第二話 役立たず
聖女に任命されてから数日、サーシャのもとには次々と依頼が舞い込んだ。
王国の民は「聖女ならば奇跡を起こせる」と信じ、彼女に救いを求めた。
最初の依頼は、病に伏した老兵の癒しだった。
彼は戦で傷を負い、長く寝込んでいた。家族は涙ながらにサーシャにすがった。
「どうか、聖女様。父を救ってください」
サーシャは祈りを捧げ、掌から淡い光を放った。
老兵の呼吸は少し楽になり、顔色もわずかに和らいだ。
だが、完全に癒すことはできなかった。
「ありがとうございます」
「なんで、お父さん起きないよ。もうおわり?ちゃんと治してよ。聖女様!」
「ごめんなさい。これ以上は……」
「もういいんです。こちらこそごめんなさいね。ありがとう。大丈夫よ」
家族は感謝を述べたものの、目の奥には落胆が宿っていた。
次の依頼は、村の畑を枯れから救うことだった。
雨が降らず、作物は枯れかけていた。
村人たちは「聖女なら雨を呼べる」と信じていた。
サーシャは畑の中央に立ち、必死に祈った。
「どうか、雨を降らせてください。大地に潤いをお願いします」
光は広がり、土を包んだ。
だが、雨は降らなかった。
村人たちは肩を落とし、彼女に背を向けた。
「やはり偽物なのか……」
その囁きが耳に届き、胸を締め付けた。
さらに、王宮からも依頼が来た。
王妃が長く体調を崩しており、聖女の力で癒してほしいというものだった。
かなり弱っており、血の気がなかった。
サーシャは王妃の寝室に入り、祈りを捧げた。
「王妃様、失礼します」
王妃様の手を握りながら
「どうか、治りますように」
光は柔らかく広がり、王妃の顔に安らぎを与えた。
だが、病は癒えず、王妃は目を閉じたままだった。
王は眉をひそめ、司祭たちは冷ややかに見守った。
「力が足りぬ。これでは聖女の務めは果たせぬ」
その言葉は刃のように胸に突き刺さった。
日々、依頼は続いた。
怪我を癒すことも、作物を救うことも、病を治すことも――サーシャの力では不十分だった。
人々は最初こそ感謝したが、やがて失望し、冷たい視線を向けるようになった。
「聖女様は役に立たない」
「偽物だったのではないか」
囁きは広がり、彼女を追い詰めていった。
夜、大聖堂の小さな部屋で一人祈りを捧げる。
窓の外には星が瞬き、静けさが広がる。
だが、光は弱く、すぐに消えた。
サーシャは掌を見つめ、涙を流した。
「私は……本当に聖女なの?」
その問いは答えのないまま、夜に溶けていった。
「どうしてちゃんとできないの」
偽物じゃなくて、本物の聖女になったと思っていたのに。
悔し涙で枕を濡らすのだった。
王妃の癒しに失敗した翌日、サーシャのもとに新たな依頼が届いた。
王都の外れで火事が起こり、家を失った人々が「聖女の奇跡で再建を」と願っているという。
サーシャは現場に赴き、焼け跡の前で祈りを捧げた。
彼女の掌から淡い光が広がった。
柔らかな輝きが瓦礫を包み、黒い炭の隙間から小さな芽が顔を出した。
やがて芽は伸び、花を咲かせた。
白い花弁が揺れ、焦げた大地にひとひらの美しさをもたらした。
人々は一瞬、息を呑んだ。
焼け跡に咲いた花は、絶望の中に差し込む光のようだった。
母親は涙を流し、子供は目を輝かせた。
「……綺麗だ」
「奇跡だ……」
その声に、サーシャの胸は少し温かくなった。
自分の祈りが人々の心を癒したのだと感じた。
だが、その温もりは長く続かなかった。
花は咲いたが、家は戻らなかった。
失われた財産も蘇らなかった。
人々は次第に肩を落とし、囁き始めた。
「花などいらぬ……家を返してほしかった」
「やはり偽物だ」
その声は冷たく、刃のように鋭く、サーシャの胸を突き刺した。
サーシャは唇を噛みしめ、俯いた。
祈りは届いたはずなのに、彼女の力は人々の望む形にはならなかった。
人々の視線は冷たく、失望に満ちていた。
「聖女なら、家を蘇らせられるはずだ」
「花を咲かせるだけなど、子供の遊びだ」
囁きは広がり、彼女の周囲を取り囲んだ。
サーシャは必死に声を絞り出した。
「私は……偽物ではありません。祈りは、必ず意味を持つのです」
だが、その声は嘲笑にかき消された。
人々は背を向け、瓦礫の前から去っていった。
残されたのは、焦げた大地と小さな花、そしてサーシャだけだった。
風が吹き、花弁が揺れた。サーシャは膝をつき、花に指先を触れた。
「……私の祈りは、間違っていたの?」
「どうか、この人々に安らぎを……」
掌から淡い光が広がり、瓦礫の中に小さな花が咲いた。
人々は一瞬驚き、涙を流した。
だが、家は戻らず、失われた財産も蘇らなかった。
人々はやがて肩を落とし、囁き始めた。
言われた言葉を思い出す。
その声はサーシャの胸を突き刺した。
次の依頼は、王国の騎士団からだった。
戦で傷ついた兵士たちを癒してほしいという。
サーシャは兵舎に入り、並ぶ兵士たちに祈りを捧げた。
光は広がり、傷口を少し和らげた。
だが、深い傷は癒えず、兵士たちは呻き声を上げた。
兵舎の扉を開けると、そこには血と汗の匂いが充満していた。
長椅子に横たわる兵士、包帯に覆われ呻き声を上げる者、仲間を励まそうと必死に声をかける者――戦の
