはいつになったら帰ってくるの」
「――それは……。」
「教えて。リーダー」
「――ごめんね。」
リーダーは、何も教えてくれない。
ただ、うっすらと道を示すだけで、はっきりとしたことを教えてくれない。
「――一つだけ、言っておく。君はもうすぐ、辛い思いをするだろう。だけど、ちゃんと君を守るから」
「どういうこと?」
「――君を守るよ。」
結局、いつも教えてくれない。
リーダーは、そういう人だから。
「あっ、紅白ちゃん、起きてる」
「エレノア、心配させた。ごめんなさい」
「いいのいいの。紅白ちゃんがまた起きてくれるなら」
エレノアは私に微笑みかける。
「誰かと話してたみたいだけど」
「うん。リーダーと」
「お父さんと? 何か言ってた?」
「ううん。何も」
「そっか」
エレノアは私の隣に座り、持ってきたトレイを持ち直す。
「食べさせてあげよっか?」
「……うん」
「おぅ、ヤバい可愛過ぎて襲いそう」
「エレノアお姉ちゃん?」
「ひゃあ!? ……って、セシリアか。びっくりさせないでよ」
「お姉ちゃんが紅白ちゃんを襲わないか見にきたの」
流石、姉妹。私にも兄妹がいたら、こんなふうに生きているのが楽しいのかもしれない。
「ほら、紅白ちゃん。あーん」
「…?」
「あーん、だよ? あーん」
「??」
分からないまま、口を開ける真似をすると、エレノアがスプーンを口の中に入れてきた。
「ん……(もぐもぐ)」
「あー、ホントに可愛いわ~。自分が今ほど男であればと思ったことはないね。結婚したい」
「……おいしい」
「アッ」
エレノアは天井を見上げて、固まってしまった。どうしてだろう?
「はいはい。お姉ちゃんの分も私がやるね」
「それはダメ!」
「あっ、戻ってきた」
エレノアはさっと二口目を私の口元へと運び、もう一度同じ工程を繰り返してくれる。
「あー。ヤバい。これ合間に私も食べたら間接キスだわ。あー。犯罪者になれそう」
「お姉ちゃん?」
「……(もぐもぐ)」
「ホントに癒されるわ~」
「……おいしいのが、癒し、だよ?」
「ンッ!?」
「はいはい。もう私がやるね」
エレノアは二度目の硬直に入り、残りの分はセシリアが食べさせてくれた。
ごはんはとてもおいしかった。
「お父さんのこと、話してたよね」
「聞いてたの?」
「盗み聞きはよくないと分かってたんだけど……ごめんね」
「ううん。いい。リーダーのこと、忘れていないことの方が大事」
セシリアが少し辛そうな顔をしたのがわかった。だけど、すぐにいつもの優しい顔に戻ったから、それを言うのもよくないと思いとどまった。
「《ヴァルハラ・エインへリヤル》って、どんな人だったんだろうね」
「……わからない」
「こんな組織を作って、私たちを探し出して。そしたら突然いなくなっちゃうし」
「でも、私にはたまにリーダーの声が聞こえる」
「それも含めて不思議だよね。分からないことだらけで」
「うん。いつか、リーダーと顔を見て話したい」
「そうだね。……よし、それじゃあ、私は調理場に戻るから、紅白ちゃんも準備するんだよ」
「うん」
セシリアは未だ天井を見るエレノアを揺らし、エレノアを起こしていた。
私はエレノアが起きるより先に部屋を出ていたから、それより後は知らない。
医務室で外に出る用意を済ませ、セシリアとエレノアを置いて出た私は、トレーニングルームに向かう。
そこで、朝からトレーニングをしているライを見つけた。重そうな錘を左右に持ち、肘を曲げて弧を作っていた。
「ライ、おはよう」
「んっ、ふっ…! ん? あ、紅白ちゃん、おはよう」
「今日もトレーニング?」
「まあね。アタシの武器は力がいるからね」
私は《M202閃》を持ったことがない。それは、触ったことがないのではなく、重すぎて持てなかったから。
ライに《M202閃》を体重計に乗せてもらったときは、メーターが振り切れてダメにしてしまったこともあった。
「ライは努力家だね」
「そう? 紅白ちゃんもやってみる?」
「いいの?」
「もちろん。一番軽いのにしようか」
そう言って、ライはどこからか500gと書かれた錘を召喚し、私の前に置く。
「《G17》より少し重くて、《SRM+》より軽い」
「あ、やっぱりもう終わり」
「終わり?」
「銃の腕が鈍るといけないからね。特に紅白ちゃんは近接武器を持たない分、銃が命なんだから」
「ライが言うなら止めておく」
私は錘をライに渡す。
そして、《G17》を持つ。試しに銃口を壁に向け、すぐに銃口を下げる。
「うん。いつもの感じ」
《G17》をしまい、今度は《SRM+》を持つ。
シリンダーを横にずらして、軽く回してから内側に弾いて元通りにする。
「こっちも大丈夫」
「それならよかった」
《SRM+》をしまい、手ぶらになる。
「そうだ紅白ちゃん。クロノから今日の作戦は聞いた?」
「まだ」
「なら聞いて来なよ。もうすぐ時間になるし」
「わかった。ありがとうライ」
「どういたしまして」
ライと別れてすぐにクロノのもとへ行く。
クロノはやはり暗室にいて、壁を見ていた。
「クロノ」
「紅白ちゃん、起きたんだね。よかった」
「心配させた。ごめん」
「いいって。紅白ちゃんの身体データはボクの方からも把握できてるから」
「よくわからないけど、ありがとう」
私はライから聞いたことを思い出して、クロノに尋ねる。
「クロノ、ライが作戦について情報があると言ってた。私はどうすればいい?」
「そうだね……。紅白ちゃんはボクが指定する位置に行ってほしい。《ロキ》がイカズチ姉さんと戦闘して、イカズチ姉さんが誘導するから、そこで合流する。詳しいことは状況を見ないと分からないから、そのときそのときで更新するよ」
「わかった。クロノの判断に任せる」
クロノは頷いて、パソコンへと視線を戻す。
「9時になったら、会議室に」
「うん。わかった」
現在時刻は8時42分。
残りの時間をどう過ごそう。
特にすることもないけれど、何もしないわけにもいかない。
身だしなみを整えてみようかな。
医務室へ戻り、カーテンを閉める。
動きやすいようにミニスカート、風通しを良く、さらに姿勢を良く保つためにワイシャツを、最後に体温を調節できるよう、いつものロングコートを。
結局、服装は変わらなかった。
いつもの服装が一番いい。
彼が私に合うよう選んでくれたこの服装が。
「紅白ちゃん?」
「セシリア?」
「カーテン閉めてどうしたの?」
「着替えようと思ったけど、今のが一番いいことに気づいた」
「あら。お父さんが選んでくれたものだもんね」
「うん」
カーテンを開け、セシリアと一緒に会議室へ行く。
まだ9時にはならないけれど、会議室には組織の仲間がたくさん集まっていた。
時間にはまだ速いが、一応全員が集まったようで、一番前の演説台を挟んでクロノとライが並んで立つ。
クロノがライに資料を渡し、ライがそれに目を通し、私たちがいる方へと視線を向ける。
「みんな、聞いてほしい。《Plan U》はみんなのおかげで達成された! そして、今は事の発端である《ロキ》を残すだけだ。どうか、あと一息だけ、君たちの力を貸してほしい!」
会議室は大いに盛り上がり、やる気十分だ。
「ありがとう。これより、我々『ピースメーカー』は《ロキ》を排除する! これからは過去ではなく、今を変える。
――ここに、《Plan V》の開始を宣言する!」
これまで以上の盛り上がりを見せた会議室は、数分後にはいつもの静かな部屋となっていた。
人も物を撤収して、今は私とクロノ、ライだけが残っている。
「紅白ちゃ……じゃなくて、《オーディン》。大丈夫?」
「うん。みんなの熱気がいつも以上に強くて、ちょっと驚いた」
「まあね。あの子たちもボスの考えに賛同して加入した人たちだし、本当の意味で平和維持なわけだからね」
秘匿平和維持組織『ピースメーカー』。
私を含めて、彼ら彼女らは元々、親や土地を失った人だ。それを彼が拾ってくれた。
これ以上、同じ境遇の子供を生み出さないために、私たちは悪と戦っている。
人々から目につかないところで、誰からも称賛されることもなく。
「あ、そうだ。二人にはこれを」
「なにこれ」
「なんだ、イヤホンか?」
クロノが渡してきたのはクの字型のアイテムで、時々、先が光っている。
