5
見たところ巨大妖魔は、体の大きさ以外は普通の妖魔と全く変わらない。であれば、弱点も同じであろう。その弱点を、先程まで戦っていた騎士たちはよく知っている。黒く硬い外骨格の隙間、柔らかい肉へと通じる間接部分だ。その小さな隙間が、巨大妖魔は巨大であるから当然、拡大されている。
騎士たちから見れば、例えば普段の弓矢の訓練で使用している的などよりも、遥かに大きいものだ。熟練の、戦闘のプロである彼らにとっては、容易な標的である。
矢が、剣が、槍が、巨大妖魔の足首や膝裏に、次から次へと傷を刻んでいく。巨大妖魔はゴーレムではなく、一個の生物だ。だから、傷を負えばその都度ちゃんと出血する。ましてそれが間接部となれば、どんどん動きが鈍っていく。
緑色の血液を撒き散らしながら、巨大妖魔は暴れた。足を踏み鳴らし、両拳を振り下ろし、騎士たちを叩き潰そうとする。
が、騎士たちとてそう簡単にはやられない。職業軍人である彼らは、自分たちより大きな魔物との戦闘経験もある。巨大妖魔の攻撃目標を散らし、動きの裏をかき、自分たちの攻撃には緩急をつけ、どんどん追い詰めていく。
そんな、騎士たちの攻撃に業を煮やした巨大妖魔は、一声吼えると教会の方を向いた。そして屋根全体を一周できそうなほど長い両腕を伸ばして、五指でしっかりと屋根を掴み、力を込めて引き上げる。すると教会の屋根が丸ごと全部、まるで宝石箱の蓋を開けるかのように持ち上がって、そのまま引き剥がされてしまった。
「グオアアアアァァァァ!」
巨大妖魔は両手で抱えた屋根で、地面を掃く。正に、掃除をするように掃いた。
今までは振り下ろされる拳と足を避けつつ攻撃していた騎士たちだったが、この攻撃には対処のしようがなかった。教会の屋根丸ごと全部で薙がれる、その面積から逃れるのは、それこそ馬にでも乗っていないと不可能だ。いや、乗っていてもできるかどうか。
騎士たちは、箒で掃かれる枯葉となった。屋根で打たれるという常識外れの事態だが、彼らの着ている重厚な鎧はそんな打撃のダメージも、ある程度は防いでくれる。が、その打撃を受けて高く打ち上げられると、今度はその重さで落下時の衝撃を増加してしまう。激しく地面に叩き付けられた騎士たちは、鎧の中の肋骨の中で内臓が激しく揺さぶられ、血を吐いて動かなくなった。
流石というか、辛うじて死者は出ていないようだ。だが瞬く間に、この場に立っているのはクリスと巨大妖魔のみになってしまった。屋根を引き剥がされた教会の中から、大勢の悲鳴が聞こえてくる。
巨大妖魔が、屋根を大きく振りかぶって、クリスへと振り下ろ……
「ぼっっ!」
クリスの遥か頭上を越えて、飛来した炎の玉が、巨大妖魔の掲げる屋根に命中、爆発! 屋根は木っ端微塵になった。
その炎の玉が飛んできた方向、真正面を巨大妖魔が見る。クリスも振り向く。
二人の目に飛び込んできたのは、
「おぉりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
地響き立ててドドドドドドドドと、突進してくる赤いドラゴン(幼女の叫び声つき)だった。そのドラゴンは、まず一度首を高く上げて、巨大妖魔の背後に何も無いのを確認する。それから首を曲げ、頭の角を前方に突き出して突撃!
