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「な、何だ?」
ゾッとしたクリスが、突き刺したままの剣を横に振って、妖魔の頭部を斬り裂いた。
妖魔は斬られるまま全く抵抗することなく、横倒しになった。ようやく絶命したらしく、もう動かない。
血と髄液の滴る剣を下げたクリスの中で、妖魔の言葉が繰り返し聞こえている。
『僕を知ってる、恨みがある……ってことは、カイハブなのか? カイハブが、この妖魔たちを放った?』
今の妖魔の言葉からして、間違いないだろう。カイハブがこの街に来ているのだ。
となれば狙いは自分、そしてラディアナとパルフェだ。あの二人なら今のような妖魔の一匹や二匹は問題ないだろうが、集団に襲われれば話は違う。
また、標的になっているとはいえ、クリスたちが街を出れば妖魔たちが全員追って来る、とは限らない。街の人たちを皆殺しにした後、クリスたちを追うというのも充分に考えられる。
つまり、一刻も早くカイハブを見つけ出して倒し、これ以上の妖魔たちの増殖を防ぐこと。それ以外に、この事態を収める方法はない。
騎士団は街の人たちの避難誘導や、その避難所の防衛にも人手を割かれるはずだし、何よりそもそもの責任が自分にあるのだ。甘えてはいられない。まずザンファーを助け出して、ダイラックやエレンともども安全な場所まで連れて行き、それからラディアナたちと合流して、カイハブと戦う。大変なことだが、やるしかない。
と、覚悟を決めた正にその時。クリスの目に絶望的な光景が映った。
空には赤い玉が、盛大な祭りの最後を飾る打ち上げ花火のように、何発も何発も放たれている。おそらく、今クリスが戦っていた間にもずっと続いていたのであろう。
だとすると現在、街中を徘徊している妖魔の数は、一体どれほどになるのか。その不安を煽り、実証するかのように、街のあちこちで上がっている火の手も勢いを増す一方だ。そのせいで、もう夜中だというのに、家々が焼かれる火によって辺り一帯が煌々と照らされて明るい。そして熱い。
そんな、猛火に包まれている街の光景を背にして、あちらからこちらから数匹……いや十数匹はいるであろう妖魔が、こちらに向かって歩いてきた。
その全員が、それぞれ手に持ったものを美味しそうにガリボリと齧っている。遠目にも判るそれは、人間の腕や脚だ。しかも、スッパリと斬り取ったものではない。力任せに引きちぎったらしい、いびつに壊れかけたものばかりだ。
ほんの少し前まで、平和で賑やかだった中央公園。ラディアナとパルフェと三人で歩いた中央公園。だが今、そこを歩いているのは、人間の部品を食べる妖魔たちだけ。そしてその彼らが、公園を通り抜けてゆっくりと歩いてくる。
「……っ!」
怒りと恐怖とで目が眩みそうになりながら、クリスは改めてしっかりと、剣を握り締めた。
こうなってはもう、できることは一つしかない。
「ダイラックさん、すみませんがザンファーさんとエレンのこと、お願いします。エレン、僕があいつらを引き付けるから、その間に逃げて」
「え? ちょっと、クリス、」
「早く! ……来いっ、妖魔ども! 僕はここだぞおおぉぉ!」
クリスは剣を振り上げると、大声で叫びながら妖魔たちの前に走り出た。
ゆっくりと歩いていた妖魔たちが、齧っていた腕や脚を投げ捨てて、走り出す。
「ああああぁぁぁぁもう、鬱陶しいっ!」
ラディアナは、次から次へと襲ってくる妖魔たちを打ち払いながら走っていた。
武器は左右の手に一匹ずつ掴んだ妖魔。殴り倒した妖魔の足首を掴んで、両手で振り回しながら走っているのだ。
だが、その武器で殴り飛ばされて石畳や石壁に叩きつけられても、妖魔たちは何匹かが気絶した程度で、他は元気に執拗に追いかけてくる。前からも横からも、そして後ろからも、妖魔たちは次から次へと向かってくる。
「こりゃもう明確に狙われてるわね、ワタシたち。どうせカイハブの仕業なんでしょうし、だとしたら匂いか何かを覚えられてても不思議じゃないわ」
