08話:Liiight Up!!!
その後も練習を続けましたが、状況は芳しくありませんでした。
サーバー内では数十時間が経過。なんとかBメロまで撮り終えることはできましたが、全員の疲労がピークに達そうとしています。
「ふぅ……久しぶりに踊ると楽しいですが、キツさも結構ありますね……」
「ですねっ……! あとはサビと、間奏部分ですかね……」
「間奏長いんですよねえ、この曲……」
私のサポートもしていただいているせいで、普段のお二人であればしないミスも増えてきてしまっています。申し訳なさで胸が張り裂けそうですが、やると決めた以上はやり切らなくてはなりません。
「澪さん、恋詠さん、お疲れ様です。軽くAメロBメロの映像を繋いでみましたが、違和感なく見せられそうです」
「ほんとですか!? 良かったです!」
「もう少しだけ繋ぎ部分を調整しますので、お二人は休憩に入ってください」
「え、でも、先に撮影しちゃった方が……」
「それに休んでる場合ではないと思うのですが?」
「……お二人にはかなり負荷をかけてしまいました。ここで休んでいただいた方が、次のパフォーマンスのためにもなると思っています。ですので……」
「……なるほど。このあとの時間を<1/3倍速>から更に遅い倍速にするのですね?」
「はい……なかなか思ったようなパフォーマンスが出せず、時間もかかってしまい申し訳ありません。テクスチャが剥がれるリスクはありますが、今は少しでも時間を稼ぐことを優先させてください」
そして<1/4倍速>に変更して更に数時間撮影を続けましたが、事態は悪化する一方。休憩を挟んでも体力は回復せず、笑顔も作り物になりつつあります。そして……
「あっ……!」
ウィンクと同時にパキッという音を立て、目のテクスチャが剥がれ落ちました。なんと情けない涙でしょう。あかりの笑顔を維持できない自分への苛立ちで、剥き出しになった偽物の瞳が潤みます。
「蒔さん、その目……!」
「くっ……すみません、少し中断させてください」
「怪我はしていませんか?」
「それは大丈夫です。ただ、修復に少し時間がかかりますので、その間は休憩していただけると」
「……蒔さん、こんなことを言うのは心苦しいのですが、このままだと多分納期に間に合いません」
……はい、恋詠さんの言う通りです。実はもう納期が差し迫っていました。
「分かっています。なのでいっそ<1/5倍速>に……」
「それだと今以上にテクスチャが剥がれてしまいます。せめてアングルを変えませんか?」
「アングルですか……」
「今回の要望は公式準拠のアングルとのことですが、それ故にあかりさんを抜いたシーンが多く、蒔さんの負担も大きくなっています」
「だから、このあとの分だけでもアングルを変えて、わたしと恋詠さんにフォーカスできないかなって……!」
「撮り終えてる分との整合性を取るのは難しいでしょうけど、大きな違和感はないと思います」
お二人の提案は理に適っています。ここから取れる手段は、これぐらいしかないでしょう。けど……。
「蒔さん。公式準拠じゃないことに怒る人、失望する人も出るでしょう。そこへの不甲斐なさは消えません。ですが公式さんがデータを失っていなければ、こんなことにならなかったのも事実です」
「今までのアングルと違う件も、きっとお知らせを出さずにしれっとリリースしちゃうと思うんです。どうせバレないだろって。もし仮にアングル違いの件で炎上したとしても、沈黙を貫いて終わらせちゃいます。自分たちの不手際に一切触れることなく……。こんな人たちのために、これ以上できることはもうないですよ……!」
「分かっています……分かってはいるのです……でも……」
悔しさで顔が歪み、更にテクスチャが剥がれます。既に右半分は私自身の顔になっていました。
「それでも、私は諦めたくないのです。アングルを変えるのが良いと頭では分かっていても、心は納得していないのです。たとえ公式の内部で問題があったとしても、それはプレイヤーさんたちには一切関係ありません……! 『Liiight Up!!!』は、私たちが3Dになるずっと前からプレイヤーさんたちに聴いてもらっていた曲です。長年聴いてもらって、それが3DMVになったときの感動、観てくれた人たちの輝くような笑顔、そしてファイナルライブで響かせてくれたコール……。様々な感情と想い出が、この曲には託されています。100人いたら100人の歴史が詰まっているのです……!」
「蒔さん……」
「このライブ映像はメモリアルムービーで使われます。私たち『きらミネ』の歩みにプレイヤーさんたちが、その時々の感動を投影して、追体験してくれながら観てくれるのです……! ただただ私たちの都合でそれを傷つけるようなことは絶対に……絶対にあってはならないのです!」
「じゃあ、そんな半分だけの顔でセンター張ってちゃダメね!」
憎まれ口と共に、ステージの扉から本物のセンターが歩いてきました。
「……あかり!」
「「あかりさん!」」
あかりは申し訳なさそうな、照れくさそうな顔でこちらに近付きます。
「蒔ちゃん、澪、恋詠……ごめんなさい……」
そんなあかりに私は駆け寄って、
――パーン!
