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 パルフェを握るクリスの顔は、下半分がフェイスガードに覆われているので、外から見て表情を読み取ることは難しい。

 だが今クリスの目には揺るがない闘志と、これまでのクリスにはない力強さが宿っている。すぐそばにいるエレンには、それがはっきりと見て取れた。怖いぐらいに。

「クリス……あんた、その鎧を着て何か変わった?」

《そりゃ変わるわよ。何たって今のクリス君は、世界中で伝説として語られている、凄い力を全身に纏ってるんだもん。ね、どんな気分?》 

 パルフェのタイミングのいい解説に、エレンが少し怯えた。

 だがクリスに動揺した様子はなく、前方の教会と騎士たち、そして妖魔たちを見ている。

 そして、パルフェにだけ聞こえる小さな小さな声で、クリスは囁いた。

「そうだね。ちょっと興奮してるみたいだ。もしかしたらパルフェの望み通り、僕の転生前である魔王の意識が、今の僕に侵食してきてるのかもしれない」

《……え》

「パルフェの身になって考えれば解るよ。家族がいない、仲間がいない、親であり主君である魔王もいない。魔王の後継者たるべき、転生後の僕はとんだ弱虫。だから、何とか昔の魔王らしくなって欲しい、って」

《ワタシは、その……》

「境遇はラディアナと似てるよね。だからラディアナと同じく、何とかしてあげたいとも思う。けど、ごめん」

 クリスはパルフェを一振りすると、腰を落として構えた。

「しばらく待って。カイハブを倒し、リュマルドを倒すまで……いくよっ!」

 クリスが駆けた。鎧の力で脚力を増したクリスの走りは、まるで水しぶきを蹴立てるように土や小石を弾き上げ、人間離れした速さを見せる。

 クリスは体を捻って大きく後ろに引いた剣を、水平に繰り出した。走る足音に気付いた妖魔たちが振り返ったと同時に、一撃! クリスの一振りで、二匹の妖魔が上半身を斬り飛ばされる。腰から上のない死骸が二つ、その場に倒れた。そして腰から下のない死骸が二つ、高々と宙を舞うのを、騎士たちも妖魔も動きを止めて見つめている。

「さあ来い、妖魔ども! 来ないのならこっちが好きなだけ、背中から斬らせてもらうぞ!」

 クリスが大声を張り上げ、妖魔たちの群れに斬りかかった。妖魔たちが応戦する、クリスは背後に廻られないよう少しずつ下がる、妖魔たちがそれを追う、すると、

「今だ! 集結して叩くぞ!」

 教会を護る為、横に広がって陣を薄くしていた騎士たちが集まった。剣や槍を突き出し、クリスに向かっていく妖魔たちを背後から攻撃する。

 妖魔たちを、クリスと騎士たちが挟み撃ちにした形だ。突然現れた異常な強さの新手によって妖魔たちの統制は崩され、右往左往してしまい、クリスと騎士たちに討たれていく。

 さほどの時間もかからず、教会に集っていた妖魔たちは全て倒された。死屍累々の中を、クリスはエレンたちを連れて教会へと向かう。  

 騎士たちに三人を引き渡すと、クリスは一礼して街へ向かおうとした。

「待ってくれ! 君は何者だ?」

 騎士の一人が、去ろうとするクリスに問いかけた。

「その力、尋常のものとは思えん。もしや、街で消火活動を行っているという赤いドラゴンと何か関係があるのか?」

「はい。そのドラゴンは、僕の仲間です」

 と答えてクリスは街の方へ行こうとした、が、足を止めた。地面を凝視して耳を澄ます。

「聞こえる……来てる……近づいて……来て……来たっ!」

 クリスが大きく跳び退いた。一瞬遅れて土中から、丸太のような触手が突き上げられる。

 間髪いれずにクリスが斬りつけた。触手は湿った音を立てて切断され、落ちた部分は地に落ち、のたうっている。

「出て来い、カイハブ! もうそんな攻撃は通用しないぞ! もし捕まっても、パルフェがある限りお前の触手は簡単に斬れるんだ!」

《そーよ! それとも、ラディアナちゃんを呼んで来て引きずり出してあげよっか?》

 鎧の力で高められたクリスの聴覚は、カイハブが地中を掘り進んでくる音を、距離があっても聞きとることができる。だからカイハブの接近を知ることができたのだ。

 今はその音がしない。つまり、最初に触手の攻撃を仕掛けてから動いていないということだ。何か策でも考えているのだろうか。

「パルフェ。もし、カイハブが劣勢を悟ったら、このまま地下を通って他の街まで逃げてしまうとか……」

《大丈夫よ。あんな生物に変質させられたら、もうロクな知性は残っていないはず。人間を喰って妖魔を増やし、ワタシたち三人と戦い続けるだけよ。自分がどんなに劣勢になってもね》

