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サ終済みソシャゲアイドルたちは、もうライブなんてしたくない!  作者: 空清水紗織
第01章:もうライブなんてしたくない!
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06話:浪漫図書室

 人のいない学園は静かですが、図書室はそれに輪をかけて静謐な空間となっていました。その図書室の奥の方、日が差し込む窓際の席に、凛と咲いた花のような気品溢れる女性が座っています。腰まで伸びた黒髪は淡い光でより一層、その黒さが際立っていました。『Re-Boot Glitter』の1人、学園3年生の夜乃やの 恋詠こよみさんは、まさに大和撫子と言って差し支えないでしょう。何か書き物をしているようですが、ペンを口元に当てて考えている仕草にすら目を奪われてしまいます。

 席に近付き、話しかけようとしますが――。


「恋詠さ……」

「シーッ。ここは図書室ですよ。私語厳禁です」


 恋詠さんの人差し指を私の唇に当てられてしまいます。ナチュラルにこんな芸当ができるアイドルを養成していたのですね、この学園は……。なんて素晴らしい場所なのでしょう。


「す、すみません……」

「……フフッ。なんちゃって。ここには私たちだけですから、気にする必要はないですよ。委員長権限で許します。ごきげんよう、蒔さん、澪さん。お久しぶりですね」


 椅子から立ち上がった恋詠さんは、良いところのお嬢様のような振る舞いで私たちにお辞儀をします。それでいて茶目っ気もあるのですから敵いません。


「お久しぶりですね、恋詠さん」

「恋詠さん、お久しぶりです! 元気でしたか?」

「はい、お陰様で元気でしたよ。図書室でのんびり過ごすなんてこと、ゲーム運営期間中はなかなかできませんでしたからね。あの頃とはまた違った意味で、充実した日々を過ごせています」

「けど……読書してるって感じじゃない……ですよね?」


 澪さんがそう指摘するので恋詠さんの机を見てみますと、確かに本は置いておらず、ノートとペンだけがそこにありました。


「ええ、ここにある本は読み終えてしまいました」

「ぜ、全部ですか……?」

「はい。ですので、今は小説を書いているんです」


 恋詠さんはそう言うと、うっとりとした表情で続けます。


「アイドル活動時代は、プレイヤーさん方からいただく応援の熱を糧に、その応援への感謝をライブなどのパフォーマンスで表現することができていました。……いいえ、感謝だけではありませんね。たくさんの方に観ていただける喜び、興奮といった私の内面。それに加えて、『お変わりないですか』『無理しないでくださいね』といった、プレイヤーさん方へのメッセージ。そして、それを受け取った方から更にお返事の応援をいただく……。この双方向の表現が私を突き動かしてくれました」

「恋詠さん、人一倍ファンサ頑張ってましたもんね」


 澪さんの相槌に、にこりと微笑んで恋詠さんが続けます。


「本当にかけがえのない日々でした。ですが、あの頃のように表現する場が今はありません。サービスが終了しているのですから当然ですね。それでも私の表現欲求は収まりませんでした。双方向は叶わずとも、私の想いを表現すること自体は1人でもできます。その熱を今は……」

「……小説に込めている」

「はい。頭の中の世界を文字に起こす……なんて浪漫溢れる営みなのでしょう。プレイヤーさんに届くことがないとしても、いつか来る終わりの日まで、私のすべてを書き綴ろうと思っているのです」


 机の上のノートを胸に抱きあげて、慈しむような表情を浮かべます。その柔らかな気配の中に計り知れないほどの情熱が秘められていることを、改めて思い知りました。その情熱を利用するようで気が引けますが、マネージャーとしてしっかり頼まねばなりません。


