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クリスごとパルフェを掴み取ろうと伸ばされてきた触手たちを、クリスの振るうパルフェが斬り裂いた。パルフェのもつ魔力により、短時間とはいえ再生を抑えられてしまう為、斬られた触手たちはクリスを掴めない。
パルフェを掴み取ったクリスは、カイハブを越えて無事に着地した。クリスの手にパルフェが戻ったことにより、ラディアナの口にも牙が戻る。パルフェを握ったクリス、炎と怪力を備えたラディアナが、カイハブを前後から挟む形だ。
すると、カイハブが恐ろしげな声で吼えた。全身にある数十の口と、頂点にある巨大な口とで、声を揃えて震えるように吼えた。
「オノレエエエエエエエエェェェェッ!」
風圧さえ感じて、クリスとラディアナが後ずさってしまう。
「コロス! コロス! コノマチモロトモ、コロシテヤルッ!」
「そうはさせ……えっ?」
カイハブは、触手たちをフル稼働させて物凄い勢いで地中へと潜っていった。
逃がすまいとクリスが駆け寄る。が、竜巻のように巻き上げられる土砂の、逆さに流れる滝のような勢いに阻まれて近づけない。しかしここでカイハブを逃がして街中へ行かせれば、また人々が襲われる。
一か八か突っ込もうとクリスが決心したその時、土砂の向こう側で大きな音、何かが飛ぶような音がした。カイハブがまた、妖魔の玉を吐き出したのだろうか?
だが空には何も上がっていない。こちら側にも何も来ない。とすると……
「な、何なのよこいつっ⁉」
ラディアナの声だ。と思った時にはもう、宙に漂う土煙だけを残して土砂は治まっていた。カイハブは既に地中深くへと消えてしまっている。掘る音さえ聞こえない。
クリスから見て穴を挟んだ反対側、土煙の向こうにラディアナがいる。
カイハブの空けた穴は跳び越えられる大きさではないので、クリスは穴の外周を回り込んで走った。近づくにつれ、ラディアナの姿が見えてくる。
ラディアナは、妖魔に抱きつかれていた。普通のものより小柄な妖魔が、ラディアナの首に両腕を廻し、ラディアナの脇の下に両脚を巻いて、ガッチリと抱きついている。これが、両腕の上から縛り付けるようにしていたなら、ラディアナは腕力でブッ千切ることができただろう。しかし腕にも脚も触れず、胴体だけに張り付いているので、引き剥がすのに四苦八苦している。
「パルフェ、あの妖魔って……?」
ラディアナに向かって走りながら、クリスは手の中のパルフェに尋ねた。ラディアナに抱きついている妖魔は、体躯が小柄なことともう一つ、他と違う点があったのだ。
それは体の色。黒光りする甲虫のような外骨格に包まれた他の妖魔と違い、ラディアナに抱きついている奴は白いのだ。それが、見ている内に少しずつ赤くなっていく。
《呼吸音がない……鼓動も……生物ではない? この魔力の高まりは……あっ!》
「どうしたの?」
《あいつは自爆する気、いえ、気なんてない、あれは魔力の塊で作ったただの爆弾よ! クリス君、急いで離れ……って、》
クリスはなお一層、慌てて急いでラディアナに向かって走った。
《あぁもうやっぱり! あのねクリス君、あいつの内包魔力量からして、近距離でまともに喰らったら確実に、間違いなく、アナタは死ぬ! アナタが人間である以上は絶対に死ぬ! けど、ラディアナちゃんだったらまだ、助かる可能性は……》
「助かる可能性?」
《うっ》
しまった、つい慌てて正直に言ってしまった、嘘をつくべきだった、ラディアナちゃんなら平気って言うべきだった、とパルフェは後悔したがもう遅い。
ラディアナが死ぬ可能性が高いと知ったクリスは、走りながらパルフェを振り上げ、
「ラディアナ、動かないでっ!」
パルフェの刃が四条の光となって、ラディアナの前で踊った。一瞬後、妖魔の両腕両足が、それぞれ付け根から切断されて地面に落ちる。それを追って胴体も落ちていく。
クリスはラディアナを突き飛ばした。同時に、妖魔の胴体を後方へと蹴り飛ばす。それとほぼ同時に、妖魔の体が爆発した!