巨大妖魔は屋根を爆破されたことに驚いてしまったせいで、回避するヒマがなく、赤いドラゴンの突撃をまともに喰らった。が、硬く厚い外骨格に覆われた両腕を組み、しっかりとガードはしている。とはいえその外骨格にも小なりとはいえヒビが入っており、ドラゴンの角の硬さと、巨大妖魔に負けない体重と、突進力の強さを物語っている。
何はともあれ受け止めたことで、既に突進は止まっている。巨大妖魔は組んでいた腕を解き、頭を引こうとしたドラゴンの横っ面に拳を叩き込んだ。
柔軟かつ強靭な首を持つドラゴンなので、頭を揺らすような打撃は衝撃を緩和されてしまい、なかなか効かない。が、そのハンデを埋められるだけの非常識な腕力が、巨大妖魔にはあった。
ドラゴンは軽い眩暈に襲われ、ふらつきながら数歩後退する。
「っと、なかなかいいパンチしてるわね……けど、そんなんじゃあ、このあたしに勝てやしないわよっ! それからクリス!」
ドラゴン――ラディアナは、妖魔と向かい合ったまま目を逸らさず、足元のクリスに言った。
「街の妖魔は全部やっつけた! 火も殆ど消し止めたし、残りは騎士たちが消していってる! 後はもう、このデカいのとカイハブを片付ければ終わりよ!」
ラディアナの報告を聞いて、クリスの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、ラディアナ! カイハブはすぐそこにいて、まだ逃げてない!」
《こんなのを吐き出したんだから、まず間違いなく魔力も体力も尽きかけてる。もう逃げるのはムリよ。こいつがワタシたちを全滅させるって展開に、全てを賭けたんだわ》
となるとやはり、これが最後の決戦だ。
「いくわよおおぉぉっ!」
ラディアナが炎を吐いた。今度はさっきのように爆発する炎の玉ではなく、広がって相手を包み込む大河のような炎だ。巨大妖魔はそれを全身で喰らい、焼かれながら圧力に押されていく。両足を踏ん張るが、それでもラディアナの炎の方が強く、じりじりと後退させられる。
巨大妖魔は吼え、一瞬沈み込んでから大きくジャンプした。炎から跳び出して、ラディアナへと跳びかかる。が、
「甘いっ!」
上からのしかかってきた巨大妖魔を、ラディアナは勢いをつけた尾の一撃で横に払った。巨大妖魔はこれもガードはしたものの、今度は空中なので踏ん張れず、そのまま地面に叩きつけられる。すぐさま立ち上がって反撃に移ろうとしたが、そこへクリスが駆けつけて、後方から右の足首を斬り裂いた。流石に切断とまではいかなかったが、そこは魔王の遺品、パルフェの魔力。実際の刃の長さ以上に深く大きな傷口が、ざっくりと開く。
「グルアアアアッ!」
クリスは巨大妖魔の体勢が崩れた隙にその足元を駆け抜け、今度は左足首を斬り裂く。巨大妖魔は後ずさって、左手を地面に着いた。
だがその動きは、足のダメージによる体勢の崩れではなく、狙いがあった。左手で体を支え、右手は穴の中に突っ込んでいる。自分が生まれ出てきた穴に。
そこから巨大妖魔は、大きなモノを片手で引きずり出し、掲げた。萎みかけ、色もくすんでいるが、ミミズのような体に数十の口、そこから生える触手……変わり果てたカイハブだ。
生気が薄れ、触手も弱々しくうねっているだけのカイハブに、巨大妖魔は喰らいついた。
「えっ⁉」
クリスとラディアナが驚いて見ている前で、巨大妖魔はその大きな口で、まるで果実のようにカイハブを齧り喰らった。カイハブの肉体に牙が食い込み、引っ張られて千切れるたびに、悪臭を放つ体液が周囲に撒き散らされる。
カイハブは悲鳴も上げず抵抗もせず、触手を少し震わせただけで、喰われ貪られるがままだ。
《……そうか! クリス君ラディアナちゃん、あいつを止めて! カイハブの奴、自分に残ってる魔力も体力も命も、全部喰わせて与えてるのよ!》
「与えてる?」
「そ、それじゃカイハブが指示してるの? 自分を食えって?」
《そう! 今のままじゃあいつがやられて自分も殺されるから、それなら自分を文字通りエサにしてでも、せめてワタシたちを殺させようってつもりよ!》




