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魔王英雄伝 ~ドラゴンの幼女と魔剣の妖女~  作者: 川口大介
第一章 ドラゴンの幼女
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 ぱち、と目を開けたクリスは、至近距離で上から見下ろすラディアナと目が合った。

「あ。どうだった? お告げは聞けたの?」

 今、クリスはタンコブこそ痛むものの、それを補って余りある心地よさを頭部に感じている。

 まず、後頭部にはラディアナの太ももだ。小さいながらも弾力に富み、ほんわか暖かい。そして、なにしろラディアナは幼女なので太ももの面積が小さい。なので、クリスの頭部はラディアナの腹部にも触れている。そこがまた、ぷくっと柔らかくて、これまた暖かい。

 そして何より、座高の無さのせいでラディアナの顔が近いのなんの。ラディアナが言葉を口にするたびに、その吐息がクリスの顔に吹きかけられてしまう。これまたまた暖かく、湿り気もあって甘い匂いもして。

「……」

 寝起きで意識がぼんやりしていたせいもあって、クリスは少し酔ってしまった。最初に見た時から思っていたけど、こうして改めて間近で見ると、やっぱりラディアナって可愛い……

「? まだ寝ぼけてるの? じゃあ目覚ましに」

 ラディアナが拳を握った。慌ててクリスは本格的に目を醒まし、横に転がって逃げる。

「ま、待った待った! それをやったらまた夢の中に逆戻り!」

「あ、そっか。で、どうだったの? なんだか顔が赤いみたいけど、大丈夫?」

 顔が赤い理由に心当たりがあるクリスは、こほんっと咳払いをしながら立ち上がって言った。

「お告げは聞けたよ。こうすればいいんだって」

 夢の中で聞いた通り、クリスは突き当たりの壁に手を着いた。そして目を閉じ、耳ではなく掌で、壁の向こうの声を聞こうとする。

『本当に僕がジークロットの生まれ変わりであり、転生した者として彼の剣を受け継いで、戦えるのならば……』

《って、くぅおらああああぁぁぁぁっ! まぁだ疑ってるのっ⁉》

「わっ!」

 突然、心の中へと聞こえた声に、クリスはびっくりして壁から手を離してしまった。

 今のは確かに、あの声だ。夢の中の。と思ってもう一度壁に手を当ててみると、

《はい、そのまま動かないで! じっとして、ただただワタシの声を聞いて、意識を向けて! 他の事は全部無視、一切考えないで! アナタはジークロットの生まれ変わりなの! だからワタシを手にする資格がある、ううん、手にしなきゃダメなの! それだけを思って!》

 それだけを思うと……もちろん嬉しい。また、そうなったらラディアナも目標に向けて一歩前進ということになる。きっと喜んでくれるだろう。

 そうだ。魔王の遺品を破壊して人々を救い、ラディアナの里のドラゴンたちを元に戻して、ラディアナを両親の待つ故郷に帰してあげる。そんなことができるのだ。ジークロットの剣なんてものが使えれば、きっと。いや、必ず。それがもう目の前、この壁の向こうにある。そう、この壁を越えればっ!

《よしっ! それよ!》

 目を閉じていてもなお判る眩しい輝きが、壁に触れているクリスの掌から放たれた。が、本当に掌からなのか、それとも壁からの光を掌が受けているのか? それはクリスにも、隣で見ているラディアナにも判らない。

 判らないがその光は、みるみる大きくなって掌と壁との接している部分から溢れ出し、壁一面に広がっていく。そして轟音と共に莫大な煙を吹き上げ、壁そのもの、壁全体と共に、消え失せた。

 ゆっくり目を開いたクリスと、音に驚いて後ずさってしまったラディアナが、一緒に前を見る。煙が治まったそこにはもう、壁は無かった。

 二人の前にあるのは、地図には記されていなかった新たな空間。丸く膨らんだ天井が、まるで大きな音楽ホールのようだ。つい先程まで壁があった部分を境に、そこから先は突然冗談のように天井がバカ高くなっている。普通の建物の二階、いや三階分はあるだろう。左右の壁までもひたすら遠く、向こう側の突き当りまでもかなりの距離があり、とにかく広い。その広い床は、石畳ではなく全く継ぎ目の無い銀色の一枚板。おそらく溶かした金属を流したのだろうが、その技術と手間、そしてかかった費用はとんでもないものであろう。ここを造った王の、並々ならぬ権勢を推し量ることができる。

 向こう側の突き当たりの壁には、金銀財宝の山で派手に飾られた、祭壇らしきものがある。遠いので細かな装飾などは見えないが、中央最上部に奉られているものが何かは判る。間違いなく、鞘に収まった剣だ。

