第三話 いじめ
聖女として任命されてから幾日も経たぬうちに、王都には不穏な噂が広がり始めた。
――「新しい聖女は偽物だ」
――「水晶の光は弱かった」
――「神の加護など受けていない」
その囁きは貴族たちの間で特に強く広がり、宴や茶会の話題となった。
華やかな衣を纏う令嬢たちは、サーシャの名を口にしては冷笑を浮かべた。
ある日、王宮の庭園で祈りを捧げていたサーシャのもとに、一人の令嬢が近づいてきた。
金糸の髪を結い上げ、宝石を散りばめた衣を纏ったその姿は、まるで光そのものを纏っているかのようだった。
彼女の名はリディア。
王国でも有力な家の娘であり、幼い頃から「聖女候補」として育てられてきた人物だった。
リディアは扇を軽く振り、冷ややかな笑みを浮かべた。
「まあ……ここで祈っていらしたのね、サーシャ様。偽物だと噂されているのに、まだ聖女の真似事を続けているの?」
その言葉に、サーシャの胸は締め付けられた。だが、彼女は静かに答えた。
「私は……神に選ばれたと信じています。だから祈りを続けます」
リディアは嘲笑を深め、周囲に集まった令嬢たちに視線を送った。彼女たちは囁き合い、笑い声を漏らした。
「選ばれた? あの弱々しい光で?」
「本物なら王妃を癒せたはずでしょう」
サーシャは唇を噛みしめ、視線を落とした。祈りを続けたいのに、言葉が胸に突き刺さり、心が揺らいでいく。
リディアはさらに一歩近づき、扇でサーシャの顎を持ち上げた。
「あなたが聖女だなんて、王国の恥よ。民は失望しているわ。……いっそ自ら退けばいいのに」
その声は甘く響きながらも、鋭い刃のようだった。
周囲の令嬢たちは笑い声を上げ、サーシャを囲むように立った。
彼女たちの目には好奇心と残酷な愉悦が宿っていた。
サーシャは必死に涙を堪え、静かに答えた。
「私は……退きません。神が選んでくださったのだから」
その言葉に、リディアは冷笑を浮かべ、扇を閉じた。
「どうせそれもあなたが信じたいだけでしょう。ならば、偽物のまま笑われ続けるといいわ」
庭園に笑い声が響き、サーシャは孤独の中で立ち尽くした。
庭園での嘲笑は終わらなかった。
翌日から、リディアとその取り巻きの令嬢たちは、ことあるごとにサーシャを標的にした。
祈りの務めに向かう途中、廊下で彼女の前に立ちはだかり、わざと裾を踏んで転ばせる。
サーシャが必死に立ち上がると、彼女たちは扇で口元を隠しながら笑った。
「聖女様でも、地面に倒れるのね」
「神の加護があるなら、転ぶはずないでしょう?」
その言葉は鋭く、サーシャの胸を突き刺した。
昼下がりの王宮食堂は、煌びやかな光に満ちていた。
高い天井から吊るされた水晶のシャンデリアが輝き、長いテーブルには銀の食器と色鮮やかな料理が並んでいる。
貴族の令嬢や若き騎士たちが談笑し、笑い声が響いていた。
その中に、サーシャの席も用意されていた。
聖女として任命された者に与えられる特別席。
だが、彼女が腰を下ろすと、周囲の空気は微かに変わった。
囁きが広がり、視線が集まる。
「……あれが新しい聖女様?」
「王妃を癒せなかったと聞いたけれど」
声は小さくとも、サーシャの耳には届いた。
胸が締め付けられる。
彼女は俯き、祈るように手を組んだ。
その時、リディアが姿を現した。
金糸の髪を結い上げ、宝石を散りばめた衣を纏い、扇を手にしていた。
取り巻きの令嬢たちが後に続き、華やかな笑い声を響かせながら歩いてくる。
「まあ、聖女様のお席はここなのね」
リディアは軽やかに言い、サーシャの隣に腰を下ろした。
取り巻きたちは向かいに座り、扇で口元を隠しながら囁き合った。
料理が運ばれてきた。
銀の皿に盛られた肉料理、香り高いスープ、果物の盛り合わせ。
だが、サーシャの前に置かれた皿には、わざと水がこぼされていた。
衣の裾に滴が落ち、布地を濡らした。
「まあ……聖女様のお衣が汚れてしまったわ」
リディアは冷ややかに言い、扇を軽く振った。
取り巻きたちは笑い声を上げた。
「汚れた姿の方がお似合いかもしれないわね」
