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「わかったわ! じゃあ早速、」
「あ、待って。そのまま行ったんじゃ、街中で妖魔と戦ってる騎士団に攻撃されるよ」
張り切って走り出しかけたラディアナが、ピタリと止まって振り向く。
「何でそうなるの?」
《あのねラディアナちゃん。人間たちの常識では、ドラゴンってのは魔物。敵なの》
「ほら、僕と出会った時、二人で一緒にドラゴンと戦っただろう? 極稀な例外を除いて、ドラゴンという生物はああいうものだと思われてるんだ」
と言われて、ラディアナは激怒する。
「何よそれ! あんな、飼い慣らされた挙句に飼い主にさえ噛み付くような奴と、あたしたちを一緒にするっての⁉」
《普通はそういうドラゴンしか、人間と関わらないからね。ラディアナちゃんだって、リュマルドの事件がなければ、街に来ることなんてなかったでしょ?》
「う。それはそうだけど……でも、あたしが妖魔たちをばしばしやっつけて見せれば、とりあえず味方だってことぐらい解るでしょ」
《敵同士の仲間割れと思われて、妖魔と戦うラディアナちゃんを「チャンス!」とばかりに後ろから刺すわね。でしょ、クリス君?》
パルフェがさらりと言った。ラディアナがクリスを見る。
クリスは、申し訳なさそうに頷いた。
「っっ! 何なのよ人間ってのはああぁぁ!」
今にも火を吐いて暴れだしそうなラディアナを、クリスが慌てて宥める。
「お、落ち着いて。妖魔たちを倒すだけじゃだめだけど、ちゃんとラディアナを味方だと理解させる方法はあるから」
そう言われてラディアナが一応、落ち着く。まだ疑い深そうな顔をしているが。
「ほんとにぃ?」
「ほんとほんと。カイハブがラディアナにやったことを真似すればいいんだよ」
「え?」
「つまり……」
街の中。カイハブが吐き散らした妖魔の種の着弾と、そこから生まれた妖魔たちの大暴れによって、あちこちで火災が発生している。その火と妖魔たちとに追われた人々が、慌しく逃げ惑っている。
そんな中で、銀色の鎧を着た騎士たちが、市民を護るべく奮闘していた。避難誘導して一箇所に集め、ある程度集まったら騎士団が警護している拠点まで護衛して連れて行く。そうしながら、襲ってくる妖魔たちと戦い、更に消火活動まで行う。
騎士団だけでなく有志の冒険者たちも加勢しているものの、倒すべき敵は多く、護るべき市民は更に多く、悪戦苦闘している。燃え盛る炎に照らされながら、斬っても斬っても湧いてくる妖魔たち相手に、騎士たちは果ての見えない戦いを続けていた。そこへ、
「つぅおりゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
轟き渡ったのは、紛れもなく幼女の声。
地響きを立ててやってくるのは、真っ赤なドラゴン。
「な、なんだあれは?」
「新手か! みんな、怯むな!」
妖魔の群れと戦っていた騎士たちは、向かってくるドラゴンに対しても剣を構え、双方への迎撃態勢を整える。真っ赤なドラゴンは、あっと言う間に騎士たちの目の前まで走ってきて……騎士たちの目の前を素通りし、妖魔たちに襲い掛かった。
その爪で、その牙で、その尾で、その剛力で。騎士たちを手こずらせていた妖魔たちを、ドラゴンは瞬く間になぎ倒していく。切り裂かれ、叩き潰された妖魔たちはピクリともしない。完全に死んでいる。
更にドラゴンは、そうやって妖魔たちと戦いながら、何度も火災現場に向かって、
「すううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
口を窄めて大きく息を吸っていく。巨体を考慮してなお膨大なその肺活量は、家々の表面にびっしりと生えた雑草のような炎を、根元からどんどん毟り取ってしまう。
取られた炎はドラゴンの口へと吸い込まれていくが、千切られて小さくされているので、口まで到達する前に消えてしまう。つまりドラゴンが大きく息を吸うたび、みるみる内に家々の火災が鎮められていくのである。水や砂をかけるのとは桁の違う、強力な消火活動だ。
「これは……」
騎士たちは、振り上げた剣の振り下ろし場所に困ってしまう。
「ほらっ、あんたたち!」
見える範囲の全ての妖魔たちを倒し、全ての火災をも鎮めたドラゴンが、愛らしい幼女の声で騎士たちを怒鳴りつけた。遥か頭上から響く声に、騎士たちは思わず直立不動してしまう。
「さっさとその人たちを安全なところまで連れて行きなさいっ! それがあんたたちの役目でしょ! あたしは次行くから! 解ったわね? ほら、返事!」
「は、はっ! 了解しましたっ!」
「よしっ!」
幼女の声のドラゴンが、どたどたと走り去っていく。
走りながらも、右を向いて左を向いて息を吸って、街の火をどんどん消していく。
「妖魔の仲間……じゃないみたいだな、どうやら」
「だな。とりあえず、あの子の言ってたことには従わないと。確かに、それが俺たちの役目だ」
「あの子、って」
「あの子はあの子だよ。きっとあの子、ドラゴンの仲間内じゃあ相当な美少女、いや美幼女だぜ。俺には声で判る。ほら、いくぞ! ドラゴンちゃんの好意の行為を、無にしない為に!」
中央広場から少し歩いたところに、大きな教会がある。ここは大人数を収容できる広さがあり、これまで幾多の台風や地震を乗り切ってきた頑丈さもあるので、街の中央ブロックの災害時指定避難所となっている。食料や医薬品も備蓄されており、大規模災害の際には騎士団の分隊が駆けつけ、街の人たちを保護する、救助活動の拠点となるのだ。
今こそ正にその時。きっとケガ人が大勢運ばれて手当てを受け、その人たちを護る為に騎士団が詰めているはず。そう思ってクリスは、エレンたちを連れて教会へと向かった。
まだ意識を取り戻さないザンファーをエレンとダイラックが両側から支え、パルフェを構えたクリスが周囲を警戒しながら一緒に歩く。
エレンとダイラックは、今はのんびり話をしている場合ではない、と言われ事情を説明されていない。だから剣になったパルフェと、異様な鎧を纏ったクリスを、複雑な表情でちらちらと見ている。
クリスは何も言わない。今は妖魔たちの襲撃に備えることが第一だからだ。また、そのことに集中し専念していないと、自己嫌悪に押し潰されそうだから。
街の惨状、ザンファーとダイラックの負傷、エレンの店の倒壊、焼失。先程までは目前の敵との戦いに集中していられたが、こうして僅かながら落ち着いてみると、罪の意識が後から後から湧き上がってきた。
『僕らが、この街に来なければ……あの遺跡でカイハブを倒せていれば……えい、だめっ! そんなことを悩むのは後回し! 今はエレンたちを無事に避難所まで送り届けて、騎士団に護ってもらって、早くラディアナに加勢しないと!』
クリスは罪の意識を義務感で押さえつけながら、パルフェを構えて歩いていく。
やがて、一行は運良く妖魔と遭遇せずに、教会まで辿り着いた。が、
「うっ……」
《ま、予想できたことね》
教会には妖魔たちが押し寄せていた。次から次に教会へ向かっていく無数の妖魔たちに対し、十人ほどの騎士たちが必死に応戦している。
これでは教会に入るどころか、近づくこともできない。それどころか、こうして見ている間にも騎士たちは怪我を負い疲労を積み重ね、少しずつ妖魔たちに押されている。
そんな様子を見たクリスは、躊躇わず言った。
「エレン、ダイラックさん。少しだけここで待ってて。奴らの包囲を崩す……いや、殲滅する」