「通信機だよ。昨日の夜にようやく調整が終わってね。電子モニターも表示できるようにしておいたから、連絡はそれから出すよ」
「…?」
「サンキュー。っていうか、タイミングバッチリだな」
「大急ぎで調整したからね。間に合わなかったら調整してた意味がないし」
クロノは私がどうすればいいのか分からないのを察知して、それを私の耳に付けてくれた。
「これでいいの?」
「うん。完璧だよ」
耳の上から裏へ、そして顎で固定して口の前まで伸びるこの機械は、以外にも付けていても違和感がないくらい軽かった。
「耐水性もバッチリだし、事前に通信はできることも確認済み。二人とも、がんばってね」
「うん。《ノルン》も指示は任せる」
「ああ! …っと。そろそろ作戦の時間だ。遅れる前に行くよ、《オーディン》」
「うん。《トール》も気をつけて」
「心配無用っ!」
ライと一緒に途中まで行くことになり、道中でクロノに位置情報の共有や、ライと作戦の細かな確認を行った。
彼がくれた服は防水仕様で、フードを被ればそこまで濡れないから、すごく便利。
「んじゃ、アタシがアイツを引き寄せるから、そのときまで待っててね」
「うん。《トール》ができる人なのは知ってる」
「嬉しいこと言うじゃん」
「がんばってね」
「ああ。任せろ」
『《オーディン》、《トール》。準備はいい?』
「うん!」
「いつでも」
『……作戦、開始!』
それから四時間ほど経った。
最後の会話を思い出しながら、一人で公園のステージの陰に身を潜め続けていた。
《ノルン》から送られてくる情報では、二人が戦っているのか、位置情報がすぐ近くで反応している。
少しずつではあるが、二人の位置情報が私の近くに寄ってきているのがわかる。
雨の当たらない陰から出る準備の最後の確認で、《G17》と《SRM+》のリロードのチェックを行い、両方ともセーフティーを解除する。
『《オーディン》、準備は?』
「いつでも行ける」
『《オーディン》、スタンバイ……』
「ん…!」
姿勢を低く、いつでも飛び出せるように利き足は後ろへ。
《トール》の攻撃が見えたら飛び出す。
『――10、9、……』
私は薄暗い雨雲を背景に、二人が来るであろう方を見張る。
『……3、2、1、今!』
「っ…ぁ!?」
そのとき私の目が捉えたのは、四時間前に会話をした《トール》が、力負けして吹き飛ばされていたところだった。
――3時間ほど前のこと。
「さて、リベンジマッチといこうか」
「リベンジねぇ。どちらかと言えば、ワタシの方がするべきなんだけど」
昨日見た《ロキ》とは違い、左腕を違うものに換装し、怪我の手当ても済ませている、完全な状態。
自身が機械ということを隠すつもりがないらしく、片腕と片脚は完全に金属でできていて、その他機械の場所でも金属が露出している。
《ロキ》の奇妙な笑い声と共に、戦闘は始まった。
《トール》は何もないところから《M202閃》を召喚し、『発射口』を《ロキ》に向ける。
ハンマーの叩く部分が開き、四つの穴がそこにはあった。
「吹き飛べ!」
射出された1本の円柱形の弾。昨日使った弾とは違い、外側には火気厳禁のマークが貼られている。
「アハハッ!」
《ロキ》は機械の腕を変形させ、まるで銃のような武器腕に形状を変える。
《ロキ》の武器腕の射撃が《M202閃》が放った弾に命中すると、その地点ではとてつもない爆発が起きた。
『《トール》、進行ルートを表示した。このまま江戸川沿いを上流側へ』
「了解だっ!」
《トール》は北上を開始し、《ロキ》を誘う。たまに《ロキ》を東京湾方面に弾き飛ばしてルートを戻ることを挟みながら。
「おらっ!」
「アナタ、本当にっ…!」
「馬鹿力だってか!?」
「フフ……わかってるんじゃない」
「力が無きゃ、こんなもん振り回せねぇよ!」
《M202閃》で凪払い、《ロキ》と距離を作った《トール》。
《ノルン》が示した目的地までの道のりはまだまだ遠く、ルートの三分の一程度しか進んでいない。
「お疲れのようね」
「うるせー、ケツデカ女」
「!?」
たまたま口走った一言が、《ロキ》を怒らせる引き金となった。
「あ、アナタ…! ワタシのことを…!」
「なんだ、気にしてたのか。サイボーグのくせに」
「ワタシだって、女なのよッ!」
急接近する《ロキ》を《M202閃》で受け止め、そのからだを蹴り飛ばす。
「へぇ、コンプレックスだったのか」
「うるさいッ! アナタだけは絶対に許さない!」
雨の中、二人の戦闘は過激なものになっていく。
《トール》が着けている防弾ベストには、既に何発もの銃弾が命中した痕が残っていて、対する《ロキ》には目立った外傷は見られない。
「はぁ、はぁ…!」
「煽った割にはその程度なのかしら? 甘いわね」
「ハッ、まだまだ行けるが?」
「なら、見せてみなさい。アナタの実力を」
立ち止まった《トール》に、強いオーラが現れていく。
空には雷雲が集まり、さらに暗くなっていく。
《トール》は目を閉じ、《M202閃》を天へ掲げる。
「帯電――」
《ロキ》は静止したままの《トール》へ射撃する。
だが、その弾全ては天から《M202閃》へと降り注ぐ雷に阻まれた。
《トール》の発する熱が周囲を温め、《トール》の周りでは水蒸気が発生し始めた。
「――完了」
《ロキ》が瞬きをする間に、《トール》は《ロキ》のすぐ目の前に。
「…なッ!」
《ロキ》が反応できたそのときには、《ロキ》のからだは地面に触れてはいなかった。
まさに神速。
雷のようにスローモーションではないと確認できないような動きで、《ロキ》を打ち上げ、空中でさらに追撃。何発も何発もわざと人間の部分を狙って打ち付け、《トール》は《M202閃》の蓋を開ける。
「終わりだ」
《M202閃》から放たれた弾は、真っ直ぐ、雷が作る残像を残しながら対象へと命中し、東京の曇り空を少し抉った。
《トール》は三発目となる弾を地上へ打ち、地上へ戻る。
「移動弾は便利で助かるな」
『《トール》、《ロキ》が離れて行ってる!』
「…はっ?」
《ノルン》の忠告により上空を見ると、《ロキ》が目的地とは違う方向へ流れていくのが見えた。
消費して空弾になっているところを転移で閃光焼夷弾と移動弾二つに換装し、すぐさま《ロキ》に向かって移動弾を放つ。
「よぉ」
「…!?」
《ロキ》の背後から、《M202閃》を打ち付ける。《ロキ》へ《M202閃》に帯電していた電気が流れ、《ロキ》は抵抗なく目的地に移動方向を変えて落ちていく。
《トール》は電力を消費しきったため、《M202閃》を足場に跳躍する。すぐさま《M202閃》を帰還させ、《ロキ》へと近づく。
不気味に笑った《ロキ》に気付かず、《トール》は高度を下げていく。
《ロキ》に攻撃が当てられるところまで近づいた《トール》が《M202閃》を打ち下ろす構えをして、《M202閃》を召喚しようとしたそのとき、《ロキ》が動いた。
《ロキ》が先日パージした脚が変形し、三つの爪をもつクローになり、《トール》を捕まえる。
《ロキ》はからだをひねって《トール》をそのまま下に投げつける。
《M202閃》を召喚し損ねた《トール》は下にあった公園に落ちていく。
「だから甘いのよ」
《ロキ》は《トール》をクローにしていない方の脚で蹴り落とし、《トール》の高度を下げる。
そして、《ロキ》はもう一度に近づき、狙いは公園の大きな長方形マンホールに向け、二度目の蹴りでそこに叩き落とす。
東京都心地下放水路。
近年できた、水害時に河川を氾濫させないよう、他の河川へと水を流す貯水槽としても活躍している場所。
そこに、《トール》は叩き落とされたのだ。
幸いにも、《M202閃》の移動弾で着地はできたが、体の節々が悲鳴をあげている。
「……やらかしたなぁ」
『《トール》、無事!?』
「ああ。公園の下に落とされたが、一応無事だ。すぐに地上に戻る」
『それは大丈夫。《オーディン》にそこに落とすように指示するから』
「おい、待て! 《オーディン》にそんな力は…!」
『できるよ。《オーディン》なら』
「……(勝てよ、《オーディン》)。負けるなよ…!」
《トール》は祈るように、仲間を穴の中で待った。
公園の大きなマンホールに《トール》が落とされたけれど、《トール》は未だ上がってこない。
(まさか、意識を失ってる?)
