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魔王英雄伝 ~ドラゴンの幼女と魔剣の妖女~  作者: 川口大介
第一章 ドラゴンの幼女
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「感じてるのよっ、あたしのこの体が! あの剣から伝わってくる何かによって、呪いが解けかかってることを!」

 やっとクリスを放したラディアナが、

「あたしの、抑え込まれてた力が、ここに入ってあの剣に近づいた途端に、開放され始めたの! 見なさいクリス、これをっっ!」 

 膝を曲げ、地面に向かって拳を振り下ろし叩きつけた。その、ちんまりした拳の小ささも、頼りなげな腕の細さも短さも、ぷにっとした素肌の柔らかさも、ラディアナは可愛らしい幼女だ。それでいて、その内にはとんでもない怪力が宿っていることを、クリスは知っている。

 しかしそのクリスの認識を、軽く超える破壊力をラディアナは見せた。たった一撃で、ラディアナの拳を中心に、一枚金属の床が大きくすり鉢状に窪んでしまったのだ。足場を揺らがされ、バランスを崩したクリスとカイハブが、危うく転倒しそうになる。二人がたたらを踏む、と、その踏みつけた床には細かいひび割れがクモの巣のように広がっているのが見える。

『こ、これは……』

 垂直に立てられた鉄板を叩き割ったとか、槍のように貫いたのならまだ解る。だがこれは床。「板の向こう側」が存在しない、隙間も空間も無い地面なのだ。

 そこに拳を打ち込んでこんな破壊を為しえるというのは、尋常なことではない。檻車を片手で掴んで放り投げるような、常識外の怪力幼女にだって無理だ。また、力もそうだがそれだけではなく、筋肉や骨、関節の強度なども常識外レベルが必要なはず。

 つまりラディアナは本人が言うように、もともと強いのが更に強さを増している。正確には、ドラゴンとしての真の力を取り戻しつつある。

「ね? クリス。こういうことよ」

 と言葉を発したラディアナの口には、短いながらも鋭い牙が生えている。つい先程までのラディアナなら、外見だけは完全に人間の幼女だと言えた。だが今は違う。口を閉じてしまえば判らない程度のこととはいえ、明らかに人間ではなくなっている。

 やはり、ラディアナはドラゴンになりつつある。その理由として考えられるのは、不完全とはいえ呪いの解除であり、その原因があの剣なのであろう。

 そんなことが可能な剣といえば、かつて魔王そのものを打ち砕いた、あのジークロットの剣しかない。その剣に呼ばれてクリスはここまで来た。その剣の効能というか実力はたった今、ラディアナが証明してくれた。

 もはや、疑う余地は無い。

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕は、本当にジークロットの……」

「そういうこと! さ、早くあの剣を取りに行きましょ! 近づいただけでこれだもん、あんたがしっかりと手に取れば、もしかしたら!」

 呪いが完全に解けるかもしれない。里にいる多くのドラゴンたちは無理でも、とりあえず今、自分は元に戻れるかもしれない。そうなれば、こんな幼女姿の状態とは比較にならぬほど、強くなるのだ。皆を、両親を救える日が、大幅に近くなる。

 ラディアナは期待にはちきれんばかりになって、駆け出した。クリスがそれを追う。

「待たんか二人とも! ここは正真正銘、宝物庫の最深部じゃぞ! おそらく罠が」

 とカイハブが言ったその声に応えるかのように、ホール全体が一瞬、振動した。

 三人とも動きを止めて、辺りを見回す。するとすぐに、怪しい気配どころではない、濃密な禍々しいものが出現した。

 その位置は上方。三人が揃って見上げると、天井までの高く広い空間に、微かに透ける人影が浮かび上がった。

 人影といってもそれは、人ではない。カイハブと同じような魔術師然としたローブを纏い、杖も持っているものの、その首に人間の頭は付いていない。あるのは骸骨、ドクロ。見ればローブの袖口から出ている手にも肉は無い。薄汚れた骨だけだ。

 そのドクロ魔術師が、口を動かして声を出した。

「我は魔術を極めし者。永遠の命もて在り続ける王、ザセートなり。我が封印を破りて至宝の間に来たる汝らは、何者ぞ」

 クリスたち三人は寄り集まり、こそこそと相談した。

「ねえ。永遠の命って、あれもう死んでるんでしょ?」

「死んでおるといえば死んでおる。あれは死後、魔術で魂を留めて、宝を自ら守っておるのじゃ。生前から他人は信じられず、死後となれば尚更、というタイプじゃな」  

「とりあえず、僕らに害意はないってことを説明しないとね」

 クリスが一歩、前に出て言った。

「お騒がせしてすみません、ザセート王。でも、僕たちは決して陛下の敵ではありません」

「ならば、なぜここに来たのか」

「陛下はご存じないかもしれませんが、今、外界は未曾有の危機に瀕しているのです。強大なる邪悪の手が、世を覆い尽くさんとしております。その力に抗する為、陛下の民の子孫を含む全ての人々を救う為、あの剣が必要なのです」

 クリスは丁寧に頭を下げ、奥にあるジークロットの剣を指した。

 ザセートは、うすら笑って答える。

「何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい。我が民の子孫の為だと?」

 ザセートが杖を振り上げた。するとザセートの周囲に、百か二百かといった数の、黒い塊が浮かび上がる。その一つ一つ、全てが人間の顔になっており、老いも若きも男も女も、ラディアナと同じくらいの幼い子供らしき顔も見える。

