第一話 選ばれた日
王都の空は澄み渡り、朝の鐘が鳴り響いていた。
大聖堂の白い尖塔は光を受けて輝き、街の人々は祈りを捧げるために集まっていた。
「ねーねー、お母さんあれ買って」
「だめよ。そんなことより急いで教会に行かないと」
今日は特別な日――新たな聖女を選ぶ儀式が行われる日だった。
聖女とは、神の加護を受け、国を癒し守る存在。
王国にとって象徴であり、民にとって希望だった。
幼い頃から神託を受けた少女たちが候補として育てられ、その中から一人が選ばれる。
サーシャもその候補の一人だった。
彼女はまだ十五歳。
栗色の髪を編み込み、白い儀式衣を纏っていた。
胸の奥は緊張で震え、手は冷たく汗ばんでいた。
周囲には同じ候補の少女たちが並び、皆が神殿の奥へと続く階段を見つめている。
「……私が、本当に選ばれるのだろうか」
サーシャは心の中で呟いた。彼女の力は小さかった。
傷を癒すことはできても、大きな奇跡を起こしたことはない。
司祭たちからは「力が弱い」と言われ、仲間からも「期待されていない」と囁かれてきた。
だが、それでも彼女は祈りを続けてきた。
力を増やすだけが目的ではない。神の声を信じ、心を尽くしてきた。
大聖堂の扉が開き、荘厳な音楽が響いた。
人々のざわざわとした波が落ち着いていく。
そして熱気が高まる。
音楽が盛り上がりを迎えた頃、王様や王妃様、司祭など重要人物が入ってきた。
普通に生きていればこんなに間近に見ることのできない、雲の上の存在だった。
人々の視線が集まり、候補の少女たちは一人ずつ祭壇へと進んだ。
祭壇には王国の司祭長と王子が立ち、神の象徴である「聖なる水晶」が置かれている。
その水晶は、真の聖女を選ぶ力を持つと伝えられていた。
貴族の娘、商人の娘、平民の娘。
どの子も華やかな衣装を身にまとい水晶に触れていくが光らなかった。
「水晶に触れてください」
「はい」
皆が手を置くたびに人々は期待を込め、そして落胆している。
ぼーっと眺めていたら自分の番が来てしまった。
「次は……サーシャ」
名を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
私でちゃんと光ってくれるだろうか。
足が震え、視界が揺れる。
だが、深く息を吸い、ゆっくりと歩みを進めた。
人々の視線が突き刺さる。
誰もが「彼女ではない」と思っているように感じられた。
孤児であるサーシャは、教会にその力の兆しが見られたために引き取られた。
力の存在を見つけられたからこそサーシャはここにいることが許されていた。
しかし、力がなければ教会に住むことは許されない。
祭壇の前に立ち、司祭長が厳かな声で告げた。
「神よ、この少女に加護を与えたまえ」
サーシャは両手を水晶に重ね、目を閉じた。
祈りを捧げる。心の奥で、ただ一つの願いを繰り返した。
――どうか、私を本物の聖女にしてください。
その瞬間、水晶が淡く光を放った。
人々がざわめく。
光は弱々しくも確かに広がり、サーシャの掌を包んだ。
彼女は驚き、目を開いた。
水晶は彼女に応えるように輝いていた。
「……聖女は、サーシャ」
司祭長の声が響いた。広場に歓声が広がり、鐘が鳴り響いた。
王子が歩み寄り、彼女の手を取った。
「サーシャ。今日から君は王国の聖女だ」
その言葉に、彼女の胸は熱く満たされた。
涙が滲み、視界が揺れる。
人々の歓声、鐘の音、光の輝き――すべてが夢のようだった。
胸が高鳴る。
やっと認められた。
本物の聖女であることが証明されたのだ。
だが、その奥底で、彼女は小さな不安を抱いていた。
光は確かに現れたが、弱かった。
人々の中には「本当に大丈夫なのか」と囁く声もあった。
サーシャはその声を聞きながら、胸に手を当てた。
「私は……聖女になれた。偽物じゃない」
そう自分に言い聞かせ、涙を拭った。
聖女に選ばれた翌朝、サーシャは大聖堂の鐘の音で目を覚ました。