轟音、そして熱風が正面から怒涛のように襲い掛かって、ラディアナの頭上や両脇を駆け抜けていく。だがラディアナの正面にはそれは来ない。来たのはクリスだけだ。
クリスの手で突き飛ばされたラディアナは、続いてクリスの胸に突き飛ばされた。何が起こったのか解らぬまま踏ん張ることもできず、クリスの胸に押し潰されるように、倒されてしまう。
ラディアナが事態を把握したのは、自身が仰向けに倒れてしまって爆音が消え、土煙も治まりかけた頃。のしかかっているクリスをどかして立ち上がろうとして、悲鳴のような声を上げた。
「クリスっっ!」
クリスの背中は、革鎧もその下の衣服も跡形なく消し飛んでいた。そこに、むき出しになっているのは背中の皮ではない。そんなものはとっくに焼き尽くされ、赤黒く焦げた肉が露出している。
ラディアナは慌ててクリスを仰向けに、しようとしたが背中が重傷なのを思い出して思いとどまり、どうしようもなくなってパルフェに助けを求めた。
パルフェはまだ、半ば意識の無いクリスの手に握られている。
《最後の後ろ蹴りが、ワタシの予想以上に強かったみたいね。剣の技量もそうだけど、この子ってこう見えて案外、結構、意外と、ちゃんと強いのよね》
「クリスが意外と強いことなんて、とっくに知ってる! それよりパルフェ、何とかして!」
「だい……じょうぶ、だ、よ」
クリスが、呻き声で喋った。
それから歯を食い縛って、パルフェを地面に突き立てて、何とか立ち上がる。
「ちょっとクリス、あんた、その、手当てとか、」
「いい、心配、ない。それより、」
クリスが視線を動かす。ラディアナがそれを追うと、距離があったので爆発の被害を免れたエレンとダイラック、そしてまだ気絶したままのザンファーがいる。
「ダイラックさんや、ザンファーさんこそ、手当てが、いるよ。エレンも、ここに居たら危険だし、早く、騎士団が警備についてるところ、災害時用避難所とかに、」
「あ、あ、あ、あ、あんたはどうしてっっ! どうしていつもいつもそうなのよっっっっ!」
ラディアナはクリスの襟首を引っ掴みたかったが、相手が重傷患者(しかもその原因は自分を庇ったせい)なのでそれはできず、行き場のない両腕をぶんぶん振り回して訴えた。
目には涙を浮かべ、声は涙声になって。
「まさか、まだ言う気なの? まだ、あたしの笑顔の為とか言うつもりなの?」
「もちろん……そう、だよ。だから……泣かないでほしいな」
ラディアナとは反対に、クリスは弱々しいながら微笑みを見せている。
「あ、あたしを泣かせたくないなら! あんたが、あんたがもうちょっと強くなりなさいよ! こんな弱っちいくせに、自分ひとりさえロクに守れないくせに……どうして、逃げようって思わないのよ……どうして、そこまでして……」
「だから、それは、」
君の笑顔、と言いかけたクリスの言葉を叩き飛ばすように、ラディアナは叫び声をぶつけた。
「解ったわよ! やればいいんでしょ、やれば! あんたの大好きな正義の英雄ごっこに、あたしが付き合ってあげる! あんたがジークロット役、あたしが従者役! こっちは正真正銘の本物、文句ないわねっ?」
叫び散らすラディアナの唾が、クリスの顔にかかる。
「さあ、そうと決まったからにはとっとと行って、さっさと片付けるわよっ!」
クリスを担いでカイハブを追おうとしたラディアナが、クリスの手を握った。
と、クリスの手にあるパルフェの柄の、赤い宝石が、眩い光を放った。
「えっ⁉」
「な、何なの?」
《あらー……》
驚きに目を見開きたいところだが眩しさの為にそれができず、クリスとラディアナは目を細めてパルフェを見ている。当のパルフェは、冷静に驚いている。
《二人、ああワタシを入れれば三人か、で今日のところは泣く泣く退いて、もうしばらく一緒に旅をしてからだと思ってたんだけど。こんなに早くとは意外も意外。やるわねクリス君》




