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14

 パルフェは相変わらず落ち着いている。

「多分この妖魔たちは、簡単にどんどん生んで増やせる代わりに、必要最低限の知能しかないのよ。どんな術もそう、あっちもこっちも全部万能ってわけにはいかないものなの」

「あぁもう……どうでもいいっ! とにかく、あいつはカイハブでリュマルドの手先! だったら潰すだけよ!」

 考えるのはやめて、ラディアナが走った。妖魔たちは爪と牙とで迎え撃とうとするが、あっけなく殴り飛ばされていく。

 無防備になったカイハブ本体に、突進してきたラディアナの剛拳が突き刺さ……らない。

「ぅわっ⁉」

 ぶよん、と拳が跳ね返された。カイハブの胴体は、殴られると逆らわず柔らかく凹んで、それから弾むように元の形に戻ったのだ。

 危うく後ろに転びそうになったラディアナに向け、口たちのいくつかが大きく開かれた。

 炎でも吐いてくるか、一歩も退かずに堪えてやる! とラディアナは思ったが、カイハブの口々から吐き出されたのは炎ではなかった。

 大きく開かれた無数の口のいくつかから、それと同じ太さの、肉色にヌメるミミズのような、長い触手だ。

「っっっっ!」

 触手たちは意外な、というか異様なほどのスピードで襲いかかり、ラディアナの四肢に絡み付いて捕らえてしまった。そのままラディアナを引っ張り、触手を生やしていない口で噛み付こうとする。

 ラディアナはもがくが、引っ張れば引っ張っただけ触手は柔らかく伸び、少し力を抜けば元通り縮むだけ。伸縮自在で、どう足掻いても引きちぎれない。

「ラディアナちゃんっ!」

 パルフェが駆けつけようとするが、こちらにも触手が襲いかかる。パルフェは回避しながら爪で斬り飛ばすも、触手はすぐに再生して伸びてくる。これでは近づけない。

 捕らわれたラディアナが暴れても暴れても、触手は殆ど傷付かない。付けてもすぐに治癒してしまう。数十の口が大きく開かれ、舌なめずりをしてラディアナの小さな体を迎える……

「ラディアナちゃん、使って! ワタシの刃なら、こいつの再生も少しは抑えられるはず!」

 パルフェが走り、触手を掻い潜って前方に跳んだ。ぽむ! と音がしてパルフェの姿が消え、そこに一振りの剣が出現する。投げられたような軌道で飛んで来たそれを、ラディアナが手を伸ばして掴み取る。

 触手に抵抗されつつもラディアナはパルフェを抜き放ち、環状に振り回す。両手足を拘束していた触手が、見事に斬り放された。切断面には黒い光が、パルフェの魔力が染み着いて、再生を阻んでいる。

《触手たちは魔力でも魂でもない、命をもって生きてる肉だから、ワタシの魔力もすぐに破られるわ。いい? クリス君なしでムリヤリやってるんだから、無茶はダメよ! すぐに例の反動が来て、アナタはぶっ倒れるからね!》

「わかってる!」

 と言って後退しながら、ラディアナは口を大きく開ける。その口の中には、小さいながらも鋭い牙が生えていた。そして大きく息を吸って、

「ぼおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」 

 炎を吐いた。パルフェによって不完全ながら呪いを解かれたラディアナの、ドラゴンの炎が、カイハブの全身を覆うように吹きつけられる。一撃で倒せるとまではいかずとも、これで全身丸焦げになるはず、とラディアナは思った。

 が、カイハブの表面に並ぶ口たちが一斉に細く窄まって、

「スウウウウウウウウゥゥゥゥッ……」

吸い込んだ。ラディアナの炎はその多数の吸気によって散り散りに引き裂かれ、小さく小さくなって口たちに吸い込まれ……個別に飲み込まれてしまった。

「えっ? あ、あたしの炎が⁉」

《ラディアナちゃん、ダメっ! 逃げて! これ以上は無理よ!》

「そんなことないっ! あと一発、もう少しだけ近づいて、もっと思いっきりやれば!」

 と確信して踏み出し、先程以上に力を込めて大きく息を吸い込んだところで、ラディアナは両膝をついた。

 全身に悪寒が走り、大量の冷や汗が雫になってエプロンドレスを濡らす。胸が締め付けられるような、いや、実際に締め付けられているとしか思えないほどの猛烈な息苦しさに襲われ、力いっぱい咳き込みたいのにそれもままならない。