白い寝台に横たわり、窓から差し込む光を浴びる。
昨日まで候補の一人に過ぎなかった自分が、今は王国の象徴として扱われている――その事実がまだ信じられなかった。
「聖女様、失礼いたします」
「どうぞ」
侍女たちが部屋に入り、彼女の髪を整え、白い聖衣を着せる。
鏡に映る自分の姿は、昨日までの少女ではなく「聖女」として飾られた存在だった。
心のわだかまりが残る。
水晶の光は確かに現れたが、弱かった。
歴代の聖女は目を開けていられないほどの光に包まれたと聞く。
言い伝えと違う。
人々の歓声の中に、疑念の囁きも混じっていた。
「聖女様、今日からは祈りの務めがございます」
「分かりました。」
侍女の声に頷き、サーシャは大聖堂へ向かった。
大聖堂の祭壇に立つと、数百人の民が集まっていた。
彼女は両手を組み、祈りを捧げる。淡い光が掌から溢れ、民の心を包む。
人々は涙を流し、歓声を上げた。
「聖女様だ……神の加護がある!」
その声にサーシャは微笑んだ。
だが、光は弱く、奇跡と呼ぶには小さすぎた。
司祭たちは冷ややかな目で見守り、王子は遠くから視線を逸らした。
祈りの務めが終わると、彼女は王宮に招かれた。
王と王妃が玉座に座り、彼女を迎える。王は厳かな声で告げた。
「サーシャ。お前は王国の聖女だ。民を癒し、国を守れ」
「聖女に選ばれたばかりで緊張してるんでしょう。すぐに奇跡を起こせるようになるわ。そうじゃないと困りますもの」
「確かに、不安は大きいだろう。しかし、民たちの期待も大きいのだ。もちろん私達も。今後の活躍を楽しみにしておるぞ」
その言葉に深く頭を下げた。
だが、心の奥では「私にそれほどの力があるのだろうか」と不安が広がった。
日々は華やかだった。
王宮の宴に招かれ、貴族たちに囲まれ、花を捧げられる。
「さすがは聖女様。お美しい」
「何かあった時にお力ぞえ頼みましたわ」
「ぜひうちの息子と話をしてみてほしい」
「わたくしの息子の方が頼りがいがあってよ」
音楽が三拍子のワルツに変わる。
「ぜひダンスのお相手をお願いできないですか」
「ファーストダンスの栄誉を私にください」
貴族の息子は様々な色の花をサーシャに差し出しダンスに誘ってきた。
「私踊れないので、ごめんなさい。」
サーシャはたくさんの貴族に会い、混乱していたから気づかなかった。
貴族はサーシャのことをこれでもかというほど褒める。
だが、その視線の奥には冷たいものが潜んでいた。
「本当に聖女なのか?」
「水晶の光は弱かった」
「偽物ではないのか」
酔いが回った彼らの大きな囁きは彼女の耳に届き、胸を締め付けた。
夜、彼女は大聖堂の小さな部屋で一人祈りを捧げた。
窓の外には星が瞬き、静けさが広がる。
彼女は掌を見つめ、淡い光を呼び起こそうとした。
だが、光は弱く、すぐに消えた。
「私は……本当に聖女なの?」
その問いは答えのないまま、夜に溶けていった。
それでも、民の前では笑顔を見せた。
市場に出れば人々が花を捧げ、子供たちが「聖女様」と駆け寄る。
彼女は膝をつき、子供の頭を撫でた。
小さな傷を癒すと、母親が涙を流して感謝した。
「ありがとう、聖女様」
その言葉に胸が温かく満たされた。
たとえ力が弱くても、誰かを救えるなら、それで十分だと思えた。
それでも、神殿の司祭たちは冷たかった。
「力が足りぬ。もっと奇跡を示せ」
「聖女であることを証明できなければ、教会が責められるのだ」
「民の前で失敗すれば、王国の威信が失われる」
彼女は必死に祈りを捧げた。
だが、光は弱く、奇跡は起こらなかった。
どんどんやつれていき、髪の毛の艶が失われても、司祭たちは眉をひそめ、王子は遠くから冷ややかに見つめた。
「やはり偽物かもしれぬ」
その囁きが広がり、彼女の心を蝕んでいった。
☆、ブクマしていただけると嬉しいです。完結できるように頑張ります。