それなら、早く下に私も行かないと。
『《オーディン》、地下に《ロキ》を誘い込んで!』
「《ノルン》、《トール》は無事なの!?」
『《トール》は……!』
《ノルン》の話を聞きたかったが、目の前から来る、あのサイボーグの攻撃を避けるのに必死になり、話が聞こえなかった。
「あの子が気になる?」
「…っ、別に」
腕が震えて、まともに照準が合わない。
だめだ。落ち着かないと…!
『《オーディン》、今どうなって……!?』
《ロキ》の腕から射撃が行われ、私は回避に専念する。
そのせいで、《ノルン》の言葉が上手く聞こえない。
聞こえるのは、射撃音と私が地面を転がる音。声はノイズにまみれて、何を言っているのか分からない。
早く《トール》の安否が知りたいのに。
早く地下に行かないといけないのに。
すると、《ロキ》の攻撃が止んだ。
(撃ってこない…?)
《ロキ》は腕を変形させて、人と同じ形にする。
私を見て《ロキ》は、おもむろに言う。
「まあ、上がってこないってことは、死んじゃったのかもね」
――死んだ? ライが?
嘘だ。ライは強いから、死なない。
でも、ライを圧倒した《ロキ》が言うなら……
「ぁ、ぁっ…!」
《ロキ》が距離を詰めてくる。一歩ずつ、人並みの速度で、真っ直ぐ、立ち尽くす私に。
――私も、死ぬのかな。
「……心が弱いのね。それじゃあ、戦っても面白くない」
昨日と同じ。
首を片手で締められて、また、苦しくなる。
《ロキ》は人の腕で私の首を掴み、私を持ち上げる。
「機械の腕だと分からなかったけれど、アナタ本当に軽いのね」
「……。」
「無垢でなんでも従うタイプっぽいし、私好みに調整するのもいいかもなぁ」
冗談交じりに独り言を話す彼女に、私は何もできない。
「ん? あぁ、これはいらないね」
《ロキ》は丁寧に私が被っていたフードを外し、私の耳あたりをさわる。
私が抵抗しないのが分かっているのか、彼女は調子よく彼女のやりたいことを鼻歌を歌いながら進めている。
クロノが付けてくれた機械は《ロキ》の左腕に渡り、そこで粉々に握り潰される。それと同時に右手も絞まり、息苦しさが増す。
「あ、ぅ…!」
「あら。ごめんね。痛くしちゃった」
彼女は残骸を地面に落とし、左腕を変形させる。
「……。」
「戦意喪失、かな?」
頭に突きつけられた元腕の武器。ここから弾が出れば、私は死ぬ。
そうだ。死ぬんだ。
でも、どうしてだろう。全然怖くない。
むしろ、これが自然なことだと思えてくる。
どうして、これまで戦ってきたのだろう。
どうして、私はここにいるんだろう。
どうして、私はこれまで――
(生きてしまったのだろう?)
「――良くない考えだ。」
(……どうして、そう言うの)
「――ここで死ぬのか。」
(それしか、できないから)
私はここで死ぬ。それなら、何の抵抗もなく、楽に死にたい。
「――諦めるのか。」
(……私が犠牲になって、彼女が満足するなら、それでいい)
彼女は私を実験台にしたいみたいだった。それで他に幸福になる人がいるのなら、私はそれでいい。
「――ダメだ。」
(どうして?)
「――君とは約束したはずだ。」
(……約束?)
私は思い出す。
彼がいたあの時を。
私を褒めてくれた時を。
私を拾ってくれた時を。
一人じゃなかった、その瞬間を。
(彼との、二人だけの約束…!)
「――そうだ。だから君は……。」
「……死ぬまで、誰にも負けない」
「…?」
目の前で《ロキ》が不思議そうに私を見ている。
(負けない)
まだ、死なないために。
負けないために。
彼との約束を守るために。
そんな思いはただ一つ、彼の隣にいるために。
私は体を反り、右足を天へ伸ばす。
そのまま体をひねり、重力と勢いだけに任せて、《ロキ》の右腕を蹴り上げた。
「…!」
《ロキ》から解放された勢いのまま、《ロキ》の胴体を蹴り、私は《ロキ》から距離を取る。フードを被り直し、敵を見る。
右目が飛び抜けそうな痛みを発する違和感を無視して、敵を見続ける。
「演技だったの?」
「――呼吸は整えておけ。」
「すぅー、はぁー……」
意識がハッキリとしてくる。
視界はクリアで、呼吸は正常。恐れるものは何もない。頼れるものは自分と彼。
今するべきことがわかる。
この敵を、彼と二人で倒すこと。
「ま、でも、そっちの方がいっか」
「――戦闘用意。」
「…っ!」
「……アハ。その目、いいね。ますます気になっちゃう」
「――今は君を信じろ。」
「負けない」
《ロキ》の武器腕が私に向く。
私の手には《G17》が握られている。
引き金に手をかけて、真っ直ぐ《ロキ》に向ける。
「――作戦、開始。」
人気のない公園内で発砲音が2ヵ所から鳴り響いた。
一瞬で2発の被弾をした《ロキ》は、何が起きたのか分からない様子で、ふらっとよろめいた。
「……ぇ、あ…?」
「……。」
「――残弾15。」
《G17》を片手に、銃口は《ロキ》からそらさずに、私はこの地に立っている。
《ロキ》の弾は私の右耳の15センチほど横を通りすぎていっただけだった。
「彼がいれば、私は負けない」
《ロキ》の武器腕が再び私を捉える。
それでも、私はもう負けない自信があった。
「――それでいい。」
「リーダーのためなら、負けない」
「――君が思うようにしてみるといい。」
「うん!」
「な、何を独り言を…!」
パァン! という音が四度、《G17》から発せられると、再び《ロキ》のからだにキズが四つ付き、そのからだが揺れる。
銃対策か、《ロキ》は防弾ベストを着てきたため、あまり効果的とは言えないが、それでもダメージはある。
「くっ…! 動きが違いすぎる!」
「――残弾11。続いて左腕の凪払い。」
「…っ!」
《ロキ》は左腕をクローに変形させて横から私の体を吹き飛ばそうと振り回す。
だけど、私はもうそこにはいない。
私がいたその場所には、赤い目が移動した残像だけが残っている。
私の目の前には機械の左腕が突き出されている。
「――左腕へ一つ。」
彼の指示通り、左腕に1発。残弾10。
手の甲の部分を貫通した。
「――左肩へ二つ。」
左肩に2発。残弾8。同じところに連続で。
「――左脚に三つ。」
反撃に機械の腕を振り回す《ロキ》だが、私には当然当たらない。
私はもうその半径85センチの範囲にはいない。
ふくらはぎに1発、膝に2発、それぞれ命中する。
(……残弾5)
「――残弾5。」
「な、なんで…!?」
驚く《ロキ》を私は気にしない。
もう分かってる。《ロキ》は私より弱い。
「――左から背後へ回れ。」
姿勢を低く、《ロキ》からして右側へ突撃し、右腕でのラリアットをジャンプして躱す。完全に《ロキ》の背後を取り、私は彼の指示通り動く。
「――蹴り飛ばせ。」
《ロキ》の腰部の機械部分が変形し始めていたが、そんなこと関係なく、私は《ロキ》に飛び蹴りをする。
「なあっ…!?」
悲鳴に近い驚いた声を出しながら、《ロキ》は《トール》が落ちたマンホールの手前まで吹き飛んだ。
「――落として君もライと合流。」
「うん」
私は再び走り出し、倒れたままの《ロキ》を蹴り落とす。
「まだ……まだ終われない!」
《ロキ》は下に落ちながら変形を完了し、腰部からウイングと円柱形の装備を展開した。
底まで落ちる前に円柱形の装備からジェット噴射をして、そのまま地下放水路の中を飛んでいく。
「――行くぞ。」
「うんっ」
私は躊躇わずそこへ飛び降りる。
私はきっと、ワクワクしている。
その理由はただ一つ。彼が近くにいて、一緒に戦えるから。
ただ、それだけで楽しいと思える。
《トール》は、地下放水路で一人、《オーディン》が《ロキ》を連れてくるのを待っていた。
(流石に遅い……体格差もあるし、捕まったりしてないだろうな…?)
