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 大地から生え、うねうねと踊っている触手。相変わらず気持ち悪い、とラディアナは思った。

 クリスはラディアナを抱き上げたまま、 

「な、な、な、な、何だこれ……ラディアナ、大丈夫?」

 心配そうにラディアナを見る。

 大丈夫よ、と答えながら、ラディアナは気づいて驚いた。自分を抱き上げているクリスの腕が、震えていることに。いくらラディアナが軽いとはいえ、よく支えていられると驚くほど、見事にぶるぶる震えている。もちろん、文字通りの「火事場」であるここが寒いわけなどない。だから、震えている理由はただ一つだ。

『怖がってるっての? まだ本体も出てない、触手を見ただけで、こんなに震えるほど? あ、呆れたというか何というか……こんなので震えてるようじゃ、ドラゴンとかゴーレムとかの時なんかどんなに……あ』

 そうだ。今まで気づかなかったが、この様子では間違いない。クリスは戦う度に、ずっと震えていたのだ。震え続けたまま、しかし逃げずに、やれ正義だ英雄だと吼えていたのだ。

 ラディアナは思う。人間としてどの程度かはともかく、この自分と比べたら、クリスは弱い。弱すぎる。だが弱いくせに、今ラディアナをしっかりと抱いているその腕の感触は、どこか故郷の両親を思い出させるものがあった。

 強くて優しい両親を。

『クリス……』

 ラディアナは、自分を抱いているクリスの顔を見上げた。やはり、強そうには見えない。だが、怯えているようにも見えない。体はしっかり震えているのに。

 弱いのに、逃げない。怖いのに、立ち向かう。震えているのに、戦い続ける。

 翻って、自分はどうか。クリスとは比較にならないほど強いのに、逃げようとしていた。こうして戦っているクリスや、ラディアナを助けてくれたパルフェを見捨てて。

『あたしは……でも……あたしは……』

 クリスを見つめたり目を逸らしたりしながら、ラディアナが考え込む。クリスはそれには気づかず、触手から視線を離さずに、ラディアナをそっと地面に下ろした。

 地響きを立てて、カイハブの全身が地中から掘り上ってくる。警戒して身構えるクリスとラディアナの前に、その巨躯が、その異形が顕わになった。

 まるごと一軒の民家ぐらいはある、直立した巨大ミミズ。無数の口が表面に並び、その中のいくつかから触手が映え、うねうねと動いている。

 そしてクリスたちに見せ付けるかのように、何本もの触手で雁字搦めに縛り上げられた美少女を掲げている。手足は無論、首にも口にも触手が巻きつき、声も出せず顎もしゃくれない、せいぜい目配せぐらいしか意思表示のしようがない状態の、パルフェだ。

「ラディアナ。これが、バケモノになったカイハブなの?」

「うん。あれに捕まったら、パルフェに呪いを解いてもらったあたしでさえ逃げられないし、炎を吐いてもあのたくさんの口で吸い込まれてしまうしで、何もできなかった。パルフェが助けてくれたんだけど、そのパルフェが……」

 説明しながら思い出して、悔しさにラディアナが拳を握る。見上げれば、まるで磔の刑に処される罪人のように、屋根の高さでパルフェが拘束されている。全身をきつく縛られ、呼吸さえままならないであろう姿で、苦しそうに顔を歪めている。

 自分を助けたせいでああなったのだと思うと、見ているのが辛い。

「ねえ、クリス。パルフェってもしかして、縛られてると剣の姿になれないのかな。剣になれば、体も頑丈になるし、呼吸もいらないだろうし。それとも、剣になってもそういうのは同じ?」

 と言われて。未熟とはいえ冒険者の基本的教養として、ラディアナよりは魔術関係の知識があるクリスは、考えながら答えた。

「いや。人間の姿になれば、人間同様に手足を使えるし喋ったりもできる、という利点と引き換えに弱点も負う。人間同様の肉体があるから、関節技に捕らわれるし呼吸も必要、とかね。でも剣になってる時にまで、人間としての弱点を持ってるなんてことはないはず。とすると……」