「……もし、その表現の場が最後にもう一度もらえるとしたら、どうですか?」

「……と言いますと?」


 澪さんにもお話した内容を、恋詠さんにもお伝えしました。


「なるほど、事情は理解しました。納期はいつですか?」

「明日の今頃です」

「時間ないけど頑張ろうね、恋詠さん!」

「いえ、お断りします」

「ありがと……え?」


 呆気にとられた澪さんと、微笑みを崩さない恋詠さん。断られる可能性もなくはないと思っていましたが、こうもあっさりと拒否されるとは……。


「あかりさんのお気持ちは分かりますが、そういった理由で断るのはまだまだお子様ですね」

「ということは、恋詠さんは違うのですか?」

「私は残りの時間を小説に充てたいのです」

「今書いてるという……」


 恋詠さんは抱いていたノートを更に強く胸に引き寄せ、


「私はもうファイナルライブで全てを出し切りました。アイドル人生に未練はありません。それよりも今は、新しい表現に時間を割いていたいのです。それに……」


 スッと目線が鋭くなりました。


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「え、蒔さんが……!?」


 流石恋詠さんです。核心を突いてきました。


「澪さんも身に染みて分かっているでしょうが、一度ヘソを曲げたあかりさんの説得は、マネージャーで幼なじみの蒔さんをもってしても困難です。納期が明日となるとなおさらでしょう。となると、代わりは蒔さんしかいません」

「で、でも、蒔さんがライブしたところで、それをあかりさんだと錯覚させるなんてこと……」

「<センター引いたら俺らマネージャーだった件>、覚えてますか?」

「え、あのトンチンカンな不具合……、あっそうか……!」


 私は軽く頷き、


「はい。私の身体は、あかりの身体をコピペして作られています」

「元々蒔さんの3Dモデルは作らない予定だったのよね。それが急遽必要になって、あかりさんの身体のコピペで済ませた。ほんと、手を抜くことだけは一流になったわよね、あの会社……」

「マネージャーということもあって、私の身長やスリーサイズは非公表という名の未設定でしたし、イラストで全身を描かれることがほとんどなかったのも幸いでした。顔のデータだけ差し替えてできたのが私なので、あかりとの互換性があります。着られない衣装はないでしょう。それに、あの不具合のおかげで顔データの差し替え方法は把握できています。これを利用すればあかりとしてライブに臨めるはずです」

「見た目の問題の解消法は理解しました。ただ、実際に歌って踊れるかは別問題ですよね。これはどのように解消するつもりですか?」

「タイムエディット機能を使います」

「何倍速ですか?」

「……<1/3倍速>の想定です」


 タイムエディット機能はデバッグツールの1つです。現実世界のデバッカーさんは、日付移動や速度変更を行うことがあります。

 例えば11月中に12月25日のクリスマス施策を確認したいときなどは日付移動を使います。

 速度変更は時間の流れる速さを変更できる機能で、ライブ中の細かい振り付けの正誤判定や、衣装の揺れの確認をしたいときなどに活用します。


 そしてサーバー内の私たちも、こっそりとこの機能を活用していました。主にライブの練習が間に合わないときなどですね。<1/3倍速>を使うと、サーバー内での時間を、現実世界の3倍に引き延ばすことができます。つまり、現実世界では1時間しか経っていないとしても、サーバー内の私たちは体感として3時間分の時間を過ごしたことにできるのです。

 なお、最大で<1/10倍速>まで引き延ばせますが、そうするということは何もかもが間に合っていないデスマーチ状態なので、皆さんのメンタル管理をする私のメンタルも終わり散らかしていました。今後炎上案件には関わらないと心に誓ったものです。……今言ったところで説得力ありませんが。


「<1/3倍速>ですか。その根拠は?」

「まず、澪さん、恋詠さんであれば、ブランクがあっても2日分の時間で充分感覚を取り戻せると踏んでいます」

「まあ、そうね。1日でも良いかもしれないわ」

「そしてご存知かもしれませんが、速度変更はこの世界、サーバーへの負荷が高まります。その負荷は<1/2倍速>よりも<1/3倍速>、<1/3倍速>よりも<1/4倍速>というように上がっていきます」

「負荷が高いと、衣装やステージの破損確率も高くなって、パフォーマンスにも影響が出るわね」

「先ほどは顔データの差し替えと言いましたが、実際にはテクスチャの貼り付けです。サーバーへの負荷が高ければ高いほど、練習中やライブ中にテクスチャが剥がれる確率も高くなります。計算上<1/3倍速>がギリギリのラインです。もう<1/10倍速>の悲劇は起こせません」

