第03章_08話:南半球物語 -Southern Cross-
「……あー、ようやくボイス納品されたよ。ここから納品チェックかぁ……チェックするのだって時間かかるんだぞ……」
日が昇る前の、誰もいない暗いオフィス。
響くのはマウスのクリック音と、自動販売機が発する低音のみ。
「はい。はい。OK。これもOK。これも……」
会議室には雑に放り出された寝袋と、カップ麺のストックの山。
下着が詰まったコンビニ袋は、せめてもの配慮でドアから一番遠い角に置いてあった。
「……ん? ちょっと待て……。え、このボイス、ダメじゃね? うっわぁ、マジかよ! えええ、どうすんだこれ、もう今日の午前中にはストア申請だぞ!?」
慌てふためき、意味もなくチャットツールのチャンネルを行き来する。マウスホイールの音が忙しない。
「再納品依頼……、いやだめだ、収録が間に合うわけがない。あ、ボイスカット! カットすれば何とか聞けるものになるか? ……うーーーん無理だ、不自然すぎる! マジでどうすんだよこれ!?」
頭を抱えながら、モニターの前を何度も往復し、出した結論は――。
「ああもう、AIにやらせよう! 何とかしてくれ! もう無理だ!」
そう言うと、会議室の寝袋に逃げるように潜り込んでいった。
朝日が昇る2時間前の出来事だった。
***
「ふあぁ……。えーと、だから、納品されたボイスがテキストと異なっていて、ボイスの方を採用すると話が繋がらなくて、ボイスカットもできなくて。その他色々検討したけど万策尽きたからAIに投げてきたと……。合ってる?」
「はい、そのようです」
――ピコン。
午前4時のエマージェンシーアラートに叩き起こされて、学園のミーティングルームに集合したのが午前5時。
ここにいるのは私とあかりとマコさん。集合に1時間かかったのは、意地でも起きないあかりを叩き起こすのに手間取ったからです。そのあかりは椅子を3つ並べて半分寝ていますが、マコさんは素早く話を理解してくれました。
「実際、ボイスが異なっている場合はどうするのがセオリーなのでしょう?」
「まあ、まずはNGボイスの中に正しく読めてるものがないかは確認するかしら。ただ、NGボイスを取っておいてくれるところばかりじゃないと思うけど。その次は普通に再収録依頼をするわね」
「では、そんなことをしている暇がないときは?」
「矢作さんが試したボイスカットね。筋としては悪くないわよ」
――ピコン。
私が怪訝な顔をしていると、
「ああ、ボイスカットっていうのはね。んー例えば『大丈夫です』っていうボイスがあったとするわ。ただ、その子はですます調では喋らない子だった。そんなときに『です』だけを上手にカットできれば、再収録もせずに実装できるわ」
「なるほど。今回はそれを試したけど、不自然になってしまったと。となると、もう私たちにできることは……」
「まあまあ、そう焦らなくても平気よ」
――ピコン。
「で、その、さっきから鳴ってるのは矢作さん?」
「ええ、AIに投げて寝ようとしたけど寝られず、AIがずっと考え中になってるのも不安で、5分おきにプロンプトを投げてきてます。……とてもプロンプトとは呼べない泣き言ばかりですが」
「気持ちは分かるけどね。ストア申請用のアプリビルドも必要だし、その前に最終デバッグだって必要。リリース前ってやること多いのよねえ」
「それにアプリビルド前って、確か倍速機能は使用禁止ですよね?」
「ああ、そうね。禁止ってほどでもないけど、ちょっと動作不安定になるし、データの整合性保っておきたいから、やらないのが無難かな。ってことを考えると、現実世界でもアタシたちの世界でも、もうあと1時間もないくらいね」
――ピコン、ピコン、ピコン。
「……ねえ、それ、うるさいから切ってもらえる?」
「了解です。あわせて塩対応しておきます」
「ふふっ、良いわね。その分、絶対何とかするから」
通知をオフにして、改めて今回の収録ミスが出たテキストを振り返ります。
「あかりのカードを成長させると読める、私との会話劇ですね」
「5周年記念の思い出話をしてるんだっけ?」
「はい。5周年記念のアニメ劇場版公開にあわせて、MV撮影のために海外ロケに行ったという設定ですね。テキストはこちらです」
~~~~~
『ふぅ、なんだか怒涛の忙しさだったね、蒔ちゃん』
『海外ロケ以来の慌ただしさでしたね……』
『ふふふっ。5周年記念のMV、オーストラリアで撮ったよね、懐かしいなあ』
『タイトなスケジュールなのに、あかりがコアラ見たいと駄々こね始めたときは、どうしようかと思いましたよ』
『だって、海もほとんど入れなかったし、全然観光っぽくなかったんだもん』
『観光ではなく撮影ですから』
『そうだけどさ。でも夜の撮影でサザンクロス見えたのは嬉しかったよね!』
『ええ、あれは本当に綺麗でした』
『蒔ちゃん、また一緒に行こうね。私、頑張るから!』
『……はい! 一緒に頑張りましょう!』
~~~~~
「かっ~! こうしてテキスト読むと、やっぱあかりって清純派で売ってるのねえ」
「だ、か、ら。明るく清楚なアイドルだって言ってるじゃん」
いつの間にか起きてきたあかりが不満げに抗議します。
「で、どのボイスがミスってたんだっけ?」
「寝てて聞いてなかったのね……。『オーストラリア』が『オーストリア』になってたの」
「凡ミスすぎる……。まずコアラがダメになるね」
「海もダメですね。オーストリアは内陸国です」
「サザンクロスもNG。基本的には南半球で見える星座よ。ヨーロッパじゃ無理ね」
「いや、ほとんど使えないじゃん! ここからどうするの?」
マコさんはニヤッと笑うと、
「まず、蒔さんはボイスが無いから調整し放題ってことを念頭に置きましょ」
「勝手に書き換えて良いの?」
「良いも何も、そうしなきゃいけないんだから、やるしかないわ。話の大筋が変わらなければライターさんだって分かってくれるだろうし」
「まあ、確かにそうよね……」
「それに、何かあったら謝るのは江波Pよ。頭を下げるためにああいう役職はあるんだから」
「マコのそういうドライなとこ、好きよ」
「ありがと。で、まず冒頭はこう直すわ」
こうして、テキストの大改造が始まったのです。




