epilogue ~mission completed~
Scene8/8
《トール》は爆発の風と音で目が覚めた。
熱を持った床に倒れた二人の人物を見て、《トール》はそれらに駆け寄る。
「《オーディン》っ! おい、《オーディン》ってば!」
《ロキ》は力尽きたのか、もうピクリとも動かない。
《オーディン》は息があるようだが、動くことが困難のようだ。
『《トール》っ、聞こえてるの!?』
「はっ、《ノルン》!」
『よかった……って、良くない! 早く脱出を!』
そんな《ノルン》の忠告の最中、《トール》は不思議な音を聞く。
ゴォォ…!という音がどこからか聞こえてくる。
『《トール》? ねぇ、《トール》!』
「…! な、なんだ」
『だから、早く逃げて!』
「っ、了解!」
《オーディン》を担ぎ、《トール》は《M202閃》を召喚しようとするが、召喚されない。
辺りを見回せば、端のほうに《M202閃》がある。柱に激突した際に手放して、慣性のまま壁に当たり、凹みを生み出していたようだ。
《トール》が《M202閃》を拾ったときには、音がさらに激しくなっていた。
振り返れば、そこには濁流が迫っていた。
《トール》はすぐに《M202閃》をしまい、《オーディン》を抱えて走る。
「くっそ! こんなことになるなら、先に装填しておくべきだった!」
『《トール》、そのペースじゃ、水に巻き込まれる!』
「すぐ後ろに来てるんだよ!」
何もかもをのみ込んでいく波は、呆気なく《ロキ》ものみ込み、さらに二人へと近づいてくる。
「《オーディン》、起きろっ! 今は寝てる場合じゃねぇ!」
「…ぅ。リー、ダー…!」
「寝言は寝て言ってくれぇ!」
そんな二人もついには波にのみ込まれてしまう。
(…っ、《オーディン》は…!?)
《トール》が抱えていた《オーディン》は、波にのみ込まれた際にどこかへ連れ去られてしまったらしい。
幸い、《トール》は胸が浮き袋代わりになり、水上へと上がる。
「ハァ、ハァ……《ノルン》、《オーディン》が!」
『《オーディン》ならもっと先だ!』
「っ、了解!」
《トール》は波を泳ぎ、波の先を目指す。
だが、波はすでに排水部にまで辿りついていた。
『《オーディン》の位置は今、川の真ん中だ!』
(早く見つけないと…! 《オーディン》は泳げないんだ!)
《トール》は排水部から川へ出て、捜索を始める。
(どこだ? どこにいる…!?)
いくら探しても、人の姿すら見つからない。
すると、ふと銀色に光るものが川底に落ちているのに気がついた。
《トール》はそれを拾うと、その正体がなんなのかすぐにわかる。
(アタシが付けた通信機…!)
《ノルン》に報告するため、《トール》は川の水面へと上がる。
地上は、雨が止んでいた。
「《ノルン》、大変だ!」
『《オーディン》は!?』
「アタシが《オーディン》に付けた通信機しかなかった!」
『じゃあ、《オーディン》は…!』
「まだ、放水路の……中?」
「――恐ろしい世の中にもなったものだな。」
その言葉を発したのは、私たちのリーダーだった。
言葉を発したいのに、それができない。
まだ、リーダーと話したいだけなのに。
体の節々が痛い。息もしにくいし、何かに包まれているような感覚だけがする。
「――無論、君が生きている世界が一番美しいのだが。」
いかないで。
もう少しだけ待って。
そんな言葉も言えない。
「――次に君が目覚めるときには、――」
体が動かず、意識も遠くなる。
次の言葉を待つだけの体がただそこにあるだけだった。
「そこにいるつもりだよ。」
《オーディン》捜索から3時間。
人が体温を保てない環境で生きるタイムリミットが過ぎかけていた。
「《オーディン》……っ、くそっ、なんでっ」
「イカズチさん、こういうときは落ち着いて…」
「分かってるよ!!」
大学から帰宅したばかりの《フレイ》と《フレイヤ》は《オーディン》の捜索に参加し、《トール》と三人で地下放水路内で《オーディン》を探していた。
《フレイ》は別のところを担当していて、今は《トール》と《フレイヤ》が同じところにいる。
床から15センチほど水が残っていて、歩くのに少し抵抗を感じるほどだ。
それに、水深15センチというのは、人が溺れることのできる高さでもある。