心配とイライラが共存して、《トール》は気が気でなかった。
『大変だ!』
作戦前に渡された通信機から、《ノルン》の声が聞こえてくる。
「どうした!?」
『お、《オーディン》の反応が…消えた……』
「…!」
《トール》は今すぐ地上へ行きたかった。
だが、蓄積したダメージが、体の自由を奪っていた。
『最後に表示されていた《オーディン》の身体パラメータの値が悪くて……』
「くそっ!」
『……《トール》、作戦は…』
「勝手に終わらせるな!」
『ひゃ、ご、ごめんっ』
《トール》は認めたくなかった。そして、諦めたくなかった。
《オーディン》は、《トール》の初めてできた友達だから。
初めて会ったとき、《オーディン》には名前がなかった。
アタシと同じタイミングに組織に入った姉妹、《フレイ》と《フレイヤ》には、正直なところ馬が会わなかった。
いつも二人で楽しそうにする二人が、アタシにとってはとても羨ましかった。
「ねぇ、あなたはなんて名前なの?」
「…だれ?」
「わたしはエレノア。こっちは妹のセシリア」
「はじめまして」
「…?」
アタシが《オーディン》に抱いた最初の感想は、不思議な子だった。
ボスの言葉だけを異様に信じる、まるで奴隷のような存在。
「――この子、名前がないみたいなんだ。」
「そうなの?」
「かわいそうだよ。なにか名前をつけてあげない?」
「セシリア、それいい考えだよ!」
「???」
終始、《オーディン》はエレノアとセシリアが何をしているのか分かっていないようで、ボスに助けを求めるように視線を送り続けていた。
「そうだお姉ちゃん。この子、左右で目の色が白と赤だから……」
「白赤ちゃん……赤白ちゃん?」
「――赤に似た色で紅というのがありますよ。紅と白で紅白ともいいますね。」
「セシリア、わたし、思いついたよ!」
「なになに?」
「紅白ちゃん!」
こうして、《オーディン》には名前ができた。
それなのに、アタシには……
「リーダー、あの人にも、名前」
紅白ちゃんが、離れて見ていただけのアタシに指を差した。
「アタシは、いいよ」
そう断ったアタシに、エレノアは一言。
「……イカズチちゃん」
アタシは何を言われたのか、一瞬、分からなかった。
「な、なんだって…?」
「イカズチ。いい名前でしょ?」
「アタシの?」
「うんっ! どうかな?」
アタシは嬉しかったんだ。アタシにも、名前ができて。
でも、心は天邪鬼で。
「なんだその名前。アタシはヤだからな」
「ライ」
「…あ?」
「イカズチが嫌なら、ライ。いい名前」
無理に決められた名前だったけれど、なぜか、エレノアに付けられた名前より、紅白ちゃんに付けられた名前のほうが嬉しかった。
(でも、イカズチもライも、雷なんだよな……)
「――嫌なら嫌と言うんだよ。」
「……どっちでもいいよ!」
「――それなら、ライと呼びますね。」
「ふんっ!」
ボスはよく分からない人だった。アタシのことをよく気にかけてくれる男の人で、行き場のないアタシを拾って育ててくれた。
アタシはボスに心を開くに連れ、紅白ちゃんにも心を開いていた。
紅白ちゃんはボスと一緒にいることが多かったけれど、アタシの面倒も見てくれた。
エレノアとセシリアは二人でいることが多くて、ボスには懐いていたけれど、不用意に関わることはしなかった。
今でなら分かるが、アタシや紅白ちゃんがボスと一緒にいられる時間をできるだけ長くするためにしていたのだろう。
いつしか、アタシはメンバー全員に懐かれていた。世話焼きが上手い方ではないが、一緒にいて楽しい、頼りがいがあると言われた。それが何より嬉しかった。
「なぁ、紅白ちゃん。アタシたちさ、仲いいじゃん?」
「うん」
「だから、友達にならないか?」
「……友達?」
「――見られても困るよ。」
紅白ちゃんの癖。困ったときにボスを見ること。
ボスはよく苦笑いで紅白ちゃんの視線を受け止め、助言をしないようにしていた。
そのときは大抵、心の部分を育てるときだったと思う。
「うん。友達、なる」
「…紅白ちゃん!」
初めて、心から仲が良くなった相手だった。エレノアやセシリア、五人のランクAの中で最後に入ってきたクロノとも、それからすぐに仲良くなった。
紅白ちゃんがもし、アタシを断っていたら、今のアタシはいない。
それくらい、アタシの中では軸になっている存在なのだ。
だからこそ、《トール》は諦めたくなかった。
《オーディン》としての彼女も、紅白ちゃんとしての彼女も。
地上へ繋がる穴から、あの《ロキ》の声が聞こえてきた。
「まさか、本当に…!」
脳裏によぎったのは、《オーディン》がやられたこと。
早鐘を打つ心臓を腕で隠し、《トール》は自身の死を覚悟した。
だが、落ちてきた《ロキ》は穴の上を向いたまま、背中に新たな装置をつけて放水路内を進んでいった。
「逃げてる…? なら…!」
続いて降ってきた、いや、舞い降りてきた天使のような存在は、黒のロングコートに身を包んだ白髪の少女。
《トール》の心の支えでもある、ただ一人の憧れの戦士。
名前を呼びたかった。だけど、今は作戦中。
だから、今はこれで我慢だ。
「《オーディン》!」
私は《トール》のようにすぐに移動できるわけでもないし、《ロキ》のように機械の羽があるわけでもない。
だけど、私には彼がいる。
私は数十メートル下の鉄板まで壁を使わず落ちていく。
でも、私の二つの脚は底となる鉄板に意識せずとも着地できた。
リーダーがどうすればいいか教えてくれているから。
前を見れば、そこには柱に寄り添う《トール》がいた。
「《オーディン》!」
「《トール》っ!」
「生きてた……って、どうしたんだ、その目…」
「目…?」
私は右目だけ手で覆って隠してみるけれど、視界が変わったようには見えない。
逆に、左目だけを隠すと、柱が透けて見える。
「分からないけど、今は痛くない」
「いや、痛いとかじゃなくて、光ってるんだけど…?」
確かに、暗い放水路の柱に赤い光が反射して明るくなっている。本当に私の目が発している光なのかは分からないけど。
でも、そんなことより、《トール》が生きていることのほうが、私は重要だった。
《トール》が生きていることがわかった今、私に怖いものはない。
「――気持ちは整えられたようだね。」
「うん。もう大丈夫」
「…《オーディン》?」
不思議そうに私のコードネームを呼ぶ《トール》に私は手をさしのべる。
「《トール》、動ける?」
《トール》は私の手を取り、辛そうに立ち上がると、一度ふらっとよろめいてから姿勢を戻し、少し恥ずかしそうにして口角を上げた。
「当たり前だっ」
《トール》の言葉には力強さがあった。
だけど、私は《トール》の腕を持ち、もう一度座るように《トール》を押さえる。
リーダーにそうするように言われたから。
《トール》からはほとんど抵抗する力を感じず、ペタンと床に脚を着けた。
「…《オーディン》?」
「――怪我が酷い。死に晒される可能性もある。」
「《トール》は、ここにいて。援護してほしい」
「は!? アタシの方が近距離で戦える!」
「その怪我で、戦ってほしくない」
《トール》は自身の体を見る。
諦めたかと思ったけれど、《トール》は反対する。
「ダメだ! 《オーディン》一人じゃ、アレは…」
「私は一人じゃない。リーダーも一緒」
「ボスが…?」
「それに、リーダーが言ってる。『――ライにも、死んでほしくない。』って」
「……だめだ。《オーディン》がいないと…」
「私は死なない。リーダーは私も守ってくれるって、約束してるから」
数秒の沈黙の後、《トール》は口を震わせながら開く。
「……わかった」
私は《トール》に背を向ける。
リーダーが導いてくれる方向へと体を向けて。
「ありがとう」
一言の感謝と赤い残像、《トール》を残して、私は床を蹴る。
「アタシの分も殴ってやれ!」
私は足を止めなかった。それは、できるだけ早く、友達を傷つけた敵を倒すために。
私は床にできた水溜まりを踏んだり、水路を流れてきたゴミを蹴ったりしながら、リーダーが教えてくれる方向へと止まらずに進む。
体が軽くて、いつもより速度が出ているのが分かる。風が心地よく感じるくらいには。
「――左側、柱四本目に注意。」
リーダーの注意のすぐ後、左側四本目の柱の後ろから、敵の狙撃が飛んでくる。
リーダーのおかげで、私はすぐに柱の後ろに隠れることができたから、狙撃には当たらなかった。
「避けた……未来でも見ているのかしら」
まだ敵の位置を捉えていない。
それでも、なぜか私には位置が分かる。
《ノルン》でも、リーダーでもない誰かが、そこにいると教えてくれているから。
柱から《G17》だけを出して、照準は目と腕の感覚に任せる。
一発の射撃音のあとに聞こえた音は、硬い部分に弾が弾かれた、「カンッ!」という高い音だった。
「――非貫通。残弾4。」
(狙われるっ…!)
