chapter4 ~heart~
Scene5/8
公園の大きなマンホールに《トール》が落とされたけれど、《トール》は未だ上がってこない。
(まさか、意識を失ってる?)
それなら、早く下に私も行かないと。
『《オーディン》、地下に《ロキ》を誘い込んで!』
「《ノルン》、《トール》は無事なの!?」
『《トール》は……!』
《ノルン》の話を聞きたかったが、目の前から来る、あのサイボーグの攻撃を避けるのに必死になり、話が聞こえなかった。
「あの子が気になる?」
「…っ、別に」
腕が震えて、まともに照準が合わない。
だめだ。落ち着かないと…!
『《オーディン》、今どうなって……!?』
《ロキ》の腕から射撃が行われ、私は回避に専念する。
そのせいで、《ノルン》の言葉が上手く聞こえない。
聞こえるのは、射撃音と私が地面を転がる音。声はノイズにまみれて、何を言っているのか分からない。
早く《トール》の安否が知りたいのに。
早く地下に行かないといけないのに。
すると、《ロキ》の攻撃が止んだ。
(撃ってこない…?)
《ロキ》は腕を変形させて、人と同じ形にする。
私を見て《ロキ》は、おもむろに言う。
「まあ、上がってこないってことは、死んじゃったのかもね」
――死んだ? ライが?
嘘だ。ライは強いから、死なない。
でも、ライを圧倒した《ロキ》が言うなら……
「ぁ、ぁっ…!」
《ロキ》が距離を詰めてくる。一歩ずつ、人並みの速度で、真っ直ぐ、立ち尽くす私に。
――私も、死ぬのかな。
「……心が弱いのね。それじゃあ、戦っても面白くない」
昨日と同じ。
首を片手で締められて、また、苦しくなる。
《ロキ》は人の腕で私の首を掴み、私を持ち上げる。
「機械の腕だと分からなかったけれど、アナタ本当に軽いのね」
「……。」
「無垢でなんでも従うタイプっぽいし、私好みに調整するのもいいかもなぁ」
冗談交じりに独り言を話す彼女に、私は何もできない。
「ん? あぁ、これはいらないね」
《ロキ》は丁寧に私が被っていたフードを外し、私の耳あたりをさわる。
私が抵抗しないのが分かっているのか、彼女は調子よく彼女のやりたいことを鼻歌を歌いながら進めている。
クロノが付けてくれた機械は《ロキ》の左腕に渡り、そこで粉々に握り潰される。それと同時に右手も絞まり、息苦しさが増す。
「あ、ぅ…!」
「あら。ごめんね。痛くしちゃった」
彼女は残骸を地面に落とし、左腕を変形させる。
「……。」
「戦意喪失、かな?」
頭に突きつけられた元腕の武器。ここから弾が出れば、私は死ぬ。
そうだ。死ぬんだ。
でも、どうしてだろう。全然怖くない。
むしろ、これが自然なことだと思えてくる。
どうして、これまで戦ってきたのだろう。
どうして、私はここにいるんだろう。
どうして、私はこれまで――
(生きてしまったのだろう?)
「――良くない考えだ。」
(……どうして、そう言うの)
「――ここで死ぬのか。」
(それしか、できないから)
私はここで死ぬ。それなら、何の抵抗もなく、楽に死にたい。
「――諦めるのか。」
(……私が犠牲になって、彼女が満足するなら、それでいい)
彼女は私を実験台にしたいみたいだった。それで他に幸福になる人がいるのなら、私はそれでいい。
「――ダメだ。」
(どうして?)
「――君とは約束したはずだ。」
(……約束?)
私は思い出す。
彼がいたあの時を。
私を褒めてくれた時を。
私を拾ってくれた時を。
一人じゃなかった、その瞬間を。
(彼との、二人だけの約束…!)
