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魔王英雄伝 ~ドラゴンの幼女と魔剣の妖女~  作者: 川口大介
第一章 ドラゴンの幼女
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「何でよ。あんた、何をそんなに騒いでるの?」

 不思議そうな顔をしているラディアナを置いて、クリスは走った。散乱している山賊たちの獲物を見渡して、その中から何枚かの衣類を拾い上げ、砂を払って持ってくる。

 そして有無をいわさず、ラディアナに着せていった。

「ちょ、ちょっと何をするのよっ。あんたたちには、この、えっと何だったっけ、そうそう、【服】を身に着ける習慣があるってのは知ってるけど、」

 クリスは手を止めない。下着を着けさせ、上着の袖を通させ、靴も履かせ、髪も梳く。そうしながらラディアナに訊ねた。

「どうして服のことを知ってるの?」

「時々、人間やその他の種族が里に来ることもあるから、いろいろ話は聞いてるのよ。で、めんどくさいことするのねーと思ってて、あたしだったら絶対ヤだなーとも思ってて、」

「なるほど。でもダメだよ。街で情報収集をするんだったら、怪しまれないようにしないとね。普通の、どこにでもいる人間の女の子らしくしてないと、話なんか聞けないよ」

「う。それは確かに困るけど」

「もっとも、君の場合は【普通の、どこにでもいる人間の女の子】にはならないけどね。何をどうやっても……うん、間違いなくそうだ」

 ようやく作業を終了したらしいクリスのその言葉に、ラディアナはカチンときた。

「何よそれ。せっかく我慢して、こんな窮屈なもんを着けさせてあげたってのに」

「ふふっ。じゃあ説明してあげる、というより解らせてあげるよ。こっちに来てごらん」

 何やら嬉しそうな顔になったクリスが、ラディアナの手を引いて歩き出した。

 一体何なのかと思いながら、ラディアナは引かれるままに着いていく。クリスは、山賊たちが生活用水に使っていたのであろう泉の前まで来ると立ち止まって、その水面を指した。ここは焚き火から近いので、星や月の明かりとも合わさって結構明るい。

「ほら、よく見て」

 ラディアナが水面を覗き込む。そこには、今の今まで想像もしなかったものが映っていた。

 ふわふわした金色の髪に赤いリボンが飾られ、同じく赤いドレスに白いエプロン。エプロンには細かなレースが幾重にも飾られており、いわゆるエプロンドレス、つまりメイド衣装なのだが、可愛らしさと共にどこか気品があり、それがラディアナの顔立ちによく似合っている。

 ラディアナはもちろんクリスだって実物を見たことはないが、揺れる炎の明かりに照らされたその姿は、まるで夜の舞踏会に出席している、どこかのお姫様のよう。

 ラディアナは、泉に映った自分の姿を見つめながら、くるりと回ってみた。赤いスカートが白いレースのエプロンと一緒に軽く持ち上がって、回り終えた後でふわりと落ちる。 

「ふぅ……ん」

「解ったかな? どんな大きな街に行っても、こんな可愛い子はどこにでもいるってわけじゃないよ。僕が保証する」

 ラディアナとて、里を出てから自分の姿を見なかったわけではない。だが人間になった自分の姿を見れば、嫌でも呪いのことを強く意識してしまうので、見たくなかったのだ。また、その意識を抜きにしても、本来の姿と比べて綺麗だとか可愛いとかは全く思えなかった。 

 だが、クリスに服を着せられ、髪も梳かれ、丁寧に飾られた今の姿を見てみると。

 ちょっとだけ、いいかなとも思えた。

「まあ、その……あんたの話にも一理あるわね。確かにあたしは、人間のことを詳しくは知らないし、人間の街に行ったこともない。だからここは素直に、あんたの助言に従っとく」

「うん、ありがとう」

「で、さっき聞きそびれたけど、あんたはこれからどうするの?」

 言われてクリスは、ちょっと考えた。

 あの夢が本当に本物ならば、自分こそがジークロットの転生した者。生まれ変わりだ。が、まだ確定したわけではない。というか、クリス自身どちらかと言えば、「いくらなんでもまさか」な気持ちの方が強い。そりゃまあ、全く普通の、ただの夢ではないと思う。しかしそれでも、やっぱりジークロットの生まれ変わりなんかではなかった、というオチがついて終わる話だろう。そんなことで、故郷や両親を強く思っているラディアナを、ぬか喜びさせることはできない。

 となれば、ラディアナには夢のことを説明しない方がいいだろう。

「僕はちょっと行くところがあるんだけど……でも、ラディアナは街へ行く道を知らないんだろ? だったら先に君を送っていこうか? もう夜も遅いから、出発は明日になるけどね。僕は別に急ぐ用じゃないから、寄り道は全然構わないよ」

「あ、そうしてくれる? あたし、里の外へは出たことなかったから、どっちへ行ったらいいのかわからなくて、実は困ってたの。ありがと!」

 ラディアナが、クリスに初めて笑顔を見せた。そういえばこの子は出会って以来、強がったり怒ったり泣いたりばかりしていた。だが、こうやって感謝の気持ちで浮かべられた笑顔を見ると、やはりちゃんと子供らしい。あどけない瞳、ふんわりした頬が可愛らしい。