「見つけた」
空に舞い上がり、天井付近から狙撃タイプの武器腕を構えている敵は、心底嬉しそうだった。
私は《G17》を出した方と逆から飛び出し、敵にできるだけ近くなるよう、前に進む。
「特攻なんて、自殺のつもり?」
「私は死なないっ!」
正面から私は走る。
今は近づくことだけが優先事項。
「――目の前の敵だけ見ろ。」
(射線は……ずれている…!)
敵の射撃は走る私には当たらない。
一瞬、敵に焦りが見えた。
「――今。」
リーダーの声がした時には、私の左手には《SRM+》が握られている。
銀色のバレルについた回転弾倉の一つが空になって、今は一つ分回っている状態だ。
その直後、敵の左腕にプラズマが走る。
「きゃっ!?」
小さな爆発を起こし、左腕の変形機構から体に悪そうな煙がモクモクと出始めた。
狼狽えた敵に、次は《G17》の引き金を引く。
腰部から出た右翼に命中し、これを簡単に貫通する。
「――残弾3。」
(次っ!)
「え、嘘でしょ……飛んでるワタシに当ててくるの!?」
《G17》は自動照準で、私が意識したところに、射線調整をしてくれる。
それは、私の意識が正常であるほど、正確にそこを狙うことができるものだ。
流石はリーダーが作ってくれた私の相棒。
今度は左翼へ2発。どちらも命中し、一つは羽に、もう一つはジェット噴射を行っているタンクを貫通する。
「――残弾1。」
タンクの爆発と両羽の損害により姿勢制御がうまくできなくなった敵は、徐々に高度を下げていく。
そして、私と同じ床に立つ。
「ワタシ、やっぱり強い子が好きなの」
「――向かい撃て。」
正面から突っ込んでくる敵の胸へ、私は最後の《G17》の弾丸を撃ち込む。
「――残弾なし。」
私は忘れていた。敵は銃対策をしていたことを。防弾ベストを着けていたことを。
気がついたときには、体が浮いていた。
《G17》の最後の弾を防弾ベストで受け止めた敵は、反応に遅れた私へと近づき、機械の脚を変形させながら、私の逃げようとした方向から回し蹴りを差し込んできた。
まともな装備を着けていない私にとっては、それだけでも致命傷になりかねなかった。
痛みで立ち上がれない。
うつ伏せに近い状態で、顔だけ敵へと向ける。
「残念だけど、私の勝ちね」
敵は被弾していない脚のふくらはぎ部分をパージして、それを変形させる。
隠し刃を出した元脚パーツは、ナイフのような武器に変形されて、しっかりと敵の手に握られている。
「じゃ、ちょっと眠っておいてもらおうかしら?」
「ぐっ…!」
立たないといけないのに。
負けちゃダメなのに。
どうして、動いてくれないの…?
「じゃあ、おやすみなさい♪」
私はとっさに目を瞑ってしまった。
最後に見たのは、敵の持つナイフが降り下ろされ始めたところ。
それなのに、いつになっても痛みがこない。
「…?」
ゆっくりと目を開けると、そこにはいるはずのない人物がいた。
「だからアタシも行くって言ったのに」
私の仲間であり、一番の友達が、そこにはいた。
その友達は、私に手を差しのべてくれる。
「一緒に戦おう、《オーディン》!」
遡ること10分。
《オーディン》と《トール》が合流したあのとき、《トール》は《オーディン》の手を借りて、一度立ち上がった。
そのとき、《トール》はわざとバランスを崩して《オーディン》に近づき、《オーディン》のロングコートに予備にと持ち込んだ古いタイプの通信機を入れた。
動きが芳しくないと思ったらしい《オーディン》は、腕を持って無理矢理座らせようとしていた。
でも、なんとなく分かっていた。
《オーディン》なら、そうすると。
だから、これからのは全部演技だ。
「…《オーディン》?」
「《トール》は、ここにいて。援護してほしい」
「は!? アタシの方が近距離で戦える!」
「その怪我で、戦ってほしくない」
自身の体を見てみると、思ったよりもひどくやられていた。
でも、大体の被弾箇所は防具を着けているところばかりで、目立つ怪我は特にない。
「ダメだ! 《オーディン》一人じゃ、アレは…」
「私は一人じゃない。リーダーも一緒」
「ボスが…?」
ボスの本名は知らない。だけど、コードネームは知っている。《ヴァルハラ・エインへリヤル》。
《トール》が前に調べたとき、ヴァルハラというのは戦死した英雄が集まるところというのを知った。
そして、《オーディン》はそのヴァルハラの持ち主らしい。
つまりは、もうボスは――
「それに、リーダーが言ってる。『――ライにも、死んでほしくない。』って」
「……だめだ。《オーディン》がいないと…」
「私は死なない。リーダーは私も守ってくれるって、約束してるから」
《トール》は考えていた。《オーディン》が死んだら、アタシはボスのことを、ずっと覚えていられるだろうか。と。
だが、結論は早かった。無理なのだ。人という生き物は、必ずいつかは忘れてしまう。それがどれほど大切なものであったとしても、考えない時間が長くなるほど興味や感心を失うのだ。
だから、《オーディン》には、一人で行ってほしくない。
『《トール》、《オーディン》に仕込んだ通信機の反応が確認できた』
「……わかった」
《トール》が《ノルン》へ反応をすると、《オーディン》は肯定と判断したようで、《トール》に背を向けてしまう。
「ありがとう」
その一言の感謝と赤い目があったところに残像を残して、友達は行ってしまう。
《トール》がついて行こうとしても、戦った後にずっと座っていたせいで足が痺れて動けない。
動けない《トール》にできることは一つだけだ。
友達の背中に向かって、《トール》は叫ぶ。
「アタシの分も殴ってやれ!」
《トール》の言葉に《オーディン》はどんなことを思ったのだろう。反応はいつになっても帰ってこない。聞こえていなかったのかもしれない。
《オーディン》の姿が見えなくなり、《トール》は肩を落とす。
「はぁ。なにやってるんだろうな、アタシは。でも……」
《トール》柱を支えにして無理矢理自分の体を立たせる。
(いくら遅くなってもいい。だけど、最後にはアタシはアイツの隣で立っていなきゃいけないんだ)
それが、《トール》と彼との、約束だから。
《トール》は友達の進んだ方向を見る。
使うのは嫌だったけど、今となっては仕方ない。
「《ノルン》! 回復弾の残りは!?」
『えっ!? あ、えっと、三つだ!』
「了解っ」
『って、そうじゃなくて…』
「5秒待て!」
《トール》は使った空弾を転移させ、回復弾に換装する。
回復弾を自身に撃ち込み、体が軽くなるのを感じる。
回復弾といっても、怪我が治るわけではなく、ただ麻酔のように一時的に痛みを抑制するものだが。
使う弾にすべて換装し直して、今《M202閃》に装填されているのは、閃光焼夷弾一つと移動弾二つ、回復弾が一つだ。
《M202閃》を帰還させ、《トール》は《オーディン》が向かった方へと移動を開始する。
「…んで、なんだ、《ノルン》」
『《オーディン》の身体パラメータが、普通じゃないんだ!』
「どういうことだ?」
『簡単に言うと、このままだと《オーディン》の体が壊れる』
それを聞いた《トール》は、迷いなく《M202閃》を召喚し、移動弾で急行する。
2発分の移動をしたそのとき、《オーディン》が《ロキ》の回し蹴りを喰らったところを目撃した。
(移動弾の再装填が…!)
