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恐る恐る疑わしい視線を向けてくるクリスに、パルフェはにこやかに答えた。
「うんうん、そうよね。それにしちゃアヤし過ぎるわよねぇワタシは。解るわよ。でもねクリス君、人は見かけに寄らないっていうでしょ?」
言われたクリスは、はっとして頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「あん。謝らなくていいわよ。なぜならワタシは人じゃないから、見かけに寄ってるの」
「……え?」
「つまりワタシは、ジークロットの剣ではない。そしてアナタも、ジークロットの生まれ変わり、つまりジークロットが転生した者、ではない」
クリスの顔が強張ってきた。ラディアナの顔には警戒の色が浮かんできた。
パルフェのにこやか笑顔が、意地悪いものになってきた。
「なのにラディアナちゃんの呪いを、不完全とはいえ解くことができた。鍵のかかった箱の中身を取り出せるのは、箱や鍵を壊せる力持ちでなければ……鍵を持ってる人、よね?」
まさか、とクリスが思ったその時、天井で異様な叫び声がした。
そして降って来た。ラディアナの一撃を受けて天井に叩き込まれ、埋め込まれたカイハブが意識を取り戻し、舞い降りて来たのだ。
「き、貴様っ……」
魔術で落下速度を調整し着地したカイハブは、杖を支えに何とか立って息を切らせている。もう戦えそうにない。だが目だけは強く強くギラつかせて、パルフェを睨みつけている。
パルフェはそんなカイハブを、冷ややかな目をして見ている。
「貴様、まさか、魔王がジークロットとの戦いの寸前に創ろうとしていたという、あの……敵の血を、心を、魔力を喰らって無限に強くなるという魔剣、パルフェか?」
「そうよ」
あっさり頷いてパルフェは、
「ワタシが完成してれば、人間なんかに負けなかったんだけどね。未完成だったワタシは使われないまま戦いが終わり、城も崩れ、遺跡となり、多くの人間に発掘された。で、巡り巡ってザセートの手に入り、封印されたの。けど諦めず、封印の中からワタシは呼びかけ続けた。次なるワタシの使い手に」
クリスの肩に手を置いた。
「魔王様が倒される寸前、残された魔力を呪いの形にして遠い未来へと放った、その先。魔王様が跡継ぎと定めた、自らの生まれ変わりとなる者、魔王様の転生先に、ワタシは呼びかけていたのよ」
「!」
クリスが、そしてラディアナが息を飲む。
パルフェの言葉を予期していたカイハブさえも、声を出せないでいる。
三人が沈黙する中、パルフェだけが一人、笑みを浮かべている。
やがてラディアナが、
「……今の話からすると、もしかしてパルフェ、あんたは……」
じりじりとパルフェに近づきながら言った。
「そのものズバリの、【魔王の遺品】なの?」
「ええ。しかも最後に作られた、つまり最高の技術が詰め込まれた、最高傑作よ。だから、」
パルフェは表情を一変させ、カイハブをギロリと睨みつけた。
「ワタシの仲間たちを……いいえ、家族を。勝手に掘り出して勝手に利用してるアンタたちは、絶対に許さない。二代目魔王様と手を組んで、必ずブッ殺してやる。そう思ってワタシは、クリス君に呼びかけ続けていたのよ」
パルフェの殺気に、カイハブが後ずさった。怯えた顔で必死に訴える。
「待て! ならば魔王の遺志を継ぎ、この世の覇権を手にせんとするリュマルド様に助力するべきではないのか? お前の言う家族と共に、リュマルド様の下で、」
「却下。ワタシは、この世の覇権なんて興味ないの。ただ、魔王様を含めたみんなで一緒に、楽しく暮らせればいい。もちろん魔王様が望むなら、世界征服でも何でもするけどね。そう思って何百年も、魔王様の転生を待ってた。そしたらアンタの親玉が、随分と勝手なマネを始めてくれた。だからブッ殺すの。ようやく会えた魔王様と一緒にね」