 パルフェの説明を聞いて安心したクリスの耳に、地中の音が聞こえた。

 掘っているのではない。触手を伸ばしているのでもない。震えているというか、痙攣しているというか、そんな感じだ。

 察するに、地中に隠れたままでまた妖魔を撃ち出そうとしているのか。それならばその直後、妖魔を噴出した穴に飛び込んで、妖魔の発射口へパルフェを突き込み、斬り裂いてやるまでだ。

 触手はもう怖くないし、妖魔を地上へと飛ばせばカイハブまで通じる道ができるだけ。勝利を半ば確信して、クリスはカイハブの次の動きを待った。耳を澄まして地中の様子を窺う。

『痙攣が止まった……ん? 何だこの妖魔、撃ち出されるんじゃなくて……這い出て来てる? けどこの音からすると……まさか、でも……』

《クリス君? どうかした?》

 パルフェには聞こえていないようだが、クリスには聞こえている地中の音。妖魔がカイハブから這い出して、地上へと向かっているらしいのは確かだ。が、どうにもおかしい。

 まさかと思いつつ、その妖魔が出てくるであろう地点、先程カイハブが触手を突き出した地面を、クリスはじっと見る。ややあって、地面を掻き分けるようにしてそいつは出てきた。

 姿形は、この場でクリスや騎士たちが斬った奴らと大差ない。大きな複眼と牙を備え、体を覆うのは硬そうな黒い外骨格、昆虫を人型にしたような感じだ。

 ただ一つだけ決定的に違うのは、その大きさ。クリスや騎士たちはもちろん、カイハブも軽く越えて、ドラゴン状態のラディアナの頭が、なんとか胸に届くかというぐらいの巨人なのだ。

 遺跡でラディアナと戦ったゴーレムも大きかった。が、今度の妖魔はそれを上回る。しかもこいつはゴーレムのように、魔力だの魂だので操られているわけではない。一個の生物なのだ。操っている奴をどうにかするとか、力の供給源を絶つとか、そういった対処法はない。

 単純に、剣なり魔術なりで攻撃して、打倒するしかない。

「こ、こんなデカいのを、カイハブが生み出したってことか……」

 地上へと這い上がり、すっくと立った巨大妖魔を見上げて、クリスは戦慄する。

《カイハブ以外にそんなことできる奴はいないんだから、そうでしょ。確かに信じ難いけどね》

「ということは……」

 巨大妖魔が、足元のクリスを見下ろして睨む。

 クリスも見上げて睨み返す。その頭によぎるのは、ラディアナを通じて聞いた、パルフェによるカイハブの説明。人間を喰って妖魔を生み出すという話だ。すなわち、カイハブがこんなに巨大な妖魔を生み出せるのは、それだけ多くの人間が犠牲になったということ。

「……許せないっ!」

「ゴアアアアアアアアァァァァッ!」   

 巨大妖魔が吼え、下方にいるクリスめがけて拳を振るった。まるで足元のゴミを払うように。クリスにとってそれは、大きさも破壊力も、崖の上から落ちてきた巨岩に等しい。

 クリスは何とか回避しようとするが、かわしきれなかった。肩を掠めたその一撃で、子供に蹴られた石ころのように、クリスの体は回転しながら吹っ飛ぶ。

 どうにか体勢を整えて着地するも、もともと重傷の身だ。ただ剣を構えるだけでも歯の食い縛りを要し、表情の歪みを堪えられないクリスに向かって、巨大妖魔の追撃が来る。再び巨大な拳を振り上げて、

「あの少年を援護しろ!」

「展開! 奴を囲め!」

 騎士たちが動いた。巨大妖魔を包囲するように走り、剣や槍で、あるいは背に装備していた弓矢で、攻撃していく。


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