《M202閃》は転移により再装填を行える。だが、その時には静止しておかなければならない。
それは、《M202閃》内の弾を換装するため、その場所にものがあれば、勝手に作動してしまうことがあるからだ。
例えば、動きながら装填をすると、《M202閃》の射出部分ではないところに弾の転送が行われ、中の物質が反応してしまい、移動弾であれば勝手に使われてその場に移動することになる。
それは《M202閃》自体も当てはまるため、動きながら装填することはできないのだ。
(落ち着けっ! まだ間に合うっ!)
ほんの少しの音が聞こえたら、再装填ができた合図だ。
その瞬間に飛び込めるよう、《トール》は刃物を振りかざす《ロキ》へと照準を合わせる。
コン。
「…!」
《トール》がいるのは《ロキ》のすぐ横。
《M202閃》を横から斜め上方向に振り上げ、《ロキ》ごと吹き飛ばす。
倒れたまま目を閉じた《オーディン》がゆっくりと目を開ける。
《トール》は《オーディン》が生きていたことに再び喜んだ。
だけど、今は作戦中。
だから、一人で行った《オーディン》に非があるように、わざと口にする。
「だからアタシも行くって言ったのに」
《オーディン》の表情が驚いたものから、すぐに柔らかくなった。
それだけで、《トール》は嬉しかった。
だから、手を差しのばす。今は友達ではなく、戦友として。
「一緒に戦おう、《オーディン》!」
私の友達はいつも心強い。
私が困っているとき、手を差しのべてくれるのはいつもこの人だ。
私がミスをしても、その埋め合わせをしてくれるのはいつもこの人だ。
私は、そんな友達に何をしてあげられるのだろう。何をしてきたのだろう。
「――仲間のことを思って、笑うのも怒るのも、全て君だけができることだよ。」
「……そうだね」
私は友達の手を取って立ち上がる。
痛みなんて、もう気にしない。
「《オーディン》、ちょっと目を閉じてくれ」
「…いいけど、なにするの?」
「いいからいいから」
私が目を閉じていると、《トール》から声がかかる。
「うん。これで大丈夫」
不思議と、体が軽かった。
我慢しようとした痛みもなくて、まるで魔法のようだった。
「なに、したの?」
「元気になるおまじない」
「…ありがとう《トール》」
「お、おぅ」
《トール》は吹き飛んで壁際で動かない敵を見る。私も警戒を強めて同じことをする。
「さっきはどーも」
「……2対1は不利ね」
「逃がすと思うか?」
「ワタシが逃げると?」
敵は立ち上がる。
左腕を外して。
「《オーディン》っ! あれを使う!」
「――閃光焼夷弾。」
「っ、!?」
彼の声が聞こえた瞬間、《M202閃》から一発の弾が射出されていた。
地下放水路に光が灯る。
「っ、眩しい…!」
敵の声が爆音に消え、私は事前に目を閉じていたにも関わらず、目が痛く感じる。
激しい光が消えていき、目の痛さが引いたところで敵の姿を探す。
「――リロード。」
《G17》に入っているマガジンを射出して、持ってきたマガジンを《G17》に差し込む。すぐに、上部のパーツを手前にスライドさせて、弾を装填する。
「――右だ。」
私たちの右側にある柱に《G17》を構えて出てくるのを待っていると、敵は予想より上から飛び出してきた。
翼が直っている。
だけど、さっき持っていた左腕はない。
「左腕を犠牲にしたなら、遠距離武器はない!」
「残念だけど、まだあるのよね」
敵が手にしているのは、さっきまで敵が着けていたヘッドギア。
これも変形をするのかと思っていたら、そうではないらしい。
そのまま左腕の接続部分へ合体させて、それで終わり。
「それだけじゃ、どうしようもないだろっ」
移動弾を使って柱に飛んだ《トール》は、敵に接近戦を試みる。
「――左翼へ。」
「うんっ」
《トール》に当たることなく、空間を突き進んだ《G17》の弾は、タンクのない左翼へ命中し、穴を開けた。
体勢を崩した敵に、《トール》は《M202閃》を叩きつける。
鈍い音を立てて敵は床に叩きつけられ、《トール》は柱を蹴って落下による衝撃を減らして着地した。
「なんだ、妙に手加減されてる感じが…?」
《M202閃》の装填を行いながら、《トール》はそう呟く。
「――まずいな。」
「《トール》、気をつけて。リーダーが良くない感じがするって」
「なに?」
床に落ちた敵は何事もなかったかのように立ち上がり、左腕を《トール》に向けている。
「…え」
「は?」
「アハハッ!」
2ヵ所からの銃声が鳴り響き、一人だけが痛みの悲鳴を上げた。
「っ!」
「《トール》!」
幸いにもその悲鳴は《トール》のものではなかった。《トール》は《M202閃》を盾に使ったらしく、被弾していない。
「アタシはいい!」
《トール》は射撃から身を守ることしかできず、その場から動けない。
(早く倒さないと…!)
「――急いではダメだ。」
(でもっ、そうしないとライが!)
「――君の心が弱くなるほど、君の攻撃が弱くなる。」
(…そうだけど、ライのことのほうが…!)
パン!パン!パン!
連続で撃つ私の弾は、動かない敵にすら当たらない。
「――『 』!」
(…!)
彼がなんと言ったのかは分からなかった。だけど、今一番大切なものが何かを教えてもらった。
パン!パン!
私の弾は正確に敵の武器腕に当たり、敵の攻撃が止む。
私は《SRM+》を手に取り、敵に撃つ。
武器腕の銃口部分を削り取った一撃により、完全に射撃ができなくなる。
「《トール》!」
「終わりだぁぁ!」
《トール》は地面を蹴り、叩き潰すように敵へと飛ぶ。
だが、《トール》は不自然な動きで進路を変え、柱へと激突する。
あの変な脚によって、《トール》は体を掴まれ、柱へと放り投げられたのだ。
「《トール》!」
「――カバーリング。」
「私が助けるんだっ!」
私が敵へ近づくと、敵はその脚を振り回す。
私は飛んでそれを避けつつ、《G17》を一発、顔に撃つ。
だが、それは当たらない。
外したのではなく、顔のフレームによって事前にそらされたから。
「顔も、機械…!」
「そうなの……よね!」
「っ、しまっ」
天井へと飛ばされ、私は天井を蹴り返して床へ落ちる。
それができたのも、《トール》のおまじないのおかげだ。
「まだ、負けてない!」
空へ飛ぼうとした敵の右翼についたタンクへ射撃し、それを爆破させる。
「――残弾7。」
リーダーの声を聞きながら、右翼へ左手で持った《SRM+》で射撃。
これで羽が修復されない。
「――脚へ3つと2つ。」
リーダーの指示があれば、私はそれに従う。
私は《G17》と《SRM+》を同時射撃する。
《SRM+》の弾は正確に二つとも敵の脚を貫く。一つは右脚の太ももあたりで、もう一つは左脚の脛のあたりだ。
《G17》は3発撃ち、脚部と腰部の繋がる部分に二つ、左脚の太ももあたりに一つ弾を残した。
「――残弾4と2。」
敵は地へ落ち、両足と羽から火花を散らす。
「帯電完了!」
「はっ!」
足掻きのつもりか、故障寸前の足でバックステップを行う敵を《トール》は逃がさない。
「全弾、閃光焼夷弾!」
《トール》が振り下ろした《M202閃》が敵と接触した瞬間、地下放水路内は激しい光と音、振動が広がった。
「《トール》っ!」
私の声が地下放水路に響くも、他の声は返ってこない。
だけど、爆炎の中に見えた影は、大きなハンマーを担いだ見知った身長の人。
「あ~、すっきりした!」
そう口にした人物は、間違いなく私の友達だ。
《M202閃》を帰還させ、《トール》は私を抱き上げる。
「ありがとう《オーディン》、アタシがいいとこ持ってかせてもらったよ」
「ううん。いいの。《トール》が嬉しそうだから」
《トール》が抱き寄せているからか、《トール》が付けている機械から声が聞こえてくる。
『大変だ! 地下放水路を利用した水量調整が始まった!』
「な、なに!?」
《トール》は私を下ろし、機械に向かって叫ぶ。
私はどうして《トール》がそんなに焦っているのか分からない。
「え、どういう…?」
「とにかく、アタシについてこい!」
私は《トール》に手を引っ張られる。
だが、《トール》から力が抜けた。
「ああ…っ!! こんなときにっ!!」
《トール》が膝をつき、痛みに悶える。
「《トール》!?」
『早くしないと、巻き込まれる!』
「う、るせぇ…頭に響く…!」
私には何ができるのだろう。
「――力を貸そう。」
「…! 《トール》、《M202閃》を貸して」
「は…!? 何言って…」
「早く!」
《トール》は《M202閃》を召喚し、すぐに床に置く。
「換装できる?」
「何に…?」
「――回復弾と移動弾を。」
「回復弾と移動弾に」
《トール》が驚いた顔をする。
それでも、私は求める。
回復弾が何かを知らないのに。
「……。」
トールが目を閉じると、《M202閃》からコンと小さな音がした。
「ありがとう、《トール》」
「《オーディン》…?」
私は《M202閃》に触れる。
そのまま持ち上げ、《トール》発射口を向ける。
「《オーディン》!?」
「っ、動かないで」
《トール》へ回復弾を放ち、《M202閃》を手放す。
「っ、熱い…!」
《M202閃》は射出したとき、ものすごい熱を持つ。そのため、使える者はとてつもない力と、熱に鈍感でないとならない。
私はリーダーの力を借りて、前者はよかったものの、後者はどうやっても克服できない。
「《オーディン》っ、なんで無理して…!」
「私が倒れても《トール》は私を運べるから。でも、逆は無理」
「そうだけど、自分のことも考えろっ!」
《トール》は私を担いで、《M202閃》の移動弾を使う。
『《トール》、そっちからは無理だ!』
「なんでだ!?」
『川の水を入れているのがそっちだからだよ!』
「逆ってことでいいんだな!」
『それはオッケー! それと、《オーディン》の身体パラメータが最高値を更新し続けてる! 《オーディン》の状態は!?』
「《オーディン》、大丈夫か!」
「大丈夫。なんともない」
《トール》はホッと安心して、先ほどいた場所まで移動弾で移動する。
「くっ、2発分無駄にした…!」
『待って《トール》、《ロキ》の反応が復活した!』
「え、ヤツならここに」
私と《トール》はそこにいるはずの敵を見る。
だけど、そこには姿はない。
なら、どこに…?
