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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

林間敬意

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 敬意を表する。

 口にすることはけっこうあるけれど、そのリスペクトの仕方っていうのもいろいろある。

 物品かもしれないし、所作や態度かもしれない。相手を認めるべき存在として、しかるべき行動をとることで、その表明とするわけだ。

 共通した文化、認識、概念を持つ者同士であれば、リスペクト精神も伝わりやすい。問題はこれらが違うもの同士でのやりとり。一方が尊重しても、相手にとって猛烈に無礼な振る舞いであり、トラブルに発展してしまう……というのは想像しやすい悲劇のひとつだろう。

 そのため、相手についていろいろと下調べをし、タブーなども把握しておくのは大切なことだが、この世のすべてのルールを覚えられるほど我々は恵まれてはいない。いつどこで自分たちの知らない規則やしきたりに出くわすか……警戒はしといたほうがいいだろう。

 最近、僕が友達から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 アリの行方を追う。

 小さいころ、したことが多い遊びのひとつじゃないかと思う。自分以外に動くものは、子供の関心を引きやすいしね。友達も当時はアリ追いかけが大好きで、無防備なまま道路に飛び出して車に轢かれかけたこともあったらしい。

 親に注意もされたが、心惹かれるものを否定することはできず。道路へ出る前は左右の確認をすることは覚えながらも、機があればついついアリの追跡を始めてしまうのだとか。

 その日も一匹、目に留まったアリがいて、あとを追いかけていったのだという。


 今回は羽アリだったらしい。大きさは友達の親指の先ほどで、これまでのアリたちに比べてビックサイズ。そいつが他の仲間たちから外れて、うろついているのが気になったそうだ。

 場所は家の近辺の駐車場。いくつかロープで区切った駐車ラインと車止めをのぞけば、出入り口以外が地続きの林になっている立地だったとか。アリはややジグザグな軌道ながらもそのまま一方の林の中へ入っていき、友達もまたそれに続いていった。

 このあたりは、すでに友達も足を運んだことが何度かある。まっすぐ林を抜けていったならば、やがて一本の大きな道につながることは分かっていた。


 羽アリは林に入って、なおも足を止めることなく先へ進んでいたが、友達はふと気づいたことがある。

 林の中は、いつにないほど小枝がまばらに転がっていたんだ。これまでも枝が落ちていることがまったくなかったわけでもないが、この日の本数は多い。

 気を付ければ、踏んで進めないほどでもないが、問題は羽アリだ。羽アリの身体からすれば隆起にこそ見えるが、そのまま乗り越えていくのも造作ない太さ。なのにアリは、枝と枝の間を縫っていくように進む。まるで枝をコースに見立てたレーサーやライダーであるかのごとくだ。上から見れば、わざわざ遠回りな道を行く。

 変なやつもいるものだなあ、と思いながらも友達もトロトロ行く。あくまで追いかけるのが目的。競争をするわけじゃない。人の歩みだと、加減しなければたちまちウィナーへ一直線してしまうだろう。

 かといって、ちまちまレーサーを気取るわけでもなく。友達は羽アリが通り過ぎた後の小枝を踏みしめていった。幼いとはいえ、友達の足の大きさに対応するには小枝たちの感覚はあまりに狭く、パキリパキリと音を立てて折られていくのも、また自然なことに思われたが。


「……だれ?」


 いくつか枝を折ってから、友達ははたと足を止めて呼びかけた。

 自分が枝を折るのにわずか遅れて、すぐそばで同じように枝を折るような音が響いたからだ。何者かが自分の真横、真後ろにいてイタズラを仕掛けてきているのかと思った。

 けれども、あたりにそのようなものの姿はなく。ただ踏みしめた足たちに少しだるさを覚え始めるのみだ。少し力を入れすぎたのだろうか。

 そうこうしているうちに、羽アリは先へ進んでいる。気持ち、先ほどよりはペースアップしたのか、友達が気をそらしたのはわずかな間だというのに、想像より差がついていたらしい。

 しかし、相変わらず律儀なもので、アリはなおも行く手に転がる枝たちのいずれにも触れないよう、触れないようなコースをたどっていたとか。

 このままじゃ見失ってしまう。それじゃ楽しみがなくなっちゃう、と友達はやや小走りになって先を急いだ。例の小枝たちをお構いなしに折っていって、だ。


 結局、友達は羽アリの行方を見届けることかなわなかった。

 何本目になるか分からないほど枝を折っていたところ、急に両足へ激痛が走って、倒れこんでしまったそうなんだ。

 しびれにも似た痛みで、もはや立ち上がることはできない。いきなり味わうことになった痛みにぐずぐずべそをかきながらも、どうにか林を抜けた先にある道へ出ようとする。

 その間も体全体で幾本もの枝を折ってしまい、そのたびに枝をおしつぶした箇所に限らず、身体のそこかしこに痛みが走ったのだとか。

 死に物狂いで道へ這い出て、ワンワン泣いた友達は通りかかった人に助けられて、病院へ行く。そこで両足をはじめとした、身体のそこかしこの骨が大小を問わずに折れていたとの診察を受ける。

 しかし、その箇所はあまりに全身へ散りすぎていながら、ちゃんと処置すれば命に別状はないレベルばかり。わざとやろうとしても豊富な知識と精密な技術なくしてはまず不可能な、一種の芸術めいた状態にお医者さんも首をかしげたらしい。


 あのときの羽アリは、枝に敬意を払うべきときだというのを分かっていたのかもしれない。それを分からなかった自分は折った枝のぶん、身体の骨を折られてあがないとされたのだろう、と話していたよ。

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