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 エレンは落ちた食器を手早く片付け、ザンファーは男を軽々と店外に投げ捨てる(財布から料金は抜き取った)と、二人揃って厨房に戻った。それからすぐに、エレンが両手にいくつもの料理を乗せたトレイを持って出てくる。あちらこちらのテーブルに料理を運び配り、クリスたちのテーブルにもやってくる。何事もなかったように。

「お騒がせしてごめんね。馴染みの人たちなら、あんなこと誰もしないんだけど」

「この店は旅の人も多いからね。仕方ないよ」

「そうねえ。あら、どうしたのラディアナちゃん?」

 ラディアナはまだ立っていた。湯気といい匂いが流れてくる厨房を見ている。

 エレンがラディアナの視線を追ってみる。その先にあるのは、食材と調理器具相手に八面六臂の獅子奮迅で次から次へと料理を作っていくザンファーの姿だ。

「あ、そっか。ラディアナちゃんは父さんを見たの初めてだから、驚かせちゃったかな」

 クリスに料理を褒められた時と同じように、エレンがまた胸を張った。

「父さんはね、昔は有名な冒険者で、」

「その説明はさっき僕がしたよ」

「あ、そう? でね、引退した今はこのお店やってるんだけど、ラディアナちゃんもご存知の通り、料理の腕前も超一流! ご近所どころか他所の町まで評判なんだから」

「そうだね。僕もこの街に来る前から、この店の料理の噂は聞いてた」

「でしょでしょ。まぁ私が言うのもなんだけどね、例えばクリス君とかが私のこと好きになったら苦労するわよ」

「?」

「身近に父さんを見てるから、どうしても男性の理想ラインが高くなっちゃうってことよ」

 ここぞとばかりに、誇らしさ一杯でエレンは言い切った。

「強いし優しいし料理まで上手くて大評判、ときてるんだから。はっきり言って父さんに比べたらそこいらの男どもは、」

 その大好きな父さんの、厨房からの怒鳴り声が轟いた。

「こらエレンっ! この忙しいのに何サボってるっ!」

「あ、はいはいごめんなさーい! そんじゃまたねっ」

 あたふたとエレンは厨房に戻っていった。

 クリスは苦笑しながら食事を再開する。

「まあ自慢したくなる気持ちは解るけどね。でもあの様子じゃ、まずエレン自身が、他の男の子を好きになれるかが心配だよ。自分で言ってる通り、ザンファーさんほどの人を毎日身近に見てるんだから」

「……それほどでもないと思うけど」

「え?」

 ようやくラディアナが、すとんと席に着いた。エレンが絡まれる前に発生していた、あの妙な元気のなさが戻ってきている。ここの料理を気に入って、あんなに幸せそうに食べていたのに、一体どうしてしまったのか。

 その原因を考えて、クリスは首を傾げる。が、すぐに気づいた。

「あ、そうか。ごめんラディアナ、僕が無神経だった」

「え?」

「考えてみれば、今はパルフェもいるわけだし」

「ワタシが何?」

 クリスは、元気なさげなラディアナの手を強く握って語りかけた。

「ラディアナは両親と別れて、寂しかったんだよね。なのに僕とエレンがザンファーさんの話で盛り上がったりしちゃったから」 

「クリス……」

「だから、今日は僕がお父さんになってあげるよ! でパルフェがお母さん。さあラディアナ、ボクのことを遠慮なくお父さんって呼ん……」

 ばあん! と音がして、ラディアナが立ち上がった。

 音の正体は、ラディアナの平手打ちの音。一応手加減はしたらしく、クリスは死んではいないが、頬を腫らして椅子から転げ落ちた。

 脳震盪にくらくらしながらクリスが立ち上がろうとした時にはもう、ラディアナは逃げるように店から出てしまっていた。

 突然のことに、クリスはラディアナを追いかけるどころか、ろくに身動きできずにいた。

「ラディアナ……」

「あ~あ」

 肉を食べ終えた骨付き唐揚げの端、軟骨をがにがにと齧りながら、パルフェが肩を竦めた。

「怒らせちゃった、いや、泣かせちゃったわね。あれは」

「ど、どうして?」

「そう、それが解らないのがアナタなのよね」

 パルフェは齧っていた骨を口から抜き取ると、それでクリスの鼻先を指した。

「はっきり言って、アナタには中身が無いのよ。上っ面だけで愛とか正義とかを説いてるだけに見えるし、聞こえる。言葉に心がこもってないというか」

「そんな……」

「と言い切ってしまうのも酷といえば酷だけどね。実際、アナタには中身がないんだから。愛とか正義とかを語れるような中身が」

 しゃぶり尽くした骨を使用済みの皿に置いて、パルフェは新たな唐揚げを手に取った。クリスのことを、特に怒っているわけでもバカにしているわけでもない、淡々とした口調と表情だ。

 だがそんなパルフェに対し、クリスは少なからず動揺している。

「アナタには、ラディアナちゃんと同じような喪失の悲しみを、味わえる対象がない。家族とか友人とか。だからそういったものの思い出も、ほぼゼロ。というかむしろ、マイナスばっかり。ラディアナちゃんの気持ちが解らないのも当然よね」

「な、なに、それ、どういう意味?」

「言ったでしょ、アナタの魂を読んだって。アナタが最後におねしょした頃、まだ剣を持ってなかった頃、アナタがどこでどんなことをしていたか……」

「!」

「もちろん、全部じゃないけどね。でも大体解ったわ。だからワタシに言わせれば、今のアナタは理解不能よ。上っ面だけとはいえ、愛だの正義だのと言ってられるなんて。普通なら今頃、この地上界と全ての人間を呪って、ワタシの持ち主に相応しい魔王様になってるはず。なんだけど、ねえ。いやはや」

 パルフェはのんびり、もぐもぐと唐揚げを食べながら話している。だがそれを聞くクリスは、まるで死んだような顔をしていた。触ったら冷たそうだ。

 固く凍り付いていそうな唇を、クリスは震わせながら開いた。

「パ、パルフェ。そのこと、ラディアナには……」

「言うなっての? そんなことより、まずはアナタがもっと努力してよね。さっきみたいに、軽々しくも内容の浅い言葉であの子を泣かせたりしないように。アナタたちがしっかり仲良く頑張らないと、リュマルドに勝てやしないわよ」

 軽々しくも内容の浅い言葉。ラディアナを元気づけたくて言った言葉を、バッサリと一刀両断されてしまった。

 クリスの手が、ぎゅっと握られる。

「……僕は、どうすれば……」

「それは自分で考えることね。ま、今日のところは協力してあげるけど。ラディアナちゃん、今はアナタの言葉なんてまともに聞いちゃくれないだろうから、ワタシが言って来てあげるわ。アナタはここで、大人しく待ってなさい」

 パルフェは席を立ち、ラディアナを追いかけて店を出た。

 しばらくして、エレンがラディアナたちに注文された料理をもって来た。クリス一人では到底食べきれない量を。

「お待たせ、ってあれ? あの二人は? どしたの、ケンカでもした?」

「……ごめん。それは他のお客さんに配って。代金はこの通り、」

 クリスはエレンの顔をまともに見られず、俯いたまま銀貨を取り出してテーブルに置いた。

「ちゃんと払う、から……しばらくここに居させて」

 クリスは俯いたまま、それだけ言って黙り込んだ。

「もちろん、お金払ってくれる限りは大事なお客さんよ。これだけ注文してくれたんだから、閉店までゆっくりしていってもいいわ」

「……ありがとう」

 エレンは代金を受け取ると、ラディアナが注文した分の料理を持って他のテーブルに向かった。


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