「先にそっちの子からやらせてもらうわ」
そう言って現れたのは、私たちが探していた敵。
突然現れた敵に、換装しようとしていた《トール》は避けられず、私も一緒に飛ぶ。
《トール》は衝撃から私を庇って壁に叩きつけられ、私はすぐに立ち上がるものの、《トール》が動かない。
「《トール》…?」
頭から血を流している《トール》は、動いてくれない。
「ぁ、そんな…」
「――よく見ろ。呼吸はある。」
「はっ、なら…」
「――一時的に気絶しているだけだ。すぐに起きる。」
「よかった」
私は《トール》を楽な体勢にして、目の前の敵に視線を戻す。
「さて、第二ラウンドに洒落混みましょう?」
私は少し怒っていた。
友達を二度も怪我させた敵には、少しだけ痛い目を見させないと気が済まないほどには。
「そんなボロボロで、私と戦うの?」
敵はすでにかなりの痛手を負っている。
顔のガードフレームが少し砕け、左腕は鉄の棒と化していて、関節を曲げられない状態だ。
左脚を引きずっていて、右脚も《SRM+》の影響で変形ができない。
それでも、《ロキ》は使える右腕と胴体、腰に追加された左の翼だけで戦う姿勢を見せている。
「ワタシは負けるのが一番嫌いだもの」
「私だって負けられない」
私は《ロキ》から距離を取り、《ロキ》の動きを見る。
(《G17》の残弾は4、《SRM+》の残弾は2。一発も無駄にはできないっ…!)
《ロキ》は腰部の翼をパージして、床に落ちる前にそれを掴む。
変形して出来上がっていたのは薙刀だった。
翼の先端が刃で、持ち手は翼が変形して中から出てきた棒状の滑りやすそうなもの。
《ロキ》は片手だけで薙刀を回し、キャッチすると姿勢を低くする。
「――来るぞ。」
「負けない!」
《ロキ》は薙刀を床に擦らせてから振り上げる。
刃のなくなった薙刀を。
「――《SRM+》、残弾1。」
《ロキ》は倒れた《トール》へ薙刀を投げつけようとする。
「させないっ!」
2発の銃声の直後、金属性の棒が三つに折れる。
元薙刀、いや。元翼は、刃先と三つの棒に分解され、床へ各々落ちた。
「――《G17》、残弾2。」
(あと、3発だけっ)
「くっ、それならっ!」
《ロキ》は必死に私に人の手を伸ばしてくる。
でも、私はもう掴まらない。
一発を左脚に、もう一発を右肩へ放つと、《ロキ》は体勢を崩して倒れ込む。
「もう諦めて。あなたの負け」
「……。」
《ロキ》は左腕を私に伸ばしてくる。
不自然に《ロキ》が微笑み、パージされたそれは光った。
「…!」
「――全弾消費。残弾なし。」
リーダーのその声の後、私は爆炎に包まれていた。
《トール》は爆発の風と音で目が覚めた。
熱を持った床に倒れた二人の人物を見て、《トール》はそれらに駆け寄る。
「《オーディン》っ! おい、《オーディン》ってば!」
《ロキ》は力尽きたのか、もうピクリとも動かない。
《オーディン》は息があるようだが、動くことが困難のようだ。
『《トール》っ、聞こえてるの!?』
「はっ、《ノルン》!」
『よかった……って、良くない! 早く脱出を!』
そんな《ノルン》の忠告の最中、《トール》は不思議な音を聞く。
ゴォォ…!という音がどこからか聞こえてくる。
『《トール》? ねぇ、《トール》!』
「…! な、なんだ」
『だから、早く逃げて!』
「っ、了解!」
《オーディン》を担ぎ、《トール》は《M202閃》を召喚しようとするが、召喚されない。
辺りを見回せば、端のほうに《M202閃》がある。柱に激突した際に手放して、慣性のまま壁に当たり、凹みを生み出していたようだ。
《トール》が《M202閃》を拾ったときには、音がさらに激しくなっていた。
振り返れば、そこには濁流が迫っていた。
《トール》はすぐに《M202閃》をしまい、《オーディン》を抱えて走る。
「くっそ! こんなことになるなら、先に装填しておくべきだった!」
『《トール》、そのペースじゃ、水に巻き込まれる!』
「すぐ後ろに来てるんだよ!」
何もかもをのみ込んでいく波は、呆気なく《ロキ》ものみ込み、さらに二人へと近づいてくる。
「《オーディン》、起きろっ! 今は寝てる場合じゃねぇ!」
「…ぅ。リー、ダー…!」
「寝言は寝て言ってくれぇ!」
そんな二人もついには波にのみ込まれてしまう。
(…っ、《オーディン》は…!?)
《トール》が抱えていた《オーディン》は、波にのみ込まれた際にどこかへ連れ去られてしまったらしい。
幸い、《トール》は胸が浮き袋代わりになり、水上へと上がる。
「ハァ、ハァ……《ノルン》、《オーディン》が!」
『《オーディン》ならもっと先だ!』
「っ、了解!」
《トール》は波を泳ぎ、波の先を目指す。
だが、波はすでに排水部にまで辿りついていた。
『《オーディン》の位置は今、川の真ん中だ!』
(早く見つけないと…! 《オーディン》は泳げないんだ!)
《トール》は排水部から川へ出て、捜索を始める。
(どこだ? どこにいる…!?)
いくら探しても、人の姿すら見つからない。
すると、ふと銀色に光るものが川底に落ちているのに気がついた。
《トール》はそれを拾うと、その正体がなんなのかすぐにわかる。
(アタシが付けた通信機…!)
