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「でも、聞くっていっても……あたし……」

「何も問題ないわよ。まず、ワタシを殴り倒したことなら、クリス君には黙ってりゃわからない。で、さっき言ったでしょ? クリス君は今、アナタに酷いこと言っちゃったって落ち込んでるの。アナタが戻ってあげれば喜ぶわ」

「……もしかして、そういう話に持っていくために、クリスの過去をあたしに見せたの?」

 パルフェは、ちょっと意地悪い笑みを見せた。

「まぁね。今のラディアナちゃんがクリス君の顔を見て、クリス君と話をしたら、きっと今までとは全然違う気持ちになると思う。ラディアナちゃん自身、その気持ちに興味ない?」

「あたしの気持ちはともかく、一度クリスに聞いてみたくはあるわ。どうして、何の為に、あんなに一生懸命、あんな風に、戦えるのか」

「うん、それでいいわ。そうと決まれば早く行きましょ」

 まだ躊躇っているラディアナの手を取って、パルフェが歩き出そうとした。

 その前方から、

「幼子を丸め込むのが上手いな、最後の剣よ」

 カイハブが姿を現した。どうやら、パルフェとラディアナの会話を聞いていたようだ。

 パルフェが足を止め、ラディアナを背後へと押す。

「あぁら盗み聞き? リュマルドの配下は趣味が悪いのね」

「何とでも言うがいい。……聞け、ラディアナよ。本来、人間とドラゴンが手を組むなど不自然なこと。魔王という共通の敵がいた、あの時代は例外中の例外。今、リュマルド様は人間の敵ではあってもドラゴンを敵とする意思はない。戦う必要がないのじゃ。先程そう説明したであろう? あのクリスという少年も含め、人間のことなど考えずとも良い」

「そうね。人間はね」

 ラディアナをその場に留まらせ、パルフェが前に出た。カイハブに向かってずんずん歩いていく。

「ワタシだって、人間なんてどうでもいい。けど、アンタやリュマルドは放っておけない」

「お前はその為に、人間の少年とドラゴンの幼女を利用しているというわけか」

「だったら何よ。卑怯者とでも言うつもり? そんなことより、アンタ忘れてないかしら」

 パルフェが歩いて、カイハブに近づく。

「ワタシはリュマルドの位置を知ることができる。アンタから聞き出さなきゃならない情報なんてない。つまり、この場で殺してもいいってことよ!」

 言うが早いか、パルフェの手刀が突き出され、横薙ぎに払われた。銀色の爪が、閃光の弧を描く。

 その一撃をカイハブは、少し後ろに下がるだけで軽くかわした。ほんの少し掠ったらしく、頬に小さな傷ができたが構わず、カイハブは杖を構える。

「魔王の遺品、最後の剣よ。やはり剣は剣、誰にも握られていないお前単独では、大した力はないようじゃな。言葉を返すが、こちらとてお前を、この場で砕いても良いのだぞ!」

 カイハブの杖に魔力の火が灯る。

 その時にはもう、パルフェはカイハブに完全に背を向け、ラディアナに向かって走っていた。

「そう、ワタシ自身には大した力はないわよ。だから、こんなことぐらいしかできない」

 パルフェは爪の先についたカイハブの血をぺろりと舐めて、ジャンプ!

「はいっ、ラディアナちゃん!」

「え?」

 パルフェは、ラディアナの頭に手を着いて倒立した。そのままくるりっと体を捻って、脚を畳む。ぽむ! と音がしてパルフェの体が消え、変わりに黒い鞘に納まった一振りの剣がラディアナの手に落ちてきた。

 ラディアナはそれを握る。剣になったパルフェの柄を、しっかりと握った。

「……カイハブ」

 眉を吊り上げて低い声を出したラディアナの、口の中で鋭い牙が伸びていた。これは遺跡の時と同じ現象、パルフェがラディアナの呪いを不完全ながら解いているのだ。

「あんた、あたしを騙そうとしてたのね」

「何?」

「よ~く解ったわ。つまり、それがリュマルドの意思ってことね」 

「⁉ ちょ、ちょっと待て! 何を急に、」

「うるさいっ! 父様も母様も、里のみんなも、あたしがこの手で守ってみせるっっ!」

 パルフェを手にして、牙を生やしたラディアナが突進してきた。この状態のラディアナがどれほど強いかは、ザセートの遺跡で身をもって嫌というほど思い知らされている。

『な、何がなんだか解らんが、どうやらバレてしまったか。くそっ!』

 カイハブは杖に宿らせていた爆破の魔術を、ラディアナにではなくラディアナの足元に向かって撃ち放った。石畳が砕け散って舞い上がり、ラディアナの視界を塞ぐ。また、踏み込もうとした足元で爆風が膨らんだせいで、ラディアナは大きくバランスを崩してしまう。

