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「……汝、そのような姿をしておるが人ではないな? おそらくは竜、それもかなりの上位種族と見た」
クリスたちからラディアナへと注意の矛先を変えたザセートの言葉に対し、ラディアナは得意げに答えた。
「ふふん、その通りよ。けど誤解しないでほしいことが二つあるわ。まず一つ、あたしが強いのはそういう種族だからってことだけじゃなくて、ずっと厳しい修行をしてきたから。そしてもう一つは、」
ラディアナは、背を反らして胸を張って、
「あの世で噂話する時、これだけは忘れないで。今のあたしは、こんな姿になってしまったから、この程度だけど。本当の本来の実力は、こんなものじゃないってね!」
大きく息を吸って口を窄めて、炎の玉を吹いた。ザセートは今度は亡霊をぶつけず、宙を飛んで回避する。そして亡霊たちを杖で操り、残っていた分を全て自分の真下、床の中に潜らせた。
下からの攻撃かと思い、ラディアナは自分の足元を見て身構える。が、違った。
亡霊たちが潜った、ザセートの真下の床。そこに異変が起こった。
低い音と共に床が振動し、高い音がして敷かれていた金属板が砕け散り、重い音がして床下で組まれていた石畳が持ち上がり、意思があるかのように組みあがり……あっという間に巨大な石像、ゴーレムを造り上げた。ここのバカ高い天井までには遠いが、それでもその身長は、クリスの倍はあるだろう。肩幅なんかは優に三倍以上だ。
ゴーレムは通常、高位の魔術師や僧侶が長い時間と高い費用と複雑な技術を注ぎ込んで造るものだ。それをこうも容易くできてしまうのは、魔術師としてのザセートの、並外れた力量を示している。
という知識も理屈もラディアナには解らない。だが、ザセートが例によって亡霊たちをムリヤリ操り、石人形の中に押し込んで動力にしているというのは、魔力の流れで読み取れる。
「ふうん……あんた、人間にしてはかなりの力の持ち主みたいね。生きてた時はその力で、たくさんの人をこき使って殺して、死んだ後もこうして使ってるってわけ」
「いかにも。その通りだ」
足元に屈強なゴーレムを従え、天井近くに浮くザセートは両腕を広げて語った。
「力あるものが力なきものを支配する。弱肉強食は自然の摂理。人にあらざる娘よ、人の法や道徳を知らぬ汝であっても、この摂理は理解できるであろう。馬は草を食み、その馬の肉を獅子が喰らう。更に広げるならば、名も無き蟲の死骸を養分にして草は育ち、獅子は獅子で人間に狩られて肉や毛皮を奪われる。これが世の理であり、」
「あんた、もしかしてあたしのこと、バカにしてる?」
ラディアナはザセートを見上げ、自分の胸を叩いて言った。
「悪いけど、いや全然悪くないけど、あたしはドラゴンなの。この地上の生き物全部の中で、一番強くてかっこいい、ドラゴンなの。そのあたしがどうして、馬だの獅子だの蟲だの、人間だのの理だか何だかに縛られなきゃならないのよ」
「……」
「あたしは、あんたのこと気に入らない。あんたのやってること、やってきたこと、許せない。あと、あたしの目的の邪魔にもなってる。だからあんたをやっつける。何か文句があるの?」
「その通りっ!」
響いたその声にラディアナが向き直り、ザセートが後方の下方を見れば、いつの間にかクリスがホールの最奥部まで到達し、祭壇に上がって剣を手にしていた。
「暴力で他者を支配し、命を奪い、死後の安息まで縛るなんて、人間であろうとなかろうと許されることではないっ! この僕が成敗……」
高らかに言い放ち、剣を鞘から抜こうとしたその時。突然、ラディアナのものほどではないが強烈な爆炎がクリスを襲った。
クリスは激しく吹き飛ばされて祭壇から落ち、床に打ちつけられる。