《ノルン》に報告するため、《トール》は川の水面へと上がる。
地上は、雨が止んでいた。
「《ノルン》、大変だ!」
『《オーディン》は!?』
「アタシが《オーディン》に付けた通信機しかなかった!」
『じゃあ、《オーディン》は…!』
「まだ、放水路の……中?」
「――恐ろしい世の中にもなったものだな。」
その言葉を発したのは、私たちのリーダーだった。
言葉を発したいのに、それができない。
まだ、リーダーと話したいだけなのに。
体の節々が痛い。息もしにくいし、何かに包まれているような感覚だけがする。
「――無論、君が生きている世界が一番美しいのだが。」
いかないで。
もう少しだけ待って。
そんな言葉も言えない。
「――次に君が目覚めるときには、――」
体が動かず、意識も遠くなる。
次の言葉を待つだけの体がただそこにあるだけだった。
「そこにいるつもりだよ。」
《オーディン》捜索から3時間。
人が体温を保てない環境で生きるタイムリミットが過ぎかけていた。
「《オーディン》……っ、くそっ、なんでっ」
「イカズチさん、こういうときは落ち着いて…」
「分かってるよ!!」
大学から帰宅したばかりの《フレイ》と《フレイヤ》は《オーディン》の捜索に参加し、《トール》と三人で地下放水路内で《オーディン》を探していた。
《フレイ》は別のところを担当していて、今は《トール》と《フレイヤ》が同じところにいる。
床から15センチほど水が残っていて、歩くのに少し抵抗を感じるほどだ。
それに、水深15センチというのは、人が溺れることのできる高さでもある。
もし《オーディン》がうつ伏せの状態で見つかりでもしたら、それはもう、死んでいると判断できてしまう。
「アタシが気を抜いてたせいで、《オーディン》は…!」
「……。」
《フレイヤ》は、《トール》に近づくと、平手打ちをした。
「へ…?」
「イカズチさん、今は嘆く時間じゃない。まだ紅白ちゃんが助かるかもしれないのに、その捜索を怠るのは、ダメだよ。それこそ、イカズチさんらしくないよ」
「あ…!」
「だからさ、今は紅白ちゃんを探そう? 組織のメンバーも協力してるの。ランクAの私たちがやらなくてどうするの」
《フレイヤ》の言葉で《トール》は懐中電灯を強く握り直す。
やらないといけないことをするために。
今はそれだけに集中する。
「ありがとう。セシリア。アタシがしないといけないこと、分かったよ」
「うん。絶対見つけようね。紅白ちゃんのこと」
それから30分ほど、《フレイヤ》は《フレイ》との感覚を共有して探索を続けていた。
《攻撃対象、《ロキ》を発見! ……意識停止を確認、拘束を開始する!》
これは《フレイ》と一緒にいた組織の人の言葉。
《紅白ちゃん、発見したよ! 保護を要請!》
これは《フレイ》自身。《フレイ》が見ている景色が、《フレイヤ》にも映し出され、柱に背を預けている《オーディン》が、すやすやと眠っている。
「イカズチさん、紅白ちゃんが!」
「…! どこで!?」
「こっち!」
《フレイヤ》は《トール》を《フレイ》のところまで案内する。
案内されている間、《ノルン》が発表を行っていた。
『現時刻を持って、作戦内容を達成。《Plan S》を終了する!』
エレノアがいたのは一番排水部に近いところの一番端の柱の陰。
すでに保護が始まっていて、ライが求めていた人物は組織のメンバーによって運ばれていた。
「あっ、セシリア!」
「お姉ちゃん!」
「エレノア、ありがとう。アタシは紅白ちゃん見てくる!」
「あっ、雷姉!?」
ライは友達の元へと走った。
保護したメンバーたちが地上に上がったころ、ライはようやく求めていた人物と出会うことができた。
「…はぁ、はぁ。よかった…!」
ライは戦友の冷えた頬を撫で、メンバーと一緒についていく。
それとは別に姉妹は――
「よかった。雷姉が落ち込まなくて」
「そうだね。でも、お姉ちゃんはよく見つけられたね?」
「それはもう、愛ですよ愛! 私が紅白ちゃんを愛する心が導いてくれたんです」
「へぇ…!」
「まあ、半分嘘なんだけど」
セシリアはいい話だと思って聞いていたのに、突然裏切られた気分になったので、お気に入りの靴が汚れたストレスも込めて「…は?」と軽蔑してエレノアに言葉を投げつける。
「ごめんって!」
エレノアは必死にセシリアに弁解する。
「ただ、ちょっと気になって」
「どういうこと?」
エレノアはセシリアの関心が動いたため、少し心を落ち着かせてから、懐かしむように語る。
「お父さんがいたらね、できるだけ生存率を上げると思ったんだ」
「ふむ」
「だってお父さん、私たちに人を殺せなんて、一回も言ったことないでしょ」
確かにそれは、間違っていない。
《ヴァルハラ・エインへリヤル》という人物がいたときに徹底していたことは、死なないことと、むやみやたらに命を奪わないこと。
それは作戦の中でも反映されていて、実際に「誰かを殺せ」や「死んでこい」なんてものはなかった。
むしろ、生かせておくように言われたくらいだ。
「だから、紅白ちゃんも同じことをするのかなって。お父さんのことを一番見てた、紅白ちゃんなら」
「そうかもね」
「それに、紅白ちゃんはお父さんと話せるみたいなの。心の中にいるんじゃないかな?」
私の救出劇があってから一週間が経ったらしい。
なんで言い切れないのかと言えば、私が起きたのがさっきのことだから。
「よく寝た」
「それは結構。」
「…!」
窓辺に立つその人は、この一週間、私とずっと一緒にいてくれた人物。
私がベッドから降りようとすると、彼は私を支えてくれる。
でも、無理に持ち上げたり、寝かしつけたりはしない。
だって、いっぱいお話して、決めていたことだから。
「リーダー、おはよう」
「ああ。おはよう。」
彼から一度離れて、私は彼へと駆け出す。
彼は膝をついて腕を広げる。
私は彼の胸へ飛び込むと、彼は簡単に私を抱き抱えた。
「おかえり、リーダー!」
「ああ。ただいま。カンナ。」
本文中であんまり説明できてなかった設定
《オーディン》=紅白/カンナ
紅白は本文より。カンナはスカンディナビアよりとった。北欧神話でのオーディンは神であるが、カンナは神ではないため、神無(月)の意味もある。
《トール》=イカズチ/ライ
北欧神話でのトールは雷を使うため、雷をそのまま使用。
《ノルン》=クロノ
ノルンは、ウルド、ヴェルダンディ、スクルドの三柱の総称である。運命の三女神とも呼ばれ、過去、現在、未来を司っている。
時計の元となった時の神、クロノスを参考にした。
《フレイ》=エレノア
《フレイヤ》=セシリア
フレイ、フレイヤは豊穣の神であり、他人に尽くすイメージ。どちらも聖職者を元にした。
《不完全射撃武装》:《G17》、《SRM+》、《M202閃》などの、特殊な武器の総称。全て白色、もしくは銀色の装飾が見られるという設定。完全ではないことから色がまだないと判断し、空白の白を採用して、ホワイトバレットというルビに決定した。
《G17》:元々はグロック17という拳銃。軽量化などの改造が施されていて、カンナが扱いやすいように持ち手なども形状を少し変えている。イメージは北欧神話のオーディンの持つ槍、グングニール。
《SRM+》:元々はS&W M686 Plusというリボルバー(回転式拳銃)。《G17》と同じく、軽量化と形状変化が施されている。名称の最後の『+』は追加で文字を入れるというイメージで採用した。イメージは北欧神話のオーディンの軍馬、スレイプニル。
《M202閃》:《トール》にしか扱えない重量で、中にロケットランチャーを搭載した馬鹿(比喩なし)力を発揮する武器。元々はM202 FLASHというロケットランチャー。コマンドーに出てくるあの四連装のロケットランチャー。202はハンマーの強さ(両端は強さ2倍、中心は打ち付けられないため攻撃力0)をイメージ。閃に関しては雷の光をイメージしたかったから。イメージは北欧神話のトールのハンマー、ミョルニル。
《Plan U》は《ロキ》が行った世界同時多発的戦争促進行為を嘘であると各大国の権力者に説明し、戦争が起こるのはデマであると認知させ、戦争発生を止める作戦。
《Plan V》は《ロキ》を排除(もしくは無力化)する作戦。
メインはカンナとイカズチ。周囲には一応他のメンバーもいたけれど、急遽地下放水路で戦闘を始めたので、その場待機となっていた。
《Plan S》は《ロキ》の無力化及び《オーディン》の回収、保護をする作戦。
周囲に多くのメンバーがいたにも関わらず、カンナが見つからなかったのは、カンナが波にのまれたとき、イカズチのように浮かないため、のまれた地点にいると思い、流入口から調べていたから。