もし《オーディン》がうつ伏せの状態で見つかりでもしたら、それはもう、死んでいると判断できてしまう。
「アタシが気を抜いてたせいで、《オーディン》は…!」
「……。」
《フレイヤ》は、《トール》に近づくと、平手打ちをした。
「へ…?」
「イカズチさん、今は嘆く時間じゃない。まだ紅白ちゃんが助かるかもしれないのに、その捜索を怠るのは、ダメだよ。それこそ、イカズチさんらしくないよ」
「あ…!」
「だからさ、今は紅白ちゃんを探そう? 組織のメンバーも協力してるの。ランクAの私たちがやらなくてどうするの」
《フレイヤ》の言葉で《トール》は懐中電灯を強く握り直す。
やらないといけないことをするために。
今はそれだけに集中する。
「ありがとう。セシリア。アタシがしないといけないこと、分かったよ」
「うん。絶対見つけようね。紅白ちゃんのこと」
それから30分ほど、《フレイヤ》は《フレイ》との感覚を共有して探索を続けていた。
《攻撃対象、《ロキ》を発見! ……意識停止を確認、拘束を開始する!》
これは《フレイ》と一緒にいた組織の人の言葉。
《紅白ちゃん、発見したよ! 保護を要請!》
これは《フレイ》自身。《フレイ》が見ている景色が、《フレイヤ》にも映し出され、柱に背を預けている《オーディン》が、すやすやと眠っている。
「イカズチさん、紅白ちゃんが!」
「…! どこで!?」
「こっち!」
《フレイヤ》は《トール》を《フレイ》のところまで案内する。
案内されている間、《ノルン》が発表を行っていた。
『現時刻を持って、作戦内容を達成。《Plan S》を終了する!』
エレノアがいたのは一番排水部に近いところの一番端の柱の陰。
すでに保護が始まっていて、ライが求めていた人物は組織のメンバーによって運ばれていた。
「あっ、セシリア!」
「お姉ちゃん!」
「エレノア、ありがとう。アタシは紅白ちゃん見てくる!」
「あっ、雷姉!?」
ライは友達の元へと走った。
保護したメンバーたちが地上に上がったころ、ライはようやく求めていた人物と出会うことができた。
「…はぁ、はぁ。よかった…!」
ライは戦友の冷えた頬を撫で、メンバーと一緒についていく。
それとは別に姉妹は――
「よかった。雷姉が落ち込まなくて」
「そうだね。でも、お姉ちゃんはよく見つけられたね?」
「それはもう、愛ですよ愛! 私が紅白ちゃんを愛する心が導いてくれたんです」
「へぇ…!」
「まあ、半分嘘なんだけど」
セシリアはいい話だと思って聞いていたのに、突然裏切られた気分になったので、お気に入りの靴が汚れたストレスも込めて「…は?」と軽蔑してエレノアに言葉を投げつける。
「ごめんって!」
エレノアは必死にセシリアに弁解する。
「ただ、ちょっと気になって」
「どういうこと?」
エレノアはセシリアの関心が動いたため、少し心を落ち着かせてから、懐かしむように語る。
「お父さんがいたらね、できるだけ生存率を上げると思ったんだ」
「ふむ」
「だってお父さん、私たちに人を殺せなんて、一回も言ったことないでしょ」
確かにそれは、間違っていない。
《ヴァルハラ・エインへリヤル》という人物がいたときに徹底していたことは、死なないことと、むやみやたらに命を奪わないこと。
それは作戦の中でも反映されていて、実際に「誰かを殺せ」や「死んでこい」なんてものはなかった。
むしろ、生かせておくように言われたくらいだ。
「だから、紅白ちゃんも同じことをするのかなって。お父さんのことを一番見てた、紅白ちゃんなら」
「そうかもね」
「それに、紅白ちゃんはお父さんと話せるみたいなの。心の中にいるんじゃないかな?」
私の救出劇があってから一週間が経ったらしい。
なんで言い切れないのかと言えば、私が起きたのがさっきのことだから。
「よく寝た」
「それは結構。」
「…!」
窓辺に立つその人は、この一週間、私とずっと一緒にいてくれた人物。
私がベッドから降りようとすると、彼は私を支えてくれる。
でも、無理に持ち上げたり、寝かしつけたりはしない。
だって、いっぱいお話して、決めていたことだから。
「リーダー、おはよう」
「ああ。おはよう。」
彼から一度離れて、私は彼へと駆け出す。
彼は膝をついて腕を広げる。
私は彼の胸へ飛び込むと、彼は簡単に私を抱き抱えた。
「おかえり、リーダー!」
「ああ。ただいま。カンナ。」




