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そして、アドレーヌは眠る。  作者: 緋島礼桜
第二篇   乙女には成れない野の花
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20連








 雨の中で帰路へと付いたエミレス。

 いつものようにコッソリと屋敷の裏口から帰ることはなく、正面玄関から帰宅した。


「エミレス様!」

「こんなにお体を濡らして…!」


 全身ずぶ濡れで突如玄関から現れたエミレスを、侍女たちは驚いた顔で近付く。

 しかし、誰一人として彼女が何故こんな姿で現れたのかを聞きはしなかった。

 侍女たちはエミレスが定期的に忍んで(本人はそのつもり)街へ行っていることも、その理由もリャン=ノウより以前から聞かされていたからだ。

 だが彼女たちが口を噤んでしまったのはそうした理由からではなく。

 

「…温かい飲み物をお持ちしますので、お部屋でお待ちください」


 侍女長はそう言うとエミレスの背中を優しく支え、彼女の自室へと導く。

 それから、侍女たちが何かを言うことはなく。尋ねることもなかった。

 雨に濡れていたエミレスは顔を俯かせたまま、虚無とも悲愴とも取れるような面もちでいたからだ。

 最後尾にいた侍女の一人が侍女長からの合図を受け、ひっそりと何処かへ消えていく。

 そんなことにエミレスは気付くことも無く。

 無言のまま、自室へと戻っていった。






 部屋へ戻るなりエミレスは侍女たちによって別の服に着替えさせてもらう。

 その間も彼女は放心状態で、必死に感情を押し殺していた。

 沈黙の中で着替えが終わり、後は温かなティーを待つのみであった。

 が、それよりも先に沈黙を打ち破るかのように扉が開け放たれる。

 そこから勢いよく飛び込んで来たのは、青ざめた表情をしているリャン=ノウであった。


「エミレス! 大丈夫なんか!?」


 そう叫ぶと同時に彼女は俯き座っていたエミレスの肩を掴んだ。

 覗き込むリャン=ノウと目が合い、そこでようやくエミレスは涙を浮かべた。


「友人が…お別れだって」

「お別れって…」

「仕事で街を出て行くって……」


 直後、リャン=ノウは静かに深息を吐く。


「仕事ならしゃあないやろ。もう会えないわけやないって」


 今生の別れではないのならば案ずることはない、とリャン=ノウは彼女を優しく宥める。

 エミレスの肩口から頭部へと掌を移動させ、愛撫する。


「仕事がひと段落したらまた遊びに来てくれるて。何なら手紙書けばええやん」


 手紙。

 その言葉にエミレスは瞳を大きくさせ、リャン=ノウを見つめた。

 彼女にとってそれは盲点だった。

 全く考えも及んでいなかったのだ。

 だが、それもそのはず。

 ついこの間まで彼女の活力でもあった“兄への手紙”。

 なのに、彼女は久しく筆を取っていなかった。取ることを忘れていたのだ。


「手紙…でも、宛先も何も知らなくて…」

「せやったらも一回会いに行って聞いてみたらええやろ。まだ街に居るかもしれへんし」


 しかし、肝心の情報を知らない事実に気付き、再び俯いていくエミレス。

 リャン=ノウは必死に、躍起になって説得を続ける。

 その言葉がどれもこれも最早手遅れであると、彼女自身もう気付いているというのに。


「今からでも一緒に探しに行こか?」


 窓の外では叩きつけるような雨が降り続いている。

 遠くで聞こえる雷鳴が、更なる天候の悪化を告げていた。


「もう…良いの…待つことには慣れているし、それに―――」


 すすり泣きながら頭を振るエミレス。

 彼女は零れ落ちそうな涙を両手で拭うと、友人からの贈り物をリャン=ノウへ見せた。


「これ、貰ったの…大事な宝物だって……これがあれば、頑張れると思うから…」


 首元からキラリと輝く、水晶のペンダント。


「―――彼からのプレゼントなん…?」


 リャン=ノウの質問に無言で頷き答えるエミレス。

 その声が先ほどまでとは違い、随分と低く真剣みを帯びていたことにエミレスが気付くことはなく。

 故にリャン=ノウの表情も先ほどから一変していたことに、彼女は気付かなかった。

 零れ落ちた涙を受け、掌の水晶だけが、無邪気な輝きを放ち続ける。

 







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