 その隙をついて、カイハブは脱兎の如く逃げ出した。もともと入り組んだ狭い路地なので、ほんの数瞬の間があれば身を隠しながらの逃走は容易い。またラディアナもパルフェも、土地勘はないしカイハブの居場所を探れるような術も技もない。

 カイハブは、無事に逃走することができた。


 ラディアナとパルフェはエレンの店への帰途に着いた。打倒すべきはあくまでもリュマルドであり、カイハブなんてザコは追う必要もないと結論づけて。

 そのカイハブは、路地の片隅で壁に背中を預け、一息ついていた。

「おのれ……何とかせねばならんが、しかし……」 

 素の、幼女状態のラディアナだけならまだしも、パルフェと組まれたら歯が立たない。さっきは怒りで冷静に判断できなかったようだが、ラディアナが追跡ではなく追撃していたら、カイハブの背に炎を吐いていたら、こうして逃げることができたかどうか。

 穴があるとすればクリスだが、仲を裂くことに失敗した今、ヘタに手を出せば却って余計な怒りを買い、状況が悪化しかねない。こと、ここに至っては、もう自分一人ではどうにもならないことを、カイハブは悟った。

『仕方あるまい。パルフェに加えて他二人も見つけ出した、という功績だけでも軽くはなかろう』

 カイハブは周囲に人影がないのを確認すると、杖を掲げて呪文を唱えた。高まった魔力が杖の上端に凝縮されると、まるで篝火のように明るくなり、揺らめいた。

 その、揺れる光に向かって、カイハブがここまでの経緯を説明する。

 すると光の中から、まだ若い男の声が聞こえてきた。

《ほう……いや、それならば充分、胸を張っていいぞカイハブ。私の想像以上の成果だ》

「勿体無きお言葉です」

 カイハブは杖を掲げたまま、上端の光に向かって頭を下げる。

 光の向こう、遥か彼方にいるのは、彼の主人。大魔術師リュマルドだ。

「今この街に魔王の転生、すなわち魔王の魂を継ぐ少年と、ジークロットの従者の子孫、そして魔王の創りし最後の剣が揃っておるのです。いかが致しましょうか」

《そうだな。パルフェとやらは回収せねばなるまい。後の二人は……肉片でいい。本人たちが私に心から従うことはなかろうし、ならば研究材料にするまでだ》

「はっ」

《では頼んだぞカイハブ》

「……は?」

 カイハブは耳を疑った。自分ではどうしようもないから、リュマルドに連絡を取ったのだが。

 カイハブ一人でもあの三人を倒せる、とリュマルドは信頼してくれているのだろうか。光栄だがそれは買い被り、あるいはラディアナたちの力を見くびっている。

「申し上げにくいのですが、リュマルド様。私の力では……」

《ああ、もちろん今のお前にそのまま戦えと言う気はない。心配するな》

 リュマルドの声に、楽しそうなものが混ざり始めた。

《カイハブよ。私はお前たちに魔王の遺品の探索を命じた。そして見つかった後のことを考え、いろいろな事態に備えて手を打った。これからするのもその一つ、遺品を発見したはいいが、入手が困難という状況を想定して仕掛けたモノ》

「……どこかで聞いたような」

《例えばお前が今、手に持っている杖。それには我が魔力を染み込ませ、深く強く宿らせてあるのだ。それをこれから作動させる。間もなくお前は、杖に食われて別の生物になる》

 息を飲んだカイハブが、杖を投げ捨てようとした。が、できない。薬品で接着されたように、生き物に吸い付かれているように、杖を持った手が密着したまま、放せない。

 腕を振り回してみるが、どうにもならない。指は杖を握った形のまま、全く動かせない。その指と、掌に伝わる感触が、だんだん変わってきた。杖が生温い熱を宿し、生き物のように脈打ち始めたのだ。ドクン、ドクン、と臓器が動いて血液か何かを送っているような。自分の手首に指を当てるのと同じような感触が今、杖にある。 

 得体の知れない恐怖に駆られて、とにかく逃げたくて、カイハブは走り出した。

 走る間に、指に続いて腕までもが、カイハブの意思を離れていった。杖を持った腕が、一旦高く上げられて、それから力いっぱい振り下ろされる。

 狙いは自分の腹。杖の下端、それほど鋭くはないが尖っている部分が、カイハブの腹部に突き刺さり、肉に食い込んだ。


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