 空気を吸うことも吐くことも自由にできず、腕にも脚にも指にも力が入らず、心臓はとんでもない速度で暴れ回る。つい先程パルフェに警告されたこと、無理に呪いを解いた反動が来たのだ。

「ぁ……ぐ、ぅぅ……っ……」

《ラディアナちゃん、ラディアナちゃんっ!》

 触手たちが伸び、迫ってくる。

「……えぇいっ!」

 パルフェが、ラディアナの手から抜けて人間の姿になり、迫る触手に背を向けて立った。そして「え?」と顔を上げたラディアナの頬を、

「ラディアナちゃん、ごめんっっ!」

 思いっきり拳で殴り飛ばした。ラディアナには遠く及ばないとはいえ、魔王の遺品の化身であるパルフェの力は、弱くはない。小さく軽いラディアナは派手に吹っ飛んで、転がっていった。

 転がったラディアナが地に手を着け、体を起こして振り向いた時に見えたものは、

「! パルフェっっ!」

 触手に絡みつかれたパルフェだった。同じ轍は踏まないということか、今度は両手両足のみならず、肩、胸、腹、太もも、全身にびっしりと肉色の触手がまとわりつき、締め付けている。

 触手を引っ張って伸び縮みさせるどころか、微動だにできなくなったパルフェが叫ぶ。

「大丈夫! ワタシは貴重な研究材料なんだから、殺されたりはしないわ! だからラディアナちゃん、早く逃げてクリス君を……か、はっ……」

 触手がパルフェの細い首に巻きつき、喉を締め上げた。パルフェの息が詰まり、言葉が途切れる。辛うじて空気の行き交いはできているようだが、もう声は出せなさそうだ。

 こんな気持ち悪い怪物に、一矢も報いることができずに逃げる。屈辱のあまり泣きたくなるラディアナだったが、苦しそうに睨みつけてくるパルフェの視線のおかげで、動くことができた。巨大ミミズ・カイハブに背を向けて、走り出す。

《聞こえるか? 聞こえているか、ラディアナ? 私は、お前が探し求めている男。リュマルドだ》

「えっ?」

 一も二もなくラディアナは足を止め、振り向いた。

 カイハブは動きを止めている。パルフェは触手で雁字搦めにされ、持ち上げられた状態で目を丸くしている。その声は、カイハブの中央部から聞こえてきた。

《この声を聞いているということは、おそらく逃げようとしているのだろう。いいぞ、逃げるがいい。この街から離れ、パルフェやクリスを捨てて逃げるがいい。それが得策だ》

「な、何なのよ、これ?」

《考えてみろ。パルフェやクリスは、お前にとって何だ? あの二人を使うことでお前は強くなる、つまり一時的に力を増す為の道具だろう? そんな物の為に、使い手たるお前が命の危険を冒すなど、愚かなことだとは思わないか。しかもこの道具は、代用が利くのだぞ》

「? だ、代用って」

《パルフェが証明しているように、私は全ての遺品を集めきったわけではない。つまり、パルフェ以上にお前の呪いを解ける遺品が、どこかにあるかもしれん。また、ジークロットの従者の血筋というのも、お前一人とは限らん。それらを、これからの旅で集めていけばどうだ? 今よりも遥かに強くなれるかもしれんぞ。お前は、私を倒す為に強くなりたいのだろう?》

「……」

《だが今ここで、パルフェやクリスと手を組んでカイハブと戦えばどうなるか。間違いなく、パルフェは私に回収され、お前とクリスは死ぬ。それとも勝算があるのか? ないだろう。お前には救わねばならない者たちがいるのだから、こんなところで死ぬわけにはいくまい。つまり今、お前がこの街から逃げることは、誰恥じることもない、正しい判断だ》

 リュマルドの言葉は、そこで終わった。

『正しい判断……』

 先程、カイハブから持ちかけられた裏切りの誘いには、一度は心が揺らいだが断った。パルフェが血を舐めて読み取った、カイハブの本心から、リュマルドの狙いが判ったからだ。ラディアナの里を侵略目標から外すつもりなどない、ということを。

 そうしたら今度は、そのリュマルド本人から、これだ。

 おそらくは戦力を分断し、まずパルフェとクリスを確実に捕らえる(あるいは仕留める)のが狙いだろうとは思う。思うが、またしても反論できない。引き付けられてしまう。


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