 身動きできない、声も出せないパルフェと、それを見上げるクリスの目が合った。

「……そうか。ラディアナ、僕らでパルフェを助けるよ。そして三人で、カイハブを倒すんだ」

「え? ど、どうやって」

 カイハブは移動するのに触手を使ってしまうのを嫌ってか、クリスたちからの攻撃を待っている様子だ。おそらく戦場に到着後、そこに居座って妖魔を製造することが目的の生物で、自身が素早く移動する必要はないからだろう。動きながら戦うのは苦手なのだ。

 とはいえその製造された妖魔たちが、またここに集まってくるかもしれない。それに、いつここで新たに生み出すかもしれない。クリスは、思いついた作戦を素早くラディアナに耳打ちした。

「……解った? じゃ、いくよ」

「ちょっと待って! それ、失敗したらあんたも捕まるわよ! あいつは、あたしとパルフェの二人が勝てなかった相手って言ったでしょ! そんな奴に、あんたなんかが捕まったりしたらどうなると思う?」

「パルフェみたいに、リュマルド直々に研究される可能性もなくはない。でも多分、この場で簡単に捻り潰されるね。いや、食い殺されるかな。だから、何が何でも成功させなくちゃ」

「なくちゃ、ってそんな……あ、やっぱり」

 もしかして、と思ったラディアナは、クリスの手を握ってみた。

 案の定、細かく小さくではあるが、しっかりはっきり震えている。情けないぐらいに。

 手を握ったラディアナの心中を察したクリスが、言葉も無く目を逸らす。その横顔に向かって、溜息混じりにラディアナが言った。

「ったく。目の前でここまで思いっきり怖がられちゃ、どうしようもないわね。これで、あたしがあんたを置いて逃げたら、あたしがとんでもない臆病者ってことになっちゃう。……いいわ、さっきのやつ、やりましょ」

「ありがとう、ラディアナ」

「お礼なんかいいわよ。それよりクリス、あたし確かに言ったわよね。あたしは、パルフェもあんたも見捨てて、この街から逃げるかもしれないって」

 ラディアナは、右手で拳を握り、

「あたし、まだ解らないの。あたしと違って何にもないあんたが、しかもそんなに震えてるあんたが、どうして逃げないのか。あたしの笑顔だとか言われても、父様や母様ならまだしも、あんたにそんなこと言われたって納得できない。だから、」

 握った拳に、力を込める。 

「戦うわ。あんたと一緒に。納得できるまで」

 先程、震えながら自分を抱きしめたクリスの腕に、両親の面影を重ねたことはまだ隠して、ラディアナは言った。そして、

「だから……絶対に、帰ってきなさいっ!」

 クリスの背中に、大きく振りかぶった拳を叩き付けた。爆発さながらのその威力は、軽いクリスの体を激しく弾き飛ばし、矢のような速さで打ち上げる。

 軌道は斜め上方、そのあまりの速さにカイハブの伸ばした触手は追いつけず、あっという間にクリスは目的の位置まで肉薄する。

「今だ、パルフェ!」

「んむっ!」

 パルフェがリキ入れて、ぽむ! と音がした。

 一瞬前までパルフェの腕や脚があった部分は虚空となり、一瞬前までパルフェの胸があった部分も虚空となり、一瞬前までパルフェの頭があった部分も虚空となった。代わりに、パルフェのシルエットよりも遥かに細くて体積のない、一振りの剣が出現する。 

 パルフェの体を締め付けていた触手たちが、慌ててそれを追いかけて縮めようとする。が、獲物を狙う隼のように飛んできたクリスの、伸ばした手の方が早かった。触手たちによるぐるぐる巻きの門が閉じられる寸前、クリスは勢いに乗って斜めの角度で上昇しながら、パルフェを素早く奪い取る。そして、鞘から抜き放った。

「ええええぇぇいっ!」


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