prologue ~code name《Odin》~
Scene1/8
「ハァ、ハァ…!」
息を整える。
この扉の先には、私が望んでいる未来がある。
日本国暫定首都・東京のとある建物、人が居住できる中で最も高い建物の最上階。大きな電波塔が2本も見えるこの場所に私はいる。
手に持った私の相棒、もとはグロック17という拳銃だったもので、扱いやすいように軽量化した《G17》の残弾は2発。腰に装備したままの《奥の手》はまだ一度も使っていないから、残りは《G17》の2発と《奥の手》だけ。
「ふぅ……」
仲間という犠牲を払い、私たちはこの戦いを続けてきた。
その戦いに終止符を打つため、私は《G17》の引き金に指をかけ、扉に寄り添う。
覚悟を決めて、扉に体当たりをして部屋に突入する。
大きな音を立ててこじ開けられた扉はフレームから外れ、床へと音を立てて倒れた。
それと同時に、私は《G17》を彼女へと撃っていた。
扉から離れた場所で、一人の女が私を見ている。
彼女こそ、私たちが行っている作戦の目標。私たちは彼女を《ロキ》と勝手に呼んでいる。
その《ロキ》は、腹部から血を流しているのにも関わらず、嬉しそうに私を見る。
「アハハッ!」
「くっ!」
彼女に、私は《G17》の最後の弾を放つ。
緊張からだろうか、2発目は彼女の右肩を掠めただけで、致命傷にはならなかった。
パシンと展望台のように横に大きく広がる窓に指が入るくらいの穴を空け、銃弾は夜の闇に消えた。
「殺さないのね?」
「…今すぐ宣戦を取り下げるなら、殺しはしない」
私は、どうして彼女に口を利いてしまったのだろう。
話すことにリソースを持っていかれることを知っていて尚、その間違いをしたのだろう。
「無理ね。ワタシは渾沌を望んでいるもの」
私は彼女に弾の入っていない《G17》を向け、引き金にまだ指をかけている。
扉をぶち破ったのが悪かったのか、私は入ってきたときから、左手を床に支えとして使っていた。
この体勢では、《奥の手》を取るときにラグが生まれる。
「ねぇ、本当の戦いって、見たくない?」
「……。」
「アナタほどの実力者が戦いの中心になってくれるなら、面白い戦いが見られそうだと思うのだけど」
「私は――」
好機と判断し、私は《G17》を彼女に向けたまま、その場で立ち上がる。
これで左手が空いた。
「あなたの思い通りにはならない」
「あぁ、そう。なら――」
私は見たことがなかった。
半身が機械でできた人間を。
腕が変形して、完全に機械の部分が露出することを。
だから、驚いて対応が遅れた。
「遊びはおしまいよ」
「がっ……ぅ」
サイボーグ。人間のかたちをした機械を体の一部もしくは全てに埋め込んだ、半身人間半身機械。
彼女は私に急接近すると、機械でできた左腕たった1本で私の首を掴み、そのまま私を持ち上げ振り回す。
平衡感覚を失い、視界がぐらぐらする。
変形した腕は普通の人間よりリーチが長く、私が彼女に物理的に対応するのは不可能だと示している。
「ワタシと同じように改造すれば、アナタも従ってくれるかしら?」
うまく力が入らず、右手に持っていた《G17》を床に落としてしまう。
「…!」
《G17》が床に落ちた音が部屋に響き、彼女は笑みを作る。
振り回しが止まり、腕の長さが元に戻る。
私は彼女に反撃するチャンスがあったが、彼女の追撃の方が一歩早かった。そう、彼女の人の右腕には拳が作られていた。
抵抗できない私のお腹に拳が放たれ、口の中にまで胃液が逆流してくる。
酸っぱいような苦いような味が広がり、ただでさえ窒息しかけで気分が悪かったのに、さらに状態が悪化する。
「自分を改造するのは大変だけど、他人にするのは案外簡単よ?」
「っぁ…!」
ぼんやりする意識の中、彼女が私の首を絞める力が強くなり、息を吸うこともできなくなる。