 この子が里に帰って、元に戻った両親と再会し、ずっとこの笑顔でいられる日が、早く来るといいな……クリスはそう思った。

 その為に自分ができるのは、やはり魔王の遺品の破壊だ。例の夢の正体が何であるかは、今はまだわからない。だが、何であろうともそれを自分の力に変えて、前へと進む。進んでみせる。

『そして世界を、この子を救う英雄になるんだっ。頑張れ僕!』

 決意を新たにするクリスであった。

 

 山賊たちの残した焚き火のそばで野宿をし、翌朝。

 クリスは散らばった品々の中から自分の装備品と道具を拾い集めて、身支度を整えた。ついでにお金と、いくらかの貴金属も頂く。これで当分、路銀には困らずに済みそうだ。

 残念ながらラディアナが着られそうな服は他にはなかったので、ラディアナは昨夜の格好のままで出発した。

 山中をクリスと並んで歩きながら、ラディアナは何だか嬉しそうだ。

「クリス。街に行ったら、服とか飾り物とか、もっとたくさんいろいろあるんでしょ?」

「そうだよ。そりゃもう、とても数え切れないぐらい」

「ふふ、楽しみだなぁ。服を身に着けるのが、こんなに素敵なことだとは思わなかった♪」

 もう姿を映すものはないのだが、またラディアナは嬉しそうにくるくると踊るように回った。木漏れ日の中で無邪気な笑顔を浮かべて舞うラディアナは、美しい気品に可憐な愛くるしさも加わって、今度はまるで妖精のように見える。

 そんなラディアナを微笑ましく見つめながら、クリスは言った。

「じゃあ、君にもお金を渡しておかなきゃね。街へ行ったら好きな服を買……ん?」

 そういえばこの子は、全裸のままで街へ行こうとして、「何か変?」と言っていた。

 そもそも服というものの存在すら、たまに来る旅人からの情報でしか知らなかった。

 それはつまりどういうことかというと。クリスは、くるくる踊っているラディアナに聞いた。

「あの、ラディアナ」

「なぁに?」

「お店に行って、お金を払って、買い物をして、おつりを貰う。服だったら試着したり、裾の調整とかもするんだけど。そういうこと知ってる?」

 ラディアナはピタリと踊りを止め、眉を寄せて考え込んだ。

「えっと……お金とかいうものと交換して何かを貰うってのは知ってる。だけど、今クリスは言ってたわよね。服って、数え切れないぐらいたくさんあるんでしょ? だったらあたしが、その辺の木になってるのをちょっとぐらいもぎ取ってもいいんじゃないの?」

 真面目に考えて、ラディアナはそう言った。全くふざけていないことは、表情で判る。

 だからこそ、クリスは目眩がした。どこから何をどう説明したらいいものやら。

 そして思った。この子を一人で街へ行かせるのはまずい。もし誰かとトラブルを起こして街中で暴れでもしたら、ラディアナが普通の人間でないことはすぐバレるだろう。

 そうなれば、腕利きの冒険者や国軍の騎士団などを相手に戦うことになる。いくらラディアナが強くても、強い剣士や熟練の魔術師などが大勢でかかって来たら勝てはしない。ヘタをすればその場で殺されてしまう。   

 家族友人を失って故郷を出て、孤独な戦いに身を投じた女の子、ラディアナ。生まれて初めてのお洒落を心から喜び、楽しんでいる幼女、ラディアナ。

 この子が、人間たちの手で殺されてしまう……そんなことは絶対にだめだ!

「えっと、あの、ラディアナ。今気づいたんだけど、人間たちの住む街はたくさんあって、どれも広くて複雑だから、君一人で行ったら間違いなく迷子になるよ。そしたら、可愛い服を探すこともできない」

 ラディアナは自分の強さについて、高いプライドを持っている。「人間と戦ったら殺される」なんて言っても反発するだけだろう。クリスは慎重に言葉を選んで説得した。

「だから、もし良かったらこれからずっと、僕と一緒に旅をしてくれないかな。僕としては、助けてもらった恩があるんだし、そのお礼にいろんな街を案内してあげるってことで。もちろん服を売ってる店も、その他も、ラディアナの好きそうなところに連れて行ってあげるよ」

「え。あたしが、あんたと一緒に? でもクリス、行くところがあるんじゃなかった?」

「うん。だからそこへも、君に同行してもらう。君の強さを見込んでね。君は今のところ、これといった当てはないんだろ? だったら、もしかしたら僕の行く先で、何か手がかりが見つかるかもしれないしさ」

 ごまかしのつもりだったが、喋っている内にクリスも段々その気になってきた。考えてみれば最終目的は同じなんだし、情けない話だがクリスよりラディアナの方が遥かに強いのも事実。

 だから、一緒に旅をしてもらえば心強い。無論いつかは、ラディアナよりも強くなりたいが。

 ラディアナは、しばらく考えてから答えた。

「そうねえ。確かに、街以外の場所で何かが見つかるってことはあるかもしれないわ。あんたとは何か縁があるみたいだし、いいわよそれで。一緒に行きましょ」

 頷いたラディアナに、クリスは右手を差し出した。

「ありがとう! じゃあ改めて、僕はクリス。これからよろしくっ!」

 ラディアナがその手を握り返す。   

「ラディアナよ。こちらこそよろしく」

 こうして。英雄の生まれ変わりかもしれない少年クリスと、英雄の従者の生まれ変わりであるドラゴンの幼女、ラディアナの旅が始まったのであった。


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