「神の加護があるなら、衣を濡らすはずないでしょう?」
サーシャは俯いたまま衣を握りしめた。
侍女が慌てて布を持ってきて拭いたが、令嬢たちの笑い声は止まなかった。
食事が始まると、リディアはわざと大きな声で話した。
「昨日の祈り、見ていたわ。光が弱すぎて、まるで灯火のようだった」
「本物の聖女なら、もっと眩しく輝くはずでしょう?」
取り巻きたちは頷き、囁き合った。
「王妃を癒せなかったのも当然ね」
「偽物を聖女にしたから、王国に災いが降りかかるのよ」
その言葉は甘く響きながらも、鋭い刃のようにサーシャの心を切り裂いた。
彼女は必死に涙を堪え、静かに答えた。
「私は……神に選ばれたと信じています。だから祈りを続けます」
だが、リディアは冷笑を浮かべた。
「信じたいだけでしょう。偽物のまま笑われ続けるといいわ」
食堂の空気は冷たくなった。
周囲の人々も囁き合い、サーシャを見つめた。
彼女は俯き、祈るように手を組んだ。
だが、心は揺らぎ、涙が滲んだ。
味のない食事が終わる頃、リディアは立ち上がり、扇を閉じた。
「聖女様のお衣は汚れてしまったけれど……まあ、あなたにはお似合いね」
取り巻きたちは笑い声を上げ、食堂を後にした。
残されたサーシャは孤独の中で立ち尽くした。
侍女が静かに布を差し出し、彼女の衣を拭いた。
だが、心の痛みは癒えなかった。
周囲の令嬢たちは笑い声を上げ、サーシャは俯いたまま衣を握りしめた。
王宮の大聖堂は、荘厳な静けさに包まれていた。
高い天井には聖なる絵が描かれ、窓から差し込む光が祭壇を照らしている。
人々は列をなし、聖女の祈りを見守ろうと集まっていた。
サーシャは白い衣を纏い、祭壇の前に立った。
胸の奥には不安が渦巻いていたが、それでも両手を組み、静かに祈りを捧げた。
「どうか、この国に安らぎを……」
掌から淡い光が広がり、祭壇を包んだ。光は柔らかく、人々の心を静めるように揺らめいた。
だが、その輝きは弱く、眩しさには欠けていた。
人々は囁き合い、視線を交わした。
「……これが聖女の光?」
「思ったよりも弱いな」
その声は小さくとも、サーシャの耳に届いた。
胸が締め付けられる。だが、彼女は祈りを続けた。
悠然とした格好でリディアが姿を現した。
金糸の髪を結い上げ、宝石を散りばめた衣を纏い、扇を手にしていた。
取り巻きの令嬢たちが後に続き、華やかな笑い声を響かせながら歩いてくる。
リディアはわざと人々の前で声を上げた。
「その光は弱すぎるわ。これで本当に神の加護だと言えるの?」
人々はざわめき、囁きが広がった。令嬢たちは扇で口元を隠しながら笑った。
「聖女様の光は、まるで灯火のようね」
「王妃を癒せなかったのも当然だわ」
その言葉は甘く響きながらも、鋭い刃のようにサーシャの心を切り裂いた。
彼女は必死に涙を堪え、祈りを続けた。
だが、光は弱く、疑念を払うことはできなかった。
リディアはさらに一歩近づき、扇を軽く振った。
「民は失望しているのよ。あなたが聖女だなんて、王国の恥だわ」
取り巻きたちは頷き、囁き合った。
「偽物を聖女にしたから、神の怒りが降りかかっているのよ」
「退けばいいのに……」
人々の視線は冷たく、疑念に満ちていた。
サーシャは唇を噛みしめ、視線を落とした。
祈りを続けたいのに、言葉が胸に突き刺さり、心が揺らいでいく。
祈りを終えると、リディアは冷笑を浮かべた。
「どうせそれも、あなたが信じたいだけでしょう。偽物のまま笑われ続けるといいわ」
令嬢たちは笑い声を上げ、祭壇の周囲に響いた。
人々は囁き合い、サーシャは孤独の中で立ち尽くした。
サーシャは必死に祈りを続けたが、光は弱く、疑念を払うことはできなかった。
力を使いすぎたため額に脂汗が浮かぶ。
体中がほてっていた。
夜、サーシャは大聖堂の小さな部屋で一人涙を流した。
窓の外には星が瞬き、静けさが広がる。
心は冷たく、孤独に沈んでいた。
「私は……偽物なの?」
その問いは答えのないまま、夜に溶けていった。