「――まだ戦いは終わっていないよ。」
その声が私を動かした。いつも私を支えてくれる、顔も分からない男の人。
一発の発砲音と共に、私の首を絞めていた彼女の手が外れた。
私は彼女から距離を取る。対して、彼女は私のバレルが銀色に輝く《奥の手》を見た後、興味を失って自身の機械の腕の様子を確認する。
「けほっ、けほっ…!」
「あらら。腕が壊れるところだったわ」
涙で視界が歪んでいたが、それはさっと拭い取り、左手にもった《奥の手》を右手に持ち替える。
私の《奥の手》、《SRM+》。リボルバー式の拳銃で、たった7発の特殊弾しか入らない私だけの《奥の手》。
「……あら?」
「…?」
「自己修復ができないわ。故障かしら」
私は今しかないと思い、再び引き金を引く。
目の前での射撃は彼女にも見えていたらしく、弾を弾こうと動かした。
だが、《SRM+》の銃弾は彼女の弾を弾くために動かした機械の左の掌を貫き、そのまま左肩に着弾。
肩は貫通しなかったが、彼女の左腕がだらりと力が抜けたように下がる。
「なるほど、分が悪いわ」
そう言った彼女は自身の左腕を外し、それを窓際で振り回した。
かなりの質量だったのだろう。バリバリと大きな音を立てて大きな窓が割れていく。
私は割れた窓のガラス片が目に入らないように腕でガードし、さらに目を細めてしまう。
一方、彼女はそれをものともせずに、左腕を部屋に投げ込み、私と機械の左腕だけを部屋に残して飛び降りた。
「今日はアナタの勝ちよ」
その言葉を残して。
私も急いで彼女を見るが、夜の街では光の届かないところは全く見えない。
「逃がした……」
流石にこのタワーマンションから飛ぶのは危険だと判断し、私は彼女を追うことを諦めて部屋へと戻る。
落としていた《G17》を拾い、彼女が置いていった腕を少し離れた位置から観察する。
すると、そこで通信が来た。
《ノルン》という、作戦を出したり、敵の情報を出したりする女の子。
組織の中で一番高いランク、ランクAという五人しかいないうちの一人でもある。
一応、私もランクAなんだけど、戦いしかできないから、他の四人より劣ると思う。
『大丈夫、《オーディン》?』
「逃げられた」
『《G17》の16発目の位置が弾の軌道で動いていないから、一応まだ追えてる』
「分かった。追う」
立ち上がり、彼女が逃げた方向を見るが、やはりそこには夜の空と、東京を代表する二つの電波塔があり、その下には家々やビル、奥に海が見えるだけで、肝心の彼女は見えるはずがない。
『待って《オーディン》』
「どうして?」
『ここは《トール》に任せよう。《オーディン》は一度休んで』
「《ノルン》がそう言うなら休む」
電話越しに安心したような《ノルン》の息を吐く音が聞こえ、私もなんだか気が抜けてしまう。
「《ノルン》、彼女の左腕を手に入れた」
『へ? 切り落としたの?』
驚いた声が返ってきて、私は彼女の左腕について説明する。
「――そういうわけで、彼女は半身だけサイボーグだった」
『なるほど。ますます《ロキ》は危険人物に近づきつつあるんだね』
「それで、この腕はどうする?」
『ボクたちの仲間に回収させるよ。もうランクBのメンバー数人に連絡は入れておいたから、すぐに来るよ』
「ありがとう《ノルン》」
『《オーディン》こそ。お疲れ様。回収が始まったら戻ってきて』
「うん。じゃあ、もう切るね」
『うん。帰りも気をつけて』
電話を切ると、扉のない出入口からランクBの職員さんが4人入ってきて、回収を始めた。
私はランクBの職員さんに「よろしくお願いします」と挨拶をして、先に部屋を出た。
帰る道中も何人かのランクBの職員さんにも会ったけれど、組織外の人物に聞かれるのは良くないと教えられているから、私はなに知らぬ顔で帰宅ルートを少し遠回りして拠点に戻った。