「――そうだ。だから君は……。」
「……死ぬまで、誰にも負けない」
「…?」
目の前で《ロキ》が不思議そうに私を見ている。
(負けない)
まだ、死なないために。
負けないために。
彼との約束を守るために。
そんな思いはただ一つ、彼の隣にいるために。
私は体を反り、右足を天へ伸ばす。
そのまま体をひねり、重力と勢いだけに任せて、《ロキ》の右腕を蹴り上げた。
「…!」
《ロキ》から解放された勢いのまま、《ロキ》の胴体を蹴り、私は《ロキ》から距離を取る。フードを被り直し、敵を見る。
右目が飛び抜けそうな痛みを発する違和感を無視して、敵を見続ける。
「演技だったの?」
「――呼吸は整えておけ。」
「すぅー、はぁー……」
意識がハッキリとしてくる。
視界はクリアで、呼吸は正常。恐れるものは何もない。頼れるものは自分と彼。
今するべきことがわかる。
この敵を、彼と二人で倒すこと。
「ま、でも、そっちの方がいっか」
「――戦闘用意。」
「…っ!」
「……アハ。その目、いいね。ますます気になっちゃう」
「――今は君を信じろ。」
「負けない」
《ロキ》の武器腕が私に向く。
私の手には《G17》が握られている。
引き金に手をかけて、真っ直ぐ《ロキ》に向ける。
「――作戦、開始。」
人気のない公園内で発砲音が2ヵ所から鳴り響いた。
一瞬で2発の被弾をした《ロキ》は、何が起きたのか分からない様子で、ふらっとよろめいた。
「……ぇ、あ…?」
「……。」
「――残弾15。」
《G17》を片手に、銃口は《ロキ》からそらさずに、私はこの地に立っている。
《ロキ》の弾は私の右耳の15センチほど横を通りすぎていっただけだった。
「彼がいれば、私は負けない」
《ロキ》の武器腕が再び私を捉える。
それでも、私はもう負けない自信があった。
「――それでいい。」
「リーダーのためなら、負けない」
「――君が思うようにしてみるといい。」
「うん!」
「な、何を独り言を…!」
パァン! という音が四度、《G17》から発せられると、再び《ロキ》のからだにキズが四つ付き、そのからだが揺れる。
銃対策か、《ロキ》は防弾ベストを着てきたため、あまり効果的とは言えないが、それでもダメージはある。
「くっ…! 動きが違いすぎる!」
「――残弾11。続いて左腕の凪払い。」
「…っ!」
《ロキ》は左腕をクローに変形させて横から私の体を吹き飛ばそうと振り回す。
だけど、私はもうそこにはいない。
私がいたその場所には、赤い目が移動した残像だけが残っている。
私の目の前には機械の左腕が突き出されている。
「――左腕へ一つ。」
彼の指示通り、左腕に1発。残弾10。
手の甲の部分を貫通した。
「――左肩へ二つ。」
左肩に2発。残弾8。同じところに連続で。
「――左脚に三つ。」
反撃に機械の腕を振り回す《ロキ》だが、私には当然当たらない。
私はもうその半径85センチの範囲にはいない。
ふくらはぎに1発、膝に2発、それぞれ命中する。
(……残弾5)
「――残弾5。」
「な、なんで…!?」
驚く《ロキ》を私は気にしない。
もう分かってる。《ロキ》は私より弱い。
「――左から背後へ回れ。」
姿勢を低く、《ロキ》からして右側へ突撃し、右腕でのラリアットをジャンプして躱す。完全に《ロキ》の背後を取り、私は彼の指示通り動く。
「――蹴り飛ばせ。」
《ロキ》の腰部の機械部分が変形し始めていたが、そんなこと関係なく、私は《ロキ》に飛び蹴りをする。
「なあっ…!?」
悲鳴に近い驚いた声を出しながら、《ロキ》は《トール》が落ちたマンホールの手前まで吹き飛んだ。
「――落として君もライと合流。」
「うん」
私は再び走り出し、倒れたままの《ロキ》を蹴り落とす。
「まだ……まだ終われない!」
《ロキ》は下に落ちながら変形を完了し、腰部からウイングと円柱形の装備を展開した。
底まで落ちる前に円柱形の装備からジェット噴射をして、そのまま地下放水路の中を飛んでいく。
「――行くぞ。」
「うんっ」
私は躊躇わずそこへ飛び降りる。
私はきっと、ワクワクしている。
その理由はただ一つ。彼が近くにいて、一緒に戦えるから。
ただ、それだけで楽しいと思える。
《トール》は、地下放水路で一人、《オーディン》が《ロキ》を連れてくるのを待っていた。
(流石に遅い……体格差もあるし、捕まったりしてないだろうな…?)