「<1/3倍速>で作った時間だけで、あかりさんと同じように踊れると思っているの?」


 恋詠さんの眉が更に険しくなります。下手な回答はできません。


「……私はマネージャーです。皆さんのように歌や踊りの練習をしてきたわけではありません。むしろ、その練習の過酷さを誰よりも傍で見てきたと思います。<1/10倍速>で練習したとしても皆さんに追いつけるとは考えていません。それに、あかりが15年かけて積み上げてきた、指先の角度一つにまで宿るアイドルとしての魂を、私の拙い動きで上書きしてしまう……。それはプレイヤーさんに対する裏切りであり、あかりへの冒涜です。正直言うと吐き気がするほど怖いです。……それでも、『Re-Boot Glitter』としてのパフォーマンスが求められていて、稼働可能なメンバーが限られている中での最適解は、今考えている案であると判断しました」


 一息ついて、更に続けます。


「『Liiight Up!!!』の歌詞や振り付けはもちろん、カメラワークや照明位置も全て頭に入っています。あかりの表情の癖も把握しています。あとは私が適切にアウトプットをすれば……。このアウトプットが一番難しいというのも重々承知しています。ですが、ありがたいことに私は何でもできるマネージャーとして設計されました。素体もあかりと同じです。踊った経験はありませんが、3日分の練習時間をいただければ、最低限求められているクオリティにまで持っていけると考えています。……いえ、必ず持っていきます」


 図書室を再び沈黙が包みます。それを破ってくれたのは、最初にライブに賛同してくれた澪さんでした。


「わ、わたしは賛成です……! 軽い気持ちで言っているわけじゃないのは伝わってきましたし、あかりさんがいないのは残念ですが、もう一度『Re-Boot Glitter』としてライブできるならやりたいです……! もし未練がないと言うのなら、せめて私の我が儘に付き合ってほしいです、恋詠さん!」

「……フフッ、澪さんは本当にお人好しですね」


 恋詠さんはふう、と小さく溜め息を吐くと、抱えていたノートを机に戻しました。少しだけ険しさが和らいだ瞳が、私に向けられます。


「蒔さん。交渉しませんか?」

「交渉、ですか?」

「ええ。今の私にとって大切なのは執筆時間です。なので、ライブに協力する代わりに、時間を増やしていただけないかなと」

「……なるほど。何倍速が良いですか?」

「あればあるだけ良いので、<1/10倍速>でお願いします。サーバー負荷が高まるのはもちろん知ってますが、紙とペンくらいならそこまで影響受けないでしょう。他の子たちの生活にはもしかしたら支障が出るでしょうが、その場合は蒔さんが宥めてくださいますよね?」


 軽く小首をかしげて、有無を言わさぬ笑顔を見せる恋詠さん。これが15年アイドルをやってきた方の所作なのでしょう。お見事としか言いようがありません。私も腹を括ります。


「……分かりました。ただし、<1/10倍速>にするのはライブ撮影と納品が終わってからです。構いませんね?」

「はい、もちろん。ありがとうございます。やると決めた以上、務めはしっかり果たします。それに……」


 からかうように口角を上げて、


「<1/3倍速>で間に合うだなんて大口叩いたマネージャーがいますから。アイドルの厳しさを教えこまなくてはいけませんね、澪さん」


 いつもの円陣のように、右手を伸ばしてきました。


「ふふっ、そうですね。何でもできるっておっしゃってましたから、きっと撮影も一発OKですね」


 恋詠さんの手に、澪さんの手が重なりました。私も苦笑しつつ手を重ね、宣誓を行います。


「正規メンバーではありませんが、そこに甘んじることなく、プレイヤーさん達の期待に恥じないパフォーマンスになるよう努めます。そして、おそらくこれが『Re-Boot Glitter』、本当に最後のライブです。澪さん、恋詠さん、よろしくお願いします!」


ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きは明日投稿出来たら良いなと思っています。

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