爪痕が生々しく残っていた。
サーシャは息を呑み、胸の奥に痛みを覚えた。
彼らは王国を守るために戦い、傷ついたのだ。
その姿を前にして、彼女は祈りを捧げる決意を固めた。
「聖女様……どうか、我らを癒してください」
兵士の一人が震える声で言った。
サーシャは頷き、兵舎の中央に立った。
もふもふは彼女の足元に寄り添い、静かに鳴いた。
サーシャは両手を組み、深く息を吸った。
「どうか、この人々に安らぎを……」
掌から淡い光が広がり、兵舎を包んだ。
光は傷口に触れ、痛みを和らげた。
兵士たちは一瞬、安堵の声を漏らした。
「……少し楽になった」
「痛みが引いていく……」
その言葉に、サーシャの胸は温かくなった。
祈りが届いたのだと感じた。
だが、次の瞬間、深い傷を負った兵士が呻き声を上げた。
「痛みは少し減ったが……これでは戦えない」
「聖女の力とは、この程度か」
騎士団長は眉をひそめ、冷たい声で告げた。
サーシャは必死に声を絞り出した。
「私は……偽物ではありません。祈りは必ず意味を持つのです」
だが、騎士団長は首を振った。
「意味など不要だ。我らが求めるのは力だ。戦場で兵を立たせる力だ。花を咲かせるだけの祈りでは、王国を守れぬ」
その言葉に、サーシャは膝をつき、涙を流した。
兵士たちの視線は冷たく、失望に満ちていた。
「王国は君に期待している。だが、この程度では役に立たぬ」
その言葉は刃のように鋭く、サーシャの心を切り裂いた。
サーシャのもとにさらに新たな依頼が届いた。
王国の農村からのものだった。
害虫が畑を荒らし、作物が壊滅の危機にあるという。
村人たちは王都に使者を送り、「聖女の奇跡で畑を救ってほしい」と願った。
サーシャは胸の奥に重い痛みを抱えながらも、村へ向かった。
王妃を救えず、兵士たちを癒せず、次こそはと祈るような気持ちで歩みを進めた。
村に着くと、そこには広大な畑が広がっていた。
だが、緑のはずの畑は黒く染まり、葉は食い荒らされ、地面には無数の害虫が蠢いていた。
村人たちは畑の周囲に集まり、顔を曇らせていた。
「聖女様……どうか、この畑を救ってください」
「このままでは冬を越せません。子供たちが飢えてしまいます」
その声は切実で、サーシャの胸を締め付けた。
彼女は畑の中央に立ち、両手を組んだ。もふもふは足元に寄り添い、静かに鳴いた。
「どうか、この人々に安らぎを……」
掌から淡い光が広がり、畑を包んだ。
光は害虫に触れ、一部が散った。村人たちは息を呑み、目を見開いた。
「……消えた!」
「聖女様の奇跡だ!」
一瞬、希望が広がった。
だが、それは長く続かなかった。
害虫はすぐに戻ってきた。
光に追われたかと思えば、再び葉に群がり、作物を食い荒らした。
緑の葉は次々と黒く変わり、畑は絶望の色に染まっていった。
村人たちは顔を歪め、怒りを露わにした。
「聖女様、これでは何の意味もない!」
「偽物を聖女にしたから、神の怒りが降りかかっているのだ!」
その声は村全体に広がり、囁きはやがて怒号となった。
サーシャは涙を堪えながら立ち尽くした。
村人たちの視線は冷たく、失望に満ちていた。
母親は子を抱きしめ、涙を流しながら叫んだ。
「子供たちを守るために呼んだのに……!」
老人は杖を突き、震える声で言った。
「昔の聖女は畑を豊かにしたと聞いた。だが、今の聖女は花を咲かせるだけか」
若者は拳を握り、怒りを込めて叫んだ。
「偽物に頼ったから、神が怒ったんだ!」
その言葉は刃のように鋭く、サーシャの胸を切り裂いた。
サーシャは必死に声を絞り出した。
「私は……偽物ではありません。祈りは必ず意味を持つのです」
だが、村人たちは耳を貸さなかった。
怒りと絶望が広がり、彼女の声は嘲笑にかき消された。
「意味などいらぬ! 食べ物を返してほしいのだ!」
「花や光では腹は満たされぬ!」
その声は波のように広がり、彼女を押し流した。
サーシャは膝をつき、涙を流した。
だが、村人たちの視線は冷たく、彼女を偽物と断じていた。
「……私は祈りを続ける。無駄じゃないと思ってるから」
彼女は静かに呟き、空を見上げた。
雲は厚く、光は届かなかった。
日々、依頼は続いた。
だが、どれも満足に応えられなかった。
病人を救えず、畑を守れず、家を蘇らせることもできない。
人々の期待は失望に変わり、冷たい視線が彼女を追った。
夜、大聖堂の小さな部屋で一人祈りを捧げる。
窓の外には星が瞬き、静けさが広がる。
だが、光は弱く、すぐに消えた。
サーシャは掌を見つめ、涙を流した。
「私は……本当に聖女なの?」
その問いは答えのないまま、夜に溶けていった。
翌朝、神殿の司祭たちは集まり、冷たい声で告げた。
「サーシャ。君の力は弱すぎる。王国の聖女としては役に立たぬ」
「民の失望は広がっている。これ以上は王国の威信を損なう」
王子もまた、冷ややかな視線を向けた。かつて優しく微笑んでくれたその瞳は、今や遠く冷たい。
「君は……偽物なのかもしれない」
その言葉は決定的だった。
サーシャの胸は締め付けられ、呼吸が苦しくなった。