 あの声が言っていた通りだ……クリスは、ごくりと唾を飲み込んで、壁があった部分を越えてホールの中に入ろうとした。が、遠く後方から駆けて来る何者かに気づき、足を止める。

 ラディアナも気づいて、そちらを見た。角を曲がって二人の前へとやってきたのは、

「ここであったか! 王家の至宝が眠る隠し部屋は! やはり、わしは正しかったのだ! このカイハブ様を信じなかったバカ者ども、貴様らの愚かさが、今! 証明されたぞぉぉ!」

 くすんだ灰色の、ボロボロのローブに身を包んだ老人であった。長い白髭も埃に塗れ、枯れ枝のような手には魔術の杖を持っている。ということは魔術師なのだろうか。

 カイハブというらしいその老人は、埃を舞い上げつつクリスたちの目の前で急停止した。そして広大なホールを興奮した顔で覗き込んでいる。

 クリスは、恐る恐る話しかけてみた。

「あの……」

「ん? おお、あんたが最後の封印を解いたのじゃな。礼を言うぞ。さあ、早く中へ」

 カイハブはいそいそとホールに入っていった。

「ねえ、なんなの? あの人は」

「うーん……あ、そういえば」

 クリスは、ぽんと手を打った。思い出したのだ。

 この洞窟について情報を集めていた時に、聞いたことがある。もうとっくに何もかも発掘され尽くしたはずのこの洞窟に、いつまでも執着している老人がいると。まだ隠されたものがあるはずだと頑固に主張し、延々と調べ続けているとのこと。

 とはいえ、その老人の家に代々伝わる宝の地図があるとかいうわけでもないらしい。何かあると言い張るその根拠は? と聞かれると、「何かあると感じる」としか答えない。誰からも呆れられている変人老人、それが彼、カイハブだ。

「ふうん。じゃあ、めでたく積年の夢が叶ったってことね」

「うん。そうなんだけど、もしかしてあの人、あの夢と何か関係があるのかもしれない」

「あ、それもそうね。みんなが何もないって言ってるこの洞窟に、あの人だけが何かを感じてたってことだもん。確かに何かあるかも。まあ、中を調べてみれば解るでしょ」

 と二人が話していると、

「おーい。まだ、何か仕掛けがあるかもしれんし、それもお前さんたちにしか解けないものかもしれん。一緒に来てほしいのじゃが」

 ホールに数歩入ったところで、カイハブが振り向いて手招きしている。

 二人は頷き合って、一緒に入っていった。先に入ったカイハブは、感動しつつも警戒しているようで、周囲をきょろきょろ見回しながらもまだ奥には進んでいない。クリスも同じく、まずは辺りを慎重に窺うことにした。

 だがラディアナは、ふらふらと歩を進めている。まるで魅入られたように、奥に奉られている剣に向かっていく。

「ラディアナ?」

 あの剣は、このホールに足を踏み入れる前、壁が消えた時点で既に見えていたのだ。カイハブに続いて中に入ってから初めて見つけて、驚くようなものではないはず。

 なのに、ラディアナはまるで驚いているかのような顔をしている。そして一人で、ふらふらと。

「ラディアナ! どうしたの?」 

 クリスはラディアナの腕を掴んで止めた。もちろんラディアナがその気になれば、クリスぐらい簡単に引きずって前進できるだろうが、素直に足は止めた。その代わり、掴まれた腕は振り解いてしまう。そして、自分の両手の平をじっと見ながら、握ったり開いたりしている。

「……ねえクリス。あの夢の話だけど、あたしに何か隠してない?」 

「隠す?」

「本当は、もっとちゃんとした説明を受けてたりしない? 例えば、あんたが実はジークロットの生まれ変わり、転生した者だとか。あの剣はジークロットが魔王と戦った時のものだとか」

『っ! なんでそんな、そこまで具体的に?』

 ぎくっ、となったクリスの顔を、ぎろり、とラディアナは見た。

「やっぱりそうね! どうしてそんな大事なことを黙ってたのよっ!」

 ラディアナはクリスの襟首を掴み、捻り上げたかったが身長が絶望的に足りないのでそれはできず、仕方なく引っ張り下ろした。そして左右にぶんぶん振り回しながら、怒鳴り散らす。

「あたし、山賊たちを片付けた後、危うくあんたと別れちゃうところだったじゃないのっ! あたしの目的の第一歩は、ジークロットの生まれ変わりを探すことだって言ったでしょ! なのに、なのに、それなのに! その、生まれ変わり本人であるあんたが、あたしに何も言わないってどういうつもりなのよっっ!」

 クリスは襟を締められて息を詰まらせながら、脳を思いっきりシェイクされた。ラディアナの怪力で思う存分に締め振り回され、目を回して意識を朦朧とさせながら、答える。

「ご、ごめんっ、僕も確信がもてなく、てっ、というか、君は、どうして、そのことを?」


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