第02章_06話:ファンサのLesson初級編
握手会は一時中断。控え室に向かおうとしていたあかりを引き止め、今は別室で二人きりです。
「握手会対応、上手ですね。驚きました」
「まあね。一度くらいは握手会やってみたかったし、どういう握手会だと喜んでもらえるんだろうって、何回も頭の中でイメージしてたから。それよりどうしたの、中断なんて」
「莉里さんと巒さんに、握手会のレクチャーをしてほしいのです」
「えー、なんでそんな敵に塩を送るような真似……」
先ほどの握手会の様子を、中継の録画を見せながらあかりに伝えます。
「これではファンの皆様に申し訳ないです」
「いや、そんなこと言ったって、結局は蒔ちゃんが作った模擬人格でしょ?」
「でもあかりは一人一人、ファンのように接してあげてます」
「まあ、そりゃ私だってアイドルだし、やってて楽しいし……」
「その楽しさを、莉里さんと巒さんが知らないままなのは……マネージャーとして見過ごせないのです。いつ終わるか分からない世界で、最初で最後の握手会かもしれません。せっかく開催できたのですから、握手会を良い想い出としてほしいのです」
「……うーん、まあ、気持ちは分からないでもないけど……」
「もし今ここで協力してくれれば、お掃除をサボった罰は帳消しにしてあげますよ」
「……お菓子抜きの件もセットにしてくれれば」
「……仕方ないですね」
「乗った!」
***
あかりと控え室に入ると、莉里さんも巒さんも覇気がありませんでした。上手くいっていない自覚はあるのに、どうすればいいか分からない、というところでしょうか。
「二人ともさぁ、アイドルなんだし、辛気臭い顔してるんじゃないよ」
あかりの軽口にも反応がありません。
「ありゃ、これは重症だねえ……」
「……莉里、自分がこんなにお喋りするの下手だったなんて、知らなかったです……」
「ええ、こんなにもわたくしの言葉が響かないとは……。難しいですわね、ファンの方とお話するのって」
「あのさ、二人ともそれは違うよ」
あかりが肩をすくめながら、
「まず莉里だけど、あんたは話が下手なんじゃないよ。今回のフォーマットに合ってないってだけ」
「フォーマット、ですか……?」
「そう。この握手会、ファン一人あたり何秒くらいか把握してる?」
「えっと……10秒もないくらい……」
「甘い。4秒よ」
「4秒……」
「それ以上経過すると、引き剥がしロボットが次のファンを呼んじゃうの。4秒でできることなんて、せいぜい一往復で終わるやりとりよ。ファンが声をかけてくれて、アイドルがそれに返す。これ以上話すんだったら、もっと秒数がないと無理ね」
「……そう、ですね……」
「ファンのことを知ろうとして質問するのは凄く良いことだと思う。でも、それは今回の握手会でやることじゃない。一回きりのキャッチボールで何を伝えて、どう楽しんでもらうのか。それを考えてみて」
「……ありがとうございます」
莉里さんは俯いたままですが、わずかに表情が変わりました。
「で、巒。あんたは論外。ファンに説教するとか、普通にありえないんだけど」
「……普段会えないからこそ、今ここで伝えてあげることが優しさではありませんの?」
「あのね、握手会は誰のためのものだと思ってんの? アイドルのため? 違う。ファンのためなの。『普段会えないからこそ』、ほんの数秒だけでも推しと過ごしたい、想いを直接伝えたいって来てくれてるのよ」
「ですが……」
「ステージ上では確かにアイドルは輝いてるかもしれない。気持ち良いわよね。たくさんのライトに照らされて、万雷の拍手を浴びて。あんた、自分のユニットでもセンターだもんね。でも、今日の主役はアイドルじゃないし、あんたじゃないの。ファンが主役なの。仮に思うところがあったとしても呑み込みなさい。そして、一歩引いて自分以外を引き立たせることもまた優しさだと知りなさい」
静かに肩を震わせる巒さん。プライドが高い彼女に、あかりの言葉は少しきつかったかもしれません。
「……なーんてね。真面目なこと言ってたら疲れちゃった。残りの時間、別の部屋で休んでから会場に戻るよ。じゃ、またあとで」
そう言うとあかりは、私にだけ見えるようウィンクをして、控え室を出ていきました。ここからはマネージャーの仕事ということですね。
「莉里さん、巒さん。まずはここまでお疲れ様です。そして休憩中に難しい話を聞かせてしまってすみません。あかりにアドバイスを頼んだのは私です」
「……それぞれのレーンは区切られててお互いの様子なんて見えませんからね。わたくしたちの様子をあかりさんが知ってるということは、蒔さんから何か言われたのだろうと思っていました」
「莉里、久々にピリッとした空気感じて、あぁ蒔さんって鬼マネージャーだったな、って思い出しました」
「この程度で鬼と感じるとは、軟弱になりましたね」
「パワハラ反対ですー」
沈んでいた部屋の雰囲気が、少しだけ明るくなりました。発破をかけるなら今でしょう。
「今回、たまたま成り行きで握手会をすることになりましたが、せっかくやるなら楽しんでほしいですし、同時にアイドルとして成長するための糧にしてほしいと、マネージャーとして思っています。ただ、終わることが決まっているこの世界で、わざわざステップアップする必要はないかもしれないですし、そういう考え方があって当然です。私はどのような考え方も尊重します。その上でお二人にお聞きします。――握手会、再開しますか?」
「……人気投票をやると言い出したのはわたくしです。それに、こんな貴重な機会をふいにするなんて、ありえませんわ」
「莉里だって! このまま終わっちゃったら、アイドル生活悔いが残っちゃう。そんなのイヤだもん。どうせ終わっちゃう世界なんだったら、恥かいても良いからちゃんと握手会成功させたい!」
「……分かりました。それでは5分後に握手会を再開しましょう。椎那さんにも、そう会場アナウンスしてもらいます。よろしいですね」
私の言葉を受けた二人の声は、綺麗にハモりながら部屋に響きました。
「「もちろん!」」