「ったあ! アイドルの顔叩くマネージャーがいる!? 痕になったらどうすんのよ!」
「んなもんメイクでどうとでもできるでしょう! 来るのが遅すぎます!」
「それは、本当にごめん……」
項垂れて、反省の弁を続けます。
「メモリアルムービーの話を聞いたとき、正直どうでもいいと思った。需要に応えられなかったから終わったゲームだし、わざわざ撮り直す必要性も感じなかった。けど……、蒔ちゃんに『一般人に戻った』って言われて、ずっとモヤモヤしてた」
良かった、あの時の大声はきちんと届いていたようです。
「言っておくけど、私はアイドルを辞めようと思ったことなんて一度もない。どれだけ過酷なレッスンがあっても、プレイヤーさんの笑顔を見るだけで、声援を聞くだけで、また明日も頑張ろうって思うの。もらった以上のものを返したいって思うの。だって、それが私が憧れたアイドルだったから! 最後にもう一度、そんなアイドルになれる機会があるなら……。機会を奪った奴らからもう一度与えられるのは癪だけど、でも、それでも、やっぱり私はアイドルでいたい! 観てくれてる人のその時間が一瞬でも輝くような、そんなアイドルでいたいの!!」
自宅で自堕落な生活を送っていた頃とは比べ物にならないくらい、良い顔をしています。私があかりの代打を務める必要はもうないでしょう。
「久しぶりですね、アイドルのあかり。『Re-Boot Glitter』のセンターは任せましたよ」
「ほんと、一言余計なんだから。あ、あと、レジェンドの名言を下手なモジりしないでよ、フツーに失礼だからね」
はいはいと軽く手を振って、そのまま澪さん、恋詠さんの方へ行くよう背中を押します。
「澪、恋詠。改めてごめんなさい。最後に我が儘を聞いてもらえるなら……もう一度一緒にアイドルやってくれますか?」
「あかりさんっ……!」
「まったく、センターって言うのはいっつも良いところを持っていくんですから」
そして笑い合う『Re-Boot Glitter』の面々。その懐かしさに私も目頭が熱くなりました。きっと全盛期に劣らないパフォーマンスを見せてくれることでしょう。
「それでは皆さん。時間は本当に残りわずかです。3人で合わせるのも久しぶりだと思いますが、どうしますか?」
「澪と恋詠は、もうウォーミングアップできてるでしょ?」
「それはもう。誰かさんを待ってる間にあたたまりきってます」
「蒔さんへの指導で慣れたので、センターを代わってあげても良いですよ~!」
「冗談。センターは誰にも渡さないよ。この3人ならではのパフォーマンスで、データなくした奴らの度肝を抜いてやろう。そしてプレイヤーさんたちに、正真正銘最後の感動を届けよう!」
「ええ!」
「はい!」
「蒔ちゃん! 一発でキメるから観てて!」
サムズアップで返すと、3人が軽く頷き合って、
「「「こんにちは! 『Re-Boot Glitter』です!」」」
「「「最後の曲、聴いてください!」」」
周りを明るく照らすような、眩い笑顔でライブを始めるのでした。
「「「『Liiight Up!!!』」」」




