chapter3 ~mission start~
Scene4/8
これまで以上の盛り上がりを見せた会議室は、数分後にはいつもの静かな部屋となっていた。
人も物を撤収して、今は私とクロノ、ライだけが残っている。
「紅白ちゃ……じゃなくて、《オーディン》。大丈夫?」
「うん。みんなの熱気がいつも以上に強くて、ちょっと驚いた」
「まあね。あの子たちもボスの考えに賛同して加入した人たちだし、本当の意味で平和維持なわけだからね」
秘匿平和維持組織『ピースメーカー』。
私を含めて、彼ら彼女らは元々、親や土地を失った人だ。それを彼が拾ってくれた。
これ以上、同じ境遇の子供を生み出さないために、私たちは悪と戦っている。
人々から目につかないところで、誰からも称賛されることもなく。
「あ、そうだ。二人にはこれを」
「なにこれ」
「なんだ、イヤホンか?」
クロノが渡してきたのはクの字型のアイテムで、時々、先が光っている。
「通信機だよ。昨日の夜にようやく調整が終わってね。電子モニターも表示できるようにしておいたから、連絡はそれから出すよ」
「…?」
「サンキュー。っていうか、タイミングバッチリだな」
「大急ぎで調整したからね。間に合わなかったら調整してた意味がないし」
クロノは私がどうすればいいのか分からないのを察知して、それを私の耳に付けてくれた。
「これでいいの?」
「うん。完璧だよ」
耳の上から裏へ、そして顎で固定して口の前まで伸びるこの機械は、以外にも付けていても違和感がないくらい軽かった。
「耐水性もバッチリだし、事前に通信はできることも確認済み。二人とも、がんばってね」
「うん。《ノルン》も指示は任せる」
「ああ! …っと。そろそろ作戦の時間だ。遅れる前に行くよ、《オーディン》」
「うん。《トール》も気をつけて」
「心配無用っ!」
ライと一緒に途中まで行くことになり、道中でクロノに位置情報の共有や、ライと作戦の細かな確認を行った。
彼がくれた服は防水仕様で、フードを被ればそこまで濡れないから、すごく便利。
「んじゃ、アタシがアイツを引き寄せるから、そのときまで待っててね」
「うん。《トール》ができる人なのは知ってる」
「嬉しいこと言うじゃん」
「がんばってね」
「ああ。任せろ」
『《オーディン》、《トール》。準備はいい?』
「うん!」
「いつでも」
『……作戦、開始!』
それから四時間ほど経った。
最後の会話を思い出しながら、一人で公園のステージの陰に身を潜め続けていた。
《ノルン》から送られてくる情報では、二人が戦っているのか、位置情報がすぐ近くで反応している。
少しずつではあるが、二人の位置情報が私の近くに寄ってきているのがわかる。
雨の当たらない陰から出る準備の最後の確認で、《G17》と《SRM+》のリロードのチェックを行い、両方ともセーフティーを解除する。
『《オーディン》、準備は?』
「いつでも行ける」
『《オーディン》、スタンバイ……』
「ん…!」
姿勢を低く、いつでも飛び出せるように利き足は後ろへ。
《トール》の攻撃が見えたら飛び出す。
『――10、9、……』
私は薄暗い雨雲を背景に、二人が来るであろう方を見張る。
『……3、2、1、今!』
「っ…ぁ!?」
そのとき私の目が捉えたのは、四時間前に会話をした《トール》が、力負けして吹き飛ばされていたところだった。
――3時間ほど前のこと。
「さて、リベンジマッチといこうか」
「リベンジねぇ。どちらかと言えば、ワタシの方がするべきなんだけど」
昨日見た《ロキ》とは違い、左腕を違うものに換装し、怪我の手当ても済ませている、完全な状態。
自身が機械ということを隠すつもりがないらしく、片腕と片脚は完全に金属でできていて、その他機械の場所でも金属が露出している。
《ロキ》の奇妙な笑い声と共に、戦闘は始まった。
《トール》は何もないところから《M202閃》を召喚し、『発射口』を《ロキ》に向ける。
ハンマーの叩く部分が開き、四つの穴がそこにはあった。
「吹き飛べ!」
射出された1本の円柱形の弾。昨日使った弾とは違い、外側には火気厳禁のマークが貼られている。
「アハハッ!」
《ロキ》は機械の腕を変形させ、まるで銃のような武器腕に形状を変える。
《ロキ》の武器腕の射撃が《M202閃》が放った弾に命中すると、その地点ではとてつもない爆発が起きた。
『《トール》、進行ルートを表示した。このまま江戸川沿いを上流側へ』
「了解だっ!」
《トール》は北上を開始し、《ロキ》を誘う。たまに《ロキ》を東京湾方面に弾き飛ばしてルートを戻ることを挟みながら。
