8
クリスが事前に調べていた通り、そこは伝説だの魔王だの英雄だのとはあまり関係がなさそうな、ありふれた場所だった。
山中にぽっかりと開いた、洞窟の中。二、三人が並んで歩ける広さのデコボコした道が続き、湿っぽくも冷たい空気が澱んでいる。岩肌のヒカリゴケがぼんやりと明かりを放ってくれているので、照明器具は必要ない。
内部は既に探索され尽くしており、街で探せば詳細な地図が手に入る。クリスも入手済みだ。だから迷うことはなく、気楽にまっすぐ歩いていく。
「で、ここの角を曲がると……」
クリスが角を曲がる。後に続いたラディアナが、「わっ」と声を上げた。
ここまでは自然の洞窟、岩肌でデコボコ地面だったのが、突然人口の通路に変わったのだ。石組みの床は見事に平らで壁面も滑らか、コケなど生えてはいない。その代わりに、この辺りの壁には、古代魔術の品である照明器具が一定距離ごとに埋め込まれ、灯されている。
「ふうん。こんなものが作れるとはね。人間が手を入れた洞窟って、みんなこうなの?」
「いや。この器具を作る技術は大昔に失われて、今は作れないんだ。でも研究はされてるから、いずれ作れるようになると思う」
ラディアナは物珍しそうに、壁の照明を見ている。
「ここは自然の洞窟を利用した宝物庫であり、古墳でもあるんだ。昔、ある国の王様が、溜め込んだ財宝をここに隠してたんだって。で、死後もそれを放したくないからって、自分の遺体と一緒に埋葬させたとか。よくある話だよ、王の古墳に財宝ってのは」
「よくある話? 死んだ後まで財宝のそばにいたいってのがよくあるの? やっぱり人間って、あたしにはわからないわ」
言われてクリスは苦笑する。
「まあ、王様とか大金持ちってのはそういうものだから」
クリスはラディアナに説明しながら、奥へ奥へと進んでいく。
「ここは冒険者たちの手で、もう財宝もその他の物も発掘され尽くしてるんだ。そのおかげで、住み着いていた魔物も仕掛けられていた罠も、一掃されてるってわけ」
「? じゃあ、あんたはここへ何しに来たの? もう何も残ってないんでしょ?」
「それはね……っと、ここか」
通路の突き当たり、少し広くなった場所でクリスは立ち止まった。地図によると、ここがこの洞窟=宝物庫の最深部らしい。
地図をポケットにしまって、壁を見てみる。周囲と同じくただの石組みの壁で、隠し扉の類は見当たらないし、魔力も感じられない。が、それはもともと解っていたこと。何か仕掛けがあるのなら、先に入った冒険者たちがとっくに解除して、先へ進んでいるはずなのだから。
「さて。来ることは来たけど、ここでどうすればいいのかだな。ここまで来ればどうにかしてくれるって話だったけど……」
「ねえってば。何しに来たの?」
「……ああ、ごめんごめん。実はその、夢のお告げでね」
クリスはラディアナに、あの夢のことを説明した。ジークロットの生まれ変わり云々のことは伏せて、ただ謎の光に導かれ、この洞窟の最深部まで来るように言われた、と。
その話には、ラディアナも最初は訝しんだ。だが日をおいた連続性や、クリスのその時々の居場所に合わせた道案内などもあったと聞き、納得した。そしてクリスと同じく、ただの夢ではないらしいという考えに至る。
「ふ~む。じゃあ、とりあえず目的地まで来たわけなんだし、また夢の人に詳しい話を聞いてみたら? ほら、ここに寝てみてよ。あたしが寝付かせてあげるから」
ラディアナは足元を指差した。言われてみれば確かに、また夢のお告げを聞くのが一番手っ取り早いだろう。ここは人も魔物もおらず安全そうだし、ラディアナが見張っていてくれるとなれば尚更安心だ。
問題は真昼間なので寝付くのが難しいということだが、そこはラディアナが何やら自信ありげに言ってくれているのに期待する。
「そうだね、寝てみよう。で、寝付かせてくれるって? 子守唄でも歌ってくれるのかな」
剣を外して座り込んだクリスに微笑みを見せて、ラディアナは拳を握った。
クリスの額に、一筋の汗が流れる。
「ラディアナ、待って。もしかしてヒドいことを考えてる?」
「大丈夫よ。安心していいわ。あの山賊たちとの戦いで、あたしは理解したから」
ヒドいことを考えてる、の部分を否定せずにラディアナは答えた。そしてクリスに歩み寄る。
「あの大きな檻をぶつけても、下敷きになっても、山賊たちはぴくぴくしてたでしょ? つまり死ななかった。あたしは、どれぐらいまでの衝撃なら人間は死なないかを、あの一戦で理解したの」
「……」
「というわけで」
「ちょ、ちょっと待っ」
クリスの制止の声よりも、ラディアナの拳の方が速かった。この時クリスは座っていたので、その頭部は立っているラディアナと同じくらいの高さにあった。つまり、ラディアナにとっては殴り易い高さなわけで。
どこぉん! という殴打の音が通路内に響き渡る。
クリスは、タンコブ作って昏倒した。
やってきたのは夢の中、クリスにとってはお馴染みの、暗い空間。そして同じくお馴染みの、女性の声で話す光の塊がある。
クリスは夢の中まで持ち込んでしまっているタンコブを摩りながら、彼女(?)に経緯を説明した。そして、これからどうすればいいのかと聞こうとしたが、
《スゴい、スゴいわ! スゴ過ぎるわクリス君、予想外の大幸運! いやいや、これもきっと運命ね。アナタとワタシと、そしてあの子の。導かれ結びつく運命の糸ってやつ?》
何やら大感激されてしまった。
「あの、運命って?」
《あの、運命って? じゃないっ! ラディアナちゃん、自分のこと全部説明したんでしょ? ジークロットの生まれ変わりであるアナタが、その従者の生まれ変わりである彼女と、こうして巡り合った。これこそ大いなる輪廻転生の運命でなくて何だって言うの?》
「ってことは……やっぱり僕が……」
《クリス君クリス君クリス君クリス君クリス君? アナタ、ま~だワタシの言葉を疑ってたのね? 自分なんかが、ジークロットの生まれ変わりであるはずがない、とか。だからラディアナちゃんに、そのことを言わなかったんでしょ》
「は、はい」
詰め寄られたクリスは、弱々しく頷いた。
《もぉ。ま、いいわ。すぐに動かぬ証拠を見せてあげる。目が覚めたら、突き当たりの壁に手をついて。そして、その手で壁の向こうの声をよく聞いて》
「手で、聞く?」
《そういうつもりで精神を集中してってこと。ワタシが向こう側から呼びかけるから。それでアナタとワタシが通じれば、そこの封印は破れる。そうすればワタシの本体が見えるから、後はもうワタシを手に取るだけよ》
「手に取る? って?」
《あ、そういえばまだ自己紹介してなかったわね》
「はい。お告げを下さってたわけですから、もしかしたら女神様か何かかもしれないと思って、こちらから詮索するのも失礼かなと」
《あっはっはっはっ。女神様ってのはいいわね。けどワタシはそんなものじゃない。ワタシはね、剣なの。英雄ジークロットの。彼の使った剣が、再び戦う時が来たのを感じて、この世に再来した使い手を呼んだってわけ。その使い手が、ジークロットの転生、魂を受け継いだ者。アナタよクリス君》
「……!」
《さあ。もう目の前なんだから、早く来て……………………》