「最後の最後で祭壇そのものにも罠があるかと思っておったが、取り越し苦労だったようじゃの。まぁご苦労さん、と言っておこうか」
衝撃で剣を手放してしまったクリスに、カイハブが杖を向けている。
「カ、カイハブさんっ?」
「さん付けなんぞせんでいいぞ。わしはお前らの敵なのじゃから。とは言っても、騙していたわけでもない。わしはこの遺跡のどこかに、地上にある何ものとも異質な、そして並々ならぬ力を秘めたものがあると感じておった。しかし、探せど探せど見つからなかった。ここまでは全く偽りなき真実じゃ」
クリスの手を離れて飛ばされた剣は、今、カイハブからもクリスからも同じぐらいの距離を置いた位置にある。
カイハブから目を放さず、クリスは立ち上がって、じりじりと剣へと近づいていった。
「騙していた、いや、隠していたことといえば、わしはそれがジークロットに関わるものだと確信していたこと。そしてジークロット縁の者でなくば手に入れられないのでは、と思いお前のような者をずっと待っていたこと。そして、わしがリュマルド様の配下であるということ」
クリスの足が止まった。その顔が驚愕に凍りつく。
「リュマルドって、まさか……」
「そう、お前たちが求めている大敵、大魔術師リュマルドその人じゃ」
その名は、今や世界中で知らない者はいない。どのようにして手に入れたのか、太古の魔王の遺品を我が物として操り、世界中に災禍を振りまいている諸悪の根源。
かつて魔王の手足となって世を恐怖に叩き込んだ【妖魔】たちを蘇らせ、それらに護られてどこかに城を構えていると噂には聞くが、それ以上の確かなことはわかっていない。
いや、クリスとラディアナには、もう一つわかっていることがある。
「リュマルド様は、もし自分に対抗し得る者が現れるとすれば、ジークロットに関わる者であると考えておってな。ジークロット本人もしくは共に戦った従者の、子孫や転生者などなど、人物であれ品物であれ、とにかく探せと配下の者全てに命じられた。そこでわしは、この遺跡に目をつけた」
「そんなのどうでもいいけど、」
「ん?」
「そのリュマルドが魔王の遺品を使い始めたせいで、魔王の呪いが発動して、あたしの父様も母様も……里のみんなも……」
ラディアナの目に涙が浮かび、牙の見える口元に憤怒が浮かんだ。
「いいところで会えたわ。今すぐボコボコにして、その、リュマルドとかいう奴の居場所を吐いてもら……」
言いながらラディアナが後ろに跳んだ。一瞬前までラディアナが立っていた床が、ゴーレムの巨大な拳に打たれて砕かれ、破片を撒き散らす。
ゴーレムを操るザセートが、ラディアナを見下ろして言った。
「ごちゃごちゃと訳のわからぬことを。お前も、あの少年と魔術師も、全て我が力の前に死滅する運命。これ以上の会話は不要である」
「ああ。そういえばまだいたのね、昔々の王様」
ラディアナは息を吸って、
「もう、あんたなんかどうでもいいのよ。とっとと焼き尽くして終わらせるわ」
再度、拳を振り上げようとしたゴーレムの全身に、炎を浴びせかけた。
が、効かない。石でできた巨大な人形は、その表面温度を上げただけで、焼けも壊れもしていない。
亡霊たちは石の中でゴーレムの動力になっている。いわば石の鎧を着ているのだ。
「叩かれ潰され粉微塵になって我が奴隷となれ、竜の娘よ!」
ザセートの命令に従い、ゴーレムが大きく踏み込んで殴りかかってきた。その踏み込んできた足に向かって、ラディアナは口を窄めて爆発する炎の玉を放つ。
狙い過たず炎の玉はゴーレムの膝に命中、爆発! 関節部を砕かれたゴーレムの体勢がグラついた。と思ったら砕けた膝の切断面から、無数の亡霊たちが細い草の芽のように伸びた。そして膝下部分を掴み、引き寄せ、飛び散った破片も拾い集め、瞬く間に元通りにしてしまう。
「えっ⁉」