心配とイライラが共存して、《トール》は気が気でなかった。
『大変だ!』
作戦前に渡された通信機から、《ノルン》の声が聞こえてくる。
「どうした!?」
『お、《オーディン》の反応が…消えた……』
「…!」
《トール》は今すぐ地上へ行きたかった。
だが、蓄積したダメージが、体の自由を奪っていた。
『最後に表示されていた《オーディン》の身体パラメータの値が悪くて……』
「くそっ!」
『……《トール》、作戦は…』
「勝手に終わらせるな!」
『ひゃ、ご、ごめんっ』
《トール》は認めたくなかった。そして、諦めたくなかった。
《オーディン》は、《トール》の初めてできた友達だから。
初めて会ったとき、《オーディン》には名前がなかった。
アタシと同じタイミングに組織に入った姉妹、《フレイ》と《フレイヤ》には、正直なところ馬が会わなかった。
いつも二人で楽しそうにする二人が、アタシにとってはとても羨ましかった。
「ねぇ、あなたはなんて名前なの?」
「…だれ?」
「わたしはエレノア。こっちは妹のセシリア」
「はじめまして」
「…?」
アタシが《オーディン》に抱いた最初の感想は、不思議な子だった。
ボスの言葉だけを異様に信じる、まるで奴隷のような存在。
「――この子、名前がないみたいなんだ。」
「そうなの?」
「かわいそうだよ。なにか名前をつけてあげない?」
「セシリア、それいい考えだよ!」
「???」
終始、《オーディン》はエレノアとセシリアが何をしているのか分かっていないようで、ボスに助けを求めるように視線を送り続けていた。
「そうだお姉ちゃん。この子、左右で目の色が白と赤だから……」
「白赤ちゃん……赤白ちゃん?」
「――赤に似た色で紅というのがありますよ。紅と白で紅白ともいいますね。」
「セシリア、わたし、思いついたよ!」
「なになに?」
「紅白ちゃん!」
こうして、《オーディン》には名前ができた。
それなのに、アタシには……
「リーダー、あの人にも、名前」
紅白ちゃんが、離れて見ていただけのアタシに指を差した。
「アタシは、いいよ」
そう断ったアタシに、エレノアは一言。
「……イカズチちゃん」
アタシは何を言われたのか、一瞬、分からなかった。
「な、なんだって…?」
「イカズチ。いい名前でしょ?」
「アタシの?」
「うんっ! どうかな?」
アタシは嬉しかったんだ。アタシにも、名前ができて。
でも、心は天邪鬼で。
「なんだその名前。アタシはヤだからな」
「ライ」
「…あ?」
「イカズチが嫌なら、ライ。いい名前」
無理に決められた名前だったけれど、なぜか、エレノアに付けられた名前より、紅白ちゃんに付けられた名前のほうが嬉しかった。
(でも、イカズチもライも、雷なんだよな……)
「――嫌なら嫌と言うんだよ。」
「……どっちでもいいよ!」
「――それなら、ライと呼びますね。」
「ふんっ!」
ボスはよく分からない人だった。アタシのことをよく気にかけてくれる男の人で、行き場のないアタシを拾って育ててくれた。
アタシはボスに心を開くに連れ、紅白ちゃんにも心を開いていた。
紅白ちゃんはボスと一緒にいることが多かったけれど、アタシの面倒も見てくれた。
エレノアとセシリアは二人でいることが多くて、ボスには懐いていたけれど、不用意に関わることはしなかった。
今でなら分かるが、アタシや紅白ちゃんがボスと一緒にいられる時間をできるだけ長くするためにしていたのだろう。
いつしか、アタシはメンバー全員に懐かれていた。世話焼きが上手い方ではないが、一緒にいて楽しい、頼りがいがあると言われた。それが何より嬉しかった。
「なぁ、紅白ちゃん。アタシたちさ、仲いいじゃん?」
「うん」
「だから、友達にならないか?」
「……友達?」
「――見られても困るよ。」
紅白ちゃんの癖。困ったときにボスを見ること。
ボスはよく苦笑いで紅白ちゃんの視線を受け止め、助言をしないようにしていた。
そのときは大抵、心の部分を育てるときだったと思う。
「うん。友達、なる」
「…紅白ちゃん!」
初めて、心から仲が良くなった相手だった。エレノアやセシリア、五人のランクAの中で最後に入ってきたクロノとも、それからすぐに仲良くなった。
紅白ちゃんがもし、アタシを断っていたら、今のアタシはいない。
それくらい、アタシの中では軸になっている存在なのだ。
だからこそ、《トール》は諦めたくなかった。
《オーディン》としての彼女も、紅白ちゃんとしての彼女も。
地上へ繋がる穴から、あの《ロキ》の声が聞こえてきた。
「まさか、本当に…!」
脳裏によぎったのは、《オーディン》がやられたこと。
早鐘を打つ心臓を腕で隠し、《トール》は自身の死を覚悟した。
だが、落ちてきた《ロキ》は穴の上を向いたまま、背中に新たな装置をつけて放水路内を進んでいった。
「逃げてる…? なら…!」
続いて降ってきた、いや、舞い降りてきた天使のような存在は、黒のロングコートに身を包んだ白髪の少女。
《トール》の心の支えでもある、ただ一人の憧れの戦士。
名前を呼びたかった。だけど、今は作戦中。
だから、今はこれで我慢だ。
「《オーディン》!」