「おらっ!」
「アナタ、本当にっ…!」
「馬鹿力だってか!?」
「フフ……わかってるんじゃない」
「力が無きゃ、こんなもん振り回せねぇよ!」
《M202閃》で凪払い、《ロキ》と距離を作った《トール》。
《ノルン》が示した目的地までの道のりはまだまだ遠く、ルートの三分の一程度しか進んでいない。
「お疲れのようね」
「うるせー、ケツデカ女」
「!?」
たまたま口走った一言が、《ロキ》を怒らせる引き金となった。
「あ、アナタ…! ワタシのことを…!」
「なんだ、気にしてたのか。サイボーグのくせに」
「ワタシだって、女なのよッ!」
急接近する《ロキ》を《M202閃》で受け止め、そのからだを蹴り飛ばす。
「へぇ、コンプレックスだったのか」
「うるさいッ! アナタだけは絶対に許さない!」
雨の中、二人の戦闘は過激なものになっていく。
《トール》が着けている防弾ベストには、既に何発もの銃弾が命中した痕が残っていて、対する《ロキ》には目立った外傷は見られない。
「はぁ、はぁ…!」
「煽った割にはその程度なのかしら? 甘いわね」
「ハッ、まだまだ行けるが?」
「なら、見せてみなさい。アナタの実力を」
立ち止まった《トール》に、強いオーラが現れていく。
空には雷雲が集まり、さらに暗くなっていく。
《トール》は目を閉じ、《M202閃》を天へ掲げる。
「帯電――」
《ロキ》は静止したままの《トール》へ射撃する。
だが、その弾全ては天から《M202閃》へと降り注ぐ雷に阻まれた。
《トール》の発する熱が周囲を温め、《トール》の周りでは水蒸気が発生し始めた。
「――完了」
《ロキ》が瞬きをする間に、《トール》は《ロキ》のすぐ目の前に。
「…なッ!」
《ロキ》が反応できたそのときには、《ロキ》のからだは地面に触れてはいなかった。
まさに神速。
雷のようにスローモーションではないと確認できないような動きで、《ロキ》を打ち上げ、空中でさらに追撃。何発も何発もわざと人間の部分を狙って打ち付け、《トール》は《M202閃》の蓋を開ける。
「終わりだ」
《M202閃》から放たれた弾は、真っ直ぐ、雷が作る残像を残しながら対象へと命中し、東京の曇り空を少し抉った。
《トール》は三発目となる弾を地上へ打ち、地上へ戻る。
「移動弾は便利で助かるな」
『《トール》、《ロキ》が離れて行ってる!』
「…はっ?」
《ノルン》の忠告により上空を見ると、《ロキ》が目的地とは違う方向へ流れていくのが見えた。
消費して空弾になっているところを転移で閃光焼夷弾と移動弾二つに換装し、すぐさま《ロキ》に向かって移動弾を放つ。
「よぉ」
「…!?」
《ロキ》の背後から、《M202閃》を打ち付ける。《ロキ》へ《M202閃》に帯電していた電気が流れ、《ロキ》は抵抗なく目的地に移動方向を変えて落ちていく。
《トール》は電力を消費しきったため、《M202閃》を足場に跳躍する。すぐさま《M202閃》を帰還させ、《ロキ》へと近づく。
不気味に笑った《ロキ》に気付かず、《トール》は高度を下げていく。
《ロキ》に攻撃が当てられるところまで近づいた《トール》が《M202閃》を打ち下ろす構えをして、《M202閃》を召喚しようとしたそのとき、《ロキ》が動いた。
《ロキ》が先日パージした脚が変形し、三つの爪をもつクローになり、《トール》を捕まえる。
《ロキ》はからだをひねって《トール》をそのまま下に投げつける。
《M202閃》を召喚し損ねた《トール》は下にあった公園に落ちていく。
「だから甘いのよ」
《ロキ》は《トール》をクローにしていない方の脚で蹴り落とし、《トール》の高度を下げる。
そして、《ロキ》はもう一度に近づき、狙いは公園の大きな長方形マンホールに向け、二度目の蹴りでそこに叩き落とす。
東京都心地下放水路。
近年できた、水害時に河川を氾濫させないよう、他の河川へと水を流す貯水槽としても活躍している場所。
そこに、《トール》は叩き落とされたのだ。
幸いにも、《M202閃》の移動弾で着地はできたが、体の節々が悲鳴をあげている。
「……やらかしたなぁ」
『《トール》、無事!?』
「ああ。公園の下に落とされたが、一応無事だ。すぐに地上に戻る」
『それは大丈夫。《オーディン》にそこに落とすように指示するから』
「おい、待て! 《オーディン》にそんな力は…!」
『できるよ。《オーディン》なら』
「……(勝てよ、《オーディン》)。負けるなよ…!」
《トール》は祈るように、仲間を穴の中で待った。