パルフェもラディアナの傍に寄り添って走りながら、寄ってくる妖魔たちを攻撃している。だがパルフェの爪による切り裂きもまた、大して有効な攻撃にはなっていない。
二人が目指しているのは、妖魔たちの発射元。さっきから何発も夜空に打ち上げられ、街中に落ちていく赤い玉=妖魔の種、その源を叩こうとしているのだ。
「それにしても、妙ね」
「何がよ!」
ラディアナは絶え間なく両手の妖魔をブン回して、蚊か蝿を追い払うように妖魔たちを叩いている。だが蚊や蝿と違い、叩いても叩いても妖魔たちは死なずに追って来る。ラディアナが左右の手にそれぞれ持っている妖魔にしても、ラディアナの怪力でさんざん仲間たちにぶつけられているというのに、気絶はしているもののまだ息がある。
そんな中、走りながら戦いながらも冷静に状況を分析して、パルフェが言った。
「こんなに次から次へと妖魔を生み出すなんて、カイハブ一人の術によるものだとは思えない。あいつがそれほどの術者なら、遺跡で会った時、ワタシたち三人を自力で捕らえられたはず」
「だったら援軍を呼んだとか、魔王の遺品を新しく貰ったとかじゃないの?」
「そのどちらかなら、こんなに派手で手間のかかる騒ぎを起こす必要ないわ。ワタシたちを殺すにせよ捕獲するにせよ、自分の手で直接やった方が早いはずよ。となると、考えられるのは一つ。この騒ぎそのものが、ワタシたちの殺害もしくは捕獲に必要だってこと。つまり……」
「どうでもいいわよ、そんなの! もうすぐ、ほら、そこの角を曲がれば!」
ラディアナは走って走って、角を曲がった。そこは妖魔の種の発射元、おそらくはカイハブがいるはずだ。
……いた。というか、あった。
「な、何、これ?」
「なるほどね」
それは、言うなら「直立した極太巨大ミミズ」。面積も高さも、だいたい普通の一階建ての家ぐらいはある。だからミミズとして見れば、太さの割に異様に短い。だがその形、色、柔らかくクネる様子は正しくミミズそのものである。直立状態で固定されているのではなく、クネクネしているおかげで見えるが、上面中央にはまるで煙突のように、大きな口らしきものがある。おそらくそこから赤い玉を吹き出しているのだろう。
だがそれよりなにより、おぞましいのは胴体部分だ。上面のそれとは違い、普通の人間のものと大差ない大きさの口がびっしりと不規則に並んで、斑模様になっている。そしてそれらが絶え間なく、ぐちゃぐちゃと咀嚼している。人間の肉を。
七、八匹ほどいる妖魔が、そこここに転がっている人間の死体を引きちぎっては巨大ミミズの無数の口へと運んでいる。口たちはそれを舌で嘗め、歯で食いちぎる。妖魔たちも時々つまみ食いをしている。
そんな作業を黙々と進める妖魔たちのところに、新鮮な死体を抱えた別の妖魔がやってくると、それを置いてまた去っていく。その繰り返しだ。
「ラディアナちゃん、解る? 人間の肉が、あのミミズのエサであり妖魔たちを生む材料よ。妖魔たちを使ってエサを確保し、妖魔たちを増やす。そして人海戦術でワタシたちを見つけ、捕らえようってわけ」
「パ、パルフェ。あのミミズ、まさか、」
「そのまさか。おそらく、カイハブ本人ね。断言はできないけど、魔力の波長が似てるわ。流石に、喜んでああはならないでしょうから、リュマルドにムリヤリさせられてのことだと思うけど」
「ムリヤリ、ね。もちろん、あたしは同情なんかしないわよ」
「当然」
二人は警戒しながら進んでいく。エサを運んでいる妖魔たちが気づき、振り向いた。
それに合わせて、ラディアナは持っていた妖魔二匹を投げつける。妖魔たちは力を合わせてそれを受け止めると、躊躇なく引きちぎって巨大ミミズ=カイハブに食わせた。
カイハブは妖魔を噛み砕き、飲み下すと、ブルブルっと震えた後、上面の口から赤い玉をいくつか吐き飛ばした。空へ飛んだそれらは、また街中へ散っていく。
「こ、こいつらって……」
あまりにも淡々とした妖魔たちの動きに、ラディアナは吐き気を感じて顔を歪めた。