 それらの顔全てに共通しているのが、正視し難いほどの苦悶の表情だ。そうと意識すれば、数多くの苦しげな呻き声も聞こえてくる。耳というより、目に聞こえてくる。

「見えるか。この宝物庫を造った時、我に使い潰されて死んでいった奴隷どもの亡霊よ」

「!」 

「民とはすなわち、蟲のようなもの。知らぬ間にいくらでも湧いてくるものであり、より強きものの餌として死ぬのが定め。そのようなものの為に、たとえ塵一粒であろうとも、施しをせねばならぬ道理など無い。そして、」

 ザセートの、眼球の無い目に、暗い殺意が魔力の篝火となって灯った。

「この間に集めし我が至宝、その中でも随一の価値をもつあの剣を狙うとなれば、汝らを生かして帰すわけにはいかぬ。その血肉、蟲どもに喰らい尽くされるがいい。そしてその魂は、蟲どもと共に我が奴隷となるがいい!」

 ザセートが杖を振り下ろす。と、その周囲で苦しみ続けていた亡霊たちが、苦悶の表情はそのままでクリスたちへと向かってきた。まるで餌に群がる蟲のように。だがこの襲撃は蟲のそれと違って本能ではなく、意思でもない。そもそも彼らには殺気も闘志も何もない。ただただ、ザセートの強大な魔力に操られてのことだ。

 そのことは、ザセートの発している魔力の流れと、何より亡霊たちの、敵意など全くない、苦悶しているだけの表情を見れば嫌でも解る。

 クリスは怒りを顕わにして剣を抜き、亡霊たちの向こう側にいるザセートに向かって叫んだ。

「ザセートっ! 魔術を悪用し、死者の尊厳を踏みにじるなんて、許さないぞっっ!」

「同感だけど、ここはあたしが引き受けるわ。あんたは早くあの剣を取りに行って」

 ぽん、とクリスの肩を(少し背伸びして)ラディアナが叩いた。

 その表情にはクリス同様に怒りの熱があるが、それと同じくらい、頬が興奮に紅潮している。

「あんたのその、ただの剣じゃ亡霊相手に攻撃なんかできやしないでしょ。いくら振り回しても、水や風を相手にするようなものよ。それぐらい知らないの?」

「し、知ってるけど、それは君だって」

「あたしは違うわ。言ったでしょ? 力が戻ってきてるって。感じるのよ、確かに」

 ラディアナは上方から向かってくる亡霊たちを見据えて、胸を張って背を反らし、大きく息を吸い込んだ。すううううううううぅぅぅぅ……っと。

 そして、丸く大きく開けた口から、一気に吐き出した。呼気、ではなく燃え盛る炎を!

「ごおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 ラディアナの口から溢れ出た紅蓮の炎は上に向かいながら円錐状に広がり、飛来してきた亡霊たちを飲み込んだ。

 亡霊たちは、強大な圧力にひとたまりもなく押されていく。そして押されながらその炎の中、まるで雪像が溶けるように、みるみる薄れて消えていった。

 生前も、死後も、ザセートに囚われ、苦しみ続けていた亡霊たち。だが今、ラディアナの炎によってザセートの術は焼き尽くされ、呪縛から焼き放たれたのだ。後は、地面で蒸発した水が雲となり雨となり、再び降ってくるが如く。輪廻の輪を潜り新たな魂となって転生してくるまで、永い眠りにつくのだ。 

 ザセートが杖を振り、亡霊たちの攻撃を中断させる。それを見てラディアナはニヤリと笑い、クリスに向き直った。

「まだまだ、本来の全力には程遠いけどね。ま、とりあえずこんなもんよ」

「……凄い」

 これぞ、本物の、高位のドラゴンのブレス。火の精霊力が込められた、竜の火炎だ。

「これで解ったでしょ。何も心配いらないから、あんたはさっさとあの剣を取ってきて。あの剣だったら、術とか霊とか、ザセート本体にだって効くかもしれない」

 ラディアナに押されたクリスは、

「解った! それじゃここは任せたよ、ラディアナ。カイハブさん、行こう!」

「う、うむっ」

 カイハブと共に駆け出した。ホールの奥、剣が飾られている祭壇に向かってまっすぐに。  

 そうはさせじとザセートが、二人に向かって杖を振り下ろした。だが、今度はただ亡霊たちを向かわせるだけではない。亡霊たちを十数人分、集めて固めて厚みのある塊にして撃ち出したのだ。これならばラディアナの炎を受けてもすぐに全部は溶かされず、中心部のいくらかは燃え残ってクリスたちに到達すると考えてのことだろうが、

「甘ぁい! すうううううぅぅぅぅ……ぼっ!」

 ラディアナも攻撃を変えて対抗した。今度は口を小さめに窄めて吹き、まるで果実の種を飛ばすように、自分の頭ぐらいの大きさの炎の玉を、亡霊の玉にぶつけたのだ。

 さきほどの炎が雪を溶かす河の流れとすれば、今度は城壁を砕く火薬の詰まった爆弾。炎の玉は命中と同時に激しい爆発を起こし、亡霊の玉を粉々に吹き飛ばしてしまった。吹き飛ばしながらも、爆発の勢いで強く広がった炎はしっかりと亡霊たちを飲み込んでおり、一人残らずザセートの術から解いていく。


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