「そ、そんなガキに何ができる?」
「できるわよ。この子は間違いなく魔王様の転生、魂を継いだ子。これからまだまだ、もっともっと強く成長するわ。それは、ジークロットの従者の魂を継いだ、ラディアナちゃんも同じこと。更に、」
パルフェは人差し指を立てて、くるくると宙に円を描く。そして、ゆっくりとカイハブの後方を指差した。
「ワタシは他者の魔力を喰らう剣にして、魔王様の魂に共鳴する剣。魔王様の魔力の残影がどこにあるかなんて、簡単に判るのよ。つまり、魔王様の遺品が集められ、使用されている場所がね。こっちの方角、でしょ? リュマルドさんのおうちは」
確信を持った顔のパルフェに言われ、カイハブの表情に動揺が浮かぶ。
「その動揺が演技でも本気でもどっちでもいいわよ。アンタなんかに訊かずとも、ワタシには判ってるから」
「そして、そのガキどもと共に、リュマルド様を倒しに行くわけか」
「そうよ」
「……そうか。では仕方がない!」
カイハブは、杖の先端で自分の手を突き刺した。そしてその血をつけた杖で、床を叩く。
すると床が、壁も、天井も、地響きを立てて大きく揺れ動きだした。まるで地震、それもかなりの規模だ。間違いなく、このドームだけではなく遺跡全体が揺れている。
地面が波立っているかと思えるほどの揺れに、クリスもラディアナもパルフェも、まともに立っていられない。当然、こんなことがカイハブの腕力だけで起こるはずはない。
「パルフェよ。お前はそいつとの邂逅を長年待ったそうじゃが、わしもまた、お前を求めてこの遺跡を調べ続けた。また、お前が見つかった後のことも考え、いろいろな事態に備えて手を打っておいた。これはその一つ、お前が敵に奪われそうになった場合を想定して仕掛けたモノ」
言いながらカイハブの体が、ゆっくりと上昇していく。浮遊の魔術、に似ているが違う。カイハブ自身が術で浮いているというより、地面から術が放射されてカイハブを持ち上げているような。。
「この地下遺跡をとりまく土全体に、何年もかけて我が血と魔力を染み込ませ、深く強く宿らせた。それを今、暴走させた。間もなくここは、山全体もろとも崩れ落ちる」
「っ!」
「残念ながらリュマルド様と違い、わしは一撃で山を崩すような術は使えん。大掛かりな準備をした上での、たった一発がわしの限界。が、お前たちを埋め潰すのにはそれで充分」
クリスたちが揺れる地面を相手に苦戦している間に、カイハブはドームの天井すぐ近くまで上昇した。
ラディアナは、カイハブを炎の玉で打ち落とそうと口を窄めて吹きまくるが、もう力を失っている為、いくらやってもただの息しか吐けない。それをあざ笑うかのように、カイハブは杖から火の玉を撃って天井を爆破。先程、自分がラディアナに叩き込まれた穴を大きく広げ、深く掘った。
「ようやく見つけた魔王の遺品、惜しいとは思うがな。しかしリュマルド様も、敵対する力となってしまうぐらいなら、永遠に葬る方を喜ばれるじゃろう」
二発、三発と火の玉を天井の穴に打ち込み、上方への脱出口を空けたカイハブは、泳ぐようにその中へ入っていった。そのままこの遺跡を抜ける気なのだろう。
残されたクリスたちは、慌てて脱出しようとするものの、あまりにも揺れが激しく、走るどころか立っているのも困難な状態だ。そうこうしている間に、床にも壁にも無数の、かつ大きなひび割れが走っていく。
「と、とにかく出よう」
「そうね。崩れる前に、早くここから」
「クリス君、ラディアナちゃん、走って!」
言いながらパルフェがジャンプした。空中で服を脱ぎ捨て、抜き身の剣に変身する。そのまま真っ直ぐ落ちて、地面に浅く突き立った。
すると、僅かながら揺れが弱まってきた。
《くっ、流石に、即席の亡霊寄せ集めゴーレムみたいには、いかない、わね》